75.ハイオットニー国④
「よし、今日は大丈夫!」
昨日の反省も踏まえ、今日はワンピース型の水着を購入して再び海へとやって来た。
真昼間の暑い時間に海は最高に気持ちいい!
レグに言われた通り大人しく泳いだり、浮かんだり、ぼーっとしてお喋りしたりとまったりと海を堪能する。
たまにセトさんが鷹になって周囲を警戒したり、レグが暑くなって海に入って一緒に泳いだり、アルファさんが素手で魚を捕まえたり…。
大笑いはないけど穏やかな時間があっという間に過ぎていった。
「トワコ、そろそろ寒くなるし帰ろうか」
「そうですね」
「俺が押しますよ」
「わーい、ありがとうございます」
そう言ってアルファさんが後ろから浮き輪を押して陸へと向かう。
「…ん?」
ふと視界の端にキラリと何かが光った気がした。
身体を起こしてよくよく見るとネット向こうの海面に大きな背びれが出たり、沈んだりしていた。
一瞬鮫かと思って心臓が飛び跳ねたが、それは海中から空中に飛ぶイルカだった。
「わー…イルカがこんな近くまでいる」
ばしゃんと水音を立てるイルカ。
こんな近くで野生のイルカを見るなんて思ってもみなかったからなんとなく眺めていると、
「セトッ!」
シャルルさんが切羽詰まった声でセトさんの名前を空に向かって叫ぶ。
砂浜にいるレグも唸り声をあげながら何かを威嚇し、アルファさんは浮き輪から手を離してその場に留まった。
「ど、どうしたんですか…?」
「トワコ、急いで王様のとこに戻って」
「え…?」
「早くッ!」
怒鳴るように急かせられ、疑問に思いつつも浮き輪を手放してレグの元へと泳いで戻る。
後ろを振り返ると、イルカがネットを超えてこちらに向かってくるのが見えた。
「なんでッ!?」
首輪がなければ侵入できないし、魔獣避けネットだから魔獣も入ってこれない。
なのにイルカはいとも簡単に侵入し、凄いスピードで私の元へと近づいてくる。
シャルルさんやアルファさんにもイルカが取り囲み、私の元に近づけさせないよう妨害していた。
「きゃ!」
イルカは私の水着に噛みつき、海中へと引きずりこむ。
一匹しか見えなかったのにいつの間にか十匹以上のイルカがジッと私を見つめ、海中で音を発して会話をする。
イルカは可愛いけど、近くにいると怖い…。数もこれだけ多ければより恐怖が増す。
恐怖といきなり引きずりこまれたのもあり、呼吸が苦しくて海面に戻ろうとすると一匹のイルカが擦り寄って海面へと連れて行ってくれた。
あれ、もしかしていいイルカ?
そんなことを考えているとイルカは人間の姿へと変身した。
「―――ッぷは! はっ、はぁ…はぁ…!」
「やーべ、マジのマジで超絶可愛いじゃん!」
「ゲホッ! な、なに…!?」
「声も可愛いとか最高! あーもーすぐに交尾してぇ!」
「っひ…!?」
イルカは浅黒い肌と爽やかな青髪の男性へと変身し、身体を絡ませながら水着を脱がそうとしてくる。
遠くから私の名前を呼ぶ声が聞こえ、助けを求めようと抵抗するも次々現れる手によって妨害され、知らない男性に囲まれてしまった。
「や、止めて…! 止めてくださいッ!」
「それで抵抗してるつもり~? すっげぇ可愛いんだけど」
「おい早く連れて帰ろうぜ!」
「番どもの足止めもそろそろ限界だしな!」
「やめっ…もう触らないで!」
「泣きながら言っても説得力ねぇし!」
「よしよし怖いよな。俺らの家でたくさん気持ちいいことしようぜ」
「ほんっとマジでやべぇぐらい可愛い…。早く交尾してぇ…!」
「やだっ…離してって…!」
「早く水着脱がせろよ」
「うるせぇなぁ! お前も手伝えよ!」
「このっ…!」
「おっと、加護使うの禁止な!」
知らない人に身体中を触られ、水着を脱がそうとしてくる。
このままじゃ犯される。
血の気が引いていくのが自分自身でもわかるぐらい感じ、加護を使って逃げ出そうとすると海中に引きずりこまれて邪魔をする。
レグの力を使って振り解き、セトさんの加護を使って空に逃げる。
そうしたいのに……息が苦しくて何もできない。
息を求め海面に上がろうとする私を掴んでくる数多の手。
振り解こうとレグの加護を使っても水の抵抗のせいかいつもの力が出ない。
「―――ッゲホ!」
「やっぱ交尾するなら陸上種族に限るよなぁ。なぁんにもできなくて可哀想に」
「苦しいよな、ごめんごめん。大人しくついて来てくれるなら悪いようにはしないからさ」
「交尾はするけどな!」
加護が使えないなら始祖の能力がある。
内緒にしとけ、使うなって言われたけど、ここは使うべきだ。
彼らが邪魔でみんながどこにいるかわからない。いや、いたとしても海中じゃこの人たちに勝てない。
こうなるからみんなは海で遊ぶの反対してたのにッ…!
「ッはな「おっと、まだ加護使う気かよ」
何かを察してか再び海に沈めさせられ言葉を発することもできない。
「ゲホッ! や、めろ…!」
「強気なとこも可愛いじゃん。もっと泣かせてー」
「やっ…んん…!」
何もできない私をいいことに男性はニタニタと笑いながら唇を塞いでさらに呼吸を奪う。
すぐに解放されたけどまた別の男性にキスをされ、いつの間にか脱がされて露わになった胸やお尻を触られ、何か熱いものを身体に擦りつけてくる。
「お前ら盛ってないで行くぞ」
「あー今すぐぶっこみてぇ…! どこもかしこも柔らかいし最高」
「やっ―――んん! っは、もう…やめ―――」
「大丈夫大丈夫。気持ちいいことしかしねぇよー」
「これだけの相手したら死んじゃうかもしれないけどねぇ」
「今度は俺とキスしような」
「次は俺とキスしようぜ」
「―――っで! 噛みやがったな」
「おいお前らいい加減に―――」
加護もあるのに、始祖の能力もあるのに何もできない。
知らない男性にキスされるのも、身体中を触られるのも怖くて気持ち悪くて逃げ出したいのに何もできない。
せめての抵抗にキスしてきた男性の舌を噛みついてやると、苛立った男性に沈められた。
海中にもまだ別のイルカがいて逃げられないと解らせられるが、ふと視界が赤く染まっていった。
それと同時に押さえつけられていた力がなくなり、急いで海面に戻ると首に矢が刺さった男性が数人浮いていた。
「っひ…!」
「だから盛るなって言ったんだ! おい帰るぞ!」
「俺が逃がすわけねぇだろ」
「死ねよクズども」
「シャルルさん! アルファさん!」
イルカに囲まれていたシャルルさんがいつの間にか彼らの背後まで辿り着き、小型のナイフで彼らの頸動脈を斬っていく。
その援護をするかのように砂浜にいたレグが収納玉から出したアルファさんの武器、矢を投げつける。
一瞬で消えていく命。
血の臭いが苦手なのか、それとも恐怖を感じているのか囲っていたイルカたちは一定の距離を保ったまま周囲を回遊している。
「海中じゃ勝てねぇけどなぁ、空中はそうじゃねぇだろ? トワコ、手伸ばして!」
血生臭さに混乱して固まっていたが、シャルルさんの言葉で意識を取り戻して言われた通り手を伸ばすと鷹姿のセトさんが私を掴んで海から脱出。
そのまま砂浜にいるレグの元に向かうと、そこにもたくさんの死体が転がっており、レグ自身も赤く染まっていた。
汚れていない砂浜に降ろしてもらい、セトさんが羽織っていた上着を肩にかけられる。
「あ、ありがとうございます…」
「助けるのが遅くなってしまって申し訳御座いません…」
「トワコッ」
「レグ…」
助かった。
それが嬉しくて足に力が入らずその場に座り込んでしまう。
震える身体をセトさんが擦ってくれる。
レグもすぐに駆け寄ってきて苦悶の表情を浮かべ、謝罪する。
セトさんもレグも悪くない。大丈夫だと思ってたのに入ってくるとは誰も思わなかった。
もっと言えば私が危険がある海に入りたいってワガママ言ったからだ。
謝りたいのにさっきの余韻が残っているせいか、怖くて言葉が出てこない。
「悪い、何人か逃げられた」
「トワコ、ごめんね。どこもケガしてない?」
レグと同じぐらい真っ赤に染まったアルファさんとシャルルさんも戻って来て、沖の向こうに帰って行くイルカたちを睨みつける。
さっきまでいた場所はたくさんの死体が浮いていた。
「……ごめ…んなさい…!」
ワガママを言った私のせいでまた迷惑をかけてしまった。
みんなは止めたのに…。いや、そもそも遊んでる場合じゃないのに…!
「トワコが謝る必要ないよ」
「そ、そうですよ。守れなかった俺達が悪いんで…その、泣かないで下さい…」
「ちがっ…! 私がワガママ言ったから…。ごめん、なさい…」
「セキュリティの問題です。トワコ嬢が謝ることではありません」
「でも、…っでも迷惑かけて…。加護も能力も使えなかった…! 知らない人にキスされたし、みんなに申し訳ない…!」
加護には一定の集中力が必要だ。
沈められたとは言え、練習したのに何もできなかった自分が情けない。
前以上に彼らが大切になった分、他の男性にキスされ、触られ、抵抗できなかった自分が憎い。
何もできなかった自分に呆れられてしまったかもしれないと思うと涙が溢れて謝ることしかできなかった。
「ごめ―――」
涙を拭いながら謝っていると腕を掴まれ、アルファさんにキスされる。
驚いて呼吸も身体を止まり、涙も止まった。
「これで大丈夫です」
最後にペロペロと唇を舐め、一人納得して満足気なアルファさんがニコリと笑って離れる。
「……へ…?」
「イルカ族だから毒も盛られてないようですし、消毒もバッチリです。血の味がしたので吸い出しましたかどこか怪我でも?」
「…な、ないです…」
「ならよかったです。涙も止まりましたね」
「……」
何がバッチリなのか解らないけど、怒ってないように見える。
「駄犬に先を越されたな」
「こいつこういうとこあるよな」
「トワコ嬢が自分を責める必要ありません。誰にも予測できなかったことです」
「でも…!」
「ああ、そうだな。お前を触った奴らを始末しないと…」
「とりあえず警備の奴らに報告してくる。トワコはセトと一緒に部屋に戻って身体洗っておいで」
「戻りましょう」
「ここの後始末は俺らに任せて下さい」
それ以上私に謝らせないようにしているのか、口を挟むことなく次々と決められあっという間にセトさんに連れられ部屋へと戻る。
血と海水で汚れた身体をシャワーで落とし、湯舟に浸かって身体を見ると赤い痕がいたるところに残っていた。
落ち着いていた気持ちが再びザワつく。
番じゃない男性に触られた。キスされた。
強い力で身体の自由を奪い、あと少し遅かったら誘拐され犯されていた…。
「気持ち悪い…」
そう予測できる痕が残っている。
気持ち悪い。悍ましい。消したい。みんなに見られたくない…!
いくら身体を擦っても痕は消えてくれず、余計に真っ赤に染まっていく。
「トワコ嬢、それ以上は駄目です」
「ひっ!」
安全のためセトさんが少し離れた場所にいるのを忘れていた。
止めに入ったセトさんに恐怖を感じて悲鳴をあげると、少し悲しそうな顔をする。
「ごめんなさい、違います…! いつも一人でお風呂に入ってるからビックリしてしまって…」
「大丈夫です。それよりあまり強く肌を擦らないほうがいい。あとで薬を塗りましょう」
「…はい。……セトさん、迷惑かけてすみません」
「迷惑など。謝らないで下さい」
「加護も使えなくて…。みんっ…みんなに嫌われ…たかもしれないって…思って…」
「すぐ助けられなかった私を嫌いになりましたか?」
「みんなはすぐに助けてくれました!」
「そう言ってくれるのはトワコ嬢だけです。本来であれば役立たずとして即刻殺されてるか、罰を受けています。許しを請うのは私達のほうです」
「で、でも…」
「メスはオスよりも弱い。番のオスは全力でメスを守らなければならない。それなのに…申し訳御座いません」
「……助けてくれたもん…」
「……。ではお互いが悪いということにして、罰則を与えてくれませんか?」
「罰則…ですか?」
「はい」
そう言って私の背後に回り、髪の毛を温かいお湯で流し始める。
「守れなかった私達に……そうですね、頭を踏みつけるか、ビンタするか…鞭打ちでも構いませんよ」
「えッ!? な、なんでそんなこと…」
「守れなかった罰です」
「でもそれじゃあみんなだけの罰になりますよね…?」
「いえ、殴るのも踏みつけるのもトワコ嬢です。ついでに罵ってもらいましょうか」
「むっ、無理です! 助けてくれたのにそんなこと…!」
「だからお互いの罰則になるのです。トワコ嬢はそういうのが苦手ですからね」
これで手打ちにしませんか?
と言うように笑うセトさんに言葉が出てこない。
助けてくれたのに罰を与える? 意味がわからない…。
オスは番のメスを守る為にいるのにそれができなかった。と言われても、あの状況じゃどうしようもないことだし、なにより陸上種族が海棲種族に勝てるわけがない。むしろあれだけで済んだ。
それなのに罰を与える…?
「三人とも普通通りでしたが何もできなかったことに憤りを感じております。それを鎮めるためにもトワコ嬢からお叱りが必要かと」
「よ、余計怒られるんじゃ…」
「まさか。愛しい番に与えられるものは痛みであれ嬉しいものです」
「そんなことは…」
「ああ、それから。トワコ嬢に手を出したイルカ族の処理もお任せ下さい。根絶やしにしてきます」
その言葉にとてつもない殺気を滲ませ、軍人の顔を見せる。
思わず息が詰まるとパッと表情を変えて、額にキスをし泡立った髪の毛に再びお湯を流す。
「……私は…みんなに罰を与えたくないです…」
「ええ。ですからトワコ嬢への罰にもなりますね」
「うう…」
「ではどんな罰を与えるか一緒に考えましょう。先に姉上の事例をあげましょうか?」
「…う、あ……はい…」
セティさんが決めている罰則を聞いて血の気が引いていき、いつまで経ってもお風呂から上がれなかった。




