72.ハイオットニー国①
「今って冬ですよね…?」
「そのはずですが…」
リーデル国を抜け、目的地であるハイオットニー国に入国した。
本来であれば王国民の私たちが入国するにはかなりの時間がかかるらしいが、オヴェールさんの馬車だとわかると何も言わず通してくれた。
彼女は始祖教内部でも有名らしい。
絶世の美女だし、領主でもあって始祖教の神官。改めて彼女のことを知ると本来であれば私なんかが話せる立場の人じゃない。
ハイオットニー国は東大陸の南西に位置する中小国家。貿易や観光地として収益をあげ、国全体が裕福。
「暑すぎる…!」
だけど暑すぎる!
冬だから普段より温度は低いと言われていたけど、他国民の私たちからしたら暑すぎて気力を奪っていく。
北の国出身のアルファさんはバテて馬車の中で寝込んでるし、シャルルさんとレグも喋る元気はなくひたすら暑さに耐えている。
私は少しでも風を浴びようと御者台にセトさんと並んで座り、ひたすら早く街につくのを願う。
「冬用の服を購入したけど必要ありませんでしたね…」
「そうですね。次の街ではこの国用の服を購入しましょう。日射病には気を付けて下さい。水は?」
「水飲んでおきます…。セトさんは暑いの平気なんですか?」
「普段誰よりも太陽に近いところを飛んでますので。暑いことは暑いですが」
苦笑するセトさんに私も苦笑を返す。
いつもキッチリ着こんでいた服も少し着崩して内部の熱気を飛ばそうとしている。
三人に比べればまだ元気が余ってるセトさんとのんびり会話して暑さを誤魔化す。
「トワコ嬢、潮風です」
「え? あ、海ですか?」
「近くまで来てます」
「と言うことは首都ですねっ。シャルルさん、レグ、アルファさん! ようやく休めますよ!」
馬車で進めば二日で到着すると言われたこの国の首都、リオンディズ。
ようやく休める!
小窓から馬車の中を覗くと上半身裸の三人が重たい溜息を吐いた。
一応窓は開けてるし、冷風機の道具があるから熱中症にはならないけど床が絨毯だから暑いよね。
進むにつれチラホラと家や畑が現れ、一つの丘を越えると紺碧の海と白い建物が立ち並んだ光景が視界いっぱいに広がる。
「うっわー…きれー…!」
「統一された建物と色。それに映える美しい海。この風景も観光の目玉になってるそうです」
「うんうん、すっごく綺麗ですもんね! 潮の匂いもするー…」
「入門には時間がかかりますがこの馬車のおかげですんなり入れそうですね」
「感謝ですねー。今日はゆっくり休みましょう!」
「トワコ嬢はあの三人に比べて暑さに強いんですね」
「暑いことは暑いんですけど、カラッとしてるからですかね?」
「カラッ?」
「私の国の夏は湿気が凄くてまとわりつく暑さなんです。でもここは空気が乾燥してるから「暑い!」だけですむっていうか…」
「ああ、なるほど。確かに海があるとは言え、空気は乾燥してますね」
「まぁでも早く涼しい場所に行きたいです」
「では急ぎましょうか」
✿
「いっきかえる~~~!」
オヴェールさんの権力のおかげですぐに首都に入ることができた私たちは一目散に宿屋へと向かった。
そこもオヴェールさんの手配で、この街で一番豪華な宿に滞在することになった。いや、ホテルと言ったほうが表現的には正しいのかもしれない。
さらにそこのホテルの中でも豪華な部屋を案内された。
扉を開ければすぐに目に入る海。それを眺望できる大きなバルコニー。
まるで海外で見るセレブなホテルみたいだ!
部屋も冷風機のおかげで涼しく、ダウンしていた三人はようやく復活してくれた。
「水分もしっかり摂ってくださいね。あと塩分も大事ですよ」
「俺、寒いのも嫌いだけど暑いのも嫌いだわ。トワコ、ようやくくっつくことできるー!」
「俺…無理…。暑いの……無理…」
部屋の中の一番涼しいところに座って出された水と飴玉で失ったものを取り戻す。
飴玉は塩飴っぽかった。
顔が真っ赤だったので部屋に置かれていたパンフレットらしきもので仰いであげる。
「シャルル、アルファ。トワコ嬢に何をさせている」
「はっ! す、すみませんトワコさん! 俺が仰ぎますよ」
「ごめんねトワコー。暑すぎて頭ぼーっとしてた」
「私は大丈夫ですよ」
周囲の警戒と不審な点がないか確認し終わったセトさんがバルコニーに降り立ち、小言をこぼす。
確かに暑いけど、どう見ても二人のほうが重症だ。
気にしないでと仰ぎ続けていると別室を確認していたレグも戻って来て二人を押しのける。
「レグもお疲れ様でした。水分摂りますか?」
「ああ」
「トワコ嬢、屋上にプールがありましたよ。そこで身体を冷やしたほうが早そうです」
「プールまであるんですか!?」
「バルコニーから上に続く階段があります。そこもこの部屋専用なのでよかったらどうですか?」
「行きます行きます! あ、でも水着がない…。みんなも持ってないですよね? 買いに行きませんか?」
「この部屋専用なら裸で「絶対にイヤです! セトさん、まだ動けますか? 買いに行きましょう!」
「問題ありません。三人は戻って来るまで体調を整えておいて下さい」
「おい、二人で行くな」
「バテてる三人を連れて行けないですよ。ゆっくり休んでてください。それでプールで遊びましょうね! 行って来ます!」
「…トワコは何であんなに暑さ平気なの…? 始祖ってそうなの?」
「知らん」
三人を残してセトさんと一緒にホテルの人にお勧めされた通りに向かう。
そこは番専用かつ貴族専用で、メスが歩いても大丈夫な高級ショップ通り。
温泉街のときみたいに観光を売りにしている街の治安はさすがだなぁ…。
二人で歩いても遠目に見られるだけで誰にも声をかけられない。警備っぽい人も巡回しているからより安心だ。
「水着だけならどこにでも売ってそうですね」
「あとはセトさんたちの服も買いましょう!」
「その前にトワコ嬢の服からですね。元気ですが顔が赤くなってます」
手の甲で頬に触れ熱を確認される。
彼らに比べたらマシだから言わなかったけどバレてた…。
お言葉に甘えて目についたお店に入るとすぐに男性店員が出迎えてくれて、ソファへと案内して冷たい飲み物を提供してくれた。
「わっ、これ美味しい…」
「トワコ嬢、どんな服にされますか?」
「涼しかったらそれでいいです」
「ではあちらとあちらを見せてもらってもいいですか?」
「はい、お持ちしますね」
熱がこもらないためなのか白い生地の服が多かった。
キャミソール風のドレスデザインが人気なようでセトさんは真剣な目で吟味する。
とりあえず適当に買って早くプール入りたいんだけどなぁ…。
「セトさん好みのでいいですよ」
「えッ!?」
「今日は急いでるから早く買って帰りましょう」
「そ、そうですね…。ではこちらでいいですか?」
そう言って恥ずかしそうに見せられたのはやっぱりキャミソールドレス。
丈も短いし背中空いてるしブラの紐が見えるのになぁ…。
そう思いつつ触って確認するとちゃんとブラをつけなくても大丈夫な作りになっていた。
無駄毛は温泉街で脱毛してから大丈夫だとしても…。やっぱり勇気いるなぁ…。
「気に入りませんでしたか…?」
「あー…いや、これで大丈夫です。すみません、これ試着してもいいですか?」
「はい。番様と一緒にこちらへどうぞ」
多分またシャルルさんにムッツリだってからかわれるんだろうね。
セトさんと一緒に試着室に入って後ろを向いてもらっている間に着替える。
通気性がよく、露出度が高いからかなり涼しくて快適だ。
ちょっと胸が苦しかったので別サイズのものと、直射日光を避けるため薄着の上着を選んで購入。
服に似合う白い靴とここに来て長くなった髪をまとめる髪留め、それからセトさん好みの水着も買った。
着たまま帰ってもいいと言われたのでそのまま外に出ると、先ほどとは打って変わってかなり涼しかった。
「部屋に帰ったら日焼け止め塗らないと…」
「ヒヤケドメ?」
「直接太陽の光を浴びると肌が焼けちゃうんです」
「や、焼ける!?」
「と言っても黒くなるだけです。セトさんは焼けないんですか?」
「赤くはなりますが黒くは…。それはまずいですね、違う服にしましょう!」
「いえ、薬塗れば大丈夫です。それより次は水着とセトさん達の服を買いに行きましょう!」
別の服を買おうとするセトさんの腕を強引に掴んで、メンズショップのお店に入ると一斉に視線がこちらに向く。
大丈夫だと思うけどやっぱり不安になる。
セトさんの背中に隠れると私を庇ってこちらを見てくる男性に殺気を飛ばす。男性は慌てて視線を反らし、買い物を続けた。
「大丈夫だとは思いますが離れないで下さいね」
「わかりました、気を付けます」
周囲を警戒しつつみんなの服を選ぶ。
色んな種類があって見てるだけで楽しい!
三人が復活したら連れて来て色々着てもらおう。私ばっかり買うのも嫌だし、何より四人とも顔がいいからコーディネートするの楽しいんだよねぇ。
シャルルさんとアルファさんはちょっとヤンチャ系がいいなぁ。レグはいかつい系統がいいけどそれだと厚着になっちゃう…。セトさんは爽やか系だね!
太陽の光と白い壁に反射する光が眩しすぎると言っていたので全員分のサングラスや帽子も選ぶ。
最後に水着も購入してできるだけ早く買い物を終わらせてホテルに戻った。
「また明日にでも皆で買い物行きましょうね。着てもらいたい服とかあるし」
「解りました。時間はたくさんありますし、街も広いのでゆっくり観光しましょう」
「そうですね! ……でもオヴェールさんたちのことを考えるとちょっと…。元はと言えば私が原因ですし」
「私達が不安なので排除したいのです」
「そう言ってくれると嬉しいんですけど…大丈夫かなぁ…」
「あのメスは始祖返りですし何よりシャチ族です。それにその番達も強者です。デーバ達も私達相手に死者を出さず生き残った者達です」
「……そうですね。ちょっと心配だし申し訳ないけど楽しもうと思います」
「はい、トワコ嬢は一切気にする必要ありません。何より……その…」
「セトさん?」
「ルルヴァのことより私のことを考えてくれると…嬉しいのですが…」
「…んっふふ! わかりました、セトさんのことを考えますね」
「嬉しいです」
暑さではなく、照れのせいで顔が赤くなったセトさんの手を取る。
暑いけど触れていたい。だってこんなにも可愛いんだもん!
ルルヴァのことは気になるし、申し訳ない気持ちは消えないけどみんなが気にするなと言うなら信用して任せよう。
✿
「トワコ、お帰りー! 新しい服も可愛いね、よく似合ってる」
ホテルに戻ると真っ先にシャルルさんが出迎えてくれた。
露出多くて似合わないかもしれないと心配していたけど、シャルルさんは「よく似合ってる」と言ってたくさん褒めてくれた。
「みんなの分の服も買ってきたから着替えてください。今着てる服より涼しいですよ」
収納玉から全員の服を取りだし一人一人に渡すとその場で着替えようとするので慌てて目を反らす。
元々上半身裸だったけど着替えるところは見たくない。
「うん、よく似合ってる!」
「ほんと? 涼しくなったしめちゃくちゃ楽で気に入ったよ、ありがとう」
「少しはマシになった…。ありがとうございます、トワコさん」
シャルルさんとアルファさんには黒と青のタンクトップと薄手の半そでシャツ。
シャルルさんは二十歳だけど言動がヤンチャ小僧っぽいから選んだけど、思ってた以上に似合ってた。
アルファさんはシャルルさんと同じだけど好青年に見える。腕についた火傷の跡は隠したいだろうから長袖のシャツにしたし、手袋も通気性のいい生地にしたので嬉しそうだ。
「セトさんもバッチリですね。レグは…ふふっ、よく似合ってます。あとサングラスもどうぞ。……アハハ!」
セトさんは鷹のワンポイント刺繍が入った白い半そでシャツ。うんうん、爽やかさが増した。
そしてレグには派手な柄シャツをプレゼント。ついでにサングラスもかけたら見た目は完全不良。体格も相まってその筋の人にしか見えない。なのに似合ってるから思わず笑ってしまった。
「王様よく似合ってんじゃん。英雄には見えねぇ」
「目立つからいい牽制になるな!」
「サングラスと帽子があれば英雄レグルスだとバレずに済みますね」
「……はぁ…暑くて言い返す気力もない」
「じゃあプール行きましょう! 水着に着替えてきますね!」
そうだそうだ、プールが備え付けられてたんだ!
急いでお風呂場に行って買ってきた水着を取り出す。
セトさんが選んだのはシンプルにビキニだった。
胸元にはフリルがついていてセトさんらしくないなと思ったが、下は紐で留めるタイプのもので変に納得した。
新しく購入した下着全部紐パンだから慣れてるけど…。そんなに紐パンがいいのかな…。
疑問に思いつつも水着に着替え終わって鏡でチェック。
胸が大きくなったしちょっとは大人っぽく見えるかな?
「お待たせしました」
「ひゃぁ! み、水着って下着のことなんですか!?」
「ち、違いますよ」
「この水着セトが選んだの?」
「はい、色々あって悩んだので選んでもらいました」
「もっと際どい水着にすると思ったのに珍しい」
「私をなんだと思ってるんだ」
「ムッツリ軍人」
「貴様っ」
「トワコ、暑い」
「はいはい、行きましょうね。先に涼んでいてもよかったのに」
固まってるアルファさん、口喧嘩するシャルルさんとセトさんを置いてレグと先にバルコニーからプールへと向かう。
大きくも小さくもないほどよい広さのプールに休むためのビーチベッド。
テレビで見るような専用プールに飛び込みそうになるも、きちんと準備体操をして身体を解す。
「何をしている」
「いきなり入ったら身体がビックリしちゃうからその準備運動です」
「…始祖は大変だな」
「みんなが強靭すぎるんですよ」
そうしているうちに三人もやって来た。
「トワコ」
やって来た三人に視線を向けるとザプンと重たい何かがプールに浸かる音がして名前を呼ばれる。
先にレグが入り、両手を広げて私が来るのを待つ。
「気持ちよさそうですね」
「ああ、ようやく生き返った」
「あんなに―――」
手をとって私もプールに浸かると思っていた以上に深く、沈んでしまった。
レグが立っていたから深く考えず入ったけど、レグの身長で胸まで浸かってるんだから私の身長じゃあ届かないよね…!
溺れかけたのを助けてもらい咳き込む。
「ト、トワコさん大丈夫ですか!?」
「何してんだよ王様」
「ご、ごめんなさい。こんなに深いと思ってなかったので…げほっ!」
「大丈夫ですか? あがりますか?」
「大丈夫です! それよりみんなは浸からないんですか? 気持ちいいですよ」
火照った身体が冷えていく。
抱えられたままみんなに声をかけると順々にプールに入る。
「レグ、もう大丈夫ですよ」
「溺れるだろう」
「私こう見えてちゃんと泳げますから」
「だとしても危険だ」
「大丈夫ですって。浸かるだけじゃ楽しくないから早くっ」
プールに来たんなら泳がないと!
既に一番離れた場所まで泳いでいったシャルルさんが私の名前を呼ぶので泳いで向かう。
「すごいね、トワコ。泳ぎ完璧じゃん!」
「そうですか? シャルルさんも泳ぎ上手ですね」
「俺は天才だからね。何でもできるよ。あいつらは泳げないけど」
シャルルさんのところまで行くと腰を抱えられ溺れないよう支えてくれる。
壁があるから大丈夫なんだけど…。でも優しさに甘えて身体を預ける。
泳いできた後ろを振り返ると心配そうに私を見ていたので手招きをするけど、泳いで近づいてこない。
「泳げないんですね?」
「泳ぐ必要なんてないからね。王国は海から遠いし、川も湖も深い場所まで行かない」
「なるほど。じゃあ私が教えてあげる!」
「え? トワコが?」
「だってせっかくなんですからみんなと一緒に泳ぎたいじゃないですか」
「俺だけでいいんだけど…」
「まぁまぁ」
シャルルさんを宥めつつ全員に泳ぎ方を教えて練習に励んだ。
とは言っても運動神経抜群な彼らはあっという間にマスターして私より早く泳げるようになった。
そして唐突に始まるレースを眺めながら夕食までの間、プールでたくさん遊びつくした。




