王都による「技術流出」の監視と「オープンソース」戦略
辺境伯領が、羊毛を巡る経済的な兵糧攻めを乗り越え、独自の羊毛加工産業を確立しつつあるという情報は、すぐに王都に伝わった。王弟公爵と財務大臣は、辺境の貧しい領地が、なぜこれほど短期間で経済的な自立を達成できるのか、理解に苦しんでいた。彼らは、私が導入した「合理的な生産技術」が、王国の重要な「技術機密」として、他国へ流出するのではないかという、新たな懸念を理由に、辺境伯領への監視をさらに強めてきた。
王都から派遣された監視役は、辺境伯領の全ての工房や、技術者たちに対し、厳重な情報管理を要求した。彼らは、私が導入した新しい紡績技術や、染色技術が、「王国の技術的優位性を脅かす」として、その全てを王都の管轄下に置こうと画策したのだ。
この監視は、辺境伯領の生産活動を停滞させ、自立経済の確立を妨害するための、明確な嫌がらせだった。
私は、この王都の「技術機密」という古い発想に基づく攻撃に対して、前世のIT業界で学んだ「オープンソース戦略」という、全く新しい概念で対抗することにした。
私は、王都からの監視役が辺境伯邸に到着するのを待たず、辺境伯領の羊毛加工技術に関する全ての情報を、詳細な図解と説明を添えて、領内の全ての領民と商会に対し、無償で公開するという、驚くべき布告を出した。
「辺境伯領の技術は、王都の一部の貴族が独占するものではありません。この技術は、辺境伯領の全ての領民のものです。技術を公開することで、より多くの領民が羊毛加工に参加し、生産性を高めることができる。これにより、辺境伯領全体の富が増大します」
私のこの行動は、領民に強い衝撃と感動を与えた。技術を秘密にするのではなく、あえて公開することで、領民は誰もがその恩恵にあずかれると知ったからだ。
王都の監視役が、辺境伯邸に到着した際、彼らは辺境伯領の技術が全て公になっているという事実に、言葉を失った。
「辺境伯夫人! これは一体どういうことだ! 王国の技術を、無償で公開するなど、正気の沙汰ではない! 技術機密の流出の責任を、どう取るおつもりか!」監視役は怒鳴りつけた。
私は、彼らの動揺をよそに、冷静に微笑んだ。
「監視役様。技術機密の流出をご心配なさっているようですが、ご安心ください。わたくしが公開した技術は、辺境伯領の羊毛の特性を最大限に生かすための、極めて辺境に特化した技術です。王都の絹織物や、他の地域の織物に、この技術をそのまま適用しても、王都の求める品質は得られません」
私は、技術の公開が「流出」ではなく、「技術の拡散による辺境の生産性の最大化」であることを説明した。
そして、最も重要な一撃を加えた。
「そして、技術を公開することで、王都の皆様の監視も容易になります。全て公開されている情報に、不正や隠蔽の余地はありません。もし王都がこの技術を王国の機密として管理したいのであれば、王都がこの辺境の技術を、王国の名の下で、公式に採用し、特許として認めるしかありません。そうでなければ、この技術は、辺境伯領の領民が自由に利用できる、オープンソースの共有財産となります」
これは、王都にとって、大きなジレンマを生じさせた。もし王都が私の技術を「機密ではない」とすれば、辺境伯領は技術を自由に発展させ、王都の統制から離れる。もし「機密だ」と認めれば、王都は辺境の技術を公式に採用したことになり、私の技術の正当性を認めることになる。
王都の貴族は、技術を独占することで利益を得ていた。私の「オープンソース戦略」は、その独占構造を根本から揺るがすものだった。
監視役は、何も手を打てずに、辺境伯邸を後にした。私の知性は、王都の古い「独占と秘密主義」の価値観を打ち破り、辺境に「共有と生産性向上」という新しい経済倫理を確立したのだ。
マクナル様からの次の書簡には、私のこの大胆な戦略に対する、賞賛の言葉が綴られていた。
「君のその知恵は、まさに王都の常識を覆すものだ。王弟公爵は、君の『技術公開』という発想に、完全に意表を突かれたようだ。辺境伯領の羊毛製品が、王都の市場にも出回り始めている。君は、王都の支配なしに、辺境の富を築き上げている。愛している、私の賢い妻」
夫の信頼が、私の背中を力強く押してくれた。私は、辺境の自立経済を、王都のいかなる圧力にも屈しない、揺るぎないものにすると誓った。




