辺境への凱旋と、原点の風景
王都での政務を一段落させたわたくしたちは、久しぶりに原点である「辺境伯領」を訪れることにしました。 これは、新しい王国のモデルケースとなった地の現状を、直接この目で確認するための視察でもあります。
馬車に揺られながら、わたくしは窓の外を流れる風景に目を細めていました。 かつては荒廃し、盗賊の影に怯えていた街道。 今は、辺境の警備隊によって完璧に守られ、商人の馬車が列をなして行き交っています。
「懐かしいな。あそこの丘で、初めて君が設計した軍事陣形を試したんだった」
隣に座るマクナル様が、わたくしの手を握りながら外を指差しました。 彼の指差す先には、今や最新の通信塔が立ち、情報のやり取りを行っています。
「ええ。あの頃はまだ、わたくしの知性がこれほど大きな変化をもたらすとは、貴方様も思っていらっしゃらなかったでしょう?」
「正直に言おう。君のことは一目見て愛したが、これほどまでに世界を創り変える女神だとは、想像もしていなかったよ」
彼はわたくしの手の甲に軽く口づけをし、その温かな眼差しを向けました。 辺境伯領に到着すると、そこにはかつてない規模の歓迎の列ができていました。 領民たちは、自分たちを豊かにしてくれた王妃の帰還を、心から喜んでいるようでした。
わたくしたちは、かつて過ごした辺境の館に落ち着きました。 王宮の豪華な寝室も良いですが、やはりこの、二人で改革を始めた思い出の詰まった場所が、最も心が休まります。
夕暮れ時、わたくしたちは二人だけで、館の裏手にある高台へと歩いていきました。 眼下には、わたくしが設計した合理的な都市計画に基づき、美しく区画整理された街並みが広がっています。
「アナスタシア。君はよく、合理性こそが人を幸せにすると言っていたね」
「ええ。予測不可能な不幸を排除し、努力が正当に報われる仕組みを作ること。それがわたくしの信条ですわ」
「今のこの景色を見れば、君が正しかったことは証明されている。だが、私たちがここで過ごした日々の中には、合理性だけでは説明できない何かが、確かにあったと思うんだ」
マクナル様はわたくしの肩を抱き寄せ、沈む夕日を眺めました。 オレンジ色の光が、彼の横顔をより深く、魅力的に彫り込んでいます。
「合理性だけでは、わたくしたちはここまで来られませんでしたわ。マクナル様。貴方様の揺るぎない愛が、わたくしの知性に『目的』を与えてくださったのです」
わたくしは彼の胸に顔を預け、静かに目を閉じました。 風が草原を渡り、懐かしい香りを運んできます。
「アナスタシア、約束してくれ。どんなに国が大きくなっても、どんなに時間が過ぎても。君と私のこの『原点』だけは、決して変わらないと」
「……もちろんですわ、わが王。わたくしの計算式において、貴方様への愛は、唯一の『不変の定数』ですもの」
彼はわたくしの額に優しく唇を触れさせ、そのまま強く抱きしめてくれました。 辺境の夜がゆっくりと訪れ、一番星が輝き始めます。 わたくしたちが築き上げたこの平和な日常。 それを守り抜く決意を、わたくしは改めて心に刻みました。
その夜、懐かしい館の寝室で、わたくしたちは久しぶりに、王と王妃という立場を脱ぎ捨てました。 ただの男と女として、互いの存在を確かめ合う、甘く、深い時間。 暗闇の中で重なる吐息と、確かな鼓動。 わたくしの知性は、彼の愛という名の海に深く沈み込み、言葉にできない多幸感に満たされていくのでした。




