新憲章の草案と、深夜の甘い「校閲」
王位継承の準備が進む中、わたくしは王国の根本を支える新しい法典、いわば新憲章の草案作成に没頭していました。 血筋による特権を制限し、能力主義と透明性を法的に保障する。 これは、わたくしの知性が到達した、理想的な国家運営の集大成とも言えるものでした。
深夜の執務室で、わたくしは羽ペンを走らせ、複雑な法文を整理していました。 あまりの集中に、背後に誰かが近づいていることにも気づきませんでした。
「まだ起きていたのかい、わが愛しき賢者殿」
突然、耳元で囁かれ、わたくしの体は小さく跳ねました。 そこには、軍務を終えて戻ったばかりの辺境伯が、楽しそうに微笑んで立っていました。
「マクナル様! 驚かさないでくださいませ。今、非常に重要な条項をまとめていたところなのですから」
「それは失礼した。だが、時計を見てごらん。もう日付が変わってから二時間も経っている」
マクナル様はわたくしの手からペンを奪い取ると、デスクの上に置きました。 そして、わたくしの椅子の後ろに回り、首から肩にかけてゆっくりと揉み始めました。
「あ……そこ、少し凝っておりますわ」
「だろう? 君は集中しすぎると、自分の体の悲鳴さえ無視してしまうからね。それも君らしいけれど、夫としては心配だよ」
彼の逞しい指先が、的確に疲れを捉えて解きほぐしていきます。 わたくしは心地よさに目を細め、背もたれに体を預けました。
「この新憲章が完成すれば、王国の秩序は千年先まで保たれるでしょう。貴方様が王冠を戴く際、これこそが最高の贈り物になりますの」
「君の存在以上の贈り物は、この世に存在しないよ」
マクナル様はそう言うと、わたくしの首筋に顔を寄せ、優しく唇を触れさせました。 その熱い感触に、わたくしの思考回路が少しずつ麻痺していくのを感じます。
「マクナル様、校閲を……手伝ってくださいませんか?」
「ああ、もちろん。だが、その前に君の体温を確認させてほしい。数字や法律ばかりに触れて、心が冷えてしまっていないか、心配なんだ」
彼はわたくしを椅子から立ち上がらせると、そのままデスクの上に座らせました。 山積みの書類が少しだけ乱れましたが、今の彼には関係ないようです。 マクナル様はわたくしの両サイドに手を突き、逃げ場を塞ぐように顔を近づけました。
「君の合理性は完璧だ。だが、私に対する情愛だけは、計算通りにはいかないだろう?」
「……ええ。貴方様に触れられると、わたくしの論理はいつも崩壊してしまいますわ」
わたくしが正直に認めると、彼は満足そうに目を細め、深く、深い口づけを贈ってくれました。 書類のインクの香りと、彼の纏う力強い香りが混ざり合います。 わたくしの心臓は、どの統計データよりも激しく、速いリズムを刻んでいました。
「アナスタシア。王座に座る時、私は君のこの熱を常に感じていたい。二人で一つの運命を共有するんだ」
「約束いたします、わが王よ。わたくしの全ては、貴方様と共にあります」
わたくしは彼の首に腕を回し、さらに深く彼を求めました。 冷徹な法典の草案が置かれたデスクの上で、わたくしたちは誰にも邪魔されない、熱い愛の言葉を交わし続けました。 合理性の果てにある、極上の幸福。 それを教えてくれたのは、他でもない、わたくしの目の前にいるこの男性なのです。
夜が更けるにつれ、王国の未来を綴った書類は、二人の愛の重みによって静かに床へと滑り落ちていきました。




