第10話 「死線の依頼」
翌朝。
俺はフォルを肩に乗せ、再びギルドの扉を押し開けた。
(スライムじゃ成長できない。死線を越えなきゃ意味がない……)
受付嬢リナが、昨日の騒動を思い出したようにこちらを見て、慌てて立ち上がった。
「し、篠崎さん! あの後は……」
「大丈夫です。今日は依頼を受けに来ました」
そう言うと、リナは少し安心したように胸を撫で下ろし、それから真剣な表情で首を傾げた。
「依頼、ですか? G級用なら昨日と同じスライム討伐ですが……」
「スライムはもういいです。E級の依頼、受けられませんか?」
ギルドの空気が凍った。
近くにいた冒険者たちが一斉にこちらを振り向く。
「は? G級がE級? 死ぬ気か?」
「昨日登録したばかりの新米が、調子に乗りやがって」
「どうせすぐ死んで、ギルドの記録に『バカな挑戦者』として残るだけだな」
嘲笑と冷ややかな視線が突き刺さる。
俺自身も分かっている。普通に考えれば無謀だ。
だが、フォルの小さな体が肩で揺れ、心地よい温もりが伝わってくる。
(……大丈夫だ。俺には【運操作】がある。フォルもいる)
「……分かりました」
リナは迷いながらも依頼書を差し出してくれた。
【依頼内容】
・対象:群生ゴブリン(推定数十体)
・ランク:E級
・危険度:中
・報酬:10000円
(ゴブリンか……数が厄介だが、これなら死線を越えられる)
俺は迷わず依頼書にサインした。
◇
ゴブリンの巣はダンジョン内の北の森。
鬱蒼とした木々の中に、鼻を突く腐臭が漂う。
「……フォル、行けるか?」
「クゥ!」
肩から飛び降りたフォルが小さく鳴き、翼を広げて魔力を迸らせる。
その幼い姿が、確かにドラゴンであることを示していた。
(よし……運を寄せる。俺たちが“勝つ未来”を!)
俺はスキルを発動させ、未来を描く。
次の瞬間、茂みの中から十数体のゴブリンが飛び出してきた。
「ギギギギ!!」
刃物や棍棒を振りかざし、黄色い眼がこちらを睨む。
「来い……!」
フォルが口を開き、小さな光弾を吐き出す。
それは【龍威】の魔力を帯びて炸裂し、先頭のゴブリンが吹き飛んだ。
俺は剣を構え、突っ込んでくるゴブリンを斬り払う。
重い。力では圧倒される。だが――
(運を寄せろ! 俺の刃は、致命を穿つ!)
ギリギリの間合いでゴブリンの棍棒が外れ、逆に俺の剣が首筋を捉えた。
「……っはぁ!」
二体目を斬り伏せる。
フォルは周囲に威圧を撒き散らし、ゴブリンたちは怯えて動きが鈍っていた。
「今だ、押し切る!」
俺とフォルは息を合わせ、次々とゴブリンを倒していく。
だが――
「ギャアアアアア!!」
巣の奥から、体格の違う影が姿を現した。
筋肉質で、肩には骨の装飾。
赤い眼を持つ、ゴブリンチーフ。
「っ……!」
全身に冷汗が流れる。
こいつはE級の上位個体。正面から戦えば勝ち目はない。
「クゥ……!」
フォルが唸り声を上げるが、その幼い体はまだ小さく、吐き出せる魔法弾も数に限りがある。
ゴブリンチーフは咆哮と共に棍棒を振り下ろした。
「ッ――!」
俺は咄嗟に剣で受けるが、腕に激痛が走る。
(まずい……押し潰される!)
その瞬間、俺はスキルを叫ぶように発動した。
「運操作……ッ! 外れろォ!!」
棍棒がわずかに滑り、地面を叩き割った。
その隙に飛び退き、荒い息を吐く。
(やっぱり……これだ。死線の中でしか、俺は成長できない)
「フォル、行くぞ!」
フォルが頷き、口に魔力を溜める。
チーフが吠え、突進してきた。
(避けろ! 俺たちに都合のいい未来だけを――引き寄せろ!)
俺はチーフの攻撃を紙一重でかわし、足元に転がっていた石に躓かせる。
バランスを崩したその頭上へ――
「今だ、フォル!!」
「クゥゥゥ!!」
眩い光弾が放たれ、チーフの顔面を直撃。
悲鳴を上げたチーフがのけ反った瞬間、俺は渾身の力で剣を突き立てた。
「――はぁぁあああっ!!」
剣が喉元を貫き、巨体が地響きを立てて崩れ落ちる。
「……っは、はぁ……!」
俺はその場に膝をつき、荒い息を吐き続けた。
全身が震えている。だが、胸の奥には熱が広がっていた。
(やった……俺たちは、本当に死線を越えた……!)
フォルが駆け寄り、俺の頬を舐める。
小さな体から溢れるぬくもりに、思わず笑みが零れた。
◇
巣の奥を調べると、銀貨数枚や薬草、そして古びた小箱が見つかった。
中には、魔力を帯びた短剣が収められている。
(報酬に加えてドロップか……まさに“死線のご褒美”ってやつだな)
俺はフォルを抱き上げ、森の出口を目指した。
体中痛む。だが、それ以上に心臓は高鳴っている。
「……俺たちなら、どこまででも行ける」
そう呟いた時、ライセンスカードが微かに光を放った。