第19話 「黒の魔核の伝承」
依頼を終えてギルドに戻った俺は、報酬の手続きを済ませた後、なんとなく受付の奥にある資料室に足を運んでいた。
受付嬢から「会員は自由に閲覧可能ですよ」と聞いていたのを思い出したのだ。
(魔核……あの黒いやつ。あれについて何か分からないか)
資料室の扉を押し開けると、ほの暗い空間に古びた本の匂いが漂ってきた。
壁一面に並ぶ本棚は、冒険者たちが残してきた記録や、魔物研究者たちの論文で埋まっている。
中にはボロボロになった羊皮紙や、魔力で補強された冊子まであった。
「うわ……これ、全部読むのは無理だな」
呟きつつも、俺は片っ端から「魔核」という単語のある書物を抜き出す。
一冊目――「初級魔物と魔核の性質」。そこに記されていたのは、討伐時に得られる小さな魔核がギルドで換金される仕組みの説明だけだった。
二冊目――「魔石と魔道具の応用」。これも道具屋向けの内容で、魔核そのものに特別な記述はない。
(やっぱり、大半は換金アイテムって扱いか……)
ため息をつきながら三冊目を開いたときだった。
そこには、手書きの注釈が多く残された古い伝承集が綴られていた。
「かつて“暗黒種”と呼ばれる魔物から、“黒き魔核”が生まれることがあった。
その効能は不明。だが、一部では“竜に関わるもの”とも噂された。」
「……竜?」
思わず声が漏れる。
偶然かもしれない。けれど、フォルがあの黒い魔核に興味を示した理由と無関係だとは思えなかった。
さらにページをめくろうとしたが、そこから先は破れて失われていた。
ギルドの備品担当に尋ねても、「それ以上の記録は残っていませんね。古い伝承書ですし、信憑性も低いかと」と首をかしげるだけだった。
「……竜に関わる、か」
その言葉だけが、頭に引っかかって離れなかった。
――夜。
自宅に戻り、机の奥から例の漆黒の魔核を取り出す。
月明かりに照らされたそれは、どこか不気味に赤黒く光を帯びているようにも見えた。
「……」
その瞬間、ベッドで寝ていたフォルが目を覚まし、ふらりとこちらへ歩いてきた。
小さな鼻先で魔核をつつき、じっと見つめる。
「やっぱり……気になるのか?」
問いかけると、フォルは小さく「きゅる」と鳴いた。
欲しいのかどうか、判断がつかない鳴き声。けれど目は確かに、この魔核を追っていた。
「……でも、まだだ」
俺は魔核を布に包み、引き出しの奥に仕舞い込む。
伝承の真偽は分からない。もし本当に竜に関わるものなら、軽はずみに与えるわけにはいかない。
「売るべきか、隠すべきか……それとも……」
迷いながらベッドに横になると、フォルが俺の胸元にちょこんと乗ってきた。
小さな体温に安らぎを覚えながらも、頭の片隅では、あの黒い魔核が放つ得体の知れない存在感が消えなかった。