92.ディティ本山⑧
「色々とごめんなさい。あとでいくらでも説教聞きます。それで…レグは?」
こんなとき大体レグが最初に来てくれる。でも未だに現れない。
もしかして…。と思ったけどシャルルさんは嫌そうな顔をしてチラリと入り口に目を向けた。
「下でクソサルとやりあってるよ。いくら王様でも始祖返り相手じゃ大変みたい」
「だ、大丈夫なんですか? 援護とか…」
「問題ありません。それよりアーキル様のほうが心配です」
「傷薬残ってるから俺に任せてくれ」
三人が焦ってない様子を見るにレグも問題なくルルヴァを倒してくれるだろう。
倒れていたアーキルさんはアルファさんが与えた薬で目を覚まし、お礼を言ったかと思うとまた気絶した。
あれだけ血を流してるんだから無理もない。いくら傷が塞がっても血まで復活するわけじゃないからね。
ふとセトさんに落とされたジャミルを見ると彼らの仲間に発見されたみたいだった。
仲間たちは何かを言い合いしたあと、逃げるように海へと向かっていく。
大将が死んだから? 士気があんだけ高かったのに…。もしかして私の力が影響してる?
解らないけど逃げてくれるならいいか。あまり深く考えないでおこう。
「トワコ」
「レグ!」
不意に名前を呼ばれて振り返ると誰よりも血で染まったレグが立っていた。
「レグ、頭から血がっ! アルファさん!」
「はい!」
「かすり傷だ」
「ダメッ、ちゃんと飲んで!」
あのレグがケガをした。あのレグがだ。
血の気が引いていったけど薬を無理やり飲ませて袖で血をふき取ると新しい血は流れてこなかった。
「三人は大丈夫!? 一応飲んでおいたほうがいいんじゃない!?」
「俺は大丈夫だよ」
「私も問題ありません」
「お、俺も大丈夫です」
「それならいいけど…。レグももう大丈夫だよね?」
「ああ。それよりトワコ、お前「説教はあとで聞きます! それよりルルヴァはもう倒したんだよね?」
さっきまで優しい…いや、安堵した顔で私を見てたのにすぐ説教モードに変わる。
言葉を遮って元凶であるルルヴァのことを聞くと大きく溜息を吐き、「ああ」とだけ答えた。
「オヴェールさんたちも大丈夫?」
「問題ない」
「彼らも傷薬を持ってますのでご安心下さい」
「よかった…。あ、でもまだ私を狙ってる人たちいますよね?」
「あの二人も殺したことだし、他の奴らもそのうち捕まえるか殺すかしてくれるでしょ。はー…さすがに疲れた…」
「戦力があまりにも少なすぎたがどうにかなったな」
「こんな戦力差、前の戦争でも体験したことない。武器を大量に持ってきといてよかった」
ルルヴァは死んだ。あれだけしつこかったのにあっという間に死んだ。
まだ実感は湧かないけど、彼らの様子にようやく肩の荷が下りた気がした。
手すりに近づいて下を見るといたるところで海賊が捕縛されていた。
ああでも始祖だってことがたくさんの人にバレてしまった…。アーキルさんのときみたいに記憶を消したほうがいいかな…。さすがに無理かな…。
三ヶ部さんの作戦だとは言え、こんなにたくさんの人にバレてしまったらまたルルヴァたちみたいな人に追われるんじゃないかと不安になる…。でも事態を収拾できたのは本当によかった。
あ、そう言えば三ヶ部さんたちは何で消えたんだろう。あの部屋に戻ればいるかな。
「トワコ、もう少しだけここにいろ。まだ安全とは言えないからな」
「わかりました。今度こそ! 絶対に! ここから離れません!」
「そうしてくれ。セト」
「残党狩りですね。アルファ、もう一仕事だ」
「解った。シャルルは?」
「俺はお前らと違って体力バカじゃねぇの。疲れたしトワコの傍にいる」
「最後の最後まで役立たずだったな」
「俺も活躍しただろうが! トワコー、ほんとだよ。俺もトワコを守るために頑張ったからね」
「ふふっ。はい、もちろん信じて―――」
レグ、セトさん、アルファさんが入り口に向かい、シャルルさんが重たい腰をあげて私に近づいて来る。
油断しないと誓ったのに。レグの言葉を信じて警戒心を解いてしまった瞬間、背中に何かが当たり両腕を拘束された。
全員が私の名前を呼んで助けようとするのを、
「う、動くなぁ…!」
ボロボロになった大きな猿が人型になって制止させる。
レグが殺したはずのルルヴァが何で…? それも手すりの向こうから…。
「よ…ようやくお会いできましたね、トワコ様…。はぁ…ハァ…! 私がどれほど貴方にお会いしたかったか…」
「クソライオン!」
「チッ! 死んだフリなんて小賢しい真似を…! 窓を突き破って登ってきたな」
「たかがライオン如きが始祖返りに勝てると思うな! 私はっ…私は世界を統べる王になる者だ!」
「寝言は寝て言うものですよ。そんな身体で何ができるのですか?」
「トワコさんから離れろッ!」
「はは……ハハハ! 誰が離すものかッ! トワコ様は私の番となり、始祖返りを産み、私だけに尽くすのだ…。ははは…トワコ様も大事なこいつらを死なせたくないでしょう…?」
「ルルヴァ、ここから逃げれると思ってるのか? もう味方はいないぞ」
「トワコ様の力があればどうとでもなるッ! さぁ、死にたくなければあいつらを下がらせるよう命令するのです!」
手のみ猿へと戻ったルルヴァが鋭い爪を首元に突きつける。
チクリと痛みが走ったが、思っていた以上に怖くない。
私が始祖だと推理したあの聡明さはどこにいったのだろう。レグとセトさんの手から逃れ、ジャミルと手を組んだあの狡猾さはどこにいったのだろう。
瀕死の状態だから頭が回ってないのかな? 私がそんな命令するわけないじゃないッ!
「ルルヴァ」
大きく息を吸って吐き出す。
シャルルさん、レグ、セトさん、アルファさんに笑顔を向ける。
いいよ、あなたの言う通り命令してあげる。
ああでも大事な番を巻き込むかもしれないからルルヴァだけを見つめないとね。
今度こそ終わりにしてやる。
「トワコさ「ルルヴァ、自害しろ」
レグに言われた言葉に今までの想いをのせて命令を下す。
ルルヴァは私から手を離し、自らの手を心臓に突き刺してその場に倒れた。
返り血を全身で浴びたけど気持ち悪くない。それ以上にようやく平和が訪れることへの安堵が押し寄せる。
「終わったよ」
これで脅威は排除できた。きっと四人も安心してくれる。
振り返ると驚いてるのか、引いてるのか解らない四人の顔が映り、そこで意識が途絶えた。
✿
「―――あれ…?」
「やあ乃木さん」
「三ヶ部さん?」
パッと意識が覚めると青い空が目に映った。
慌てて身体を起こすと花畑に囲まれ、隣に三ヶ部さんが座っていた。
「肝が据わってるとは言ってたけど、まさかあそこであんなこと言うなんて思わなかったよ」
「やはり女性はたくましいな。僕の彼女もママもいつだって「ジョン、うるさいって」
「ジョンさん、ダニエルさんも…。ここどこですか?」
「乃木さんの精神世界だよ。俺らはちょっとお邪魔させてもらってる」
雲一つない晴天に色とりどりの花が咲き乱れる風景。
精神世界ってなんだろう。
「まぁ俺らもよく解らないから深く考えないでいいよ。それよりお疲れ様。姿は消えたけど最後まで見届けたよ」
「あ……。あ、いやっ。三人のおかげです。ありがとうございました。…それで、私って死んだんですか…?」
「いやいや。始祖の力使って気絶してるだけだから安心して」
「説明する暇もなかったから仕方ないけど、生命を左右する命令は身体にかなり負担がかかるんだ」
ダニエルさんの言葉に意識が途切れる前のことを思い出した。
ルルヴァの血を浴びて、問題が解決して…。それで……そうだ、心臓を直接殴られたみたいに痛くなって意識を失ったんだ。
「だからもう使わないようにね」
「はい、そうします。…あの、三ヶ部さんたち消えたじゃないですか。もうあっちの世界では会えないんですか?」
「名前を呼んでくれたら会えるよ」
「いくらでも呼んでほしいな。あとできればあの神官に俺らを移動するよう伝えてくれるかい?」
「大事にしたいからあそこの部屋に保管されてるのは解るんだけど、まったく楽しくないんだよ。あとできれば俺らの名前もちゃんと公表してほしいって伝えて」
「敬ってくれるのは嬉しいんだけど、やっぱり隠されるとね。でもほいほい姿を見せれるわけじゃないからそこも伝えておいてくれる?」
「あ、はい…。伝えておきます」
「あ、ごめん。俺らのことばっか喋っちゃった。まだ時間はあるし乃木さんの話の続きを聞かせてくれる?」
のんびりしていていいのか解らなかったけど、三ヶ部さんの言葉に「はい」と答えてこれまでのことを全部伝えた。
シャルルさんの出会いから王都での出来事。始祖だと言うことがルルヴァにバレて王都から逃げ出し、観光しながら旅をしてきたこと。
聖書に違和感を感じて偶然日本語で書かれた原本を見つけ、ここに来たこと…。
もちろん、私の番も説明した。
四人とも優しくて、頼りになって、そしてとても強い。私の大好きな番。
三人は嫌な顔一つせず、それでいて焦らすことなく黙って楽しそうに聞いてくれた。
「それでここに到着したんですけどあんなことになってしまって…」
「そう、大変だったね。でもようやく乃木さんの手で終わらせられたね」
「はいっ。これで四人とも………あ…でも今回の騒動で始祖だってたくさんの人にバレましたよね…? ルルヴァみたいな人がまた現れる可能性だって…」
「トワコ、こういうのはいっそのこと大々的に公表するほうがいい。たくさんの人に知ってもらえばそれだけ監視の目が増える。それに始祖教には熱心な信者もいるだろ。そいつらをうまく使って自分を守るのが一番手っ取り早い」
「そうそう、ダニエルの言う通りさ。僕らのときより始祖教はだいぶ大きくなってるからね。その権力を剣にするなり盾にするなりしたほうが断然いいよ!」
「でも余計混乱しませんか? たくさんの人が押し寄せてきても限度が…」
「だから俺達を公表してほしいんだ。ディティ本山には常に始祖がいるって広まれば乃木さんだけに注目しない。信者はより熱心な信者となり、盾となる。あ、でも顔はさすがに隠しておいたほうがいいかな?」
「三ヶ部さん…。………なんで死んでしまったのにここまで…?」
確かにディティ本山にいる人たちは熱心な信者ばかりだった。
ルルヴァやジャミルとは違って私が始祖だって知っても彼らの仲間になることなく、立ち向かってくれた人たちばかりで感謝しかない。
たくさんの人にバレてしまったんだから、あえて大々的に公表してしまえば……。うん、それが正解なのかもしれない。記憶を消すにしてもその人たちを探すのは難しいしね。
それに三ヶ部さんたちも協力してくれる。
死んでしまったのに何故か幽霊の状態で復活してるのは疑問だけど、こればかりは神様にしか解らない。
だからってなんでこんなにも協力的なのかも解らない。
「うーん…。暇ってのもあるけど、何よりこの世界が好きだからかな?」
「好き?」
「そう。日本に暮らしていたとき、俺はほんとどうしようもない人間でさ。何をやっても優秀な兄や弟に勝てなくて、ふてくされて、悪い大人になってたくさん迷惑かけた。そんな中この世界に連れて来られたんだ」
「僕もそうだよ。ダニエルは順風満帆な生活を送っていたみたいだけど」
「お前達に比べたらそうだけど、いたって普通だ」
「確かに色々大変だったし、解らないことばかりだったけどそれが楽しくてさ。仲間もいい奴ばっかだし。俺のことを知らない世界でようやくちゃんと呼吸ができたって感じ? 元の世界に戻りたいって思ったりもしたけど、それでも色々あったこの世界が楽しかったんだ」
「苦しい実験の日々だった…。それも今となってはいい思い出だよね」
「俺は別にミケほど好きじゃないけど、……子孫の行く末が気になって…」
「死にたくない。まだ見ていたい。見守っていたい。そう思いながら死んだからか、こうなってたんだよね」
「きっと彼の力が働いてるに違いないよ」
「だから乃木さんに協力したいんだ。駄目かな?」
「……こちらこそ…お願いします…! 三人がいれば何でもできそうです」
「ありがとう!」
「じゃあさ、他にも神官達に伝えてもらっていい?」
「ジョン、それよりこれからどうするか、どう対処するかを考えるのが先だろ」
「もー、ミケはほんとに真面目だなぁ」
私は一人じゃない。
私を愛してくれる番はいるし、助けてくれる仲間もいる。それに頼りになる同郷の人も。
元の世界に戻ることはできないけど、彼らがいてくれるならきっと元の世界より好きになれるかもしれない。
そう思うと心が温かくなって、涙が溢れた。
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