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90.ディティ本山⑥

「ルルヴァと北の王ジャミルが…?」

「はい…」


私が始祖像に祈りを捧げ、神様と対話している間のことをオヴェールさんが順番に説明してくれた。

深い眠りについた私につがいの四人はそれはもう取り乱し、私を屋敷に連れて帰ったがいつまで経っても目を覚めることはなかった。

その三日後にオヴェールさんとアルファさんの傭兵団数名がディティ本山に到着し、ルルヴァの情報を共有。

ルルヴァはネコ族の情報をもとにハイオットニーに向かい、裏で手を引いていた海賊たちと合流して戦力を拡大していったらしい。

おまけに彼らが利用している船は潜水艦で追尾しようにもできず、とりあえず私たちと合流することにした。

目が覚めない私と行方が解らないルルヴァたちにこれからどうするか対策を立ててると、突如大量の海賊がディティ本山に押し寄せ、片っ端から街を破壊していった。

街のみんなと混じって私も協会に避難した際、普段開かない始祖の御神体が眠る部屋が開き、私を中に入れるよう声がしたと言う。

それが今寝ているここ。


「元々この部屋に来るつもりでしたが、まさか奇襲をしかけてくるとは思ってもみませんでしたわ。たかがサメ族の分際でディティ本山を襲うとも…ッ!」


最初は緊張と恐怖、戸惑いで混乱していたけどオヴェールさんの優しい声色に次第に気持ちは落ち着きを取り戻していた。

オヴェールさんはサメ族が嫌いなのか美しい顔を歪ませる。


「それで……私のつがいたちはどこへ?」


聞かなくてもわかるけど、一応聞いてみた。

すると我を取り戻したオヴェールさんが咳払いをして、真っすぐと私を見つめてくる。


「現在も混戦中です」

「そう、ですか…」

「奇襲から今日で三日目です。チーター族のオスの協力もあって被害は最小限に留まっていますが、何分ディティ本山の警備隊はあまり戦力にはならず、始祖様のつがいと私のつがい達でなんとか持ち堪えている状態です」

「…ケガはしてましたか…?」

「……はい。ですが傷薬がありますので大丈夫ですわ!」


今はまだあったとしても、これが長く続けばそんなこと言ってられない。

どうにかしたいのに私じゃどうにもできない…。安全なここにいることしかできないっ!

何かしたいと思っても私にはなんの力がない。むしろルルヴァに捕まってしまうほうが問題だ。

うん、大丈夫。わかってる。ともかく冷静になって状況を確認しよう。


「ルルヴァは捕まってないんですよね?」

「はい。海上から動かず仕舞いで…。私が行けば問題ないのですが始祖様から離れることができず…」

「ごめんなさい…」

「いえっ、そういった意味ではありません!」

「それとルルヴァ以外にも私が始祖だってバレてる可能性はありますか?」

「…尋常じゃないほどの士気を感じますので恐らくですが全員に知れ渡っているかと…。そのせいで捕らえるのが困難でして…」

「一人一人殺さないといけない…だから余計に時間がかかってるんですね…。おまけに海を利用してるから膠着状態が続くと…」

「はい、そうです。ですが既に他国の警備船にも連絡しております。そろそろ合流できますのでご安心下さい!」


やっぱり私にやることなんてない。

援軍が来てくれるならもう大丈夫だし、皆強いから死ぬはずない…。薬もまだあるなら尚更…。


「―――指揮をとってるのってルルヴァとジャミルだっけ」

「そう、ですが…」

「私、戦争とか戦いってよく解らないんですけど、ルルヴァとジャミルを捕まえれば……死ねば終わりですか?」

「…いえ。始祖様だと言うことが明かされた以上、きっと止まらないと思います。それでもルルヴァとジャミルの二人を始末すればあとは容易いかと」


ならどうする。

理想を言えば相手の動きを全員封じて殺してしまえばいい。それが一番簡単だけど、一番難しい。

始祖の力を使うにはあまりにも敵が多い…。きっと倒れるか死んでしまう…。

いっそのこと争いの元である私が死んでしまうのがいいのかもしれない。

そう思うのにそんな度胸はないし、きっと四人が悲しむ。多分ずっとずっと後悔してしまう…。

おまけに彼らは不老で意図的にしか死ねない身体になってしまった。そんな生き地獄を私の大事なつがいに体験してほしくない!

せめて…せめて反動なく力が使えればいいのに…!


『あー…あー…。ごほん、ようやく喋れた』


いくら考えても私にできることはないことだけがわかって奥歯を噛みしめる。

こうしている間にもみんながケガをしてるかもしれない。いや、死んでるかもしれない…。

悪い想像ばかりして自然と涙が溢れると聞き慣れない男性の声が部屋に響き、すぐさまオヴェールさんに抱きしめられた。


『にしてもうるさいなぁ…。ジョン、外で何があったんだ?』

『僕もさっき起きたばかりさ。ダニエルは知ってるかい?』

『毎回同じようなやり取りしてる気がするんだが。起きるときは大体一緒だろ』


警戒する私たちとは違い、その声は呑気な声でのほほんとした会話をする。

声の正体を探すけど姿は見ない。

ふと棺の上を見ると三人の男性が宙を浮いていた。

半透明で幽霊かと思ったけど、それにしてはくっきり見える。

呆然とする私たちに一人の男性がようやく気付いて「うおっ!?」と驚きの声をあげた。


『え、え!? うっそだろ! ま、まさか君…日本人!?』

『なんでまたこんなところに子供が? ジョンが招いた?』

『こんな可愛いレディなら喜んで。と言いたいけど僕じゃないさ』

「あ、あの…」

「いけません始祖様! 危険です!」


私達に最初に気づいた男性はとても見覚えのある顔付きだった。

そして先ほどの台詞…。


「三ヶ部、さんですか?」

『やっぱり日本人だ! あのクソ神またやりやがった!』

『Oh…。可哀想に…』

「しかも女の子だ。おまけにこんな若い子を…』

「えっと…。まず聞きたいんですけど、いいですか?」

『え!? あ、そうだな。なんか外が騒がしいし自己紹介ついでに色々教えてほしい』

「はい」


そう言うと三人は自身の棺を椅子にして私の言葉を待つ。


「私は乃木永遠子と言います。半年ぐらい前だったかな…。それぐらいにいきなりこの世界に来て、えっと…色々あって三ヶ部さんが書いた聖書の原本を発見してここまでやって来ました」

『子供の割にしっかりしてるな。おまけにミケらしく真面目だ』

『そうか…俺が書いた本でここに来たんだ…。君の力になれたかな?』

「はい、とっても! 本当にありがとうございます。帰れないって書かれていたのにはショックを受けましたけど早々に踏ん切りがつきました」

『そう…。あ、遅くなったし知ってると思うけど俺は三ヶ部竜一。二人にはミケって呼ばれてるから好きに呼んでもらって構わないよ。で、こっちのチャラそうなのがイタリア人のジョン』

『ジョン・ミシェル。宜しくね』

『こっちのやる気なさそうなのがスペイン人のダニエル・ガルシア・ゴメス』

『起きたばっかだからな。宜しく』

「よろしくお願いします。それで、色々聞きたいことはあるんですけど…」


きっと彼らは最初に呼ばれた始祖だ。

聞かなくてもわかるけど確認しようと口を開いた瞬間、外から爆発音が響いて部屋が揺れた。

続いて雄叫びがビリビリと響き渡る。

ああもう色々聞きたいことあるのに!


『俺も聞きたいことあるけど、なんかヤバそう空気?』

「はい…」

「始祖様、私が代わりにご説明しても宜しいでしょうか」

『ああ、よろしく』


最初から状況を把握しているオヴェールさんが簡潔にとても解りやすく現在の説明をしてくれた。

最初は真剣に聞いていた三ヶ部さんたちも次第に眉間にしわを寄せ、頭が痛いのか全員が同じタイミングで手で頭を押さえ大きな溜息を吐く。


『ほんっとこの世界の住人は争うことが好きだな! しかもこんな子供を巻き込んで!』

「私そこまで子供じゃないんですけど…」

『いやいやそれよりあいつに問題があるでしょ。僕らがダメだったからって今度は女の子を…。本当に大変だったね、実体があればハグして抱きしめてあげてたのに』

『しかも始祖返りがこんなことしてるってバカなの? やっぱあいつの言うこと聞かないほうがよかったんじゃない?』

『それはそうだけどっ。でもそれぐらいしかやることなかったし、皆の力になれるなら……。あーもうほんっと行き当たりばったりなことばっかして!』

「あの…」

『乃木さんだったよね。君は始祖の力について知ってる?』

「は、はいっ。何度か使ったことあります」

『んでもってこの争いを止めたい?』

「もちろんです。つがいたちには怒られるかもしれませんが自分にできることがあるなら!』

「ミケよりよっぽどたくましいね。本当に同じ日本人?』

『女の子のほうが割と肝が据わってんだよ』

『ミケはヘタレだからな。でもさ、トワコ。人、殺せる?』


ダニエルさんの低い声に心の奥がズキンと痛んだ。

殺したくないに決まってる。殺す覚悟もない。それでも今それをしなければ平穏なんて訪れない。自分だけ何もしないわけにもいかない。


「………きっと…絶対にあとから後悔するって解ってます。でも、つがいが傷ついたり、死んだりしてしまうほうが後悔します。だから…殺します」


きっと声も震えてたと思う。泣きそうな顔もしてると思う。

でもやらなきゃいけない…!


『大丈夫だよ、乃木さん。俺達が手伝ってあげる』

『国は違うけど同郷だからね。何よりこんな可愛い女の子を放置するなんて僕にはできないよ』

『ヘタレなジョンのくせに何を…。とりあえず敵がどれぐらいいるか教えてくれる?』

「おおよそ三千ぐらいかと思います」

『思ったより少ないね。ミケ、どうするの』

「ですが致命傷を負う前に海に逃げ、傷薬を使って再び戻ってくるのです」

『あーゾンビ戦法な。相変わらず医学だけは無駄に発展してんだな…。まぁでも俺らがいるし、乃木さんの覚悟も決まったなら余裕だろ。乃木さん、始祖の力を使うと倒れるのは知ってる?』

「はい、一度たくさんの人に「動くな」って命令したら倒れちゃいました」

『これさ、結構細かく設定されてるんだ』


設定されている。との言葉に首を捻ると始祖の力について詳しく説明してくれた。

命令口調とお願い口調とでは身体にかかるダメージが違うこと。細かな人数によってさらに違うこと。さらに命令口調、お願い口調であってもその内容によっても違うこと。


『命令口調で「止まれ」なら五百人。お願い口調で「止まって」なら千人ぐらい止めることができる。でも持続力が違うし、それ以上の数になればまず鼻血が出る。さらに倍の数になると色んな血管が切れるから気を付けて』

『日本人とドイツ人は数字と取り扱い説明書が好きだよね』

『そこまで熱心に調べなくてもいいのにな』

『説明書があったほうが解りやすいだろ!』

「でもそれだとここにいる人たちは止めれないですよね」

『俺らがいるって言っただろ。実体はなくても割と自由にできるんだよ』

『この姿だから殺される心配ないしね』

「あ…りがとうございます…! でもどうやって…?」

『危ない目にあってもらうけど、目立つ必要がある。えっと、そこのオヴェールさんだっけ』

「はい、始祖様」

『今の敵はとにかく街中をひっかきまわして暴れてるんだよね?』

「そうです。もう既にこの近くまで来ております」

『そいつらが一つの目標に向かって動けば倒しやすいよね?』

「………それはそうですが…」

『じゃ、頑張ろうか乃木さん』

「え?」


察しの悪い私にニコリと微笑む三ヶ部さん。

ジョンさんとダニエルさんはドン引きした目で三ヶ部さんを見ていた。


「あの三ヶ部さん…?」

『一番優しそうに見えて狂ってるよな…』

『何が真面目で働き者の日本人だよ。途端に豹変して怖いっての』

『こういうのなんて言うんだっけ、ダニエル』

『ブシドー?』

『そうそれそれ! ハラキリー』

『拡声器持って目立つ場所に行こうか。君の存在を敵に見せるためにね!』

「……はいぃ!?」

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