王都の教育改革と「辺境の教科書」の普及
王都の既得権益を経済的、軍事的に打ち破り、社交界で文化的な勝利を収めた後も、私は依然として王国の未来に対する根本的な不安を感じていました。
その根源は、王都の貴族たちが代々受けてきた、非生産的で古臭い教育制度にありました。
彼らは、複雑で難解な哲学や、古い神話、そして何よりも血筋の重要性ばかりを教え込まれます。
しかし、現実の統治に必要な実学は、意図的に軽視されていました。
経済学や会計学、効率的な資源管理といった知識が、彼らには致命的に欠けているのです。
この教育こそが、彼らが統治能力を持たず、辺境の合理性を理解できない最大の原因だと、私は確信していました。
マクナル様からの報告でも、王都の若手貴族たちが、未だに「辺境の統治モデルは、王国の高貴な精神を欠いている」と批判していることが分かりました。
彼らが真の合理性を理解するためには、彼らの思考の根源、「教育」そのものを変える必要がありました。
私は、辺境伯邸の書斎で、辺境伯領の子供たちが使っている教科書を広げました。
私が考案したこの教科書は、複雑な概念を簡潔な図と具体的な事例で説明します。早い段階から実務的な計算や、資源管理の基礎を教えることに重点を置いています。
私は、この辺境の教科書を、王都の貴族の子弟が通う「王立貴族学院」に強制的に導入する計画を立てました。
「マクナル様。王都の貴族の子弟の思考を変えるには、彼らが使う『知識の源』を変えるしかありません」
「彼らは、抽象的な議論ではなく、数字と効率という、私たちの絶対的な力を、最も幼い頃から学ぶ必要があります」
私の書簡には、王立貴族学院の学長に対する、極めて具体的な要求が含まれていました。
それは、彼らの古い教科書の廃止と、私たちの辺境の教科書への切り替えです。
さらに、私の女性官僚たちによる「実学指導官」の派遣も、欠かせない要素でした。
マクナル様は、私の教育改革の重要性を深く理解してくれました。
「君の言う通りだ、アナスタシア。彼らの非効率で腐敗した精神は、彼らが学んだ『知識』から生まれている」
「根を絶たなければ、必ずまた腐敗は繰り返されるだろう。君の知性は、王国の未来を根本から変えようとしているのだな」
彼は、国王陛下に進言しました。王国の財政再生と軍事改革の成功を根拠に、王立貴族学院への教育改革の勅命を出させました。
王立貴族学院の学長と教授陣は、この勅命に猛烈に抵抗しました。
彼らは、辺境の教科書を「実務的すぎる」「学問的権威がない」「貴族の子弟にふさわしくない」と非難しました。彼らにとって、実学は賤しいものなのです。
私は、その抵抗を事前に予測していました。
私はマクナル様に対し、彼らの批判を論破するのではなく、彼らの教育の非効率性を、彼らが最も大切にする「格式」という視点から打ち破るよう助言しました。
「学長は、彼らの教育が『高貴な精神』を育むと主張しています。ならば、わたくしたちは、その『高貴な精神』を測るための、客観的な基準を提示します」
私の指示に従い、マクナル様は、王立貴族学院の教授陣に対し、驚くべきデータを突きつけました。
それは、辺境伯領で実学を学んだ若者たちが、王都の若手貴族よりも遥かに高い「統治シミュレーション」の成績を収めているという事実です。
「学長。あなた方が教える『高貴な精神』は、領地の財政を破綻させ、兵站を混乱させる。その程度のものだ」
「一方、辺境の教育は、領民を豊かにし、王国に税収をもたらす。どちらが、真に王国の未来を担う『高貴な知識』であるか、この数字が証明しているはずだ」
この数字の証拠と、マクナル様の毅然とした態度の前で、教授陣は沈黙せざるを得ませんでした。彼らの教育の権威は、私の「実務的な実績」という、絶対的な真実の前で無力だったのです。
辺境の教科書は、王立貴族学院の初等クラスから強制的に導入されました。
私が派遣した女性の実学指導官たちは、貴族の子弟たちに対し、古い哲学ではなく、新しい時代の合理的な思考法を教え込み始めました。
最初は戸惑っていた貴族の子弟たちもいました。
しかし、彼らがこれまで学んだ知識がいかに非現実的で役に立たないものだったか、そして私の教科書がいかに現実の統治に役立つかを知るにつれて、彼らは次第に熱心に学び始めました。
特に、会計学や資源分配のシミュレーションゲームは、彼らにとって斬新で、知的な刺激に満ちていたようです。
私は、マクナル様と共に、辺境伯邸の書斎で、その教育改革の成果について語り合いました。
「マクナル様。これで、十年後には、王都の中央政界は、私たちの辺境の合理的価値観を理解する、新しい世代で満たされるでしょう」
私の心の中では、王国の未来が、明るい合理性の光に照らされているのが見えました。彼の隣で、私は静かに勝利を噛み締めていました。




