外部圧力と「現代の投資理論」による経済的勝利
ローナは、私とマクナル様の間を裂くことができないと悟ると、次に「外部」からの圧力を利用して、辺境伯領の経済的基盤を揺るがし、私を追い出そうと画策した。彼女は、王都の最大手であり、王弟公爵とも関係の深い有力な商人である、アッシュフォード商会を動かし、辺境伯領の重要な資源である「鉄鉱山」の採掘権を巡って、マクナル様に不当な取引を迫らせた。
アッシュフォード商会の代表が辺境伯邸を訪れた際、彼はローナの差し金で、驚くべき要求を突きつけてきた。
「辺境伯様。当商会は、辺境の鉄鉱山開発に、王都の莫大な資本を投入したい。つきましては、辺境伯夫人であるアナスタシア様を、この取引の『担保』として、一時的に王都の商館に送っていただきたい。これは、辺境伯様が取引を破棄した場合の、商会の『信用担保』でございます」
アッシュフォード商会の代表は、高圧的な態度でマクナル様に迫った。王都の貴族や商人は、辺境の貴族に対してしばしば、妻や子供を「担保」として人質に取るという、極めて非人道的な古い慣習を押し付けてくることがあった。
マクナル様は、怒りを押し殺し、冷たい視線をアッシュフォード商会の代表に向けた。
「アッシュフォード殿。私の妻を担保にするなど、ありえない提案だ。この話は聞かなかったことにする。私の妻は、商品でも、財産でもない」
ローナの狙いは明白だ。私が王都に送られた後、私を人質にし、マクナル様を思い通りに操り、辺境伯領の利益を王都へ吸い上げること。そして、私を辺境伯邸から物理的に排除することだ。
私は、マクナル様を安心させるように、あの方の隣に静かに立ち、アッシュフォード商会の代表に優雅に微笑みかけた。私の心は、彼らの悪意に揺らぐことはなかった。
「アッシュフォード様。ローナ様は、随分と古風で非効率な取引を持ち込まれたのですね。わたくしを担保にするという発想は、王都の最新の『合理的投資理論』から見れば、最も非効率で、リスクの高い行為ですわ」
私は、前世の金融の知識を使って、この「人質担保」という古い慣習の不合理性を、冷静に指摘した。
「わたくしアナスタシアを担保にする場合、わたくしの逃亡や、王都での病死、あるいは誘拐などの『人的リスク』が伴います。このリスクは、商会にとって莫大な損失となりかねません。しかし、この『投資証券』なら、辺境伯領の鉄鉱山の利益が上がる限り、貴方がたは永続的な利益を、リスクなしで得ることができます。どちらが、より合理的で、よりリスクが低いか、聡明なアッシュフォード様ならお分かりでしょう」
私は、紙に記した「辺境伯領鉄鉱山投資証券」の具体的な案を、彼らの前に提示した。それは、辺境伯領の未来の利益を担保とする、新しい形の「株券」のようなものだった。私は、ローナの「人質」という古い慣習を、「現代の合理的投資理論」と「利益の追求」という新しい価値観で、完全に上書きしたのだ。
マクナル様は、私の知性と、その大胆さに、誇らしげな笑みを浮かべた。彼はすぐに私の提案を理解した。
「アッシュフォード殿。妻の言う通りだ。君が求めるのは『人質』ではなく、『利益』だろう。この『投資証券』は、君の商会にとって、これ以上ない安定した未来をもたらす。君たちが我々の領地開発に資本を投じれば、我々はその利益を証券の形で還元しよう。これは、リスクなしで、永続的な収益を保証するものだ」
商会代表は、リスクのない永続的な利益という魅力的な言葉の前で、ローナの指示を忘れ去り、私の提案を真剣に検討し始めた。彼の商会の目的は利益であり、私の命ではないからだ。
「……辺境伯夫人の提案は、確かに合理的でございます。王都の古いやり方よりも、はるかに安全で、利益も確保されます」
ローナが仕掛けた外部圧力も、私の「経済の常識」という知識によって、辺境伯領を脅かすどころか、逆に王都の資本を引き込み、辺境伯領をさらに豊かにする結果となった。ローナが意図した辺境伯領の経済的孤立化は、完全に失敗したのだ。
アッシュフォード商会の代表は、私の証券発行の案を受け入れ、マクナル様と正式な契約を交わした。
「君は本当に、私の最愛の妻であり、最高のブレーンだ。君なしでは、私はこの危機を乗り越えられなかっただろう。私の命と財産、そしてこの領地の未来は、君の知性によって守られている」
「私、マクナル様とこの辺境伯領のために、一生懸命働きますわ。わたくしの夫と、二人で築き上げたこの領地を守るためです」




