第二章:黄泉(よみ)からの来客、あるいは消えぬ家族
遊園地の門を出た後、恋人たちが身なりを整えるために席を外した隙を突き、私は久米にそれとなく尋ねてみた。 「久米、君はさっき、変なことを言っていたな。お静さんの家族がどうとか……」
すると久米は、今までの怯えが嘘のように、晴れやかな、しかしどこか狂気を孕んだ笑みを浮かべてこう云ったのである。
「ああ、実はね。今日、お静の家に、ご両親とお兄さんが来ているそうなんだ。皆で、僕とお静の仲を祝ってくれるというのでね」
久米の声は、幸福の絶頂にある男のように弾んでいた。
「だから、今夜お静を家まで送った後、僕は正式にご両親に挨拶をするつもりなんだ。一生、彼女を大切にします、と。実は今日一日、その緊張で僕は上の空だったのだよ。変な奴だと思わなかったかい?」
私は、彼の言葉を聞きながら、心臓が握り潰されるような恐怖を覚えた。
なぜなら、私たち共通の学友の間では、お静さんの身上は周知の事実であったからである。
彼女は数年前、流行病と不慮の火災が重なり、ご両親も、そして年の離れたお兄さんも、既にこの世を去っていたのだ。彼女の家には、位牌の他には、誰も住んでいないはずなのである。
「……久米、君は何を言っているんだ。ご両親もお兄さんも、そんなはずは――」
私が言いかけたその時、久米の後ろに立つ街燈が、ふいと瞬いた。
彼の影が、アスファルトの上に長く伸びた。
見れば、その一つの影の周りに、重なり合うようにして、三つの「見えざる影」が蠢いているではないか。
その影は、ある時は老人のように背を丸め、ある時は壮健な男のように肩を怒らせ、久米の背中に、あたかも「家族」が寄り添うようにしがみついていたのである。
「さあ、お静が戻ってきた。僕はこれから、彼女の家へ行くよ。皆が待っているからな」
久米は、戻ってきたお静さんの手を引き、闇の深い夜道へと消えていった。
彼らが去った後、風に乗って、またあの「迷路」の中で聞いた囁きが聞こえてきた。
『やっと追いつけた』
『本当さ、独りじゃあ回れないもんね……こんな、はかない一生は』
あれから、久米の消息を語る者は誰もいない。
ただ、彼の最寄り駅の近くにある、主を失ったはずのお静の空き家からは、夜な夜な、大勢の人間が食卓を囲んで賑やかに談笑する声が漏れ聞こえてくるという。
今、あなたの家へ向かっているその知人は、本当に「独り」でしょうか。
もしかすると、その背後には、彼を独りにせぬための、おぞましき「血の連なり」が列をなしているのかも知れません。




