伯父の話
伯父は炭鉱で働いていて、それがなくなった後はタクシーの運転手をしていた人で、その世代にしては背が高く、アンパンマンにメガネをかけたような顔をしている
お節介の度がすぎるとか、ごり押しとか、空気を読めないとか、そんな範疇に収まらないような予測できない事をする
以前、十人ほどの親戚での法事の帰り際、喪服姿の私たちは皆、伯父の車(私たちの車は少し離れた別の場所にとめてあった)の前にいた
伯父は何やら車のトランクを開けてゴソゴソとやっていて、何か白い塊がトランクの大部分を占めているのが見えた
それを見た伯父より少し歳の若い別の伯父が
「何ですかそれは」
触れてはならないものだった
「欲しいんか」
「あっいえ、そういうわけじゃ...」
といった声も伯父の耳には全く入らない
「ほら」
ポンッと若い伯父に投げ渡されたものは、輪ゴムでまとめられた10個組の軍手だった
伯父の何かのスイッチが作動
"しょうがない、今日は特別だ、大盤振る舞いだ、持ってけ泥棒"とでもいうような、あるいは富豪が札束をばら撒くかの如く、他の者にも10個組の軍手を揚々と配り始めた
私の隣にいた従兄弟は笑いを堪える事もせず「アッハッハッハッーー」と瞬間的に壊れた
そして私たちのところにそれがまわってきた
「いっいえ、僕らは...」
「ほらっ、遠慮すんな」
通常の、一旦断るという礼儀作法が完全に裏目に出ている...
「あって困るもんじゃないから」
今、まさに直ちに困る。そもそもあなた自身、トランクのスペースがなくなって困っているのではないのか
とにかく聞く耳は持たないし、腹部にギューッと押し付けてくるので受け取らざるを得ない
若い伯父は、自責の念に押しつぶされぬよう、きつく口をつぐみ、まばたきも忘れたように一点を見つめている
彼を責めることはできない
しかし、伯母たちにもそれぞれ一人残らず手渡されていくのを見ているうちに、伯父の姿は何やら罪と罰を均等に振り分ける聖人の様にも見えた
全員に10個組の軍手をしっかりと配り終えた伯父は、さも良い事をしたというような晴々とした表情で
「じゃっ、また」
と、ひとこと言い残し車で走り去った
私たちは確かに何かを「もらった」、「得た」はずなのだが、感覚としては身ぐるみ剥がされた感じに近かった
私たちの車はそこからちょっと離れた場所にあり、少し歩かなければいけなかった
はたから見たら、この
「喪服姿でそれぞれ10個組の軍手をたずさえる一行」
はどう映っただろうか
(何が始まるんだ一体.....)
(手で墓でも掘り起こすんだろうか....)
(香典返しなのか!?)
(変な新興宗教じゃないかしら...)
などと思われたに違いない
私たちは皆、恥ずかしさをかき消すように、たわいのない話をしていたが、この時、不思議な感覚があった
皆の中での連帯感というか絆のようなものが、いつもより若干深まっているような...
それは軍手という同じ痛みを共有することによるものだったのだろう
そもそも親戚であり、さらに法事であるから、それはもともとあるものだが、軍手と言う強力な接着剤がそれをより一層深めることになっていた
それが伯父の狙いだった
そんなわけはない
私の母の葬儀の際には、遺骨をかかえる私の方に近づいてきた伯父は、胸ポケットからボールペンを取り出すと、白い布で包まれた遺骨の前側に、なんの躊躇もなく丸印をつけた
「これでいいやろ」
前と後ろがわからなくならない様にとの事だが
(遺骨にボールペンて...)
いったいこれを予測し未然に防ぐ方法なんてあるのか
ボールペンを取り出したのを見て、こんなことになると想像できるのか
「えっ、ちょっ、ちょっとちょっ、うわぁーーっ、...もぅ...はぁ...」
ただ、今ならば散々学習したので、ボールペンを取りだした時点で警察を呼ぶ自信はある
しかし、その甲斐も虚しく伯父はすでに星となってしまっている
私はこの伯父が嫌いではなかった、どこか憎めないところがある
それはやはり、全て良かれと思ってやっていたということに尽きる




