93.その後①
精神世界で三ヶ部さんたちとこれからのことをたくさん話した。
途中ジョンさんが話を脱線させたり、たまに神様の悪口で盛り上がったりしたけど、大まかなことを決めることができた。
「乃木さん。多分だけどあの黒豹の子、俺の血が入ってると思う」
話し合いが終わったあとは三ヶ部さんたちがやってきたことを聞いた。
今よりもっと争いが激しく、自分たちも何度も何度も死にかけたと聞いたときは、何も言えなかった。
その途中、いきなり視界が揺らいで意識を手放しそうになった。
ダニエルさん曰く、そろそろ身体に意識が戻る時間だそう。
もっと彼らと話したかったけど、これからは現実世界でも話せる。
「また会おうね」と約束し、目を瞑ったときに三ヶ部さんが爆弾発言。
「俺は豹族と番関係になったし、突然変異で黒毛なのも俺の影響かもね」
その話、もっと詳しく聞かせて!
そう言いたいのに意識は強制的に閉ざされ、今度は見慣れない人工物の天井が目に入った。
「トワコッ!」
「…シャルルさん…?」
「よかった…。今度こそもうダメかと思った…!」
ここがどこなのか考える暇も与えず、シャルルさんの顔が視界に映り、覆い被さるようにして抱きしめられる。
手伝ってもらいながら身体を起こすと大きなベッドの上にいた。
「えっと……どこ…?」
「身体は痛くない? どこか気分が悪いとかもない? あ、飲み物あるよ。それとも果物がいい?」
「あ、じゃあ…何か飲み物をもらってもいいですか?」
「うん!」
少しだけ目が赤くなったシャルルさんを見て、自分が長いこと眠っていたんだろうと予測できた。
すぐに部屋から飛び出したシャルルさんを見送り、部屋全体を見回す。
豪華絢爛な部屋に大きな窓からは陽の光が入ってキラキラと光る。
窓の向こうからは工事でもしているのか、大きな音が鳴り響いている。
「トワコ嬢ッ!」
「あ、セトさん。おはようございます」
シャルルさんから聞いたのか慌ててやって来たセトさんが勢いよく部屋に入って来て、私に駆け寄る。
彼も疲れた顔をしていた。
そっと頬に触れるとセトさんの手が重なり、私の手に擦り寄って「よかった…」と呟く。
「お身体は大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。あの私ってどれぐらい寝てましたか?」
「二週間ほどです」
「わぁ…。どおりで身体が痛いわけだ…」
「トワコ、果実水持ってきたよ!」
「お帰りなさい、シャルルさん。ありがとうございます」
戻って来たシャルルさんの手には果実水だけじゃなく、たくさんの果物や甘い食べ物もあった。
起きたてだからか、いやそもそも一か月ぐらい意識失って、さらにまた二週間も眠っていたから筋肉が落ちてしまったのかもしれない。手がプルプルと震えていたので介護してもらいながらなんとか飲み干す。
「ふう…」
「もういらない? 果物食べれそう?」
「今は大丈夫です。それよりあれからどうなりましたか?」
ルルヴァをようやく殺すことができた。それも私の手で。
人を殺すなんてしたくないって思っていたのに、いざ殺すとそこまで罪悪感はなく、あるのは安心感だけ。
この世界に慣れたからなのか、迷惑をかけられたからなのか解らないけど。
私の質問にシャルルさんとセトさんは顔を見合わせ、コクリと頷いて状況を教えてくれた。
「トワコがルルヴァを殺してから気絶したのは覚えてる?」
「はい」
「気絶したあと、トワコの鼻や口、目から大量の血が溢れたんだ…」
「え…」
「最初は返り血かと思いましたがどんどん血の気が引いていくトワコ嬢を見て…」
「あんな命令をしたのも王様の助言からでしょ? 王様相当ショック受けてさ、いくら話しかけても動かなかったんだよ。まぁそれは俺らもだけど…。アルファに殴られてようやく意識取り戻して急いで治療してもらったんだ」
「トワコ嬢にとってこの世界の薬が強すぎるせいで様子を見ながらだったので体調が戻るのにかなり時間がかかりました。本当にもう大丈夫ですか?」
「はい、どこも痛くないし気持ち悪くありません。それでレグとアルファさんは?」
「二人はアーキル様と事態の収拾にあたってます。それと今回でかなり損害がでたので猊下との話し合いも…。その、トワコ嬢の正体について…」
「捕まえた海賊達だけはトワコが始祖だってこと忘れてたけどね。もしかしてトワコが何かした?」
「あのね、私じゃなくて三ヶ部さんたちがしてくれたの」
「ミカベ?」
「あー…。色々説明したいから二人を連れて来てもらってもいいですか?」
色々あった…色々ありすぎた…。多分信じてくれるとは思うけど、どうやって説明しよう…。
多分またレグに怒られるけど、それはまた今度にしてもらって…。えっと、神様と対話したところから話せばいいのかな? それで三ヶ部さんたちと決めたこれからのことも提案しよう。
あ、どうせなら三ヶ部さんたちも来てもらおう。名前を呼べば出てきてくれるかな。
「―――トワコさんッ!!」
「わぁ!」
「うるせぇ!」
どう説明しようか考えていると部屋の外からすごい足音が近づいて来た。
ふと扉に顔を向けるとアルファさんが勢いよく扉を開け、私と目が合うとボロボロと涙を流して狼へと変身した。
鼻をきゅんきゅん鳴らしながら近づき、ベッド脇に座ってジッと私を見つめる。
狼の姿でも人間のように涙出るんだ…。
目元を軽く撫でると手に擦り寄ってくるアルファさん。今回ばかりは本当に本当に心配かけてしまったなぁ。
「おいアルファ。汚れてんだからトワコに触るなよ」
何をしてたのか知らないけど確かに汚れていた。
シャルルさんに指摘され気づいたアルファさんは急いで部屋から飛び出し、入れ替わりにレグとセトさんが入ってきた。
少し息があがってるレグ。きっと急いで戻って来てくれたんだろう。
「レグ」
いつもだったら無理をした私を怒鳴りつけるのに、今のレグは呆然と立ち尽くし私を見つめる。
不思議に思って名前を呼ぶとようやく意識を取り戻し、駆け寄ってそのまま抱きしめられた。
隣でシャルルさんが「汚い!」と文句を言っているけど離れない。
ただ、私だけがわかった。抱きしめる手や身体が震えてる…。
「すまない…。俺があんなことを言ったばかりに…!」
「私もそうなるとは思ってなかったから仕方ありませんよ。もう二度と言わないから安心してください」
「ああ」
「それより色んなことがあったら聞いてほしいんだけど、今大丈夫ですか?」
「そうだな。お前には色々聞きたいことがある」
初めて弱った姿を見てちょっとときめていてしまったけど、離れた瞬間すぐにいつものレグに戻った。
そう、怒りを滲ませたレグが…!
「怒るのは最後にしてくださいね…」
「それよりお前も身体洗って来いよ」
「レグルス、行きましょう。病み上がりのトワコ嬢には毒です」
「そうだな。ああ、そうだ。その話にアーキルとオヴェール、ニコラウス猊下も同席させていいか?」
「私はいいですけど…。いいの?」
「問題ない。早くお前の問題を解決してここから離れたい」
「みんながいいなら構わないよ。シャルルさん、この恰好じゃ恥ずかしいから動きやすい服に着替えてもいい?」
「いいよ。王様が抱き着いたせいで汚れたしお風呂も入っておいで」
「うん、ありがとう!」
✿
部屋には私と私の番四人。そしてアーキルさんとオヴェールさん、それとヤギ族のニコラウスさん。
ニコラウスさんはディティ本山を収める人で始祖教のトップに立つ人。
白髪に横に長い黒い瞳孔が特徴的で少し怖かったけど、私を見るや否やニッコリと笑顔を浮かべ丁寧に頭を下げてくれた。
「とりあえず先に私の話を聞いてもらえると嬉しいです」
そう言って私がこの世界の住人じゃないことから順番に話し始めた。
ここに来たのも神様と対話するため。そして実際会話をしてきたことも伝えた。
四人は知ってるけどさすがに神様と対話したことには各々驚いた表情をしていてちょっとだけ笑ってしまった。
他の三人はさらにそれ以上に驚き、彫刻のように固まっている。
というかアーキルさんには申し訳ないことをした。始祖の記憶を消したのにまたバラして…。何も影響なければいいんだけど…。
「神様にこの世界の歴史を教えてもらって、何のために私をここに連れて来たのか聞きました」
「どんな内容なの?」
「本能が強すぎるから始祖の血でそれを抑えてほしいらしいです」
「おお…それは聖書にも書かれております…。最初の始祖様もそうやってこの世界に安定と安寧をもたらしてくれたのです」
「神様とはそれぐらいしか会話できませんでした。で、目が覚めたら一か月以上経っててオヴェールさんから事情を聞いて…。そして三ヶ部さんたちと出会いました」
三人の名前を呼ぶと最初に見た頃よりもっと半透明になった三人が現れる。
精神世界では話せたけどこっちでは会えないかと不安だったんだよね。
ほっと安心する私とは対照的にオヴェールさん以外のみんなは声をあげて驚き、立ち上がって身構えた。
「だ、大丈夫です! 三人とも私と同じ始祖です。幽霊ですけど害はありません!」
「私も保証致しますわ」
「三ヶ部さん。さっき話した内容言ってもらってもいいですか?」
きっと話してもらえば三ヶ部さんたちが始祖だって解ってもらえるはず。
なのに三ヶ部さんたちは口をパクパクさせるだけで何も喋ってくれない。
「え、もしかして喋れないんですか?」
私の言葉に三人が何度も頷く。
うーん、力を使ったから? それとも何か制限がある?
解らないのでとりあえずまだ警戒しているみんなを落ち着かせて、今度は起きたあとのことを話した。
とは言ってもここから先はみんなも知ってるからかなりかいつまんで説明。
私の説明を終えると難しい顔をした人や呆然としている人、頭を抱えている人で部屋が静まり返る。
「……トワコ様が始祖であることは理解できました。そしてこちらにいらっしゃる方々も棺に眠っている姿と同じですし納得できます。どうしてこのような御姿で現れるのかは疑問ですが、こうやってお会いできたこと大変嬉しく思います」
そんな中、ニコラウスさんが三人に向かって深々と頭を下げる。
三ヶ部さんも同じように頭をさげる中、ジョンさんが私に向かってジェスチャーをする。
ああ、もしかしてあのことを言えってことかな? それだったらこれからのことも一緒に話さないと。
あ、でもその前に一旦休憩挟んだほうがいいかな。さすがに情報過多だもんね。
「とりあえずここまでで何か質問ありますか? 答えれるかは解りませんが」
「いえ、私はありませんわ。最初からトワコ様と情報を共有しておりましたし、何より始祖様がそう仰るのなら私はそのまま受け取ります」
「ええ、そうですね。我ら始祖教の信者としては嬉しいお話です」
『トワコが始祖で、この幽霊も始祖で…! しかもこの世界の住人じゃないってどう納得したらいいんだよ! しかもエジェメント様とも対話した!? あーもう頭パンクしそうだ…』
「まぁアーキルさんは混乱しますよね。みんなは大丈夫ですか?」
「俺らはそれなりに知ってたからね」
「ただエジェメント様と対話してきたというのは…少し驚きました」
「俺はトワコさんの言うこと全部信じてるんで大丈夫です」
「聞きたいことはあるが…。今はいい。それで続きは?」
「はい、これからのことについて三ヶ部さんたちと決めてきたんです」
まず今回のことを大々的に発表する。
現代に蘇った始祖のメスがルルヴァとジャミルに襲われ、ディティ本山で神官たちと一緒に撃退したと。
その中で協会内部に眠る最初の始祖が目を覚まし、私を助けてくれた。
さらに最初の始祖は不思議な力を使うことができ、その力がルルヴァとジャミルを捕らえる決定的な力になったと。
「ダメだよトワコ! そしたらトワコが始祖だってバレちゃう!」
「もうたくさんの人にバレてますから、こうなったら利用してやろうかと思います」
「俺が許すわけないだろう」
「じゃあ一人一人呼び出して記憶消す? また始祖の力使っていいんですか? 私が始祖だって知ってる人を集めるのなんて無理です。覚えてない、知らないって言えばいつまでも隠しておけるんですから」
「……」
「ここにいる人たち殺したらさすがに嫌いになりますよ」
「ではどうするつもりですか?」
「そこで三ヶ部さんたちの出番です!」
私と公表する際、三ヶ部さんたちのことも公表する。
そして始祖像とは別部屋に棺を移してみんなに周知してもらう。
今回みたいに不安定ではあるけど意思疎通はできるからきっと信者は喜んで信仰してくれる。
それが私の武器となる。
「本物の始祖がいるってなれば協会は私を守ってくれますよね?」
自分勝手な行動だけど、三ヶ部さんたちもこうしたほうがいいと言ってくれた。
何より、図々しくなれ。これがこの世界で生きるコツだ。と教えてもらった。
本当はこんな目立つ存在になりたくなかった。でももう隠し続けるにも限界がある。
今回はうまくいったけど、また同じようなことがあるかもしれない…。その度にみんなが傷つくのが怖い。
他人なんてどうでもいいなんて言わないけど、他人より私の番が大切だ。
「ええ、勿論です。その為の我らですから。お任せ下さい」
『トワコに加え、さらにそちらの始祖様がいらっしゃるなら南大陸の信者たちも喜んで命を差し出すだろうな…。おまけに不思議な力を使うってなれば誰も逆らえない』
「ですがトワコ様宜しいのでしょうか。そちらの始祖様は実体がありませんがトワコ様は生きてらっしゃいます。おまけに貴重なメスです」
きっとたくさんのオスが群がってくる。
暗にそう言うニコラウスさんにコクリと頷く。
「公表するときはもちろん顔を隠します。それに許可なく触れると三ヶ部さんたちから制裁を受けるってことも言います」
「それでも馬鹿な奴はいる。信者がお前の盾になるのは確かに使えるが…確実じゃない」
「レグ、安全に絶対ってないでしょ」
「それに近いことはできる」
「そうですよね、私があんなことしなければ前みたいに安全だったよね…。でもそれだとみんなが死んでたかもしれない。それが怖くて三ヶ部さんたちに手伝ってもらったんです。後悔はしてません」
「相変わらず王様は過保護だよなぁ。顔を隠して公表すれば大丈夫だろ。ついでに香水もつけてさ。それにそっちの始祖がここにいるってんだからそこまで注意は向かないだろ」
「軽く考えすぎだ。トワコはメスだぞ」
「それは今までもそうじゃん。顔を明かさない、匂いも誤魔化す、んでもってここから立ち去ればいつもの日常じゃん。あ、俺らの後を追ってきたりしないよな?」
「トワコ様に従います」
「ご安心下さいませ、トワコ様。トワコ様をお守りする為にこのオヴェールが尽力致します」
「アーキルさんも私のこと言いふらしたりしませんよね?」
『ああ、そういう話してるの? さすがにスケールがでかすぎる商材には手が出ないよ。あ、でもお願いしたいことはあるかな』
「なんでしょう」
『俺を番にしてくれるなら黙ってる』
こんな場所で、こんな話の中そんなことを言えるアーキルさんはさすがだなぁ…。
殺気を飛ばす四人とのほほんと笑ってるアーキルさんに溜息がもれる。
「番を作る気はないです」
『確かに俺らチーター族は弱いけどそれなりに使えるよ?』
「私の心労の関係で…」
『じゃあ番候補ってことにしといてよ。あ、番がダメならレグルス殿に頼みたいことがある!』
『なんだ。殺してもいい許可をくれるのか?』
『こっわ。いや、簡単だよ。俺の国と同盟を結んでほしいんだ』
『それはまた今度にしろ』
『りょうかーい。ってなわけで俺も黙ってるから安心してよ。あーでもやっぱたまに会ってくれないとうっかり口を滑らすかもねー?』
「それぐらいなら大丈夫です」
「………ついでに偽の情報も流せ。始祖のメスはこの争いで命を落とした、西大陸に亡命した、金髪のメス、背は高い、種族はライオン、トラ、クマ、ウサギ、ネコなどの番とともにいる…。そういう噂を意図的に広めろ。噂を広めるのが得意な奴がここにはたくさんいるからな」
何が正解だったかなんて誰にも解らない。でもそれをいい方向に修正してくれるだけの味方はいる。
納得していない顔のまま力を貸して、同意してくれるレグ。
セトさんもレグが納得するなら文句言わない。アルファさんは「いや…」「でも…」と私を心配して納得してないけど、シャルルさんとセトさんに説得されると渋々頷いた。
オヴェールさんも始祖教の最高責任者ニコラウスさんも協力してくれる。
三ヶ部さんたちを見上げると晴れやかに笑っていたのでとりあえず大丈夫そう。
きっと何かしら問題は出てくるけど、それは今までもそうだったからきっとまた解決できる。
それでも番に傷ついてほしくないからこれからも私は気合いを入れてこの世界を生きていかないといけない。
「じゃあ最後の後始末をしてしまいましょう!」




