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85.ディティ本山①

「なんていうか…すごい街? 島だね…」


結局ディティ本山に到着したのは襲撃があってから二日後だった。

大幅に遅れてしまったもののなんとか最終目的地であるディティ本山に到着し、久しぶりに陸に降りると少しだけフラつく。

一緒に降りたイドナさんを見かけ軽く会釈すると何か言いたそうにしていたけど、グッと口を閉じて先を歩き始める。

何を言いたかったんだろう…。

疑問に思いつつももう会うことはないだろうから気にせず大きくそびえ立つ白い門へと私たちも向かう。


「ここから声出さないようにね」


船が停泊する港は活気に満ち溢れていた。

神官の中でも下級に位置する人たちの住宅街にもなっており、ここだけでも十分暮らしていける。

その背後に始祖を祀っているという神聖な神殿があり、上級神官や観光客用のお店、宿屋があるらしい。

そこに向かうには登山しなくてはならない。

道は整備されているものの、標高が高くなるにつれ雪が積もって歩きにくい。

ロープウェイとかあればいいんだけどそんなものはなく、入国手続きを待ちながら高い位置にある神殿を眺めていた。

今日はアルファさんが選んで購入してくれた動きやすい服装に身体を冷やさないためのモコモコがついたマント。それから顔を隠すためのいつもの白いヴェール。

シャルルさんに注意されコクリと頷くとギュッと軽く抱き締められた。


「ここは神聖な土地です。つがい同士による争いは即刻お帰り頂くようになっております」


入国手続きはいつもと変わらず名前を書いて、お金を支払い、その国の規則を聞く。

だけど今回はオヴェールさんの招待状があるので何もすることなく規則だけ聞いてすぐに通してくれた。

門の向こうには段々畑や住宅が並び、のどかな景色が広がる。

でも神殿までの階段を見ると登る前からやる気をそがれ、重たい溜息が自然と漏れた。


「遅い。陽が暮れる」


最初は頑張ってた。

ゆっくりと時間をかけて階段を上っていたけど、どんどん後から来る人たちに抜かされ痺れを切らしたレグに抱えられあっという間に神殿まで到着。

さすが獣人と言わざるを得ない。

神殿がある場所にも大きな街があり、白い服を着た人たちが観光客を歓迎していた。


「オヴェールの屋敷はあちらですね」

「って、チーター族の…なんだっけ」

「アーキルだ。屋敷が隣なら丁度いいですね、レグルス」

「そうだな」


運がいいというか、なんというか。

オヴェールさんの隣の屋敷前に見覚えのある男性陣がいて、そちらも私たちの存在に気が付くと大きく手を振って近寄って来る。

レグは私を下ろしてシャルルさんとアルファさんの背中に隠され、レグとセトさんが対応してくれた。


『まさかここに泊まるのか? ここはシャチ族のメスの屋敷だぞ』

『その伝手を使わせてもらってます』

『へー…。なんか面白そうだな! まぁいいや、それらも含めて今日の夜招待したいんだがいいか?』

『解った。邪魔させてもらう』

『よっしゃ、そうこなくっちゃ。ラー、とびっきりうまい飯を頼むぜ!』

『はい、お任せ下さい』


私に目を向けることもなくさっさと屋敷に入り、私たちもオヴェールさんの屋敷に入る。

温泉街の別荘よりさらに小さな屋敷だったけど、日本の一軒家に比べて十分すぎる広さ。

黒で統一された屋敷に目を奪われながらようやくヴェールを外して一息つく。

見えないわけじゃないけど、霞んで見えるから目が悪くなりそうで苦手なんだよね…。そんなこと言わないけど。


「トワコ、足大丈夫? 揉んであげようか?」

「ううん、大丈夫です」

「なら何か飲み物でも飲む? あのメスが好きに使っていいって言ってたし準備もしてるから飲みたいもの教えてよ」

「あ、じゃあ何か飲もうかな…」


シャルルさんと一緒にキッチンに向かうとたくさんの紅茶や果実水が準備されていた。

レグとアルファさんは屋敷内の確認に向かってるので三人で飲み物を選んで一息つくと、すぐに二人も戻ってきた。


「あ、晩餐には私も行っていいんですか?」

「ああ、問題ない」

「俺とアルファは留守番してるよ。なに言ってんのか聞き取れないし、それよりここの情報集めないと」

「そうだな。ディティ本山の情報は基本的なことしか集められなかったし、用心しとかないと…」

「特にネコ族な! あいつら見つけたら殺してやる…」

「殺しはダメですよ。追い出されちゃう」

「そこは任せてよ」

「ダメですって…」


アーキルさんとどんな話をするのかわからないけど、レグが乗る気なので断る理由がない。

辛い食べ物も気になるし私も参加していいならちょっと楽しみだ。

シャルルさんとアルファさんがいないのは心細いけどレグとセトさんがいるなら大丈夫。

夜の予定は入ったのでそれまでの間はアルファさんに屋敷を案内してもらい、軽く散策に出た。

信者の中でも有名なオヴェールさんの屋敷周辺はとても静かで、そしてどこも煌びやかだった。

街灯はあるし、道も白のレンガで統一されている。

ゴミ一つ落ちておらず、行き交う人も静かで誰も私のことを見てこない。

少し歩けば高級店がいくつも立ち並び、そこも静かで剣を携えた警備兵が常に周囲を警戒している。

温泉街やハイオットニーの貴族エリアもそうだったけど、ここはどこか荘厳な空気が流れている。絶対に騒ぎを起こせない。そんな圧を感じる。

お店に寄ってみたかったけどすでに夕方を迎えていたので屋敷に戻り、晩餐会用のドレスに着替える。


『おおっ、待ってたぞ! さあ早くこっちだ!』


アーキルさんちの呼び鈴を鳴らすと本人が元気よく玄関扉を開け、ニコニコと私とレグ、そしてセトさんを歓迎してくれた。

言われるがまま屋敷に入るとオヴェールさんの屋敷とはまったく違う金色に装飾された絢爛豪華なホールが出迎えてくれる。

圧倒されつつ食堂に入ればそこも白を基調とした壁紙や家具に金や銀の装飾品が並ぶ。


『まぁ俺らだけしかいないから好きに寛いでくれ』


レグ、私、セトさんの順番に食器がセッティングされた机に座り、目の前にアーキルさんが座る。

どんな話をするのか…。それだけが気になっていたけど他愛もない会話をしつつ出された夕食に手をつける。


「トワコ嬢、辛かったら残しても構いませんよ」

「これぐらいなら大丈夫です。ほどよく食欲がそそられます」

「肉が足りなければすぐに言え」

「十分です。それよりレグのほうが足りないんじゃないですか?」

『……ほんとつがいができると皆変わるんだな…』


いつものようにお肉を切り分け、自分の食事より私のお世話にいそしむ二人にアーキルさんが笑いながら呟く。


『俺もつがい欲しいなぁって思うんだけどそれより商売のほうが楽しくてなぁ…』

「アーキルさんならきっと素敵なつがいが見つかりますよ。明るいし面倒見良さそうですもん」

「トワコ」

「…ごめん…」


またやってしまった。日本人の性というのはなかなか抜けない…。

もちろん、アーキルさん相手だから言ってるだけであって他の人には絶対に言わない。

でもそれが気に食わないレグに睨まれ、謝りつつ野菜を口に入れて喋るのを止める。


『ならトワコが俺のつがいになってくれるか?』

『おい、それぐらいにしておけよ。俺と共有したくないのだろう』

『そう思ってたんだけどこんな穏やかなメス見たことなくてさ! それに耳が心地いい…。優しいうえにいい匂いもする。知れば知るほどトワコの魅力にハマりそうだ』

『アーキル様、ご冗談はそれぐらいにして頂かないと』

『それより聞きたいことがあるんだろう。商人としてはそっちのほうが大事じゃないのか』

『ああもう聞く感じ?』


穏やかだった空気に緊張が走る。

真面目な顔になったアーキルさんは軽く手を振って仲間を下がらせた。


『海賊問題が頻発してるって聞いてるか?』


元々海賊問題はあったが、ここ数か月の間でその件数が倍以上になったと言う。

主な活動地点はディティ本山の周辺。そして大陸間の航路。

だがそれとは別の場所でも海賊が現れ、貿易に支障が出ているらしい。

特に貿易で資金を確保している南大陸にとっては重大な問題らしく、東大陸や西大陸の主要国にどうにか助けてもらおうとずっと駆け巡っている。

だからハイオットニー国から船に乗ってここまで来たんだ。


『で? それなら国に言えばいいだろう』

『まぁそうなんだけど。そこでたまたま聞いたんだよねぇ。北の国王が資金調達のため海賊を援護してるって』

『あの国王ならありえる話だな。まだ懲りないらしい』

『レグルス殿が叩き潰してくれたおかげで多少大人しくなったけど、また最近酷くなってさぁ。おまけに一人のメスを探してるって』


そう言って私をジッと見据えるアーキルさん。

ドキリと心臓が音を立て、レグとセトさんがアーキルさんを睨みつける。


『しかも始祖返りがバックについてるとかなんとか。もーこれでもかってぐらい海賊共を焚きつけ、資金調達して、国軍を作ろうとしてる。こんなことされちゃあトルティア王国としては黙ってられないんじゃない? つか俺らも困る』

『………で、お前に何ができる』

『海上警備に力を入れるぐらいしかできてない。まぁでも海賊問題は南大陸の最重要問題だから多少の軍を動かせるよ。この近くにも待機させてるしな』


アーキルさんの祖国は貿易で国が成り立っている。

だけど海賊が邪魔をしてその貿易に多大な損害が出ているから、北の国王ジャミルが援護している海賊を掃討したい。

きっとルルヴァもジャミルも私の存在を知ってるから戦力を強化しているんだ…。

最初に比べどんどん大きな話になっていく…。たかが私一人。でも私はたった独りの始祖…。

見えない重圧と恐怖に無意識に俯くとセトさんが頬に手を添え、穏やかな表情を浮かべる。


『今回ディティ本山に来たのも海賊問題を解決しようとニコラウス猊下に協力してもらうために来たんだ。つっても情報をくれってだけだけど! 実際俺らが乗った船襲われたし多分協力してくれると思う』

『で、俺達もいるから協力しろと』

『そうそう、さすが話が早くて助かるよレグルス殿! 何せ東大陸では知らない者はいないあの英雄レグルスと王国の第一空軍隊長様、それとクロヒョウの子は暗殺ギルドに所属してるのかな? 動きが只者じゃないよねぇ。オオカミ族も熟練の兵士って感じだし』

『白々しい。俺達の情報をどこで得た』

『アッハハ! それは商人として内緒だ。でも、それ以上に有名なのがトワコだよね』


不意に名前を呼ばれ視線が合う。

今までずっと穏やかで一定の距離を保っていたアーキルさんだけど、今はようやく見つけた獲物を前にした肉食獣の目をしている。


『俺は別に始祖教信者じゃないけどそれなりに詳しいよ。始祖は完全なる存在でその見た目は誰もが虜になり、その声は何よりも美しい。だけど俺ら獣人より弱く、争いごとを嫌う穏やかな性質で見知らぬ人であっても優しく接するって』

『何が言いたい』

『いいなぁ、俺もトワコが欲しい。ああは言ったもののトワコの顔がずっと離れないし、ずっと傍にいたくなる。―――これが始祖かって思うとルルヴァもジャミルも執着する理由が解った』


口元は笑っているのに目が笑ってない。

殺意じゃないけど、強い所有欲を感じる。


『殺されたいのか』

『その食事に毒が入っていないとでも?』


その言葉に持っていたフォークから手を離すも、遅い。

ほ、本当に毒が…? いやでも身体はなんともないし、レグもセトさんも毒が盛られてたら気づくはず…。


『アーキル様、大陸戦争を起こしたいのですか?』

『冗談だって! トワコの怯えた顔が見れて満足したよ、ごめんな。でもこれで解った。始祖は本当にいたんだな。じゃあ協力してくれるよね?』


言葉の裏が聞こえる。

始祖だってバラされたくないなら協力しろと。

悪い話じゃないと思う。戦力をつけている彼らと対抗するにはデーバさんたちじゃ足りない。

アーキルさんの軍と協力できれば捕まえることもできる。レグたちも余計なケガを負わなくてすむ。

わかってるけどなかなか返事をしないレグとセトさん。

私もバカじゃない。

きっと協力はしたいけど、私が始祖だってバレたことに警戒して迂闊に返事ができないんだ。

だってアーキルさんもルルヴァみたいになったら? 油断した瞬間、彼に誘拐されたら?

いつ裏切られるかわからない。だから返事ができない。なら……。


「アーキルさん」

『お、まさかトワコから返事がもらえるのか? それとも俺もつがいにしてくれる?』


集中しろ。心の底から願え。

つがいにもう負担をかけさせたくない。私だって協力したい!


「―――私が始祖だと言うことは忘れろ」

『……』

「トワコ!」

「トワコ嬢!」


今までは身体を支配できた。だから精神を支配…いや記憶の消去なんてできるかわからない。だけどやらなくて!

強い気持ちで何度も何度も心の中で願うとまた前みたいに心臓が熱くなったのがわかった。

ツキンと頭が痛んだけど前みたいに気絶するほどじゃない。

命令するとアーキルさんは目を見開いて私を見つめている。


『……あれ…? 俺なんの話してたっけ…』


固まっていたアーキルさんはㇵッと意識を取り戻し、眉間にしわを寄せて頭を抱える。

多分、成功したんだと思う…。

私を見る目も普通に戻ってるし、首を傾げて唸っている。


「レグ」


その変わりようにレグとセトさんも驚いていた。

名前を呼ぶと彼らも意識を取り戻して不思議そうな目で私を見つめてくる。

セトさんは「大丈夫ですか?」と私の身体を心配してくるので、笑って頷くと心底ホッとした表情になって両手を握りしめる。


『協力して海賊とそいつらをまとめているジャミル、ルルヴァを捕まえるって話だ』

『あー、そうだそうだ! ほんっとあいつら邪魔でさぁ! もちろんあいつら捕まえるか殺してくれたら報奨金を支払う! トワコも快適な船旅がいいよね? あ、あと特別にヂーズィ共和国に招待してあげるよ!』

「ありがとうございます。でも暑いところ苦手で…」

『……あれ、トワコってこんな声だっけ? すっごい綺麗な声…』

『人のつがいに色目を使うな』

『レグルス殿とつがいの共有なんて嫌だって言ったじゃん』

『協力しますので詳しい話はまた後日でも宜しいですか?』

『ん? ああ、もちろん』

『……アーキル様。ルルヴァとジャミルが何で海賊を率いているか知ってますか?』

『トワコをつがいにしたいんだろ? 確かにトワコは今まで見てきたメスの中でとびっきり可愛いから気持ちは解るが、そこまでメスに狂うなんてな。あ、トワコはちゃんと可愛いからな! レグルス殿とセト殿のつがいじゃなかったら俺が申し込んでた!』


セトさんの探るような発言にも違和感なく「始祖だということだけ」を忘れて会話を続けるアーキルさん。

その後も二人が色んなことを聞いても彼の口から「始祖」という単語は出てこなかった。

よかった。これで少しは不安要素を取り除けた…。

でも身体だけじゃなく、精神も意のままに操ることができるなんて…。

この力も内緒にしておかないと。特につがい以外のみんなにバレたらもっと大変なことになる。

前にレグに言われた誘拐されたあとのことを考え、身体が震える。

恐怖は感じるものの、この力があれば十分太刀打ちできるはず。

そう、身体と精神を支配できるならきっとあの命令も―――。


『じゃまた明日な!』

「ごちそうさまでした」

『明日の午後からで宜しかったでしょうか?』

『ああ、そうしてくれ。俺も午前中は色々あるからさ! トワコもまたな』

「はい、おやすみなさい」


記憶を操作してしまったことに対する罪悪感を感じつつ、晩餐会は無事終了した。

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