王弟公爵の「情報操作」と辺境の「透明性」戦略
軍事費の監査が失敗に終わった後、王弟公爵は、もはや私アナスタシアを直接的に排除する手段がないことを悟り、最後の悪あがきとして、「情報操作」という、貴族社会で最も古くから使われる卑劣な武器に訴えてきた。
彼らは、王都の御用新聞や、社交界の噂を通じて、「辺境伯夫人は、辺境伯の不在を良いことに、隣国と密かに通じ、辺境伯領を王国から切り離そうとしている」という、極めて悪質で、信憑性の高い噂を流し始めた。
王弟公爵は、私が隣国と協力して経済的な自立を進めているという事実を逆手にとり、それを「反逆の準備」だと歪曲した。この噂が広まれば、私がこれまで築き上げてきた「王家への忠誠」という信頼は地に落ち、国王陛下までもが私に疑念を抱く可能性がある。
この情報操作は、私の統治の合法性を奪うための、最も危険な攻撃だった。辺境伯領の役人たちは、この噂の広がりと、王都からの非難の増大に、深い恐怖を感じていた。
「アナスタシア様。このままでは、領民の間に不信感が広がり、王都からの軍事的な介入を招きかねません。王都へ弁明の使者を送るべきではないでしょうか」
軍事顧問の老騎士が、切迫した表情で私に訴えた。
私は、彼らの動揺を鎮め、冷静に彼らの提案を退けた。
「弁明の使者を送る必要はありません。王都へ使者を送れば、それは私たちが『動揺している』というメッセージを王弟公爵に送ることにしかなりません。王弟公爵の真の目的は、私たちが弁明に奔走し、領地運営の手を止めることです」
私は、前世で学んだ「情報開示の徹底と透明性」という概念を応用し、王弟公爵の情報操作を、逆に辺境伯領への信頼を深めるための道具として利用することにした。
私が打ち出した戦略は、「辺境の完全なる透明性の公開」
という、この時代の貴族社会では考えられない、極めて大胆なものだった。
隣国との契約書の全面公開: 私は、隣国との国境貿易や、共同でのインフラ整備に関する全ての契約書を、王都の御用新聞以外の、中立的な立場にある全ての新聞社、そして領内の有力貴族に公開した。その内容は、辺境伯領と隣国との関係が、純粋に「経済的利益の相互向上」を目的としており、軍事的な協定や、王国への反逆を企図する要素が一切含まれていないことを明確に証明していた。
辺境伯領の収支の定期公開: 私は、これまでの監査で証明された、私の「可視化帳簿」による辺境伯領の収支報告書を、王都の貴族が求める以上に詳細に、定期的に公開することを決定した。その収支は、領地が経済的に自立し、王都からの援助なしで繁栄していることを、数字という客観的な事実で証明していた。
「情報の真実性」を領民に教育: 私は、領内の学校や集会を通じて、領民たちに「王都の噂は、常に貴族の都合の良いように歪められる」という事実を教育し、辺境伯領からの公式発表のみを信じるよう、強く呼びかけた。
私は、王弟公爵の「秘密主義」に基づく情報操作に対し、「完全なる透明性」という、最も強力な光で対抗した。
「王都の貴族は、常に情報を隠蔽し、曖昧にすることで、自分たちの既得権益を守ります。彼らは、私たちも同じことをすると考えている。しかし、わたくしどもは違います。辺境伯領の運営の全ては、領民と、王国の全ての人々に対して、完全に透明でなければならない。秘密がないところに、陰謀は成立しません」
私のこの行動は、王都の中立的な貴族たちや、一部の良心的な新聞社に、大きな衝撃を与えた。辺境伯領の報告書は、あまりにも詳細で、合理的で、公正であるため、王弟公爵の流した「反逆」の噂が、全く根拠のない悪意に満ちたデマであることを、誰の目にも明らかにした。
王弟公爵は、情報の隠蔽を期待していたにもかかわらず、私が自ら全ての情報を公開したことで、彼らの情報操作は、完全に機能不全に陥った。彼らが言えば言うほど、辺境伯領の透明性と公正さが際立ち、逆に王弟公爵の陰湿さが浮き彫りになるという、完璧な逆転劇だった。
王都のマクナル様からは、喜びと感動に満ちた書簡が届いた。
「アナスタシア。君の『透明性』という戦略は、王都の古い悪弊を一掃する、まさに革命的な発想だ。王弟公爵は、君の知恵の前に、今や完全に手詰まりだ。彼は、君を貶めようとした結果、君の公正さを、王国全土に証明してしまった。君は、私の誇りだ。君のいる辺境伯領へと、一刻も早く戻りたい」
私は、この王都の陰謀との戦いが、終焉に近づいていることを感じた。しかし、王弟公爵は、敗北を認める代わりに、さらに大規模で、辺境伯領の存在そのものを脅かす、最後の手段に訴えることになる……。




