3 イマジナリー・ジェネレーター
未奈が指定した場所は、渋谷駅地下鉄ハチ公口前だった。
未奈はモスグリーンのパーカーを羽織り、携帯を弄りながら待っていた。
僕と未奈は駅前のQフロントのスターバックスカフェに入っていった。
今日はゲーム世界ではなく、現実世界で会うことになっていた。
未奈から言い出した事だった。
苦戦がこのところ続き、少々ゲーム世界に疲れていた僕は一にも二にもこの提案を呑んだ。
カウンターで僕はラテを、未奈はキャラメルマキアートを注文し、飲み物を受け取ると、空いている席に座った。
未奈は慣れているのかミルクを足したり、泡を多くしたりして、自分流にアレンジしている。
ラテを頼んだ理由は無い。
コンビニでよく購入する飲み物と同じものだっただけだ。
「ドラゴンにフルボッコだったよ」
僕はラテを啜りながら、この前のゲーム内の出来事を伝えた。
「ふうん」
未奈は真っ直ぐに人を見る娘だった。
僕はつい視線をそらしがちになる。
人の視線はどこか苦手だ。特に気がある娘だとそうだ。
「あれはソロプレイじゃ無理だな……」
「でも、黄昏の騎士団と黄金の魔術団が竜を攻略したんだって」
「マジで!?」
おそらく物量で攻略したのだろう。
先を越され、腹立たしくなった。
暴君竜があれならば、グルダーニはどれ程の強さなのだろうか。
想像しただけで、モチベーションが減退する。
カリバーンやメリクリウスがプレイヤーのスカウトに躍起になっている理由が頷けた。
「どっちにも誘われてるけど、黄昏の騎士団とか黄金の魔術団とかギルドにはあまり属したくないんだよなあ……」
「人付き合い苦手そうだもんね。ジン君は」
「……うるさいな」
最近、未奈のツッコミが鋭くなってきた。
こんなことも言い合えるほど、未奈とは仲が良くなっていた。
「グルダーニ攻略の為は、黒の剣に白の王錫、そして赤の錬金薬というアイテムををそろえなきゃいけない……アイテムだってまったくゲット出来て無いし、ドラゴン攻略となるとプレイヤーも少なくとも三人、できれば魔法所有者系の職業のプレイヤーと組まなきゃ無理だろうしな……」
「魔導司祭に、高位魔法使い、聖職騎士?」
未奈の言葉に、僕は頷く。
「理想はそうだね」
未奈との話題は相変わらず、ウィザードブレードの話題だ。和也が聞いていたら、眉をしかめるだろう。
「そういえば、ゲームしててやたらナーヴァスって言葉が出てくるよね」
僕は話題をナーヴァスにする。
「そうね。何の事だろうね……?」
「多分、ゲームの才能のある人間の事だと思うんだけど、どう思う?」
「……なんなんだろうね。ジン君やわたしのこともそう言ってたよね?」
「まあ、僕は確かにゲームしかとりえ無いからなあ……」
僕のネガティブな発言に未奈はクスクス笑う。
笑う未奈の顔はたまらなく可愛かった。
だが元気が無く、どこか上の空だ。
いつもの明るさは影を潜め、ノリも悪い。
「そう言えば、オーディションどうだったの?」
僕の問いに、会話が止まった。
未奈は窓の外を見ていた。
交差点の信号が青になり、待っていた人々が一斉に動いていていた。
それは社会の動きを象徴するような、人が起こす津波のように見えた。
「――駄目だった」
外の景色から店に視線を戻すと、未奈が静かに僕を見つめていた。
「個性が無いって――。キャラが弱いって、いっつも言われる――」
何故彼女が落選するのかよく分からなかった。
可愛くて、性格も良く、受け答えも上手いと思う。
何故、彼女に理不尽を強いるのか、ひどく腹が立った。
「……もう辞めようかな、芸能界」
弱音を吐く未奈に、僕は慌てる。
「……もったいないよ」
「だって、いくら頑張っても叶わないんだもん。意味無いよ」
何を言っていいか分からない。
自分が不甲斐なかった。
「これ飲んだらさあ、ゲーセン……行かない?」
こんな事しか言えなかった。
不甲斐ない僕を、未奈は悲しそうな眼で見ていた。
僕と未奈は近くのゲームセンターに入っていった。
最新鋭の魂読込型のゲーム筐体を置いてある所で、ゲームの種類も豊富だった。
デートで定番のクレーンゲームの数も多い。
だが未奈はクレーンゲームには目もくれず、座ったのは対戦格闘ゲームの筐体だった。
いちおは誘ってみたが未奈は拒否した。
オーディション落選の憂さを晴らすように、未奈はゲームに没頭する。
未奈の腕前はかなりのものだった。
レバーを的確に操作し、正確にしかも素早くコマンドを入力していく。時々、手の動きが見えないほどだった。
まったく無駄が無いレバー捌きは、男の僕から見ても惚れ惚れするほど見事だった。
僕より遥かに腕は上だ。
「……こういうのも得意なんだね」
「うん」
神掛かった速さでレバーを動かしながら未奈は答えた。
敵の動きを読み切り、高速で繰り出されるレバーとボタン入力により、攻撃が立て続けに三発入る。次々とコンボが決まり、敵に反撃する余地すら与えない。
サルマンが未奈のことをイマジナリー・ジェネレーター型のナーヴァスと言っていた。
ナーヴァスがどういうものか良くは分からない。
いずれにしろ、ゲームの才能がある人間であるというのは間違いない。
入力ミスの一切無い未奈のこの能力が、仮想現実内においてあれだけ精度の高い魔法制御を実現させていることは疑いようも無かった。
未奈が敵キャラを即効でKOすると、次の対戦相手を選ぶ画面になっていた。
「……ゲームだとこんなに上手く行くのに、なんでだろうね」
手の動きを止めると、未奈は寂しそうに言った。
掛ける言葉が見当たらない。
「いっそのことウィザードブレードをクリアして有名になるっていうのは……?」
僕の何気ない思い付きを口にしていた。僕の言葉に、未奈は睨む。
真剣な悩みを茶化されたと思ったようだ。
「……真面目な話。ゲームが特技って、十分な売りになると思うけど……」
僕あわてて自分の発言を補強する。
「……売名行為?」
「キャラ作りの一環だよ」
未奈の伏目がちの顔が上がった。
「協力……するよ」
僕の言葉に、未奈は「考えてみる――」と力なく答えるだけだった。