第4話 「幸運か、死か」
「……でけぇな」
目の前のブラックスライムは、俺の身長を優に超える巨体だった。
粘つく黒い体液が床に広がり、足を踏み出すたびにじゅうじゅうと音を立てて石を溶かしていく。
「最下層にしか出ないって聞いたけど……運操作が悪い方向に働いたか?」
緊張で喉が渇く。
それでも短剣を握り直した。
――まずはコアだ。
普通のスライムと同じく、核を突けば勝てるはず。
「はぁっ!」
勢いよく踏み込み、黒いゼリーを裂いて刃を突き刺す。
だが――
「っ!? 弾かれた!?」
手に走る衝撃。刃はぬるりと滑り、コアに届く前に弾き返される。
ブラックスライムの粘性は、通常の比ではなかった。
「マズい……!」
その瞬間、巨大な粘液の触手が振り下ろされる。
咄嗟に横に飛んだが、地面に叩きつけられた衝撃波で体が吹き飛ばされ、背中が壁に叩きつけられた。
「ぐっ……!」
視界が揺れる。呼吸が乱れ、手の短剣が遠くに転がった。
(やっぱり無理か……運だけで、こんな怪物に勝てるわけ……!)
胸をよぎる弱音。
だが、その直後――
――《運操作:発動》
脳裏に声が響いた。
まるでスキルそのものが「まだ終わってない」と告げるように。
(そうだ……“勝つ未来”を引き寄せればいい)
俺は震える手を床につき、全力でイメージした。
触手が外れる未来。
転がった短剣が“ちょうど手元に戻ってくる”未来。
そして――刃がコアを貫く未来。
「来いッ!」
ブラックスライムがとどめを刺そうと触手を振り下ろした。
だが、次の瞬間――石畳がわずかに崩れ、触手は狙いを外す。
転がった短剣が、その振動で俺の方へ跳ね返ってきた。
「……これだ!」
刃を掴み、そのまま突き出す。
視界の中心に――ブラックスライムのコアが浮かんでいた。
――ズブリ。
抵抗もなく刃は沈み込み、赤黒い核を粉砕する。
「ギュルルルゥ……!」
咆哮と共に、巨体は崩れ落ち、溶けるように床へ消えていった。
◇
「……はぁ、はぁ……」
膝をつき、荒い息を吐く。
全身汗まみれだが――生きている。勝ったのだ。
床には、黒光りする魔石と、紫色に輝く宝珠のようなものが残されていた。
「……レアドロップまで……」
震える手でそれを拾い上げる。
スライムごときであり得ないほどの希少品。
だが、これが俺のスキル――【運操作】の力。
「ハハッ……これ、マジでヤバいな」
笑みが零れた。
ただの幸運じゃない。俺は“未来をねじ曲げる”力を持っている。
けれど同時に、心の奥でかすかな不安も芽生えた。
――こんな幸運が、永遠に続くはずがない。
俺は宝珠を握り締め、ダンジョンの出口へ歩き出した。