統計が語る「黄金時代」の予兆と、静かなる誓い
王国の全土がマクナルモデルの導入によって、かつてない活気に包まれていました。
辺境伯領のわたくしの書斎には、王都の中央統計局から毎日、膨大な量のデータが届けられます。
これまでは、地方の収穫量も税収も、すべてが貴族のさじ加減で決まる不透明なものでした。
しかし今は違います。わたくしが育てた女性官僚たちが、王国の端から端までを正確な数字で可視化しているのです。
「アナスタシア、また難しい顔をして数字を睨んでいるのかい?」
背後から温かい声が響き、わたくしの肩に逞しい手が置かれました。
愛しい夫、マクナル様が政務の合間を縫って、わたくしの様子を見に来てくれたのです。
「お帰りなさいませ、マクナル様。難しい顔だなんて失礼ですわ。わたくしはただ、このグラフの曲線が描く未来に見惚れていたのです」
わたくしは振り返り、彼を見上げました。
摂政という重責を担うようになってから、彼の纏う空気はより鋭く、威厳に満ちたものに変わりました。
ですが、わたくしの前で見せるこの穏やかな眼差しだけは、出会った頃と何も変わりません。
「この収穫予測を見てください。新しく導入した効率的な灌漑システムと、肥料の集中管理のおかげで、昨年の同時期に比べて十五パーセントも向上しています」
わたくしが指し示した書面を、彼、辺境伯は熱心に覗き込みました。
「ああ、素晴らしい。王都のパンの価格も安定し始めている。領民たちの笑顔が増えたのは、君のこの計算のおかげだ」
マクナル様はわたくしの隣に腰を下ろすと、自然な動作でわたくしの手を自らの掌に包み込みました。
「私の誇り高き妻。君の知性は、この王国の土さえも豊かにしてしまったようだ」
「ふふ、土を耕したのは領民たちですし、彼らを指揮したのは貴方様ですわ、マクナル様。わたくしはただ、最も効率的な道筋を示したに過ぎません」
わたくしは彼の指に自分の指を絡ませながら、甘やかな幸福感に浸りました。
冷徹な数字の世界に生きるわたくしにとって、彼の掌の熱は何よりも確かな現実です。
「アナスタシア、君は時々、自分の功績を過小評価する癖がある。だが、数字は嘘をつかないのだろう?」
彼はわたくしの耳元で囁き、そっと髪を撫でました。
「君が設計したこのシステムがなければ、私はただ剣を振るうだけの男で終わっていたかもしれない。君が私を統治者にしてくれたんだ」
「いいえ。貴方様の中に眠っていた公正さと決断力が、わたくしの知性と共鳴したのです。わたくしたちは、二人で一つの完全な知性体なのですから」
わたくしは彼の胸に顔を寄せました。上質な軍服の香りと、彼の鼓動が伝わってきます。
王都では多くの貴族がわたくしたちの仲を羨み、あるいは恐れていると聞きます。
ですが、この書斎での静かな時間は、誰にも邪魔されないわたくしたちだけの聖域でした。
「マクナル様、明日の予定は?」
「午後に王都のギルド連合との会合があるが、午前中は空けてある。君と一緒に、庭園の散歩でもしたいと思ってね」
「まあ、それは素敵ですわ。統計学の新しい論文についても、ゆっくりお話ししたいと思っていましたの」
わたくしがそう言うと、辺境伯は少しだけ困ったように笑い、わたくしの額に優しく口づけました。
「論文の話もいいが、たまには数字以外の話も聞かせてほしいな。例えば、君が今どれだけ私を愛しているか、とか」
「……それは、計算できないほど膨大な数値になりますけれど、よろしいかしら?」
わたくしが少しだけ悪戯っぽく微笑むと、彼はわたくしをさらに強く抱きしめました。
窓の外には、わたくしたちが守り、育てた豊かな領地が広がっています。
この合理的で美しい王国を、これからも二人で歩んでいく。
その誓いは、どんな不変の数式よりも、わたくしの心に深く刻まれているのでした。




