2 必須アイテム情報
僕は城下町の情報屋で有力な攻略情報が入っていないか、チェックしていた。
情報は電子フライヤーで店内や店先に幾つも並べられている。
まるで不動産屋で紹介されている物件のようだ。
三姉妹は迷宮探索の為の準備を頼み、今は僕一人で行動していた。
久しぶりの惨敗だった。
前回の深緑の暴君竜との戦いでの敗北感を噛み締めていた。
電子フライヤーは画像はもちろんのこと動画や音声データなど、さまざまなプログラムやファイルをオブジェクト化したものだ。
もちろん今欲しいのは深緑の暴君竜の関連情報だが、まったくといっていいほど無い。
フライヤーのそのほとんどは、マップやアイテム出現ポイント、エネミーの情報、秘匿魔法や職業特技といったゲームの攻略情報がメインに、目立つのは攻略コミュの勧誘である。
特に今の僕は借金を負っている。しばらくは九五階よりも上層で、金を稼がなければ、資源回復もままならない。
一枚一枚食い入るように見ていると、僕の周りを魔術師風の男達が取り囲んでいた。
「……どなたですか?」
僕は男達に尋ねた。
連中が手出しできないことは、理解している。
だが、分かっていても、気持ちは納得しない。
「話がある。我々に少し付き合って欲しい」
一人がそう答えた。
「悪い話ようにはしない。情報屋より有力な情報も提供出来るかもしれない――」
僕達は素直に従うことにした。
僕達一団は公共広場に移動した。
公共広場の周囲は看板が設置されている。
スポンサー企業の新製品やゲーム内イベントの告知、広告業が衰退する中、仮想現実内の広告はまだまだ費用対効果が見込める有効な場所であった。
だが、プレイヤーからすれば迷惑この上ないものだ。
ケバケバしい広告告知は、ゲームの世界観を激しく破壊するようなものばかりだ。
顔半分を覆った仮面を着けた魔導士が一人立っていた。
「――メルクリウスさん……?」
僕の言葉に、仮面の魔導士メルクリウスは頷く。
「スカウトの勧誘ですか?」
ウンザリしていた。
竜との戦いの直後だ。後にして欲しかった。
「ああ。我々黄金の魔術団は、有能なプレイヤーをスカウトしている」
「ありがとうございます」
僕はとりあえず礼を言う。だが、正直あまり嬉しくない。
「そして、君はウロボロスリングを持っている」
僕は反射的に、リングを嵌めている手を隠した。
「どうだろう。君共々そのアイテム譲ってくれないか?」
メリクリウスの目的は明らかにアイテムだった。付録はむしろ僕の方らしい。
「譲ってくれるなら、君の言い値で買い取ろう。もちろんリアルマネーで」
RMTを要求してくるなど、思いもよらなかった。
「ウロボロスリングは、赤の練金薬と同様ゲーム攻略の必須アイテムとされている」
「赤の練金薬……?」
レビスというNPCが言った話の言葉にあったものだ。
「グルダーニを攻略する為の鍵さ」
「グルダーニ……?」
「追加ダンジョンである異世界領域の迷宮最深部にいる、破壊と混乱の神、深淵に潜む禍なるもの、邪神グルダーニ――異界の神であり、このゲームの真のボス。我々プレイヤーの最終目標だ」
メリクリウスはどこで仕入れたのか、最終ボスの情報を語り始める。
「HPは大よそ百万以上、通常の攻撃は一切受け付けない。魔法抵抗は全ての系統ほぼ百パーセント無効化。攻撃追加に、攻撃補助効果を解除する特殊能力を持つ。さらに独自のドレイン攻撃がある……らしい」
「斃す方法がないじゃないですか……」
僕の言葉にメルクリウスは身体を震わせて笑った。
「まったくその通りだよ」
「そもそも、あの九五階の竜を斃して先に進んだプレイヤーがいるんですか……?」
にわかには信じられなかった。竜にコテンパンにされた直後ならば尚更だ。
「グルダーニの情報に関してはゲーム運営側のリークだろうね。最近ゲームの進行状態が停滞している。みんな九五階で足踏み状態だよ。だが、そのグルダーニを斃す有効な手段がある」
「……なんですか?」
「両性具有神の聖剣――レア素材アイテムを入手して精製する、刀剣系最強の武器だ。魔術の神たる両性具有神の力を宿した聖剣……。ゲーム内の最強究極の武器――。攻撃力は推定五千。その他は一切不明だが、追加スロットや特殊効果が宿っているのはいうまでもない」
メリクリウスはまたレビスの告げた話に登場する言葉を口にする。
僕はいつしかメリクリウスの話から逃れられなくなっていた。
「そんな武器が存在するんですか?」
僕は逆に尋ねる。
「……正確には存在しない、現時点では、ね。素材を集めて、製造するアイテムだ」
メリクリウスの情報が本当ならば、レビスの言葉はやはり攻略のヒントだったようだ。
「このゲームで三種の神器と称されるアイテム――黒の剣に、白の王錫、そして赤の錬金薬を揃えて初めて成される」
嘘は言っていないようだ。レビスとの話を照らし合わせれば、極めて信憑性がある。
ようは素材アイテムを集め、最強の剣を作り上げよ、ということだ。
その素材が、黒の剣に白の皇錫、そして赤の錬金薬らしい。
メリクリウスもレビスと会い、情報を貰ったのだろうか。
そして、本気でこのゲームのクリアを目指しているプレイヤーがいることに、僕は軽いショックを受けていた。
僕はどちらかといえば、仮想現実の世界を楽しむという意味合いの方が強い。
ゲームクリアはあくまでついでだった。
「黒の剣と白の皇錫は比較的簡単に手に入るのだが、赤の錬金薬はSA級の激レアアイテムでね。そして、ウロボロスリングも同じSA級だ。ドロップ率が極めて低く、出現条件は今のところ不明……。そして、ウロボロスリングはフィロソフィーブレードに大きく関係しているらしい」
「フィロソフィー・ブレード……!?」
フィロソフィー・ブレード――頭の中でリピートが掛かる。これもレビスの話の中にあった言葉だ。
「そうだ。カリバーンが君の前で使った魔法剣だ。まさか奴が持っているなど……」
メルクリウスは悔しそうに答えた。
カリバーンの魔法剣の名が、フィロソフィーブレードだとは思わなかった。
メリクリウスが齎す事実は、レビスの曖昧な情報を次々と補完し、僕の疑問に答えていく。
「要はアイテム欲しさですか……? 僕をスカウトするのは」
僕は不快感をにじませながら答えた。
「もちろん君自身も、だよ。おそらく君はナーヴァス――」
「ナーヴァス……?」
またしてもナーヴァスという言葉が出てきた。
「グルダーニを攻略するには、必須アイテムの収集や特殊スキルの習得に加え、緻密な戦略とプレイヤーの精密無比な腕が要求されるのはいうまでもない。漫然とコマンドを入力するようなプレイヤーには、とても勝利できない」
僕はナーヴァスの言葉の意味がなんとなく理解できてきた。
カリバーンやレビス、サルマン、そしてメリクリウスが口にするナーヴァスのニュアンスを統合すると、ナーヴァスとはどうやらゲームの才能を持つプレイヤーのことの様だ。
ゲームをエレクトリックスポーツと称し、競い合うことは海外では常識である。
「ナーヴァスに関しては、我が組織に入ってくれたら教えよう。これは運営側もひた隠しにしている、ゲームシステムを根底から覆すトップシークレット情報なのでね」
重要情報はさすがに簡単には開陳しない。
レビスの会話で最後に残る『ソウルアーカイバ計画』という言葉の意味もこの分では教えてくれないだろう。
「……魔法攻撃は?」
僕はグルダーニに関する質問をした。
「さっき言っただろう。魔法もほぼ通用しない。グルダーニは全ての魔法に対し、耐性を持つ。魔法使いが習得する最上級攻撃魔法でも、ダメージを与えることは難しいだろうな。迷宮が深くなるにつれ、魔法耐久率の高いエネミーが多くなっているだろう……?」
メリクリウスの言うとおりだった。
悪魔系エネミーなど、徐々に魔法が効かなくなっている。
「レベルの乗じて習得する通常魔法では、太刀打ちすら出来ない。もっとも私はシークレット魔法をいくつか入手している。さらSA級アイテムである『赤の魔道書』を先日手に入れた。このアイテムで近々九五階の竜を攻略するつもりだ」
「赤の魔導書……?」
僕の言葉に、メルクリウスは微笑するだけだった。
要するにこの事も答えるつもりは無いということだ。
「そこまでして何を得るっていうんですか?」
「名誉と運営側から賞金が出るだろう。ゲームクリアの副賞は一千万。……知らないとはいわせない」
「……金目当てですか?」
「後はプレイヤーとしての名誉かな? ウィザード・ブレードは海外からの注目も熱いからね」
何故かメリクリウスの言葉を素直に聞くことは出来なかった。どこかは分からないが納得のいかない部分が多々ある。アイテムに執着している部分も気に入らない。
「そうだ、一つ君に忠告しておこう」
「なんでしょう……?」
「君はカリバーンに誘いを受けているらしいが、カリバーンの騎士団に入るのだけは止めておけ」
「何故ですか?」
「……そのうち分かる。奴はある意味コンプリーターよりも得体が知れないからな」
自分としてはよっぽどメリクリウスのほうが不可解だった。
そういい残すと、メリクリウスは団員達と共にその場を去った。