00-02.セトの場合
あんな危険地帯にいるほうが危ない! まだ森を彷徨ったほうがいい!
そう思って明かりが消えるのを待ち、そのまま真っすぐと戦場から離れた。
声が遠くなるにつれ、恐怖が薄らいでいくのがわかる。
もう夜…。
真っ暗な森の中を歩くのも怖いけど、それ以上にあの光景のほうが怖かった…。
「っ道だ!」
殺されるぐらいなら遭難したほうがいい!
ただひたすら真っすぐ歩き続けると、運よく森の中から脱出できた。
「この道を辿れば街に行けるよね…?」
周囲に誰もいないことを確認し、道に駆け寄って周囲を見回す。
獣道ではないけど、たくさんの人が歩かないとできない粗末な道。
だけど今の私にはとてつもないほどありがたい。
どちらに行けば街に近いのか解らないので適当に決めて再び歩き始める。
もう限界を迎えていたけど、後ろから誰か来るかもしれない…殺されるかもしれないと思うと自然と動いてくれた。
「それにしても動物が戦ってたよね…? え、ここって日本で合ってる…?」
改めて自分の身にあったことを考えるけど、全然検討がつかない。
時系列を考えても、旅行帰りにいきなり森の中にいた。しかない。
記憶喪失になったとか? それとも誘拐されて夢を見ている? いやさっきのあれが夢だとは思えない…。
じゃあどうして私はこんなところにいるの?
「動くな」
「―――」
警戒心を失ったわけじゃない。後ろが怖くてたまに振り返って確認していた。
それなのに突然、背後から声をかけられた。
私でも感じることができる殺意ある声と、首筋に当たる冷たいなにか…。
驚きすぎて声すらもあげることもできず、立ち止まって次の言葉を待つ。
「貴様、我が軍の者ではないな。北の者か」
「……ぅあ…」
「大方一般人に成りすまして偵察か連絡役か…。どちらにせ…よ……メス…?」
両手をあげ、無害アピールをしながら振り返ると軍服姿の長身な男性が剣を向けていた。
鋭い眼光と背筋が伸びる圧にまた身体が震えるが、男性は私の顔を見るなり鋭かった目をまん丸に変えて小首を傾げる。
「ご、ごめんなさい…! 私は敵じゃないですっ」
「メス…が、何故ここに…? いや変装か?」
「っがいます! あの、信じてもらえないかもしれませんが、私は本当に敵じゃありません! あの、えっと、自分でもよくわからなくて…! でも怪しい者じゃないです…!」
だから殺さないで下さい!と言うと、男性は困ったように眉をしかめ、私の頭からつま先まで確認する。
こ、怖い…。怖すぎる…!
背が高いから圧迫感あるし、体格もいいからすぐ殺されそうだし、声はマシになったけどさっきの冷たい声が頭から離れない。というか首に剣が…!
続く沈黙をひたすら耐えていると、剣を鞘へと戻してその場に膝をついて視線を合わせてくれた。
何かされるのかと思ってビクリと身体が飛び跳ねると、「申し訳御座いません」と優しい声で謝罪をし、軽く頭をさげる。
これは…見逃してくれそうな雰囲気…?
「こんな夜中にこんな場所でメスと出会うとは思わず失礼しました」
「……メス…?」
「番はどこですか?」
「つがい…とは…?」
「…。伴侶です」
「はんりょ?」
「……失礼ですが、左薬指を見せて頂けますか?」
一定の距離を保ったまま右手を差し出されたので素直に左手を出すと、少しだけ目を見開いてすぐに解放してくれた。
思ったより話が通じる人でよかった…! そのまま拘束されるかと思った…。
「番がいないメスがいるとは…」
「えっと…」
「お名前をお伺いしても?」
「……乃木、永遠子、です…」
「ノギトワコ?」
「あ、えっと、乃木が苗字で永遠子が名前です…」
「ではトワコ嬢。先程は大変失礼致しました。私の名前はセト・バンレンシと申します」
「ど、どうも…」
「ここは現在北の国と交戦中です。危険ですので安全な場所に案内致しますが宜しいですか?」
私が名乗るとフッと口元に笑みを浮かべ、今まで以上に優しい声で再度右手を差し出してきた。
セトさんは紳士的だとは思うけど、ついて行って大丈夫なのかな…。
今は優しいけどこのまま拘束されて拷問されるかもしれないし、もしかしたら森の中で殺されるかもしれない…。
信じたいけど信用するにはセトさんのことを知らなさすぎる。
頼れる人がいてほしい気持ちもあるけど、やっぱり……軍服を着てる人だし、関わらないほうがいいよね…?
「い、いえ…。大丈夫です…。お気遣いありがとうございます」
「…」
できるだけ怒らせないように、愛想笑いを浮かべて頭を下げると露骨に残念そうな顔をするセトさん。
暗くてよく見えないけど、多分かなりの男前だ。
そんな男前の悲しそうな表情は余計に良心が痛む気がする…。
でも騙されたらダメ! イケメンだからこそ警戒しないと!
「この道の先に用事があるので…。だから大丈夫です」
「…。ですが魔獣が出ますよ。それにここら辺には野良も多数います」
「ま、魔獣…? えっと…あの、でもセトさんもお仕事中ですよね…? 私なんかに構ってる時間はないんじゃあ…?」
「いえ大丈夫です。私の仕事はほぼ終わっております」
「そうなんですか…? でも、邪魔したくないし…。目的地まであと少しなので…」
「私もこの先に用事があるのでついでに送ります」
「えッ!? そ、そんなっ…悪いですよ! 私疲れてて歩くの遅いですから邪魔になります!」
「では私が抱えて運びます」
「いいです、いいです! 本当に大丈夫ですから!」
やんわりと断りをいれているのに引く様子はなく、むしろ絶対に逃がさないと言った勢いで言葉をかぶせてくる。
声や喋り方は優しいけど勢いが…!
やっぱり怪しまれてるのかな…。でも怪しくなってどうしたら証明できる?
「私はタカ族なのですぐに目的地に到着できます」
「……タカ、族…?」
「見たことありませんか?」
そう言って立ち上がると人が大きな鳥に変身した。
その瞬間、脳の許容量がいっぱいになったのか、驚きすぎたのか、そこで意識を飛ばしてしまった。
✿
「……うぅ…!」
悪い夢を見た。
知らない場所に誘拐され、動物同士の殺し合いを見て、人が鳥へと変身…。
こんな荒唐無稽な現象、夢でしか説明がつかない。
目を開けるといつものようにフカフカのベッドに、いつもの白い天井。
「ま…ぶしい…」
昨日カーテンせずに寝たのかな…。旅行楽しかったもんね、仕方ない。
眩しくて布団で顔を隠して再度目を瞑る。
まだ眠い…遊び過ぎた…。体力ある方だと思ったんだけどなぁ…。でも今日が休日でよかったぁ…。
「ああ、申し訳ありません」
「ううん…だいじょうぶ…」
……おかしい。
私の布団はこんなに手触りよくない。というか、いつもの手触りじゃない。
それと両親は私の部屋に入って来ない。寝坊したからって起こに来てくれない。
あとこんな声、私は知らない…!
「ッだれ!?」
「おはようございます、トワコ嬢。あまりに目覚めないので心配しておりました。体調は大丈夫ですか?」
「……………セト、さん…?」
「はい」
夢じゃなかった…!
知らない部屋に軍服を着崩した男性が本を片手に微笑んでいた。
男前だとは思っていたけど、こんなに男前だったの!?
っいや、今はそうじゃなくて…!
私が起き上がると本をテーブルに置いて、近くに置いてあった水差しに手を伸ばす。
寝起きのせいで頭がまったく働かず、ただ彼の動きを見つめることしかできなかった。
「トワコ嬢は丸一日以上寝ていました。喉乾いていますよね? 水をどうぞ」
「……あ、ありがとう…ございます…?」
確かに喉が異様に乾いていた。
森の中でも飲まず食わずで歩き回ってたし当たり前か。
渡されたコップを受け取り、一口飲むと身体がもっとと欲しがったので一気に飲み干した。
空になったコップもすぐにとられ、おかわりを注いでくれたのでありがたく二杯目も飲み干す。
飲み終えてようやく脳みそも起きてくれた。
「……こ、殺されるんですか…?」
いや、やっぱり起きてなかった。
突拍子のない質問にセトさんは不快に思うことなく、むしろちょっと笑って首を横に振る。
「メスは殺せません。ご安心を」
「…あの、じゃあ………ここは…? なんで…え…?」
「突然のことで混乱されてますよね。説明致しますのでまずはこちらに着替えませんか?」
そう言って出してきたのは真っ白なワンピースドレスと白い靴。
何で着替え?
と小首を傾げて自分の服を見ると、森の中を走ったせいでボロボロに汚れていた。
その状態で寝てたってこと!?
慌ててベッドを見るとところどころに泥がついていて血の気が引いていった。
「す、すみません汚してしまいました!」
「さすがに脱がすのはまずと思ってそのまま寝かせたのは私です。だから気にしないで下さい。それとお風呂と洗面場はあちらになります。私は外に出ていますので終わり次第、声をかけて頂けますか?」
「え!? いや、でもっ…」
「失礼します」
それ以上私の言葉を聞かないように、言いたいことだけ言ってさっさと部屋から出て行くセトさん。
改めて部屋を見回すと、ブラウン系でまとめられた高級そうな部屋で高価そうなものが飾られている。
こ、こんなところで寝てたなんて…。
というか森の中から何でこんなとこに…?
混乱しつつも自分の汚れが気になって言われたお風呂場へと向かう。
日本とは違うお風呂場に気後れしたけど、綺麗にはなりたい…。
壊さないように、変に触って汚さないように気を使いながらなんとか身体から汚れを落とす。
本当はゆっくり湯舟に浸かりたいけど、知らない場所で悠長にしていられず、烏の行水のごとくマッハで終わらせる。
用意されていたフカフカのタオルはあったけどドライヤーはなく、湿った髪のまま用意してくれた服に腕を通す。
「わー…すごい…。着心地いい…!」
つるつる。さらさら。しっとり?
今まで体験したことのない肌に優しい素材に感動しながらもちゃんと着れているか何度も鏡で確認。
服のデザインだって可愛い。背中が開いてるのが気になるけど…。
最後にもう一度確認して部屋に戻り、セトさんが出て行った扉を開けようとすると軽いノック音がして反射的に「はいっ」と答えた。
「既製品とは言えサイズが合ってよかったです」
「え? あ、服ですか? あの、ありがとうございます。着心地いいし可愛いし…助かります」
「いえ、トワコ嬢に喜んで頂けてよかったです。ただまだ髪が濡れていますので私が乾かしても?」
「いやいや、大丈夫です! そこまでご迷惑かけるわけには…!」
いくらイケメンとは言え、ほぼ初対面の人に髪の毛を乾かしてもらうなんてとんでもない!
全力で拒絶すると、昨晩きのように悲しそうな顔を一瞬して、すぐに元の表情に戻る。
「ですがそのままでは風邪を引いてしまいます。昼食もご用意しましたので、食べながら私が乾かしても構いませんか?」
「い、いやぁ…」
お風呂に入って、しっかり目が覚めてせいもあってお腹が空いていた。だからご飯は食べたい。
でも私が食べてる間に髪の毛乾かすって…なに!? 彼氏だってそんなことしないよ!?
恥ずかしいし断りたいけど、「それも駄目でしょうか?」と申し訳なさそうに聞いてくるセトさんに顔と圧に負けてしまった…。
するとセトさんは露骨に喜んで窓際にあったイスを引いて座るよう催促し、私は促されるまま椅子に座る。
戸惑っている間に新鮮そうなサラダ、果物、パン、スープがテーブルに並び、「早くよこせ」とお腹が文句を言ってきた。
「す、すみません…!」
「いえ、どうぞご遠慮なく」
恥ずかしくて仕方ないのにセトさんは本当に嬉しそうに…というより、愛しそう?に笑って、スプーンを手渡してくれた。
もうやけだ! お腹は限界だしさっさと食べよう!
出されたご馳走に集中している間、セトさんはタオルで私の髪の毛をぽんぽんと叩いて乾かしていく。
申し訳ないとは思いつつ、出された料理が美味しくていつの間にか気にせず料理に集中していた。
「おかわりは必要ですか?」
「いえっ、十分です! あの、本当にありがとうございます。ごちそうさまでした」
「トワコ嬢に喜んで頂けて嬉しい限りです。まだ髪の毛は乾いていないのでこのまま説明しても宜しいでしょうか?」
「あっ…いえ、もう大丈夫です。自分で乾かすのでセトさんも座って下さい。ごめんなさい、ご飯に集中してて…」
「私がしたくてしただけですので…」
そこからお互い、すみません、ありがとうございますを繰り返し、ようやく目の前に座ってくれた。
軍服を着てたから軍人さんだよね? 姿勢がよくて、目の前に座られると圧を感じる…。
「先に謝罪をさせて頂きます」
「謝罪?」
「トワコ嬢が気を失ってる間に荷物を確認致しました」
「あ、それは別に…」
「そこから昨晩のトワコ嬢の言動から推測するに、トワコ嬢はこの国の者ではありませんね?」
「…そ、うです…」
「色々聞きたいことはありますが、先にトワコ嬢の口から聞きたい。私は軍人なので守秘義務があれば必ず守りますので安心してお話ください」
うん、やっぱり軍人さんだったんだ。
優しいし、危害を加えようとするようには見えないし…。
嘘をついてそれがバレたときのことも考えると…。うん、ここはちゃんと素直に話そう!
「実は私…」
私が覚えてる範囲のことを全て話した。
セトさんは眉をしかめたり、たまに「なるほど」と呟く以外、口を挟むことなく相槌のみ打ってくれて最後まで聞いてくれた。
「要は異世界から来た、ということですね?」
「そうなるんですかね…?」
「はい。ここはトリティア王国の王都です。ニホンという国はこの東大陸にはありません」
「そ、そうなんだ…」
私が話し終えると今度はセトさんがこの世界のことを簡単に説明してくれた。
獣人が支配する世界。
純粋な人間はおらず、さらに女性…メスが貴重な存在であることなどなど…。
私の話とセトさんの話を合わせると、ここは私がいた地球とは違う世界ではないかと…。
驚いたけど昨晩のことを考えると「やっぱりね」と冷静に納得することもできた。
「じゃあ私はどうしたら…」
番というものもある。
セトさんは番がいない私が外を歩けば危険だと言うことも教えてくれた。
じゃあどうやって生活していけば? いやどうやって元の世界に戻る方法を探せば…?
番なんて作る気なんてない。だけど一人で出歩けない。
「トワコ嬢が良ければ……その、ここにいて頂けると嬉しいのですが…」
「え? い、いやでも私お金持ってませんし…」
「トワコ嬢一人を養うだけの財力はありますし、何よりこの屋敷は安全です」
「それは…その、素直に嬉しいのですが…。あ、じゃあせめて何かお手伝いしましょうか? ここで雇ってもらえる…とか…ダメですかね?」
「トワコ嬢にそんなことさせられません。ここでこの世界にゆっくり慣れて頂ければそれで…」
「いやいや、それはさすがに…」
何もかも与えられて生活していいなんて魅力的すぎるけど、さすがにそれは図々しいので断ると椅子から立ち上がって私に近づいて来た。
怒らせた!? いや怒らせるようなこと言ってないよね!?
少しだけ警戒するとすぐに気が付いたセトさんはその場で膝をついて胸に手を添えた。
「私がしたいからしているのです。だからどうか拒絶せず私を受け入れてくれませんか?」
懇願のような言い方だった。
ここまで言ってくれるんだし、セトさん自身も優しいし…これからのことを考えるとここにいたほうがいいのかな…。
「……本当にお邪魔してもいいんですか?」
「はい。ここにいて頂けると嬉しいです」
「何もできませんが、その…よろしくお願いします」
知りたいことはまだあるし、いてほしいって言ってくれるならお邪魔させてもらおう。
セトさんのありがたい申し出に頭を下げると、今までにないぐらい嬉しそうに笑って手の甲にキスをされた。
涙目で謝罪するトワコに申し訳ない気持ちになるも、他のメスのように横暴じゃないあたりに好感を得て、とにかくトワコのことが知りたくなって気絶したことをいいことに割と強引に囲った。
その後、王都のセト宅にてこの世界のことを教えたり、お世話したり、トワコに癒されたりとセトの幸せ軟禁生活を送るも、セティに存在がバレてしまい本編同様にレグルス帰還パーティに参加。
その後、レグルスとも番になりますが、本編とは違いレグルスがさっさと王位を簒奪をして王都から出ることはなくなってしまいます。
この世界線ではシャルルとアルファに会うことはありません。
ディティ本山に行くのも本編よりかなり遅くに辿り着くみたいです。




