3 隠者の襲撃
クロムとの情報交換を終えると、僕達はキャンプを解いた。
僕もミナとの会話を今後円滑にする為にも、もっと攻略サイトなど情報をチェックする必要がある事を実感した。
キャンプから迷宮へ戻ると、魔術師風のキャラが現れた。
明らかにプレイヤーではなかった。NPCだろうか?
白い魔導服姿の男性キャラで、銀髪に翠の瞳、端麗な容姿はどこか人間離れしている。
魔術士風の男は、僕達を見ながら微笑んでいた。
「何者だ?」
クロムが男に尋ねる。
「――隠者サルマン――グルダーニの使者、と言っておこうかな」
「サルマン……?」
パーティーに緊張が走る。
セネト国王を裏切り、この迷宮が発生する原因となった魔導士で、セネトの無限迷宮のダンジョンマスターだ。
そして、グルダーニとはサルマンが復活を目論む、太古の邪神である。
最終ボスキャラとも言える存在が、何故か僕達の目の前にいた。
ゲームにバグでも起こったのだろうか。
「隠者――聖人か……?」
クロムの言葉に、僕とミナは振り向く。
隠者――と名乗る男は、意味ありげに笑う。
クロムの聖人に関する情報は知っていたらしい。
「聖人は何も君達側だけに存在するわけじゃない。エネミー側にも存在するのさ」
隠者サルマンは言った。
「僕はいわば調停者、世界の天秤を調整する存在――」
「……ようは、ハンデ師という訳か――」
クロムが揶揄する。
「言葉がキツイな」
サルマンは笑う。
「目的は……?」
クロムが尋ねる。
言葉遣いや、振る舞いが洗練されていて、いちいちかっこいい。
「君達タイトルホルダープレイヤーの力量を量りに来た、と言ったら……?」
サルマンにコンプリーターのような異質さは無い。
ゲームを盛り上げる為のNPCかGMのような雰囲気だった。
ゲーム内イベントなのだろうか。
そんな気がしていた。
サルマンは僕の方を見た。
「……君が噂のナーヴァスか。対した神経反応速度だな」
先日カリバーンが言った言葉を、サルマンも口にしていた。
「精神的特性や頭脳の明晰さはプロスポーツ選手に匹敵し、視覚的刺激への反応速度は戦闘機のパイロットに近い速さだ。でなければ、あれほどのマキシマム・ソニック・ブレードは不可能だな。しかも君はウロボロスリングを持っている――」
サルマンは僕の手を見ながら言った。
「肺機能と有酸素的な持久力は一般的な標準男性並み。外見的にはやせ形で健康的な、一般な標準体型か……。肉体も伴っていれば、一流アスリートも夢ではないというのに……。ADHDの傾向が強い――精神面の弱さも目立つ。どちらかと言えば、ネガティブで脆弱……」
目の前のNPCにどんどん勝手に分析されていく。
しかも、明らかに僕の身体的データを相手は持っている。
どういうことだ……?
「本来、ナーヴァスは反射速度や運動技能もちろん競争心や感情面など、エリートスポーツ選手のようなポジティブな感情のレベルが高く、落ち込みやけん怠などのネガティブな感情のレベルが低いが、同様の特性が見られない、な。ADHD傾向型のナーヴァスか……面白いな」
「ナーヴァスとは何だ?」
僕が訊く前に、クロムが尋ねていた。
「自分で調べたまえ」
そう言うと、サルマンの周囲に、光の魔方陣が三つ浮かび上がる。
エネミーの出現現象――何かを呼び寄せるつもりだ。
召喚能力――文字通り、エネミーを召喚する能力を持つエネミーである。
サルマンは召喚能力を持つ聖人のようだ。
サルマンが呼び出したのは、マスターデモン――しかも三体だ。
ミナの表情が固くなる。
先日苦戦したばかりの敵である。無理も無かった。
ゲームマスターだろうか?
ゲームを面白くする為のハンディ処置、バランス調整――そして、プレイヤーへの妨害行為することで、進行状況を調節する。
そんなことは後回しだ。戦いに集中しなくては――。
セオリーとして、召喚者を先に叩かなければ、永遠のエネミーを補充し続ける。
しかし、サルマンはマスターデモンの後方にいる。マスターデモンを始末しない限り、位置的に攻撃を加えようとするのは困難だった。当然、魔法でも難しい。
先手を取ったのはエネミー側だった。
マスターデモンの先制攻撃の発動だった。
マスターデモンは三体とも、フレイムブレードを使う事は無く、魔法の準備に入っていた。
「呪殺……!!」
ミナが叫んだ。
マスターデモンの魔法が詠唱発動される。
<呪殺>――生命力という資源を根こそぎ奪う即死の魔法である。
禍々しい呪印とともに、死神と思われる幽体か、人影のようなものが浮かび上がると、僕達AIを含めた全員を包む。
即死を意識した――だが、ダメージは驚くほど少なかった。
僕達の周辺に強力な魔法防御が展開していた。
クロムを見ると、クロムは聖皇の肖像盾を構え、障壁を繰り出している。
アブソリュート・ディフェンスだった。
後ろで魔法発動の息遣いが感じられた。ヘスペリアだった。
マスターデモンに対し、有効な魔法が何なのか知っている。
<資源放射>の魔法――前回の戦闘で有効だった魔法を、ヘスペリアが詠唱発動の準備に入っていた。
マスターデモンの呪殺攻撃は厄介だが、しかし、それ以上に召喚者の殲滅こそ最優先事項だった。
ミナも魔法詠唱に入る。何故か<核爆>の魔法だった。
<資源放射>の方が有効であるはずだが、ミナの攻撃の意図が僕は読めなかった。
クロムもアブソリュートディフェンスを解くと、今度は攻撃を仕掛けていた。
右足を出し、身体を横にして剣を視線上に構えると、クロムは切っ先をエネミーに向ける。
剣の切っ先には光が宿り、魔法の働きの証である輝きを放つ。
昇天剣だった。
アセンション・ブレード――聖堂騎士が使用できる唯一の魔法剣である。
悪霊や生ける死体といった不死系や擬似生命体、そして悪魔系エネミーに絶大な威力を発揮する魔法剣である。
施されている悪しき魔法を打ち砕き、聖なる力を持ってエネミーを昇天させるジョブスキルである。
クロムは踏み込み、エネミーに突きを放った。
渾身の魔法剣の突きは、マスターデモンの真芯を捉え、さすがに一撃というわけには行かなかったが、多大なダメージを与えた。
さらにフルメットのクロムの仲間キャラが畳み掛ける。
僕はエリテュリアの方を見ると、エリテュリアは頷いた。
エリテュリアもアセンション・ブレードは修得済みだった。
エリテュリアは剣を構え、ジョブスキル発動の為に資源を燃焼すると、アセンション・ブレードを仕掛けた。
マスターデモンに大ダメージを与えると、続け様に僕がマキシマムソニックブレードを仕掛けていた。
フレイムブレードを使わせるつもりは無かった。その前に葬り去る気でいた。
打撃はやはり有効で、マスターデモン達を追い詰めていく。
前回の戦闘での経験は、明らかに僕達に優位に運ばせていた。
ヘスペリアの魔法が追い討ちをかける。<資源放射>の魔法がエネミーに炸裂した。
桁外れのダメージをマスターデモンに刻む。
<資源放射>の攻撃対象が単発の為、始末できたのは一体だが、残るは二体も虫の息だ。
マスターデモンの一体が剣が大きな火を上げた。
フレイム・ブレードが来る、と思った時、ミナは<核爆>の魔法触媒を放っていた。
魔法触媒はマスターデモンを飛び越え、サルマンへ直撃していた。
魔法現象が発動し、爆炎がサルマンを包む。
「イマジナリー・ジェネレーター型のナーヴァスか……!?」
<核爆>の魔法に耐えながら、サルマンはまたナーヴァスという言葉を叫んでいた。
とっさに魔法障壁を展開し、ダメージから逃れたようだが、さすがのサルマンも肝を潰したようだ。
僕自身、マスターデモンではなくその後ろの相手を狙うとは思いもよらなかった。
まさに魔法の精密射撃そのものだった。
ミスを誘発する可能性を諸ともせず、ミナは魔法の着弾を成功させた。
その間、クロムのパーティーが<資源放射>の魔法を仕掛け、マスターデモンの残りに二体に止めを刺す。
隠者サルマンへの攻撃が開けていた。
マスターデモンがいなくなり、がら明きになった隠者へ向けて、僕は駆け出し、攻撃を放っていた。
マキシマム・ソニック・ブレード――『ソニックブレード使い』と呼んだクロムの言葉が頭を過ぎる。
高速の斬撃がサルマンの身体を走る。
魔法剣の攻撃がミスを連発する。
外しているのではない。
サルマンが展開する魔法防御を貫けないのだ。
魔法防御が固すぎる。
魔法剣が全て弾かれ、サルマンまで届かない。
攻撃が通用しない――そんな感じだった。
「その武器と技では、僕を傷つけることはできない――」
サルマンは言う。
だが、嘲笑ではなかった。
まるで、愛弟子を熱心に教える教師のような言葉遣いだった。
「マルチタスク型ナーヴァスに、神経加速型ナーヴァス……さらにイマジナリージェネレーター……ナーヴァス特性を持つプレイヤーが三人も居るとは……。少々旗色が悪いな」
サルマンが呟いた。
「……今日は素直に退散するとしよう」
まるで漫画の敵キャラのような安い科白をサルマンは吐く。
「迷宮の底の更なる別の世界、異次元世界に僕はいる。そこまでたどり着いてみたまえ」
サルマンはそういい残すと、その場から消え去った。
サルマンが居なくなると、戦闘が終了した。
経験値や金など、様々な利得が精算されていくが、アイテム・ドロップは無かった。
クロムが舌打ちする。
「……資源の無駄遣いだったな」
クロムの言うとおりだった。
クロムは剣を鞘に収めながらミナを見る。何も言わないが、クロムもミナの腕前に感服している様子だった。
しかし、どこか敗北感が残る戦闘だった。
ミナもクロムも同じだろう。
魔法も効かず、魔法剣もダメージを与えられない。
僕の中でさまざまな疑問が頭を満たしていた。
聖者とは一体何者なのだ……?
ナーヴァスとは何だ……?
仮に、再びサルマンと戦闘になった場合、斃すことができるのか……?