新世紀の夜明けと、執務机の上の「共犯者」
戴冠式の狂乱から一夜明け、王宮には静謐ながらも、以前とは明らかに異なる「規律」という名の心地よい緊張感が漂っていました。 わたくしは、王妃として初めて迎える朝、鏡の前で自分自身の姿を冷徹に観察していました。 頭に輝くのは、昨日授かったばかりの王妃の冠。 ですが、わたくしにとっての真の冠は、この頭脳の中に構築された、王国を導くための完璧な「理論」に他なりません。
「……脈拍、正常。血圧、安定。睡眠時間は計算より一時間ほど短いですが、マクナル様から注がれた愛情という名の非合理なエネルギーが、それを十分に補填していますわね」
わたくしは自嘲気味に微笑みました。 かつてのわたくしなら、睡眠不足をこれほど楽観的に捉えることはなかったでしょう。 ですが、今のわたくしには、論理を超えた「信頼」という名のバックアップ・システムが存在するのです。
「アナスタシア。朝からそんなに真剣な顔をして、鏡と対話しているのかい?」
寝室の扉が開き、マクナル様、いえ、マクナル陛下が歩み寄ってきました。 彼はすでに王としての重厚なガウンを纏っていましたが、その表情はわたくしだけに見せる、柔らかく甘い「夫」のものです。 彼はわたくしの背後に立つと、鏡越しに視線を絡め、そのままわたくしの肩を抱き寄せました。
「陛下、おはようございます。今日からはいよいよ、新体制での初の御前会議ですわ。わたくしが用意した『国家運営五ヵ年計画』の草案、もう一度目を通しておいていただけましたか?」
「ああ、もちろんだよ。昨夜、君が眠りについた後、月明かりの下ですべて読み終えた。……恐ろしいほどに完璧な計画だ。教育の義務化、税制の完全透明化、そして辺境の技術を応用した全国的な通信網の整備。君は本当に、この国を千年の繁栄へと導こうとしているのだね」
彼は感嘆の吐息を漏らし、わたくしの首筋に顔を埋めました。 その熱い吐息が触れるたび、わたくしの背中に微かな戦慄が走ります。 政務の話をしている最中だというのに、彼の存在そのものがわたくしの合理性を揺さぶるのです。
「陛下……会議の時間が迫っておりますわ」
「わかっている。だが、その前に一つだけ、王としての最初の『決定』を下したい。……アナスタシア、君が隣にいない玉座など、私は認めない。今日の会議も、君は私の真横に座り、その叡智を国民に知らしめるんだ」
「それはもちろん、計画通りですわ。わたくしの知性は、貴方様の権威を補完するためにありますもの」
わたくしたちは、手を取り合って会議室へと向かいました。 重厚な扉が開くと、そこには緊張に面持ちを硬くした新しい官僚たちが並んでいました。 かつての、腹に一物あるような老貴族たちの姿はありません。 ここにいるのは、わたくしが能力のみで選び抜いた、新時代の「歯車」たちです。
会議が始まると、わたくしは用意していた巨大な図表を広げ、王国の現状と未来の展望を、淀みない口調で説明し始めました。 数字、統計、予測。 わたくしの言葉は鋭いメスのように、王国の抱える非効率な慣習を切り裂いていきました。
「……以上の理由により、地方貴族による徴税代行を廃止し、中央集権的な電子……いえ、魔石式管理システムへの移行を提案します。これにより、中間搾取を九十八パーセント削減できる見込みです」
官僚たちがどよめく中、マクナル様は満足そうに頷き、力強い声で宣言しました。
「王妃の提案は、そのまま私の意志である。異論がある者は、彼女の提示した数字以上の論理を持ってくるがいい。……いなければ、即刻実行に移せ!」
会議が終わった後、わたくしたちは一時的に執務室へと戻りました。 誰もいなくなった部屋で、わたくしがデスクに手をついて一息つくと、マクナル様がすぐに歩み寄り、わたくしをデスクの上に座らせました。
「お疲れ様、アナスタシア。君の独壇場だったな。官僚たちのあの顔を見たかい? まるで神託を聞く巡礼者のようだったよ」
「……ふふ、わたくしの言葉は神託ではなく、ただの計算結果ですわ。ですが、貴方様がわたくしの後ろ盾になってくださるからこそ、その数字に血が通うのです」
わたくしは彼の首に腕を回し、少しだけ乱れた髪を整えてあげました。 マクナル様はわたくしの腰を引き寄せ、熱い視線でわたくしを射抜きました。
「君のその冷静な瞳が、情熱で揺らぐ瞬間を、私は世界で一番知っている。……さあ、次の公務が始まるまで、少しだけ報酬をあげよう」
彼はわたくしの唇を深く塞ぎました。 冷たいデスクの上で、熱い愛が交差します。 どんなに緻密な国家計画よりも、今この瞬間の彼の体温の方が、わたくしにとっては切実で、確かな「正解」なのでした。




