第18話 「迷いの日常」
翌朝。
いつものように目を覚ますと、肩の上でフォルが小さく丸まって寝息を立てていた。
その姿を見て、自然と昨日のことを思い出す。
――漆黒の魔核。
机の奥に仕舞い込んだ袋が、気になって仕方がない。
あれを換金すれば、当分生活費に困らない額になるだろう。
だが、フォルの反応を思い出すたびに、安易に手放す気にはなれなかった。
「……困ったな」
シャワーを浴び、簡単な朝食を済ませる。
それでも視線は無意識に机の方へ向かってしまう。
フォルはパンの欠片をついばみながら、ちらりとこちらを見上げた。
「きゅる?」
「いや……なんでもない」
外に出てギルドへ向かう道すがらも、考えてしまう。
昨日の報酬一万円じゃ、すぐに尽きる。
家賃、食費、装備の修繕代……どれも軽くはない。
(やっぱり、売るべきか……?)
だが頭をよぎるのは、フォルが魔核に触れたときのあの共鳴。
偶然だと片付けるには、あまりにも意味深だった。
ギルドに到着すると、他の冒険者たちの会話が耳に入る。
「おい聞いたか? この前、新宿G級で“レアボス”が出たらしいぜ」
「はは、嘘つけよ。そんなの滅多にねぇだろ」
「でも討伐されたって話もあるんだよな……ドロップは相当なもんだったんじゃねぇか?」
心臓が跳ねる。
やはりあの漆黒の魔核は、普通のアイテムではない。
そう確信すると同時に、背中に冷や汗が流れた。
「……俺が持ってるなんて、誰にも知られちゃいけないな」
依頼掲示板を前にしても、視線は落ち着かない。
今日もいつも通りゴブリン討伐を受けようとするが、心ここにあらずだった。
「きゅるっ」
フォルが小さく鳴いて、俺の頬を小突く。
――大丈夫。焦るな。
そう言ってくれている気がした。
「……そうだな。今はまだ、時期じゃない」
俺は依頼書を手に取り、深呼吸をした。
漆黒の魔核のことは、しばらく俺とフォルだけの秘密にしておこう。
その日常の中で、少しずつ答えを見つければいい。