伝統工芸の「合理化」と、夜の執務室での対話
王国の近代化が進む一方で、避けて通れない問題が浮上していました。
それは、王都で長年続いてきた伝統的な職人ギルドによる抵抗です。
わたくしが導入した効率的な大規模生産システムは、彼らの「手仕事の誇り」という、非効率な美学を脅かしていたのです。
特に繊維ギルドの親方たちは、辺境の安価で高品質な布地を「魂がない」と激しく批判していました。
「マクナル様、彼らの主張は感情論に過ぎません。ですが、無視をすれば社会不安の火種になります」
深夜、辺境伯領の執務室で、わたくしは王都から戻ったばかりの夫と向き合っていました。
デスクの上には、職人たちの嘆願書と、各ギルドの生産能力を分析したレポートが積まれています。
マクナル様は少し疲れた様子で、椅子の背もたれに体を預けました。
「彼らは、機械やシステムが自分たちの仕事を奪うと怯えているんだ。伝統を守ることが王国の誇りだと信じて疑わない」
わたくしは席を立ち、彼の後ろに回って、凝り固まった肩を優しく揉み解しました。
「誇りではお腹は満たされません。ですが、わたくしに案がありますわ。伝統を『合理化』するのです」
わたくしの手が触れると、彼、辺境伯は小さく吐息を漏らし、リラックスした様子を見せました。
「伝統を合理化? また君は、驚くようなことを言う」
「ええ。彼らの手仕事の中でも、特に付加価値の高い部分だけを抽出するのです。単純な作業は機械に任せ、職人には『最高級品』の設計と仕上げに専念してもらう」
わたくしは彼の耳元で、澱みなく計画を語りました。
「ギルドを『王立伝統工芸研究所』へと再編します。彼らには、わたくしが用意した効率的な経営カリキュラムを学んでもらい、ブランドとしての価値を高める戦略を教え込むのです」
マクナル様はわたくしの手を自分の手に重ね、その指先に口づけを落としました。
「なるほど。ただ排除するのではなく、彼らの誇りを利益に変える道を示すというわけか。相変わらず、君の解決策は容赦ないほどに合理的だ」
「褒め言葉として受け取っておきますわ。無駄を省き、適材適所に人を配置する。それがわたくしの流儀ですから」
わたくしが微笑むと、彼は椅子を回転させ、わたくしを自分の膝の上に抱き上げました。
「マクナル様? まだ仕事の途中ですわよ」
「後のことはミレイユたち優秀な官僚に任せればいい。今は、この難題を瞬時に解決したわが妻に、褒美を与えなければならないからね」
彼はわたくしの腰に腕を回し、じっと見つめてきました。
執務室のランプの灯りが、彼の瞳の中に小さな光を宿しています。
「君の合理性は時として冷徹に見えるが、その根底にはいつも、この王国の人々を救いたいという情熱がある。私はそれを知っているよ」
「……貴方様にだけ分かっていただければ、それで十分です」
わたくしは彼の首に腕を回し、少しだけ甘えるように声を潜めました。
外では夜風が木々を揺らしていますが、この部屋の中は驚くほど静かです。
「アナスタシア、君が王妃になったら、この王国はどれほど美しく、秩序だった場所になるだろうか」
「あら、わたくしは今の辺境伯夫人の地位が気に入っていますのよ。貴方様の隣で、自由に知性を振るえますもの」
「だが、世界は君の知性を放っておかない。私も、君を独り占めしたい気持ちと、君の偉大さを世界に見せつけたい気持ちで引き裂かれそうだよ」
マクナル様はそう言って、わたくしの唇を奪いました。
深い口づけと共に、彼への信頼と愛情が全身に駆け巡ります。
論理では説明できない、胸の鼓動。
どんなに世界をシステム化しても、この人への想いだけは、わたくしのコントロールを外れて加速し続けるのです。
「夜はまだ長いですわよ、マクナル様」
「ああ。君との対話なら、夜が明けても足りないくらいだ」
わたくしたちは、書類の山に囲まれながらも、二人だけの甘美な夜を深く慈しむのでした。




