3 愚者の誘惑
アイテム喪失により、アユミールがモチベーションをすっかり失ってしまった為、今日の戦いは早々に切り上げた。
地上に出て、次の打ち合わせをして解散しようとしていた所に、「久しぶりだねえ」と突然声をかけられた。
エンデとフェリア姫だった。GMが何故こんな所に居るのか、疑問だった。
「何のようだ……?」
クロムは尋ねた。「いや、いや君たちの活躍ぶりは僕の耳にも入っている」
エンデはどこか馴れ馴れしい口調だった。
カリバーンの件に関して、運営側に僕は不信感を覚えていた。
ソウル・アーカイバ計画の件もある。
「今日は、君たちにいい話を持ってきたんだ」
エンデは上から物を言うような感じだった。
「君達プレイヤーを公式プロプレイヤーとしてこちらで認定したい。で、今後はパーティーを解消し、君達同士でゲームクリアを競ってもらいたいんだ」
エンデの突然の申し出に僕は面食らった。
「その代わり、君達に限り賞金を二千万に引き上げる」
「……大盤振る舞いだな」
クロムが揶揄するように言う。
「この国において本来消費活動でしかなかったゲームが、新たなスポーツ的競技としてのスキームにもなる。プレイヤーから羨望も集めるだろうし、ゲーム文化発展の為に、ぜひ君たちには協力を頂きたいのだが……」
エンデの話はもっともに聞こえた。まだまだ日本はプロゲーマーは日陰の存在である。
隣の韓国などはプロゲーマーのメッカだ。
「正直、運営側としては、君たちは抜きんでいるからね」
「俺達がナーヴァスだからか……?」」
クロムの発言に、エンデは鼻で笑う。
「……よく知っているね。でも、そう思ってくれてかまわない」
「ここで拒否したら、どうなるんですか?」
僕はたまらず質問した。
「……別にどうも」
エンデは答えた。
「だろうな……海外から賞金目当てでプロゲーマーも数多く参加している。それに俺達は不正行為をしているわけじゃない。我々ナーヴァスの能力がチートに等しいというのなら、言いがかりもいいところだ。第一、運営側はアイテム出現に制限をかけていた。そちらの方がよっぽど問題だ。我々にこんなことを言ってくる暇があったら、闇アイテムの排除とコンプリーターの捕獲に努力するべきじゃないのか……?」
クロムの言葉にエンデは反論してこなかった。
「僕も仲間である人達と争いたくありません。僕はこのゲームを純粋に楽しんでいる。他者と競うことが目的じゃない」
僕もエンデに噛み付く。
「そうよ、何をいまさら……」
アユミールが僕の意見に同意した。
「正式プレイヤーになれば、優勝賞金とは別に、月々の報酬はもちろんさ契約金を支払う準備も出来ているが……」
「それでも嫌だといったら……?」
僕は突っぱねる。警戒心が勝っていた。
「せっかく仲良くプレイしてるんだからいいじゃないですか。かき乱すようなこと言うの止めてください」
ミナもはっきりと拒否の意を見せた。
「君は芸能人志望のようだね……?」
エンデの言葉に、ミナは「えっ」と聞き返す。
「よければ、宣伝部を通して、事務所を紹介してもいい。なんらなこのゲームのイメージキャラクターにこちらから推薦しようか」
ミナに動揺が走る。エンデの誘いは、ミナを揺さぶるには十分すぎたものだった。
エンデはクロムの方を見る。
「君は……広告代理店勤務らしいね。仕事を回してあげてもいいよ」
「……魅力的な話だな」
「わ、わたしは……?」
アユミールが自分を指差しながら訪ねた。
「……そうだな。彼女共々優良企業のイメージガールなんてどうだ?」
エンデの言葉に、アユミールは舞い上がる。
日本最大の広告代理店ならば、彼女達をねじ込むのは簡単かもしれない。
パーティーの結束が急速に崩れていくのを僕は感じていた。
エンデは今度は僕の方に眼を移す。
「……もちろん、君にも何かいい特典を与えよう」
エンデの申し出に、僕は何も答えなかった。
いつしかフェリア姫が僕をじっと見ていた。何故か、その視線が痛かった。
「……長いものには巻かれろ、というだろう……? いい答えを期待しているよ」
僕達を懐柔しようとしているのはミエミエだった。
にも関わらず、皆一様に振り切れなかった。
「カリバーンの件は口止めしなくていいのか……?」
クロムの言葉に、エンデは眼を細める。
「……ああ、忘れていた。でも、君たちはそれを吹聴するような方々では無いだろう?」
「謝罪は無いのか……?」
「演出だよ、演出。ゲームじゃよくある話だ。君たちも楽しかっただろう……?」
悪びれないエンデの態度に、僕は不快感で一杯になっていた。
その場を去るエンデとフェリアからミナに目を移すと、エンデの申し出にかなり心を動かされているようだった。
そのことに僕は少なからずショックを覚えた。