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1 囚人のジレンマ

 エクストラステージ<異次元世界>八階。

 不死系エネミーでも最高の強さを持つアンデット・ロードと戦っていた。

 木乃伊のような干からびた肉体に、司祭のような位の高い服装を身に着けている。 

 魔法を操り、石化や麻痺などの特殊攻撃、さらに仲間を召喚能力を持つ厄介な相手だ。

 魔法に手こずりながら、クロムとエリュティリアがアセンション・ブレードを決めると、戦闘は終了した。

 今日はクロムと僕の当番だった。

 体制を整える為、キャンプモードで小休止にはいると、僕とクロムはアイグレーがつくった<異次元世界>のマップの確認をしていた。

 八階に限らず、<異次元界>フロアは、ワープゾーンが無数に配置されているため、突然別のフロアに飛ばされる場合が多々ある。

 突然、凶悪な強敵に遭遇し、全滅する危険性が極めて高い。

 さらに異次元世界は転移魔法が使用できない箇所もある。

 帰還できなければ、資源を使い果たし、全滅する。

 十分に注意して攻略を進める必要性があった。

 八階までたどり着いたが、九階へ続く階段が存在しなかった。

「ワープゾーンやダークゾーンを避けても八階までは来ることが出来る。……逆に言えばそれだけだからな」

 クロムがマップを見ながら言う。

「いままでみたいにただ下がるだけじゃ、九階にはいけないってことですか……」

 僕の言葉にクロムは頷いた。

 完全に攻略に行き詰っていた。

 そして、焦りもうまれつつあった。

 メリクリウス一派がインサニティーロードを斃し、異次元界を攻略しているというニュースが入ってきていたからだった。

 だが黄金の魔術団と違い、こちらはアイテムを揃えている。

 まだ、辛うじてリードしていた。

 しかし、今僕達のパーティーは危機的局面を迎えている。

「今後はワープゾーンやダークゾーン、落とし穴(ピット)なども隈なく、洗う必要があるな」

「どこかにシークレットゾーンみたいなものがあるんでしょうか……?」

「……シークレット魔法やシークレットスキルがあるくらいだからな」

 改めて、マップを確認すると空白部分が多い。

 だが、ワープゾーンを渡り歩くことは、いきなり強敵とカチ会うリスクを抱え込む羽目になる。

 <異次元界>は攻略プレイヤーが殆どいないため、情報は極端にというか、まったく無い。

 つまり自分達で全て解き明かさなければならない。

「先日のエンデの話だが……」とクロムが切り出してきた。

「話が上手すぎると思わないか……?」

「……ええ。僕もそう思います」

 エンデに対し、ぬぐえない違和感がはっきりとあった。

 何か隠したいことがあるのかもしれない。

 カリバーンやアイテム出現の制限、ソウルアーカイバ計画など上げたらキリが無い。

「いずれにしろ安易に乗っからない方がいい。俺も業界関係者に確認してみる」

 クロムは僕に忠告を促した。

「ナーヴァス……ですかね?」

「……おそらくな。連中には何かと都合が悪いらしい」

 僕はミナの事を思い出していた。

 エンデの言葉に、ミナはかなり心動かされていた。

 アユミールもかなり乗り気だ。

 あんなことでパーティーの絆がこれで壊れるのかと思うと、悔しくて仕方が無い。

「――囚人のジレンマだな」

 突然、クロムが言い出した。

「何ですか、それ?」

 僕は尋ねる。

「ゲーム理論の一つでね。各プレーヤーが自己の利益だけを考えて選択した合理的戦略が、全体にとっては最良の選択とはいえない結果をもたらすことを示すモデルのことさ。一つの例がある」

 話が長くなりそうなので、僕は腰を下ろす。AI達も話を聞く体勢になった。

「同じ事件で逮捕された二人の囚人が、互いに意思疎通をできない牢獄にいる。二人に捜査機関からそれぞれに打診される。自白すれば司法取引により釈放されるが、もう一人も自白した場合は二人に懲役三年が科せられる。一人が自白し、もう一人が黙秘した場合、自白した者は釈放され、黙秘した者は懲役五年が科せられる。だが、両方が黙秘した場合は、懲役一年が科せられてしまう」

「……はあ」

 僕は聞きながらすでに混乱し始めていた。

「この場合、どういう選択がもっとも最適だと思う?」

 僕は答えられなかった。

「言うまでも無く、自分の自白と相手の黙秘によって釈放されることがベストだ。しかし、相手も自白してしまうと双方に三年の懲役が科せられる。その一方、もし自分も相手も黙秘した場合、双方が自白した場合の懲役より短い懲役となる。しかし相手が自白した場合、自分にとって懲役五年という最も大きな不利益を被ってしまう。全体としてみれば、二人の囚人の黙秘による懲役一年が最適な選択であるのにも関わらず、自白をした場合、自分にとって釈放という最良な選択があるため、自白か黙秘かのジレンマが生じてしまう」

 クロムの言うことはなんとなく分かった。

「この囚人のジレンマにおける、ナッシュ均衡は双方が自らの最適戦略を選択する、<双方自白>だ」

「……ナッシュ均衡?」

「『ナッシュ均衡』というのは、プレイヤー全員が互いに最適の戦略を選択し、これ以上自らの戦略を変更する動機がない安定的な状態、すなわち均衡状態になるような戦略の組み合わせのことだ。双方にとって自白により得られる釈放が個人の最適であり、懲役一年もしくは五年が科せられる黙秘の選択肢を選ぶ動機がない状態であるため、<双方自白>がナッシュ均衡となる」

 僕は再び混乱した。

「この<両者自白>こそナッシュ均衡の状態だが、その利得は両者が黙秘を守った場合よりも悪い。逆にいえば、全体で利得最大となる<両者黙秘>は、お互いの裏切り……自白への戦略変更を誘引するので均衡状態ではない。囚人のジレンマから得られる教訓は、<信頼関係の確立>だが、利得の大小によって悩みの内容が変わってくる」

 脳みそがクラッシュしそうだった。

 僕の様子に、クロムも一旦話を止めた。

「……ようはエンデの申し出を受け入れると、結果我々は利得をまったく得られない可能性が出てくるということさ」

「えっ?」

「ゲームクリア者は一人だろう……? 一人が総取りし、名声を得られる……。それはソロプレイでの話で、このエクストラステージをソロプレイで攻略するのは極めて難しいだろうし、それ以前にアイテムの問題もある」

「……それですよね」

 僕が最も憂慮している部分だった。

「アイテムは現在、君とミナ、アユミールで管理している。それをめぐって争いになるのは眼に見えている。そんな状態ではゲームクリアは程遠い。結果、報酬はゼロ、名を売ることも出来ない。ゲームクリアできない公認プレイヤーなんて遅かれ早かれ、運営側が切り捨てるに決まっている」

 そもそもアイテム集めは前段階に過ぎない。アイテムを合成して、両性具有神の聖剣を生み出せねば意味が無い。

 擬似乱数に関する情報を掴まずに、焦ってアイテム合成に走り、失敗したら元も子もない。

「俺の結論としては、我々はこのまま協調路線を貫き、ゲームを攻略すべきだ」

「結果、利得は二五〇万手に入る……というわけですね」

 僕の言葉にクロムはにやりと笑う。

「……そうだ。それにゲームをクリアすれば、当然ゲーム情報媒体やメディアから取材に来るだろう」

「……ミナやアユミールが顔を売るチャンスもある」

「ああ」

 ゲームクリアは、やはり彼女達にとって仕事においてのチャンスがめぐってくる可能性が高いことも意味していた。希望的観測かもしれないが――。

「でも、クロムさんは……?」

「ああいうのは社会じゃ社交辞令というんだ。そんなんで仕事が回ってきたら世話は無いさ」

 あくまでクロムは大人だった。

「連中は交渉術における最後通牒を突きつけることで、我々の分断を狙った……どういう理由かは分からないが、運営側の心理を考えれば、ゼロサムゲームに我々を持ち込むことで、ゲームクリアの長期化を望んでいるのかもしれない」

「……なるほど」

 僕は腕を組みながら言った。

 クロムの分析には、ひたすら感心するばかりだ。僕は尊敬の念すら覚えた。

 伊達に僕より長くは生きていない。

「オンラインゲームは協力ゲームでありながら、非協力ゲームの側面もある」

 クロムの口から、また分からない用語が出てくる。

「これもゲーム理論用語だが、協力ゲームというのは、集団の中の部分的なグループそれぞれに共同の利益があるような環境を分析する理論だ。全員で協力すると最も大きな利益が得られるが、その利益を全員にどう配分すれば、離脱が起きずに<集団全体での協力>が達成できるか、そういうことを分析するものである」

 クロムは丁寧に説明してくれる。

「非協力ゲームというのは、プレーヤーがコミュニケーションを全くせずにお互いに相手の行動を推理し合い、戦略を決めるような形式のゲームだ。協力ゲームというのは、先ほども説明したように、プレーヤーが十分にコミュニケーションをし、部分的な提携や談合を形成することができ、共同行動を取るゲームでもある。いずれにしろ、<利益分配の方法>が命題になってくる以上、それぞれが確実にかつ公平に利得を得られる道を選ぶべきだ」

 クロムの解答は非の打ち所が無い。

「カリバーンが離脱し、メリクリウスも強硬手段に打って出るほど焦っている。つまり、ゲーム内のナッシュ均衡も崩壊している。我々のような小規模のチームが漁夫の利を得るチャンスってわけだな」

 いずれにしろ、ミナとアユミールを早急に説得する必要があるということだ。だが、彼女達が素直に聞き入れくれるだろうか。

 僕の不安はそこだった。

「……で、どうするんだ」

 クロムが突然尋ねてきた。

「……何がですか?」

「ミナちゃん、彼女のことさ」

 思いもよらないクロムの言葉に、僕は頬が火照るのを意識した。

「分からないとでも思ったか? バレバレだよ」

「ほっといてください……」

「……まさかこのままって事は無いだろうな。忍ぶ愛なんていまどきはやらないぞ。自分の意思表示をして、恋愛は始めて始まるんだ……ゲーム理論は恋愛にも応用できる。覚えておくといい」

「うるさいです! ゲームに集中しましょう!!」

 声を立てて笑うクロムに、僕は声を荒げ、必死にごまかした。

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