2 竜との再戦
「確認しておくわよ」
アユミールが言う。
「まず、手始めに全員の防御を魔法で上げる。で、次に攻撃系キャラに攻撃強化魔法を掛けると共に、長距離広範囲の魔法で竜に攻撃して足止めを掛け、時間稼ぎをする。攻撃の増強や<福音>などの特殊効果処置が終わったら、魔法剣などの打撃攻撃を中心に接近戦を仕掛け、直接攻める」
九五階に入り、僕達はキャンプモードで展開した結界内で深緑の暴君竜攻略の為の作戦の確認を行なっていた。
事前の打ち合わせでは、基本陣形が打撃攻撃担当が前衛に配置し、魔法攻撃および補助担当が後衛に配置する。
僕とクロムは前衛で、ミナとアユミールは後衛に入る。
ゲーム上、コンバットフィールドの人数制限は一六人である。
AIキャラも含めての数だ。こんな大所帯で戦うのは初めての経験だった。
「前衛だけど、クロムさんは防御担当。よろしい?」
「了解した」
クロムは頷く。
時々鼻につく部分があるが、仲間だとこれほど頼もしいプレイヤーもそうはいない。
アユミールに関しては未知数だった。彼女の実力はあくまで噂だけで、どういう特技を持っているのか、よく分からない。
一見人当たりはいいが、テンションは高く、自分の考えや感情を優先するところがある。
申し分の無い美人だが、付き合いが深くなると、恋愛対象から外れる女性なのではないか。ビジュアルいい分だけ、余計に欠点が目立つ。
「ミナ……だっけ?」
「はい」
「あなたは回復魔法に徹して。攻撃魔法で魔力を無駄遣いしないでよ」
アユミールの一方的な指示にミナの顔が一瞬曇る。
アユミールの言葉が気に障ったようだ。
「仕方ないでしょ……? 通常魔法は効かないんだから」
「あなたはどうなんですか?」
ミナはアユミールに静かに食って掛かる。もはやケンカ寸前だった。
「わたしはあなたと違って強力な魔法を使えるの」
「ミ、ミナの魔法はすっごく正確なんです……!」
僕は慌ててフォローに入る。
「だから?」
アユミールも一歩も引かない。
「魔力を無駄使いすんなって言ってんの。回復にまわしたほうが生き残れる可能性が上がるでしょうが……。わかんないの?」
「言い争いは後でやってくれ」
クロムが冷ややかに言う。
「AIちゃん達は、支援魔法と職業特技によるBuffを掛けて」
アユミールの言葉に、僕の三姉妹達他AIキャラが頷くが、クロムのキャラだけは従わなかった。
「……悪いな。俺のキャラだけは俺の判断で動かさせてもらう。その方が迷惑は掛からない」
クロムも自分勝手なこと言い出す。
すでにチームワークはバラバラになっている。
そもそもあのドラゴン相手に陣形がどこまで維持できるか、疑問だった。
一抹の不安が、僕の中に過ぎる。
アユミールはため息を吐いた。
「……長期戦になるから、当然別のエネミーも出現すると思う。別のエネミーの掃討は、後衛で処理する。いいわね」
ミナはアユミールの言葉にとりあえず頷いていた。
僕も今は戦いに集中するべきだ。
ゲームを進めれば自ずと答えが出てくる――はずだ。
九五階へ再挑戦、リベンジしたいという思いは、みんな同じだろう。
「もし、万が一作戦が失敗したら?」
ミナが尋ねる。
「その時は、躊躇無く『奉納』を使い、戦闘を強制終了させる。奉納が有効であることは、ジン君の情報よ。だから奉納の使用できる聖職騎士の生存を最優先にする。以上!!」
キャンプの結界を解くと、僕達は迷宮探索を開始した。
16人で行動しても通路は余裕があり、互いの行動を邪魔することは無い。
「逃走経路を塞がれないように気をつけること。ないとは思うけど、横取りには気をつけてね」
アユミールがどんどん仕切っていく。
主体性の無いパーティーには彼女のような役割が必要なのかもしれない。
「――黙って」
ミナの鋭い言葉に、アユミールはムッとする。
「来る……!!」
ミナの優れたセンサー能力が、敵を知覚する。
パーティーの進行方向に魔方陣が浮かび上がる。敵出現のエフェクトだった。
現れたのはマスターデモン、しかも二体だった。
「マスターデモン二体とは――」
クロムも同じ感想を抱く。
「出し惜しみは無し……! <資源放射>の魔法を!!」
アユミールの指示が飛ぶ。
高位魔導士たちが、一斉に<資源放射>の魔法の詠唱実行にはいる。
僕も魔法剣の準備に入るが、クロムが止める。
「……資源を無駄遣いするな。君の敵は奴らじゃない」
憎らしいほど冷静で、正論だった。
複数の魔法触媒現象と障壁が発生すると、エネミーに<資源放射>の魔法が炸裂する。
魔法現象が起きている最中、それを嗅ぎ付けたように巨大な竜が出現した。
「最悪のタイミングで……」
クロムは舌打ちしながら言った。
魔法を放ちながら、僕達は後退する。
誰かが放った<資源放射>がマスターデモンの一体を仕留めた時、
「ミナ、支援魔法の前に、敵の分析と情報収集をしてくれないか?」
とクロムはミナに指示を出した。
ミナはクロムの言葉に頷く。
魔導司祭のエネミー分析能力で、前回アイグレーの分析行為は失敗したが、ミナならば弱点を割り出す事ができるかもしれない。
「ちょっと……フォーメーションが崩れる! 勝手な事しないでよ!!」
アユミールが抗議の声を上げる。
「俺が彼女を守る。それでいいだろう」
「そういう問題じゃ――」
「……解析開始!」
言い争うアユミールとクロムを尻目に、ミナが解析作業に入る。
ミナを護るために、隣にクロムが立つ。
完全においしい役をクロムに奪われてしまった。
ミナは解析作業に集中する中、パーティへ竜が向ってきた。
蜘蛛の巣を散らすようにメンバーが散開する。
逃げ遅れたミナとクロムの二人に竜が踏み潰そうと、片足を上げ、襲い掛かる。
半球状の魔力の壁が展開し、放電現象が起こしながら、加重の圧力に抵抗する。
アブソリュート・ディフェンス――クロムの聖皇の肖像盾装備時の追加スキルである。
アーマークラスを下げ、あらゆる特殊攻撃を耐性する。
アユミールが彼を引きいれた理由がよく分かった。
「早く魔導剣士達にBuffを掛けて攻撃しろ!!」
クロムは攻撃に耐えながら指示を出す。アユミールよりも状況判断は的確だった。
アユミールやアイグレーが魔導剣士達に攻撃補助呪文を施す。
魔導剣師達が光に包まれ、力が倍増させた。
僕の中にも別の力が漲っていく。
魔法剣の準備が整うと、僕を筆頭に、魔導剣士達全ては竜へ向かっていった。
魔法剣の一斉攻撃――魔導剣師達はプレッシャーブレードやフレイムブレード、ソニック・ブレードをそれぞれ仕掛けていく。
僕はディメンジョン・ブレードではなく、あえてマキシマムソニックブレードを仕掛けていた。
攻撃回数が成功上限の十二を上回る。
魔法剣が竜にダメージを刻み、魔導剣師の軍勢は、竜の生命力を奪っていく。
クロムとミナも足の裏から離脱していた。
魔導剣師の攻撃に竜も怯んだのか、後ずさりする。
魔法剣の効果が終了すると、それぞれ持ち場から離れていく。
バラバラになっていたメンバーは集まり、陣形を取ると次の攻撃に備える。
「……勝手なことして」
アユミールがミナとクロムを咎める。
「あの場合は不可抗力だ。解析は……?」
「もう少し時間が掛かります」
アユミールは舌打ちした。
「……しゃあない。じゃあ、わたしが一気に決めようかな……!」
アユミールは指をポキポキ鳴らしながら言った。
「下がってろ。魔法使いの出る幕じゃない」
クロムの言葉に、アユミールはフッと笑う。
「ただの魔法を使うつもりは無いわ」
アユミールの手から魔導儀仗から消失した。
この期に及んで、装備変えだった。
魔導儀杖は魔法命中率と成功率を上昇させる効果があり、装備することで上昇する。
戦いの最中、魔導儀杖を外すなど、正気の沙汰ではない。
手に握られているのは、一冊の書物だ。
魔術師が彫られた青銅の装幀板で、豪華に装飾された一冊の魔道書だった。
書物はアユミールの手から離れ、宙に浮くと、勝手に開く。アユミールは眼を閉じ、魔法の実行の為、精神集中に入る。
開いた頁から、光を放ちながら呪印が展開すると、魔法風が発生していた。
「シークレット魔法か……!?」
クロノの言葉に、僕は思わず反応する。
アユミールの頭上に魔法触媒が発生し、魔法障壁が形成される。
中心で黒い渦を描く魔法触媒だった。
見たこともない触媒現象に、僕は息を呑む。
再び竜が迫ってきていた。
「……いくわよ!!」
アユミールの声と共に、魔法触媒が竜へ向かって打ち出された。
魔法触媒が竜が身体に叩き込まれると、触媒を中心に空間が捻じ曲がり、歪んでいく。
すざまじいエフェクトを周囲に展開しながら、魔法が引き起こす嵐が周囲に吹き荒れる。
魔法障壁を揺さぶるほどの威力だった。
「これが噂の……」
さすがのミナは驚きの声を上げる。
シークレット魔法――魔法はレベルに乗じて使用できるようになるが、通常の成長では体得できない魔法である。
ディメンジョン・ブレードと同様アイテムに付随する追加スキルで、魔導書などのアイテムを所持装備することで、使用できる――と人伝えに聞いていた。
魔導書のアイテム等級はA級で、簡単には出現しない。もちろん使用する側もそのレベルに達していないと使用できないのは言うまでも無い。
アユミールのシークレット魔法に、さすがの暴君竜も成す術はなかった。資源を奪われながら、のた打ち回っている。
「……どういう魔法ですか?」
僕名アユミールに尋ねていた。
「……<量子重力崩壊>。この黒の魔導書の追加スキル魔法。量子ブラックホールを作り出し、敵に打ち出す魔法。すごいでしょ?」
もちろん強力になれば、当然プレイヤーの力量を求められる。成功率や命中率が下がった状態で、アユミールは<量子重力崩壊>を見事に御した。
シークレット魔法を所持し、自在に操る高位魔術師アユミール。
アユミールもまた凄腕のプレイヤーであることに間違いないようだ。
量子重力崩壊の魔法現象がようやく収まった。
仮想現実の可塑性により元通りに戻っていく迷宮の通路内で、巨躯が動く気配があった。
竜はまだ健在だった。
「……うっそ!?」
アユミールは声を上げる。
「あの魔法を防ぎきったのか……!?」
冷静なクロムも信じられないようだった。
竜は大きな口を開けると、ブレスを吐いた。
凶悪な炎が通路内を満たし、パーティーメンバー全ての生命力が激しく失われていく。
ミナがすぐに回復魔法をパーティー全体に施す中、竜の首がぬうと現れると、パーティーメンバーの一人であるAIキャラを口に咥えた。
アユミールの持ちキャラだった。
みるみるうちにHPが食い尽くされると、AIキャラは消失した。
捕食攻撃はやはり、即死攻撃そのものだった。
一度囚われると、逃げられず、生命力を吸い尽くされ、死に至る。
全員が駆け足で後退していく。
アユミールの逃げ足が妙に遅い。足がもつれて、身体が思うように動かないようだ。
クロムがアユミールを引き寄せ、抱え上げると走り出す。
通路の角に辿り着くと、全員が身を潜める。
「あのシークレット魔法。もう一発撃てるか?」
クロムはアユミールに尋ねる。アユミールはクロムに抱っこされたままだ。
アユミールは首を振る。
「……ごめん、無理。シークレット魔法を使うと魔力の殆どを消費しちゃう上に、行動に制限が掛かるの。しばらく何も出来ない」
アユミールのステータスを確認すると、彼女の言うとおり魔力は大幅に減少し、活動制限状態になっている。対消滅以上の制約と制限を負うようだ。
身体の動きもどこか鈍く、反応も遅くなっている。昏睡状態でないにしろ、これでは戦闘にもしばらくは参加できない。
シークレット魔法のリスクと代償――もし魔法を失敗し、制限状態の時を突かれれば、死、あるのみだ。
これだけの魔法を使用できながら、アユミールがあのエネミーを攻略できない理由がなんとなく分かった。
竜が足音を立て、どんどん迫ってくる。時間が無かった。
「もう一度だ……!!」
僕は自分を奮い立たせるように言う。逃げるつもりもなかった。
すでにディメンジョン・ブレードの準備に入っていた。
「何度でもやってやる……!!」
「少し頭を冷やせ」
クロムの忠告に「うるさい!!」と僕は耳を貸さなかった。頭に完全に血が上っていた。
「……コンバット・ハイ状態か」
炎を浴びた為か、興奮している僕を尻目に、クロムはミナに何かを囁いていた。
ミナは一瞬嫌そうな顔をすると、力が高まっている僕の隣に近づいてきた。
「……ジン君」
名を呼ばれ、僕は苛立ったようにミナを見る。
ミナが突然僕を抱きしめた。瞬間的に頭が真っ白になる。
「眼が覚めた……?」
「は……い」
いつしか竜が目前まで迫っていた。
「ディメンジョンブレード!!」
クロムの叫び声が僕の脳天を貫く。
僕はミナを押しのけると、ディメンジョンブレードを放っていた。
空間断層が竜に接触し、皮膚を切り裂く。
竜の動きが止まっていた。
「怯んだ! 後退するぞ……!!」
陣形が乱れるもの承知で、竜に背を向け、迷宮の通路を全力で走った。
攻撃に最適な一画まで逃げると、アユミールは「どうするの?」とクロムに尋ねた。
アユミールは自分で動けるまでに回復したが、魔法はまだのようだ。
「奴の索敵能力は、魔導司祭並みだ。逃げることは不可能だろう。それこそ戦闘を強制終了しない限りは……」
クロムはミナの方を見る。
「……ミナ解析できたか?」
「はい」
ミナは竜のデータを皆に転送する。
「HPはおよそ十万……ブレス、捕食攻撃、踏み潰しなどの特殊攻撃に、魔法無効化率は八割、全ての属性に対応して効果のある攻撃魔法はまったくなし。でも、ウィークポイントが数箇所。アーマークラスに差があります――」
眼や頭、首の付け根、そして心臓部など弱点箇所は守備力が低い。僕は頭に叩き込む。
「打撃による直接攻撃が一番有効だな……。心臓部に直接剣を突き刺せば、斃せるかもしれんが、生粋の戦士でも無い限り無理だな……」
敵の懐に入って攻撃を仕掛けるなど御免被りたかった。
「いずれにしろ、シークレット魔法でかなり奴もHPを失っているはずだ。ジン君、頭は冷えたか?」
「……こういうやりかた好きじゃありません」
僕はふてくされたように言う。
「ゲーム内とはいえ、いい思いができたんだ。感謝されても恨まれる筋合いは無いな」
クロムのすました物言いに、僕は顔が真っ赤になるのを意識した。
ミナの顔もまともに見れない。
「お得意のソニックブレードで応戦するか」
「資源が尽きるまで、何度でも……!!」
僕はムキになっていた。
クロムは肩をすくめ、呆れた表情を見せる。
「まあいい、このままもう一度仕掛ける。ここが踏ん張り時だな――」
そう言った時、いつしか竜の首がのっそりと音も無く近づいていた。
再びパーティー内のAIキャラの一人を巨大な顎で捕らえ餌食にすると、捕食攻撃を掛ける。
クロムのAIキャラだ。
キャラからヘルメットが脱げる。
クロムだった。AIキャラは、クロムと同じ顔をしていた。
僕の頭に中に『マルチアタックプレイ』という言葉が浮かんでいた。
クロムはAI任せではく、四人のキャラを一人で動かしていたのだ。だから、アユミールの指示も拒否したのだ。サルマンもクロムをマルチタスク型ナーヴァスと言っていた。
AIキャラは、いわば托身体の複製だった。
AIキャラ、正確にはクロムのコピーが消失すると、クロム自身に突然ラグが起こった。
クロムはフリーズしたパソコンのように、まったく動かなくなる。
マルチアタックスタイルは、一人欠けると情報処理が乱れるという話を聞いたことがあった。
四人から三人へと制御数が変わるため、若干の調整が必要になるのだろう。
硬直したクロムを救う為、僕は飛び込み、クロムを庇うように覆いかぶさると、二人一緒に床を転がりながら、その場を逃れる。
「立てますか!?」
僕はクロムに訊く。
クロムの眼に光が宿る。
「――借りができたな」
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ!!」
僕は思わず声を荒げた。
こんなときでも冷静なクロムに妙に腹が立った。
竜が地響きを立てて、迫っていた。
このままでは、踏み潰されるか、食い殺されるか、どちらかだ。
クロムがアブソリュート・ディフェンスが展開する。
聖皇の肖像盾の追加スキルが発動し、竜の踏み潰しを辛うじて弾く。
「魔法剣の準備を――」
竜の踏み付けの耐えながら、クロムは僕に指示を出す。しかし、今の状態では魔法剣を放つ機会すら得られない。
その時、竜が大きく揺れた。
ミナだった。<核爆>の魔法を使用し、竜の急所である眼部に的確に魔法をヒットさせていた。
急所部は魔法耐久率も当然他の箇所より低い。
「ウソ……! こんなこと可能なの……!?」
アユミールも信じられないようだった。
ゲームセンターのことが僕の頭を過ぎる。
イマジナリー・ジェネレーター――サルマンの言葉を思い出していた。
おそらく魔法着弾時に有効範囲を絞込み、収束させることで攻撃効果を上げている。卓越したイメージ操作による魔法制御によるものだろう。
イマジナリージェネレーターの言葉の意味がようやくつかめた気がした。
ダメージは微々たるものだが、高い精度の的確なピンポイント攻撃は、ある意味シークレット魔法よりダメージ効果は上だった。
僕とクロムは竜の足から逃れた。
「彼にバフを――」
アユミールの言葉に、ミナは頷く。
ミナが僕に強化魔法を掛けた。
「距離をとりながら、ディメンジョンブレードで、ウィークポイントをピンポイントで攻撃しろ。ソニックブレードよりはダメージが大きいはずだ」
「了解しました……!」
ボクシングのセコンドのようなクロムの言葉に頷きながら、僕は魔法剣の発動準備に入っていた。
資源が燃焼し、身体に力が宿っていく。
別の力が僕の身体に加わっていた。
さらにミナの攻撃力強化魔法を僕の托身体に追加していく。
準備は万全、そして時は満ちた。
僕は一撃で決めるつもりだった。
暴君竜がブレスを吐き出そうと口を開けた時、僕は弱点である首の付け根――急所へ狙いを定め、魔法剣を放った。
強化魔法の効果が相乗されたディメンジョン・ブレードは、竜を中心に虚空を切り裂くような空間断層を起し、真横に走った。
その瞬間、竜の首が断ち切られていた。
クリティカルヒットだった。
ボス戦でクリティカルヒットが出る確率はきわめて低いにもかかわらず、僕の放った攻撃は、成功率や精度、ダメージ総合量などさまざまな要因がプラスに働き、クリティカルヒットと化し、暴君竜の首を切り裂くという攻撃現象をも齎した。
首を切られた竜は、当然のごとく、活動を停止した。
僕の放った一撃に、派手な音を立てながら、竜の首と身体が床に臥す。
亡骸がキラキラと紙片を撒き散らし、解体していくと共に、経験値や金などの利得資源が清算計上されていく。
膨大な経験値に、レベルアップするキャラも何人か居た。
ついに深緑の暴君竜を斃した瞬間だった。
空中に一振りの剣が出現した。
刀身は長く幅広の両刃の大剣で、ヒルトは広く、柄は両手で握れるよう長い。柄の頭は円形で、赤い石が象嵌されている。
刀身からヒルトに掛けて、神聖文字と共に王冠を被った一糸纏わぬ女神像と蛇が絡み付いている図案の装飾が施されている。蛇は自らの尾を噛んでいた。
女性は文字通り、女性原理をあらわし、蛇は男性原理をあらわす。すなわちこの祭器は、「両性具有」を意味していた。
ただしその銘の通り、柄頭から切先まで、黒一色の剣だった。
「――黒の剣だ」
クロムがそう言うと、僕の背中を押す。
「取ってこいよ。君に権利がある」
「……でも」
「とりあえずは、だ。ただし、間違っても装備はするなよ。呪われる恐れがあるからな」
「……まあ、仕方ないわね」
アユミールは肩をすくめる。
僕はミナを見る。
ミナも微笑み、納得したように頷いていた。
僕は黒の剣に近づき、手にした。
鑑定する必要はなかった。このアイテムはおそらく通行証も兼ねている。
竜を攻略したという証なのだ。これで、九六階へ足を運ぶことが出来る。
勝利を実感しつつあった僕の近くに、人影が出現した。
ボロボロのローブに、ガスマスクを被っていた姿をした者だった。
左手に魔導儀杖、右手に魔法薬のような物を手にしている。
「気をつけろ! コンプリーターだ!!」
クロムが声を上げる。
対応が一瞬遅れ、僕はコンプリーターの行動を許してしまった。
コンプリーターは杖を掲げると、周囲が闇に覆われていった。まるでキャンプを張ったときと同じような状態になった。
完全に裏を掛かれた。
深緑の暴君竜と激闘を終えた後である。
資源のほとんどを消失し、集中力も限界の青息吐息の状態だ。
ダークゾーンの中、僕が反撃しようとすると、コンプリーターは右手の魔法薬を叩き割る。
メンバー全てが硬直すると、床に倒れる。
全身が麻痺し、托身体との繋がりを立たれたような感覚に襲われた。
「……この時を待っていたぞ」
ガスマスクのフィルターの奥で、コンプリーターはくぐった様な声を上げた。
「ウロボロス・リングを渡せ」
コンプリーターが突然、僕に要求してきた。
やはり目的はそれだった。
黒の剣に眼中は無いようだ。
「さもなくば」
コンプリーターは杖を上げると、魔法現象が起こる。
その攻撃エフェクトには見覚えがあった。
エナジードレイン――情け無用のレベルダウン攻撃だ。
僕は思わず青ざめた。
プレイヤーがエネミーの攻撃であるエネジードレインを使用できるなどありえない。
闇アイテムの力だ。
マイナス思考にパニック状態と、迷宮内で絶対に起こしてはならない精神状態に陥っていた。
「……せっかく育てたキャラクター。死から生還できても、弱体化しては何にもならんぞ。また長い時間と金という資源を費やす羽目になる。お前も本意ではないだろう。素直に渡せ」
僕はGMコールを行う。
GMコール――GMへの助けを求める行為である。
反応が無い。
現在形成されているゾーンにはGMコールを遮る力が働いているようだ。
万事休すだった。
エナジードレインを食らえばどうなるか、言うまでもない。
キャラクターのレベルだけではない。
投資した金、時間、労力あらゆるものが水泡に帰す。
今まで掛けた苦行を再び繰り返すなど、考えられない。
ゲームへのモチベーションを喪失することになる。
それは僕にとって、全てを失うことと同義だ。死にも等しい。
僕だけの問題ではない。
相手の身勝手な要求を呑まざる終えなかった。
僕はリングに指を掛け、アイテムを渡そうとする。
「駄目だ……!!」
クロノが止めに入る。
「アイテムを渡したところで同じことだ。われわれを見逃すはずがない」
「……そうよ!」
アユミールも僕を止める。
僕にどうしろというのか。
迷う僕に、コンプリーターが杖をミナに向ける。
ミナが顔色を失った時、
「そこまでです……!」
と声が響くと、ダークゾーン内に誰かが出現した。
魔術師風の女性NPC――女教皇レビスだった。
レビスの持っている本が宙に浮くと、開いていく。頁がめくられると、本から光が放たれた。
光の矢だった。
矢はコンプリーターへ向かっていく。
光の矢を交わしながら、コンプリーターは舌打ちすると別のアイテムを出現させた。
魔法薬だった。
魔法薬を叩き割ると、コンプリーターはその場から消え去った。
逃亡用の闇アイテムまであるとは、実に用意がいい。
「……追尾プログラムを放ちましたが、消去されました」
僕達パーティーを突然光が包む。
あらゆる資源が回復していく。
さらに、アユミールやクロムの死亡したキャラまで復活する。
生命力はもとより魔力やスキルなどの資源も一緒に回復している。
こんな魔法現象など、見たこともない。
「特例により、ステータスを全て回復させていただきました」
レビスが答えた。
「……何者だ? 聖人……NPCじゃないのか?」
クロムはレビスに尋ねていた。
「わたくし、聖人・女教皇レビスは、ゲームを進めるGM型NPCであると共に、ゲームの違法行為や不正行為を取り締まるためのセキュリティAIでもあります」
「なっ」
「……これ以上の干渉および情報開示は特定プレイヤーへの優遇行為とみなされます。お許しください」
レビスは頭を下げる。
「……とりあえず、今日はもうプレイを終了してください。もちろん今回の戦闘で得たアイテムや経験値などはセーブさせていただきますので、ご安心ください」
アユミールは安堵の息を吐く。
「……とりあえず、言うとおりにして今日のところは帰還しましょう」
「お送りいたします」
そういう答えると、レビスは帰還転移魔法の呪印を周囲に展開した。