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【連作短編】昼メシな総務課  作者: 常に移動する点P


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1/3

【前編】サムギョプサル

 会社の総務部総務課はいわゆる掃きだめのような部署だ。一線から退いたというと聞こえがいいが、いわゆる会社のお荷物たちの荷物置き場だ。荷物っていうからには、誰かのところに届けられる「べき」なのだが、このお荷物たちはどこにも運ばれない。




 戸倉重蔵(とくらじゅうぞう)はその名前の響きから、会社役員いや創業者のように間違えられるが、ただの総務部総務課所属、社歴三十年のベテランである。会社創立が三十三年だから、ほとんどの会社の成長過程を見てきた人物だ。




 株式会社エンドリング・クリエイティブ・コミュニケーションズ、長い社名だ。デザイン会社として現会長・長谷川一心(はせがわいっしん)が創業し、業界ではエンドさんと呼ばれている。いわゆる老舗のデザイン会社だ。




 デザイン会社には、大きく営業部・デザイン部・編集部の三セクションがある。他には間接部門の総務部、経理部、法務部がある。総務部は総務課と人事課に分かれていて、戸倉重蔵は総務課だ。掃きだめのような部署に新卒時代から所属していたと聞いている。なのに、役職者でもない。




 上羽洋二郎(うえばようじろう)は去年編集部から島流しに合い、総務部総務課に流れ着いた。まだ四十歳、戸倉は五十二歳だ。ダメ社員の戸倉に教えを乞うこともない、そう思っていた。




「上羽さん、ここでは目立ってはいけませんよ。目立つということは、敵に正体をつかまれやすくなりますから」と戸倉らしい洗礼を授けてもらった。




 一通り総務課の仕事について渡辺・西に教えてもらった。大きな仕事はデザイン部のパソコン・スマホの管理、編集部の資料用の雑誌収集、営業部の社用車の管理、社内の備品発注、まぁ管理まわりがほとんどだった。




 業務ファイルを川瀬から引き継いで、教えてもらった。ドサドサっと総務課の奥から荷物が崩れる音がした。


「きゃぁぁあああ、やっちまったあー」


「あら、騒がしいですねぇ。久島さん」


「ごめんなさい、重さん」




 久島今日子(くしまきょうこ)だ。入社二年目の元デザイナー!大型ルーキとまで言われた彼女は本当にここにいたのか。上羽は一年半ほど前に新人の久島今日子とデザインコンペに挑み、コピーライターとして参加した。彼女のプレゼンにかける意気込みは、新人とは思えず、二十年弱のキャリアのある上羽はコンペが終わる頃にはヘトヘトになっていた。彼女の仕事ぶりに、自分のこれまでの仕事への取り組み方を見直したほどだ。




 そんな彼女は突然半年前デザイン部から総務部人事課預かりになり、一ヶ月前に総務部総務課に異動となった。


「あら、上羽さんじゃないですか!」




 くったくのない今日子の笑顔にヨコシマな想いが全くない上羽でも、つい顔がほどけてしまう。この子の笑顔がなんとも、愛嬌(あいきょう)がある。そう思うだけなら、セクハラにならないよなと以前同僚に話したことがある。




「戸倉さん、そろそろはじめましょうよ」


 もう昼前だった。渡辺がコンロとガスボンベを準備しながら忙しそうに声をあげた。


「何がはじまるんですか?」 


上羽は戸倉に尋ねた。


「歓迎会ですよ。お昼のお弁当持ってきてませんよね?」


 上羽は持ってきていないの意を込めて、頷いた。


「さぁ、はじめましょう」


「重さん、今日はなんですか?」


「焼肉ですよ」


「違いますよ、サムギョプサルです」 


 西が言い直した。




 渡辺が手際よくカセットコンロに専用網を置いて、着火する。西がクーラーボックスからビニール袋に入った肉を用意する。川瀬が紙皿と紙コップ、割り箸を打ち合わせ用の長机を合わせてパーティーテーブルの準備をした。


「ここは、会社ですよね」




 上羽はパーテーションの奥を気にしながら戸倉に問いただした。その目線の先は、人事課の神岡朝子(かみおかあさこ)がいた。


「こんなところで、肉焼いたら、人事課が……」


「いいんですよ」


 今日子が言った。


「この前は、お好み焼きでしたから」


「えええ!」




 エンド社ではお昼の時間は自由だ。一応就業規定では十一時四十五分から十三時と決まっている。つまり七十五分ものお昼時間もあるのだ。




 だがそれは幻のお昼規定とも言われている。クリエイティブ周りの社員にはお昼なんてものはない。コンビニで買ったおにぎりをもしゃもしゃと食べながら、昼前に送られてきたクライアントの修正仕事をしているのだ。




「なに、ぼーっとしてるんですか。肉焼けてきてますよ」


 西がトングで肉を指した。上羽は直箸で肉を取ろうとした時


「ダメ!肉を取る時は、この黒い菜箸でよ」


 今日子がいつになく大きな声で制した。


「そうですよ、生肉を掴むのはトング、焼くのはこの木の普通の菜箸、で焼けた肉を取る時はこっちの黒い菜箸です」


「生肉を触るってのは、気を付けないと」


「でました!久島さんの肉奉行」 


 渡辺が茶化した。




「渡辺さん、ここは大事な管理ポイントですよ」


 戸倉は渡辺をたしなめた。


 上羽は、そんな会話を横に焼けた肉を黒い菜箸(さいばし)で取り、レタスにのせ、コチュジャンを自分の箸で肉に乗せ食べた。




 さわやかなレタスの香り、シャキシャキの食感。豚肉の脂身の甘みがジュワっレタスのスキマからこぼれ落ちそうになる。コチュジャンの甘辛さが相まって、思わず声が出た。


「うううう、うんまい」




 西・渡辺・川瀬がニヤニヤと上羽の食べっぷりを見ている。




「私も、食べる!」


 今日子はレタスに肉をのせ、土鍋で炊いたご飯も包み込んだ。コチュジャンだけでなく、ニンニクチップも一緒に。


「おいしぃぃっ」


「ですよね、こんなに美味しいお昼ご飯初めてだ」


「上羽さん、お口に入ったままでおしゃべりはダメですよぉ」


 渡辺が口いっぱいに頬張りながら言った。




「お昼ご飯ってね、一日をもう一度しっかりと仕切りなおす大切な儀式のようなものなんです」上羽は力説する戸倉に目をやった。


「そうそう、仕切り直しに、キムチも一緒に巻いて食べるとうまいですよぉ」


 口数の少ない川瀬が手本を見せてくれる。




「でもこれ、本当はレタスじゃなくてサンチュじゃないんですか?」


「久島さん、正解!でもね、巻ければいいんです」


 川瀬は次の肉を狙っている。


「豚バラだけ食べてても飽きるものです。レタスやキムチ、ニンニクチップ、コチュジャン、全部巻いて一緒に食べると、ほら、飽きませんね」


 こんなに楽しい昼メシは本当にいつぶりだ。というよりも、ここは会社なのか?




「さぁ、そろそろ時間が迫ってますから、お片付けですよ」


 突然渡辺が仕切りだした。あと十分程度でお昼休みが終わる。フロア中、すごい肉のニオイだ。


「あの、神岡部長って、このパーテーションの奥にいる、怒られないんですか?」


「むしろ、神岡部長が総務課で昼ご飯を作ってたべるようにと社長に提案したんですよ」




 戸倉は紙皿・紙コップを片付けながら返事した。


「神岡部長が?どうして」


「言ってませんでした?これ、あとでSNSにアップするんです」


「えええ、コレを」


「そうですよ、私たちの仕事、会社の広報も守備範囲ですからぁ」


「上羽さん、動画編集得意でしたよね。このスマホたちに動画収めてますから、編集しておいてください」




 手際よく片付けを終え、昼からは各々が仕事に復帰した。編集に夢中になっていた上羽の席に、戸倉が椅子のキャスターを転がしながらやってきた。




「上羽さん、僭越(せんえつ)ながら、お説教臭くもなりますが敢えて。会社員って、サムギョプサルみたいに、巻かれたらいいんですよ」


「それって、長いモノに巻かれるってやつですよね」


「いえいえ、自分が楽しいって思えるものがそこにあって、もっと楽しみたいって思うなら巻かれたらいんです。臆病と慎重は同じではありませんから。慎重でもいいですが、失敗しないための慎重というよりも、自分を楽しませるための慎重っての理想です」


「はぁ……」


時計の針が十八時を指した。




「すみません、説教くさくなりましたね。さぁ、業務終了です。帰りましょう!」



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