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66.歓楽街ゼメル④

【君、無茶したねぇ。さすがにあれはまずいよ】


知らない声が馴れ馴れしく話しかけてくる。

なのに意識を向けると泡のように弾けて消えた。


「―――ん…」


重たい瞼を開けると一つのランプが目に入り、無意識に眉をしかめて声をもらす。

気絶する前、あれだけの激痛に襲われていたのに今は消えてなくなっていた。むしろたくさん寝たときのようにスッキリしていた。

重たい身体を動かすと視界の端の大きな影が動いて、そちらにゆっくりと視線を動かす。


「…と、トワコさん…!」

「……アルファ、さん…?」

「よかった…! よかったです! ようやく起きてくれた! ああ、すみませんっ。うるさいですよね。でも三日も寝てたから怖くて…ッ。あ、何か飲みますか!?」


そこには涙目になったアルファさんが座っていた。

起き上がろうとする私を再び布団に戻し、色々と世話をしようと質問してくる。

それより着物の隙間から見える包帯が気になって手を伸ばすと大きな手に包まれた。


「ケガ…大丈夫ですか…?」

「俺は平気です。薬も塗りましたし」

「……ごめんなさい…っ。私…誘拐されて…!」


徐々にあの時のことを思い出し、情けなさで涙が出て謝罪を繰り返す。

こうやって傷の手当てもできてるぐらいだから、きっとレグが言葉通りなんとかしてくれたんだと思う。


「大丈夫です。全部あのメスから聞きました。他の奴らも無事です」

「…すみません…!」

「ああっ、そんな…! 謝らないで下さいっ。守れなかった俺らが悪いんですから!」

「ちがっ…!」


必死に宥めようとしてくれるその優しさでまた涙が溢れる。

部屋の中だからって一人になった私が悪い。あんな状態であっても傍にいてもらうのが正解だった…。

自分たちのせいだ。と言うアルファさんの言葉を否定しようと息を吸った瞬間、三日間も寝て水分を摂っていなかったせいか激しく咳き込む。


「み、水持ってきますね…!」

「う、うん…」

「あ、いや、その前にシャルルを…!」


背中を擦りながらシャルルさんの名前を大声で呼ぶと、すぐにけたたましい音とともに息を切らしたシャルルさんが現れた。

起きた私を見るなりグシャリと表情を歪め、抱き着こうとするのをアルファさんが防ぐ。


「トワコー、よかったー…!」

「シャルルさん、すみません…。げほっ」

「喉痛いの!?」

「俺は水を持って来るから任せる」

「あ、違います。乾燥してて…それと三日ぶり?に声を出すからビックリしてるみたいです」

「ほんとに? 本当に大丈夫!? 無理してない? 三日も寝るって相当だよ!?」

「大丈夫です」


二人は心配するけど、身体は本当に大丈夫だ。痛むところもない。頭もスッキリしてる。

咳が落ち着き「元気です」と言って笑うといつもより優しい力で抱きしめられた。


「シャルルさんもケガないですか?」

「ないよ」

「でも包帯…」

「かすり傷だから気にしないで。薬飲んだけど完治まで時間かかるから感染予防のためにね」

「あの…本当にすみません…」

「大丈夫だよ、気にしないで」


私のつがいだから優しい言葉しかかけてくれない。

嬉しいけどその分申し訳ない気持ちでいっぱいになる…。明らかに私の油断が原因なのに…。

シャルルさんの言葉に返す言葉が見つからず俯くと再度抱きしめられる。


「本当に気にしないで。こんなのメスを持ったオスの日常茶飯事だからさ」

「……でもたくさんの人が…」

「弱いあいつらが悪い。それより今どんな状況か気にならない?」

「…それは…まぁ」

「トワコは当事者だからね、ちゃんと説明してあげる」

「トワコさん、お待たせしました!」


この三日間で何があったのか。

水と果物を持ってきたアルファさんを交え、私が気絶した…いや、もっと前からの事情を説明してくれた。


「えーっと…。まず、ルルヴァは生け捕りにできなくて現在逃亡中。どこに行ってるか不明でアルファさんの仲間を使って捜索中…」

「はい。黙っていてすみませんでした…」

「いえ、それは別に…。それで逃亡したルルヴァは始祖教の熱心な信者であるオヴェールさんに私のことを話し、捕らえるよう言われたけど信じていなかったし捕まえるつもりはなかった。でもたまたま温泉街で遭遇し自分より弱いメスで、しかもつがいにするつもりだったレグをつがいにしていたから嫉妬と始祖への冒涜だと感じて殺そうとした…」

「頭イってるよねぇ。だから始祖教の奴ら嫌いなんだよ。あとあの王様とつがい解消しない? あいつかなり有名だからまたこういったことも起こるよ」

「大丈夫です。それで…えーっと…。街の外にあるあの花の香りを嗅いだメスにお詫びに持ってきたあのお香を掛け合わせるととんでもなく発情する、と…」

「そうそう。メスにしか効果ないんだけどね」

「なんで発情させようとしたのか…」

「え、だって交尾中が一番無防備でしょ?」

「な、なるほど…! だけど私は始祖だからうまく作用されず、気持ち悪くなったと…」

「予想ですがそうじゃないかと思います。もう大丈夫ですか?」

「あ、はい。それはもう平気です」


本当は発情もしてたけどこれは黙っておこう。

シャルルさんが解りやすく説明してくれたおかげでスッキリした気分だ。

小さく切られたリンゴをアルファさんが口元まで運んでくれたので甘えて食べさせてもらう。

三日ぶりの水分と糖分を摂取し、不足していた栄養素を取り戻そうとだんだんと頭がハッキリしてきた。


「トワコが一人になりたいって部屋に閉じこもったときこじ開けることもできたんだけど、何故かできなかったんだよね」

「ああ、それは不思議に思ってました。レグなら私の言葉無視するのに何でだろうって」

「そのときトワコが命令したからね。あのときと同じ…脳に直接語りかけ命令してきたんだ。だから動けなかった。…そのせいで、侵入してきた奴に気づいても何もできなかった…!」

「…私のせいだ…。本当にごめんなさい!」

「ごめん、謝ってほしいわけじゃないんだ。情けなくて言い訳したかっただけ…。ごめんね、トワコ」

「大丈夫ですっ。そんな顔しないでください」

「俺はその場にいなかったから固まってる三人を無視して扉を開けたんです。それから数分後に三人が動き出して助けに行ったんですけど色々と邪魔が入ってしまって…」

「なるほど…」

「トワコさんが気絶されてから数分後にあいつらも動き始めましたが、あのメスが全面降伏……というか…まぁそこはまたあとでお話します」

「ともかくもう安全だよ。俺たちもお咎めなしでいつでも出発できる」

「え…あんなに暴れたのに…?」


建物を壊しただけじゃなく、きっとたくさんの人を殺したのに…? それなのにお咎めなしってどういうこと?

私の質問にシャルルさんはニコニコ笑って頬を擦り寄せてくる。

それにアルファさんの歯切れの悪さも気になる。全面降伏ってあのオヴェールさんが? あんなに殺意を向けてきたのにどうして?


「トワコさん、まだ食べますか?」

「あ、いや、もう大丈夫です。ごちそうさまでした」

「まだ身体動かないよね? ゆっくり休んで」

「うん。…あの、レグとセトさんは?」

「王様はあのメスと色々話してるよ。特に始祖返りのこととかで」

「セトは後処理中です」

「じゃあ用事が終わったら顔を出すよう言ってもらっていいですか」

「うん、わかった」

「お願いします。…その、本当に迷惑かけてすみません。ありがとうございました」

「ううん、こっちこそ怖い思いさせてごめんね。無事でよかった」

「本当によかったです」







「始祖様、この度は大変申し訳御座いませんでした」


さっそく用事を終わらせたレグとセトさんはすぐに私の元に来てくれた。

レグの焦った表情を見たのはこれが初めてで少し笑ってしまった。

セトさんの乱れた髪の毛も初めて見た。言葉通り飛んで帰って来てくれたんだろう。

二人からの謝罪に私も謝罪し、最後は抱き合って今回の無事を喜びあう。

事情はシャルルさんとアルファさんから聞いていたので確認をして、そこで嘘をついていたことも合わせて謝罪される。

私を思ってのことだから不快ではないので「気にしないで」と言うとあからさまに安堵の表情を浮かべた。

五人一緒に食事をとって寝る前にレグにとある部屋へと連れて行かれると、土下座をしたオヴェールさんが私たちを出迎え、開口一番に深い謝罪をされる。

なんか起きてから謝罪ばかりだ…。


「…えっと」

「大丈夫だ」


気にするなとでも言うように部屋にある椅子にエスコートされ座ると、オヴェールさんが顔をあげジッと私を見つめる。

その目には殺意も嫉妬も何もない。

その代わり、熱い…恋をしているかのような表情と眼差しを向けている。


「聞きたいことがあるだろうが、先にこいつの言い分を聞け。それからの処理はトワコに任せる」

「ど、どういうこと…?」

「始祖様。私はあなたを弱いメスだと決めつけた挙句、醜い嫉妬故に殺害しようとしました」


頭を軽く下げながら淡々と話すオヴェールさん。


「始祖であるはずがない。始祖様を侮辱されたと短慮を起こし、このように巻き込んでしまったこと心より反省しております」

「はぁ…」

「ですが始祖様は始祖様であられました! あの時の始祖様の叫びに脳が、本能が! 始祖様に従えと強制させられたのです。まさに聖書に書かれた通りでした!」

「ガキから聞いていたがあれが始祖の力なのか?」

「私もよく解らないからディティ本山に行こうかなって…」

「でしたらこのオヴェールにお任せ下さい。聖書は一言一句覚えておりますし、ディティ本山にも知り合いがおります。いくらでも、いつでも始祖様のお役に立てる所存です」


キラキラとした目で真っすぐと見据えるオヴェールさんはとてつもなく美しかったけど、されたことを考えると素直に頼りたくない…。

小さなプライドかもしれないけど、本当に殺されかけたし、つがいも傷つけられた。

だからって処理…殺したいほど憎んでるわけでもない。

殺されかけたんだから殺せ。と言うような目で見てくるレグに自然と溜息がもれる。


「他にもお役に立てます。ルルヴァが始祖様を狙っているようなのでおびき寄せて処断致しましょう。それに何かあれば私が…いえ、この国が全面的に始祖様をお助け致します!」


始祖だと言うことがバレた。きっとこの街にいる人たちにも…。

きっとそのうちルルヴァが私を探しに来るかもしれない。だったら街の人を殺して逃げる? いや、そんなの現実的じゃない。

なら彼女たちに協力してもらったほうが安全なんじゃないかな…。


「我が国は知っての通り始祖教を信仰しております。この国の王ですら、一か月に一度はディティ本山に向かって祈りを捧げております。隣の王国や北の大国には劣りますが国全体でお守りできるのは我が国だけです」

「……少し、考えてもいいですか?」

「はい、勿論で御座います。それまでの間はこの屋敷でごゆっくりお休み下さい。何かあればすぐ手配致します」

「トワコ、いいのか?」

「大丈夫です」

「それとお詫びと言ってはあれですが…。こちらをお探しだと聞いております」


いきなり「味方になりまーす」って言われても信用できないけど、何か裏があるんじゃないかと疑うのも疲れる。

でもレグが問題ないと言ってここまで連れて来てくれたことを考えると、多分彼女が言ってることは本音なんだろう。

一度冷静になりたくて部屋を後にしようとすると、軽く手を叩いて彼女のつがいらしき男性が一冊の本を取り出す。


「聖書の原本!?」

「はい。始祖様の詳細はレグルス様よりお聞き致しました。私こう見えてこの国の神官でもありますので原本の管理を命じられております。お探しの原本かは解りませんが何かの参考になれば…」


まさかここで聖書の原本を目にするとは思っていなかった。

男性からオヴェールさん。オヴェールさんからレグ。レグから私に渡った原本はボロボロで今にも破けそうだった。


「………これだ…」

「トワコ?」

「探していた原本です! ありがとうございます、オヴェールさん!」


表紙には見慣れた文字で「聖書」と書かれていた。

日本語だ。日本語で書かれた聖書!

壊さないよう気を付けていたのに、探していたものが見つかった興奮で握りしめて何度も何度も彼女にお礼を伝えた。

その度にオヴェールさんは震え、頬を紅潮させる。


「これっ、これお借りしてもいいですか!?」

「あ、あ…っ。なんて美しい声…! 脳に直接語りかけられて始祖様の感情まで伝わってきます…っ」

「オヴェールさん!」

「お好きになさって下さいませ…!」

「レグ、部屋に戻ろう! これ読みたい!」

「解ったから落ち着け。破けるぞ」

「ありがとうございます、オヴェールさん! 大事に読みますね!」

「始祖様が望むのであれば献上致しますわ」

「ああもう最高! レグ!」

「解った。お前の罰はトワコが落ち着くまで保留だ」

「ええ、どんな罰であろうと喜んでお受け致します」


丁寧に頭をさげるオヴェールさんとその男性に見送られ、部屋へと戻る。

ああ、早く読みたい。きっと何かしらの手がかりがあるはず!

期待に胸を膨らませる私の足取りは羽が生えたように軽く、レグの言葉も生返事で答えて部屋へと戻る。

部屋には三人が待ってて心配そうに駆け寄ってきたけど、私が持ってる本を見て不思議そうに首を傾げた。


「ちょっと今からこれ読むんで話しかけないでください」

「でももう寝る時間じゃない? まだ完全じゃないだろうし今日はもう寝ようよ」

「大丈夫です!」


心配してまだ何か言いそうなシャルルさんを手で制して窓際の椅子に腰をおろす。

破かないよう慎重に…。でもはやる気持ちが抑えられないので斜め読みでページをめくり続けた。

聖書に書かれている文章は現代文だったのでスラスラと頭に入ってくる。

最初は普通の聖書と変わらない内容。中盤にかけても大したことは書かれていなかった。


「っあった…!」


その途中。本当にいきなり現れた前後と関係ない文章が目に入って思わず声がもれた。

シャルルさんとセトさんが声をかけてきたけど聖書に集中していて気が付かず、じっくりと一文字一文字読み進める。


「―――……っ…!」

「トワコ、どうしたの?」


読み進めるうちに手が震え、大粒の涙が目から頬を伝い、ぽろぽろと床に落ちていく。

こぼれ落ち続ける涙を一生懸命手で拭ってくれるシャルルさん。

それでも書かれた文章に涙は止まらなかった。


「トワコ嬢、大丈夫ですか?」

「おい、どうした」

「な、何があったんですか?」


皆が声をかけてくれるのに言葉が出てこない。

声を出せばさらに涙が溢れるのが解っているからだ。


「トワコ、泣かないで」


唇を嚙みしめて泣き叫ぶのを我慢する私にシャルルさんの指が伸びる。

噛まないでと言うように唇を指で触られ、思わず口を開けた。


「……っれない…」

「え?」

「―――もう…帰れないッ…!」


「元の世界に帰れると期待している同士に残酷なことを告げるのを許してほしい。俺達は元の世界に、日本に帰ることはできない」

書かれていた文字が、文章が、言葉が脳に侵略していく。

言葉にした途端、溢れる気持ちが崩壊し生まれて初めて声をあげて泣いてしまった。

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