第二章:言霊(ことだま)の呪縛、あるいは二年の刻(とき)
夏休みが終わり、私たちは日常の喧騒へと戻った。あの隧道の記憶も、青春の一頁として色褪せてゆくものと信じていた。
しかし、それから二年の歳月が流れた秋の日、私の元に森本から一本の電話が入った。
「……長野が死んだよ。自動二輪の事故だそうだ」
私は絶句した。同時に、あの夏の湿った空気と、隧道の入り口で出会ったあの「自転車の男」の姿が、鮮明に脳裏に蘇った。
私はすぐに良へ連絡を入れた。長野の訃報を伝えると、良は受話器の向こうで長い沈黙を保った後、震える声でこう云ったのである。
「やはり、あの時の言葉が……」
「言葉? 何のことだ」
「あのおじさんだよ。あの時、僕たちに向かって呟いた言葉を覚えているかい? 君には聞こえなかったかも知れないが、僕ははっきりと聞いたんだ」
良によれば、あの中年の男は、私たちの顔を代わる代わる覗き込みながら、呪文のようにこう繰り返していたのだという。
『――死ぬよ。死ぬよ。お前ら、死ぬよ』
私は全身の毛穴が逆立つような戦慄を覚えた。
長野の事故は、公には単なる速度過剰によるものと処理された。しかし、あの日、警告を無視して「行き止まり」の闇の奥へと足を踏み入れたのは、長野ただ一人であった。
あの男は、隧道に閉じ込められた死者たちの代弁者であったのか。あるいは、隧道そのものが、生者を誘い込むための大きな罠であったのか。
私と良、そして森本は今も存命である。しかし、あの時、長野が隧道の奥で「何」を見て、あるいは「何」を連れて帰ってきたのかは、永遠に闇の中である。
今、あなたの背後に漂う僅かな「湿り気」――。
それは果たして、ただの夜風でしょうか。
それとも、あの日隧道から這い出し、二年の歳月をかけて、ようやくあなたに追いついた「死の宣告」でしょうか。




