はじめてにはちょうどいい
その日、大学の授業とバイトを終えて帰宅途中、スマホに智子からLINEでメッセージと通話着信があることに気づいた。
メッセージには、『今から通話していい?』とある。
あれからきっかり半年。これはきっと半年ぶり、6回目のあれだな・・・。
家に着いてから、『今だったらいいよ』とメッセージを送ると、すぐに智子から着信があった。
「ご、ごめん・・・。いろいろアドバイスもらってたのに・・・遼くんからもう別れたいって言われて・・・。わたしどうしたら・・・。」
通話先の智子はいきなり泣き声だった・・・。
ああ、やっぱりいつものやつだ・・・。
「どうしたの?急に別れたいって言われたの?」
「なんか・・・他に好きな人ができたみたいで・・・その人と付き合うことになったからすぐに別れてくれって・・・。」
「ああ・・・それは・・・。ひどいね。」
「ねえ・・・これで何度目なのよ・・・。いきなりフラれるの。今度こそは死ぬまで添い遂げようと頑張ってきたのに・・・。やっぱりわたしが悪いのかな・・・。」
「でも、他の人も浮気とか、他に好きな人ができたとかそんなんばっかりじゃん。智子が悪いんじゃなくて、相手がよくない輩だったというだけじゃないかな・・・。」
「ウッ、ウウ・・・、グスッ・・・わたしの見る目がないのかな・・・。最初はいつも向こうから好きだって言ってくれるのに・・・わたしだけ見てくれるのに、どうして急に・・・。」
悪いが、付き合いが長い僕には、もうその理由は解明済みだ。
智子は、『はじめてにはちょうどいい』タイプなのだ。言い換えればエントリーモデル。
誰とも付き合ったことがなく女性に気後れする男が、最初に付き合う相手に選ぶには、いかにも手ごろなのだ。見た目も素朴だし、性格も受け身で聞き上手だから『こんな僕でも受け入れてもらえるかも』って期待感を抱かせてくれる。だから智子はそういったタイプにはよくモテる。
だけど、問題はその後である。智子との交際を通じて十分に自信をつけた男たちは、いつもきまって智子よりも魅力的な女性に目移りし、浮気したり、他の相手と付き合うために智子に唐突に別れを告げて巣立っていく。今回は後者だったらしい・・・。
「智子が悪かったわけじゃないよ。今回は巡りあわせが悪かったんだって・・・。」
「うん・・・。ありがとう・・・グスッ、エッ、ウエッ、エッ・・・。」
もちろん泣いている智子に本当の理由なんて言えない。
だからいつも同じように運が悪かったと慰める。
そのせいで智子は真の原因に気づかず同じ過ちを繰り返すのだ・・・。そう、智子と初めて会った、あの中学2年生の日からずっと続く同じ過ちを・・・。
「あのさ~。今日ちょっとついてきて欲しい用事があるんだけど・・・。」
「ああ、いいよ。」
その日、野球部の練習が終わった後、親友の中村くんから唐突に誘われ、告白の場に付き添うことになった。中村くんによれば、最近気になる同じクラスの女子がいて、とうとうこの日、告白のために校舎裏に呼び出したとのことであった。
「ドキドキするな~。告白、受けてもらえるかな~。」
中村くんは見た目もかっこいいし、勉強もできて、2年生にして野球部のエースだ。良属性のてんこ盛り。だからうまくいく可能性は高い。相手もきっと、相当かわいい子なんだろうな・・・。
校舎裏に行くと、女子が二人待っていた。背が高い方の女子は、たしかバスケ部の岩月さんだ。岩月さんなら納得だ。小学校からの同級生だが、群を抜いた美少女で小学校の頃に中学生から告白されたことがあるって噂になっていた。
もう一人は、知らない女子だな。正直言って眼鏡以外にあんまり特徴がない。告白に付き添う友達モブ役にはちょうどいい配役って感じだ。
「じゃあ、ここで待ってるから。頑張って!」
「おう・・・。」
中村くんは、緊張した面持ちで二人にゆっくりと近づいて行った。そして、なぜかモブ女子の方に話しかけ始め、岩月さんがこっちに小走りで走ってきた。
「うまくいくかな~?心配だよね。」
「えっ?告白の相手って、あの子なんだ。なんていう名前なの?」
「高橋智子さんだよ。クラスでも仲良さそうに話してるし、いい感じだと思うんだよね~。」
岩月さんは何の疑問も感じてないようだが、まだ中学2年生の僕にとっては疑問だらけだ。えっ?あの中村くんだよ。野球部のエースで、クラス委員としてリーダーシップを取り、性格も穏やか、成績も優秀な完璧超人、SSRカード。
言葉は悪いけど、あんなモブ女子じゃなくて、むしろ岩月さんに告白する方がしっくりくるんだけど・・・。
「あっ、あれ!うまくいったんじゃない?」
二人は手をつなぎながら、こっちに向かって歩いてきた。岩月さんは両手を振りながら『おめでとう~』と祝福している。
うまくいったのはよかったと思うが、僕の中では釈然としなかった。僕が読んできたマンガや小説の世界では、主人公キャラがモブ女子と付き合う世界線はなかった。いや、いくつかはあったが、それはモブ女子がファッションや髪形を変えれば実は美女であったとかそういうパターンだ。しかし、あの高橋さんはそんなタイプには見えない。中村くんはいったいどこに惹かれたんだろう・・・。
その後、岩月さんとともに、中村くんと高橋さんのデートに同伴することが何度かあった。一緒に遊園地に行ったり、ファーストフード店でおしゃべりしたり。そのため高橋さんとも面識ができて、学校で会った時も少しずつ話すようになった。高橋さんは控えめな性格で、聞き役に徹して僕の話をよく聞いてくれる。こういう性格の良さが、中村くんが好きになった理由なのかな?
少しずつ納得しかけたところで事件は起こった。付き合ってから半年後、中村くんと高橋さんが急に別れたのだ。
「う~ん・・・なんか違ったんだよね~。」
中村くんにさりげなく理由を聞いてみたが、中村くん自身も高橋さんへの好意を失った理由がはっきりとはわからなかったようだ。
ただ、今から振り返ればわかる。高橋さんのエントリーモデルとしての賞味期限が切れたのだ。恋愛に興味を持ち始めた中村くん、だけどいくら完璧超人とはいってもフラれるかもしれないし、フラれるのは怖い。うまく付き合い始めても無作法な対応をしてしまって幻滅されるかもしれない。だけど、高橋さんだったら、あの控えめで素朴な高橋さんだったら、喜んで付き合ってくれるだろう。中村くんをありのまま受け入れて幻滅なんかしないだろう、そう思って最初の相手に高橋さんを選んだのだろう。
中村くんは、その後、岩月さんと付き合い始めたらしい。中村くんは、こっそり教えてくれたが、学校という場では噂が広まるのが早く、おそらく高橋さんの耳にも入っているに違いない。
言い方は悪いが、結局、中村くんは、高橋さんを最初のステップにして自信をつけてステップアップし、結局は収まるべきところに収まったのだ。
中村くんが高橋さんと別れ、岩月さんと付き合い始めてからしばらくした後、学校の帰り道でたまたま高橋さんと一緒になった。
「ああ・・・今帰りなんだ。」
「ええ・・・。」
「もうすぐ2年も終わりだね・・・。」
「ええ・・・。」
声をかけないのもおかしいと思わず声をかけたが、何を話したものか・・・。いつも中村くんや岩月さんを介して話していたから話題がない・・・。
「あの・・・残念だったね。」
あっ、しまった!あまりに話題がないから、思わず一番触れちゃいけない話をしちゃった。
「うん・・・。二人とも、ずっとずっと仲良くできればって思ってたんだけどね・・・。」
「ああ、そうだよね。あんなことがあるとなかなか難しいよね。」
「告白されたこととか、付き合ったこととか全部なかったことにすれば、ずっと仲良くしてられるのかなあ・・・。」
「うん。でもさ。過去の自分を否定する必要はないと思うよ。きっと何年もしたら、これが今につながったって、必然だったって思える日がくるんじゃないかな。」
「そうかな・・・・?」
「ほら、全然足しにならないだろうけど、あの話がなければ、僕と高橋さんが話すこともなかったじゃない。それで、僕との関係がまた新しい関係につながるかもしれないでしょ。そうして数珠つなぎにつながって最後は収まるべきハッピーエンドにつながるんじゃないかな。だから過去の自分の行動自体は否定しない方がいいと思うよ。」
「そうかな・・・そうかもね。おもしろい考え方するね。少し気持ちが楽になったよ。」
中学を卒業した僕は、高橋さんと同じ高校に進学した。地元の中学からその高校に進学した生徒は二人だけだったので、あの日みたいに自然と話すようになった。聞き上手の高橋さんとの会話は意外にも心地よく、学校でも通学途中でも顔を会わせたら話しかけるようになった。もちろん、中村くんの経緯があったし、僕自身は高橋さんに心惹かれることはまったくなかったが・・・。
そんなある日、高橋さんから学校の帰り道、地元の駅前のファーストフード店に誘われて、深刻な顔で相談された。
「実は・・・同じクラスの川村くんから告白されて・・・。どうしようかって。」
へ~!!高橋さんって、モテるんだ!その頃の僕は正直に驚いた。高校に入って眼鏡をコンタクトにしたが、それで垢抜けたとかそういうこともなく、外見は素朴なままで、クラスでの立ち位置も中学の頃と同じようにモブ女子のままだ。そんな高橋さんを好きな男子っているんだ。
「え~!おめでとう!川村くんって、明るくて話も面白いし、性格もよさそうだよね。よく高橋さんともしゃべってるよね。」
「うん・・・クラスでもよくしゃべる方だし、いい人だと思うんだけど・・・。」
「なにか不安があるの?」
高橋さんはそう言われると、黙って肩ぐらいまで伸ばした黒髪の毛先を指でいじり始めた。視線は右下の方を向けたままだ。
「もしかして・・・中村くんのこと?」
「え?あっ・・・うん、そうそう。あの時、急にフラれちゃったでしょ。しかも、その後、わたしの友達と付き合うことになって、結構落ち込んで。なにかわたしに悪いところがあって、また同じことになるんじゃないかって不安で。もし中村くんから何か聞いていればと思ったんだけど・・・。」
急に早口でしゃべり出したな。
でも、中村くんからは、『なんか違ったんだよね~。』とは聞いている。きっと性格的に合わないところもあったんだろう。それよりも、おそらくは高橋さんをステップにして、岩月さんと付き合い始めたってのが本当のところだろう。だけど、本人にそんなこと言えるはずがない・・・・。
「まあ、お互い初めて付き合ったんでしょ。それはうまくいかないことあるよ。すれ違いとかあったんじゃないかな。詳しくは聞いてないけど。」
「そっか・・・。」
「じゃあさ、もし、川村くんとすれ違いとか出たら僕が相談に乗るよ。ほら、多少なりとも男心が分かったアドバイスがあれば、危機を避けられるでしょ。」
この時、なんでこんなことを言ったのか今でもわからない。不安そうな高橋さんを見て、少し仏心が出てしまったのかもしれない。
「ほんと?ありがとう!もう二度とあんな辛い思いするのは嫌だったから、勇気をもって踏み出せなかったんだけど、頑張ってみるよ!ありがとう!」
高橋さんの顔がパッと明るくなった。その瞬間、僕は、しまった面倒なことになるかもと思ったが、一度言ってしまった言葉は取り消せない。ましてそんな嬉しそうな顔をされた後では・・・。
その後、高橋さんからは、折に触れてアドバイスを求められた。僕からは、川村くんは承認欲求が強そうだから面白い話をされたら思いっきり笑ってあげた方がいいとか、私服を褒めてあげた方がいいとか月並みなことしか言えなかったけど、高橋さんからは頼りにされているようで、デートのたびに事前と事後に連絡があった。
ただ、奮闘むなしく、川村くんに他に好きな子ができたらしく、別れることになったらしい。きっちり半年で。
修学旅行のとき、同室になった川村くんが、高橋さんと別れることになった顛末を別の同級生に話していた。こっそり耳をそばだてて聞いていたが、「最初はいいと思ったけど、そのうち何か違うんじゃないかなって思うようになって・・・」とのことだった。
その次は、高校三年生のとき、高橋さんが大学受験のため通っていた予備校で知り合った相手らしい。授業とか自習室で顔を合わせるようになって、親しくなって告白されたとか。
僕は、別の予備校に行っていたので彼とは面識がなかったが、友達として喜び、ぜひ応援すると申し出て、前回同様、高橋さんに相談されて色々アドバイスすることになった。
高橋さんの話によれば、私立の男子校に通う真面目な男子で、他の女性に目移りすることはないはずとのことだった。今度こそ、絶対に最後の恋にすると強く言っていたが、やはりきっかり半年、大学受験の終了と同時に別れを告げられたらしい。きっと、高橋さんをステップにして、大学のキャンパスで『もっと自分に合った子』を見つけるつもりなんだろう。
奇遇なことに僕と智子は同じ大学に進学した。大学に入っても相変わらず智子はあか抜けず、素朴なモブキャラのままだったが、入学した直後から特定の層から異常にモテた。ただ、それは女性に慣れない男子学生の多いその大学の中でも、特に男子高出身とか、勉学に力を入れてきたとか、オタク趣味に注力していたとかでほとんど女子と話したことがない選りすぐりばかりだった。
智子は、そのうちの男子校出身の一人と付き合いだしたが、やっぱり自信をつけたそいつが半年で学外の女性と浮気をして、別れを告げられた。
この時もグスグス泣きながら電話をしてきたので、相手が悪かったと慰めた。
その後は、今回のオタク彼氏の遼くんである。智子が告白され、付き合いだしたが、また半年で別れを告げられたのだ・・・。
ここに至って僕は確信した。智子は、『はじめてにはちょうどいい』タイプなのだ。初めての交際相手として手ごろだからと選ばれて、自信をつけたら捨てられる。だから智子は、いつも一方的に告白され、受け入れると、きっちり半年で別れを告げられて次へのステップにされている・・・。
ちなみに、僕はというと、高校時代から今に至るまでほとんど途切れることなく彼女がいる。だからエントリーモデルの需要はないし、智子といくら親しくなっても魅かれることはない。そういった意味で智子にとっても、僕は安心できる相談相手なんだろう。
★
「実は、バイト先が一緒の人から、また告白されたんだけど・・・。」
「え~、よかったじゃん!どんな人?」
「他の大学に通ってるらしいんだけどね、真面目そうな人で・・・。」
この日、僕は、大学の学食で智子から三か月ぶり6回目の相談を受けた。相変わらず次から次へと新しい相手が見つかるな~。僕も人のことを言えないが・・・・。
「今度こそ、添い遂げられるといいね。」
「うん!今度こそ!最後の恋にするよ!またアドバイスよろしくね!」
そう言いながらも、僕にはきっちり半年後に泣きながら電話してくる未来が見えた。いまや智子は一番仲の良い友達だし、そんな智子の幸せを祈っていることは事実だ。でも、どうしても智子が彼氏とうまくいく未来は見えない。
「あれっ、マコちゃん。授業休みなの?じゃあ、買い物に付き合って欲しいんだけど。」
「ああ、菜々美。いいよ。この後空いてるし。」
急に会話に割り込んで話しかけてきたのは、同級生の大町菜々美さん、先月から交際している。
「この人は誰なの?」
「高橋智子さん。中学、高校、大学とずっと同級生なんだよ。」
「へ~、そうなんだ・・・。じゃあ、ちょっと友達と話してくるからまた後でね。」
菜々美は、智子をチラッと見て、関心を失ったのか学食の端の席にいる友達の方へ戻って行った。
「ちょっと!また新しい彼女なの?」
「ああ、うんよくわかったね。実はそうなんだ。」
友達とはいえ、折に触れて相談して来たり、泣きながら通話してきたりする智子が、僕の彼女から警戒されることは予想できる。だから、予防のため新しい彼女ができたらすぐに智子を紹介することにしている。そのため、今や智子は僕のタイプを把握して一目で僕と交際している相手を見抜けるようになっている。他方、歴代の彼女たちは智子を一目見ると、その素朴な外見により、すぐに不安が解消するようで、僕の友人であるとの説明を疑いなく受け入れ、智子に相談されることを咎められたことは一度もない。
「前の彼女は半年で別れちゃったんでしょ、その前も半年・・・。ちょっとコロコロと相手を変え過ぎじゃないの?」
智子が小言を言ってきた。
ただ、このやり取りも新しい彼女を紹介する際のお約束だ。
「いや、その話は・・・ブーメランでは?」
「わたしは・・・毎回最後の人にしようと思っているのに、いつも相手にフラれちゃうの。全然違うでしょ。」
「僕も、いつも真面目に付き合ってるんだって。でもなぜか別れることになるって点は同じでしょ。」
「もう・・・・・。」
「もしかしたら、相手と向き合いきれていないのかもね。お互いに。」
「わたしは違いますから!」
いつもと同じ恒例のやり取り。お互い恋愛運はよくないけど、友人としての関係はこの後も変わらず続くのだろう・・・。このときは楽観的にもそう思っていた。
『デートで急に連絡が来て帰っちゃったけどどうしたらいいの~。』
『プレゼントもらったけど、お返しどうしたらいいの?』
『彼の実家に遊びに行こうって言われてるけど、どんな服を着て行ったらいいの?』
智子からは、ときどき彼氏との関係を相談されるメッセージが届いたが、その内容からも付き合いが順調に進んでいることは明らかだった。そのせいか、そのうち智子から相談されることはなくなり、連絡も来なくなった。こんなことは過去に一度もなかった。
「でも、結局、半年ぐらいでエントリーモデルとしての賞味期限が切れて、また泣きながら電話してくるんだろうな。」
しかし、その後、半年経ち、7か月経ち、8か月経っても智子から連絡はなかった。少ししびれを切らして、『彼氏とはうまくいってる?』とこちらから智子にメッセージを送ったが、あっさりと『うん!幸せだよ~!ありがとね』というメッセージが返ってきた。
なんだ、今度はうまくいっているじゃん。とうとう現れたか。エントリーモデルとしてではない、智子の本当に魅力に気づいた相手が。よかったね。友達としてお祝いしなきゃ・・・。
なんか、もやついた思いがあるような、ないような・・・・。すっきりしない。
ちょうど夏休みに入るし、気分を一新するために帰省するか・・・。
新幹線の駅を降りて地元の駅までの電車に乗っていると、同じ車両にいかにも美男美女カップルという二人が乗り込んできた。見覚えのある・・・あれは中村くんはと岩月さん!
「あっ!久しぶり!中学卒業して以来じゃないか?」
「あっ、えっ?真くん?うそ~。」
すぐに二人に気づかれてしまった。しかし、まだ付き合ってたんだ・・・。
「え~、確かいま東大に行ってるんだよね。すごいよね!夏休みで帰省したの?」
「ああ、岩月さん。うん。よく知ってるね。ちょっと時間ができたから・・・。」
「東大と言えばさ、智子も一緒に通ってるでしょ。たまに連絡くれるんだ。真くんのことも話してるよ。」
えっ!そうなんだ。あんなことがあったのにまだ仲良くできてるんだ!
「うん、そうだよね。智子には悪いことしたよね・・・。」
言葉には出さなかったが、態度から岩月さんに驚きが伝わってしまったらしい。
「実は高校に入った後に、二人で智子に謝りに行ったんだ。そのとき智子が言ってたんだよ。真くんに助けられてるって。真くんがいたから救われてるって・・・。あの時はつらかったけど、そのおかげで真くんに会えたからそれでいいって、私たちのことも許してくれて。」
そうなんだ・・・そんな話、智子からまったく聞いたことなかった。
「だから、わたしたち、真くんには陰ながら感謝してたんだ。真くんがいてくれたから、智子があんなに明るくなったって。」
「そうそう、そういえば来月、結婚するんだけどさ。高橋さん、俺たちの結婚パーティーにも来てくれるって。真もぜひ一緒に来てくれよな!」
「あ、結婚するんだ?おめでとう。うん。ぜひ。」
「じゃあ、LINEID教えてよ!連絡するからさ!」
そう言われて僕は、二人と別れた。
二人の話を聞いて思った。もしかして智子には、もっと僕が知らない姿があるのかもしれない。
帰省中、ずっと智子のことを思い出した。
中学の時一緒に帰ったあの日の淡い記憶
高校の時、たまに見せていた、はじけるような笑顔
一緒の大学に進むことが決まった時の喜び
新しい彼氏の話をされるたびに感じていた心のもやつき
別れることになったと連絡をもらったときに心の片隅で感じていた安堵
どうして、『はじめてにはちょうどいい』なんて言って智子の魅力を否定しちゃったんだろう?
いつから、僕には『エントリーモデル』は必要ないなんて言って、惹かれていることを素直に認められなかったんだろう?
中村くんと岩月さんの結婚パーティーの日は試験期間中であったが、少し無理をして出席することにした。二人を祝う気持ちも強かったが、もしかしたら智子も来るかもしれない。智子からの連絡はその後も一切なかったから心配だ。
「いた!」
立食パーティー形式の会場にはたくさんの人がいたが、智子の姿をすぐに見つけることができた。モブみたいな見た目なのに、智子がいる場所は昔からすぐにわかる。
ただ、なかなか声をかけられなかった。
ずっと連絡をとってないし、話しかけたら、彼氏と幸せにやってるなんて報告をされるかもしれない。いや、あの後も泣きながら連絡が来ることはなかったから、まだ付き合っているんだろうし・・・。
そう思いながら遠巻きに見ていると、智子が中村くんと岩月さんの方へ近寄って行った。ああ、二人を祝福しているのかなと思って見ていると、唐突に岩月さんが、「真く~ん」と大声で手招きをした。振り返った智子とも目が合った。
その瞬間、智子が脱兎のごとく会場外に逃げ出した。
あっ、あれ?なんで?逃げられる覚えはないぞ!
そう思いながら、中村くんと岩月さんの方へ近寄っていくと、
「すぐに追って!!」
と岩月さんから叱責されたので、急いで追いかけた。
「どこへ行った?」
ロビー近くまで出てあたりを見回すと、階段裏側の掃除道具入れの前の薄暗い空間で智子がしゃがんでるのが見えた。ハンカチを目に当ててる。
「ど、どうしたの?智子・・・。」
「あっ・・・真。グスッ、グスッ、ヴェッ・・・。」
とりあえず智子の横にしゃがんだ
「どうしたの?」
「あ、あの・・・10か月ぶり・・・」
「もしや7回目の?」
そういうと、智子はコクリとうなずいた。
「おめでたい席だったから必死でこらえてたけど、真の顔を見たらこらえ切れなくなって・・・。」
「今回はどうしてまた?」
「実は三股かけられてた・・・。」
「新しいパターンですね。」
「どうして、どうしてまた・・・。ウッ、グスン、何が悪いの、何が悪かったの?」
「またいつもの・・・ではないよね。今回は完全に相手が悪いでしょ。」
「そ、そうかな・・・。グスッ、グスッ。でも神様もひどいと思わない?なんでこんなにわたしだけ・・・。」
「あんまり連絡してこないから、てっきり今回はうまくいってるんだと思ってた。」
「だって、だって・・・。真が相手と向き合えなかったことがうまくいかない原因なんだって言うから・・・グスン、いつも真に甘えちゃうことが向き合えない原因じゃないかって思って、グスッ、だから連絡を控えていたんだけど、やっぱりうまくいかなくて・・・。」
「そうなんだ・・・きっとこの経験も次につながるよ・・・。」
「次っていつよ。そして、その次がうまくいく保証はあるの?」
智子の背中をポンポンと叩きながら考えた。ここは僕が素直になる番じゃないかな。
「あのさあ、智子。じゃあ、こういうのはどうかな?」
「うん?」
智子が見上げてきた。顔が涙で濡れて、せっかくのお化粧がぐしゃぐしゃだ。
「僕と智子が付き合うっていうのは。」
「ヤダ!!」
え~!即答?即答で断られた。
あれっ?もしかして智子にフラれたのって、僕が史上初めてじゃない?
僕がショックを受けて絶句していると、智子が続けた。
「だって・・・真と付き合ってフラれたら、誰に慰めてもらえばいいの?それに真とはずっと仲良くしていきたいから・・・もしフラれて関係が切れちゃったら・・・。」
「そうかな・・・そうかも。」
「えっ?ちょっと納得しないでよ!そこは、『僕は一生添い遂げる覚悟だから、そんな心配しなくてもいいよ』って優しく言うとこでしょ!」
「ああ、ごめんごめん。やり直そうか?」
「うん。あと、約束破ったら針千本飲んでもらうから。」
「僕は、一生添い遂げる覚悟だから、そんな心配しなくてもいいよ。破ったら針千本飲むから。智子、好きです。付き合ってください。」
「うん、わたしも一生添い遂げます。よろしくお願いします。」
何年も後、僕と智子が、思い出深いこの会場で結婚パーティーを開いたとき、後付けかもしれないけど、あの中学2年生の日からこの瞬間まで一本の道でつながっていたような気がした。他の人にとっては智子がエントリーモデルでも、僕にとってはハイエンドのゴールなんだって気づくためには、あの14歳からあの日までの時間が必要だったんだって。