第25話 「王を超えた先の悪夢」
石造りの広間に踏み込んだ瞬間、空気が変わった。
湿った風が一層濃く淀み、肌を刺すような威圧が押し寄せる。
中央に座すのは、粗末な王冠を戴いた巨体――【ゴブリンキング】。
他のゴブリンの倍はあろうかという体格。
手に握るのは鉄塊のような大剣で、その重量だけで地面が軋んでいた。
「……あれが、この迷宮の主か」
俺の声は自然と低くなる。
肩の上でフォルが「きゅるっ」と鳴き、鋭い眼差しを向けていた。
次の瞬間、王の咆哮が広間を揺らした。
「グオォォォォッ!!」
耳を裂くような咆哮に思わず歯を食いしばる。
それだけで全身が強張り、呼吸すら奪われそうになる。
「……来るぞ!」
巨体が床を蹴った。
その速さは予想を裏切る。
大剣の一撃が振り下ろされ、石畳が砕け散る。
破片が弾丸のように飛び散り、俺はとっさに身を投げて避けた。
「ちっ……!」
反撃の隙を狙い、フォルが飛び出す。
小さな顎から火花のようなブレスを吐き、ゴブリンキングの顔を焼く。
「ギギィッ!」と醜悪な悲鳴をあげ、巨体が仰け反った。
「今だ!」
俺は駆け込み、短剣を横薙ぎに振る。
刃が太い腕をかすめ、赤黒い血が飛び散る。
だが、その傷は浅い。巨体に対して、あまりに刃が小さすぎる。
「……やっぱ硬ぇな!」
怒りに駆られたゴブリンキングの反撃は苛烈だった。
横薙ぎの大剣が風を裂き、遅れて衝撃が胸を叩く。
かろうじて身を引いたが、頬を切り裂く風圧に冷や汗が滲む。
「きゅるああっ!」
フォルが再び吠えた。
その声にほんの一瞬動きが止まる。
俺はその隙を突き、足元へ滑り込み――短剣を思い切り突き立てた。
「グオォォォォッ!!」
膝を折るほどの痛みに、王は大地を揺らすほど吠えた。
巨腕が振り下ろされる前に距離を取る。
「はぁ、はぁ……強ぇ……。でも、やれる……!」
俺とフォルは視線を交わす。
言葉はなくても、気持ちは同じだった。
再び駆ける。
俺が正面から気を引き、フォルが背後から飛びかかる。
爪で引っかき、火花で目をくらませる。
小さな体だが、その働きは確かに「相棒」だった。
「今度こそ……!」
俺は渾身の力で短剣を突き上げ、王の胸へと深々と突き立てた。
刹那――ゴブリンキングの瞳から光が消えた。
巨体がぐらりと傾き、鈍い音を響かせて床に崩れ落ちる。
「……やった……!」
全身から力が抜けそうになり、俺はその場に膝をついた。
フォルも肩に戻り、誇らしげに「きゅるっ」と鳴く。
ついに――王を倒した。
だが、その安堵は長く続かなかった。
「……なんだ?」
広間の奥から、さらに濃い瘴気が溢れ出す。
重苦しい気配とともに、闇の奥から姿を現したのは――
艶めいた長髪を揺らす女王然とした影。
その背後には、鎧に身を包んだ十体の屈強な兵。
【ゴブリンクイーン】。
そして【ゴブリンナイト】十体。
「嘘だろ……!? キングの後に、これかよ……!」
円陣を組むナイトたちに取り囲まれ、クイーンが妖しく笑ったように見えた。
死闘を越えた直後、さらに絶望が襲いかかる。
「きゅる……!」
フォルが震える声を上げた。
俺は汗に濡れた手で短剣を握り直し、奥歯を噛み締める。
(ここからが……本当の地獄かよ!)
――第二幕。
悪夢の本番は、まだ始まったばかりだった。




