06.放浪の旅②
「トワコ大丈夫? 少し休もうか」
「はぁはぁ…」
まさか街道から離れた獣道を歩くことになるとは思わなかった…。
シャルルさんはどうしても私を他の人に見せたくないらしい。
別に構わないんだけど、体力が! 現代人に獣道は無理!
頑張って歩いたけどとうとう限界を迎え、まだ夕方になっていないのに野宿をすることにした。
周囲を木々に囲まれ、少し離れた場所に湖畔がある。
シャルルさんの手を借りながらフラフラとその場に座り込み、呼吸を整える。
「ごめんなさいシャルルさん、全然進めてませんよね…」
「気にしないで。それより足は大丈夫? 揉んであげようか?」
「大丈夫です、ありがとうございます」
街から出てからずっと気遣ってくれるシャルルさんに申し訳なさでいっぱいだ。
おまけに手厚い介護までしてもらって。……なのにシャルルさんはまったく疲れてない。
メスに優しい世界なのかなって思ってたけど、想像以上に優しい。いや、甘すぎる。過保護だ。揉んであげるってなに。
「水を汲んでくるからここにいて」
「はい」
「あ、待ってる間何か食べる? 一応甘いものも持って来たんだけど」
「大丈夫です。水分を摂れば回復すると思います」
「わかった」
その場に荷物を置いて湖畔があるほうへと向かうシャルルさんを見送り、重たい溜息を吐き出す。
「このペースじゃ次の街にいつ到着するんだろう…。でもさすがに歩けない…無理だ…」
自分の膝を見るとわずかに震えていたので軽く揉むと気持ちよかった。
私達の目的地は最初にいた森の近くにある村や街だ。
記憶を取り戻す為にシャルルさんはあの森の近くから巡ってみようと言ってくれた。
けど、これはそういう設定だけし意味ないんだよねぇ…。
私の本当の目的は元の世界に戻ること。その為の情報収集が大事!
「……その為の体力がこれじゃあ…」
「トワコ、やっぱり足痛い?」
「お帰りなさい、シャルルさん。やっぱり疲れてて…」
「僕が揉むのに。はい、水。飲める?」
革袋に入った水を手渡され、心配そうに聞いてくる。
さすがに疲れてても水を飲むことぐらいできるよ…。
「はー…生き返る…! あ、シャルルさんもどうぞ。すみません、私が先に飲んでしまって」
「僕が渡したんだから気にしないで。それに先に湖畔で飲んだから大丈夫。それはトワコの」
「湖畔の水をそのまま飲んだんですか? お腹痛くなりません?」
「ならないよ。いつものことだし水は綺麗だからね」
「そ、それならいいんですけど…」
「でもトワコはか弱いからちゃんと浄水石を使った水を飲んで」
うん、そこはありがたく使わせてもらおう。
いくら水が綺麗だって言ってもさすがに生水は怖い。この世界にどんな寄生虫がいるか解らないもんね。その耐性があるかも解らない。
「あとはトワコの寝床だね。作るからそこで休んでて」
「マントを敷けば大丈夫ですよ。このマント、生地厚いし」
「ダメ。風邪引く」
「うっ…」
「とは言っても大したものは作れないけど、葉をたくさん敷き詰めて俺のマントとトワコのマントで…。ああ、それと俺が獣化すればいいな」
「獣化…。黒豹の姿?」
「夜の森は冷えるから僕の毛皮と焚火があればさすがに大丈夫。っと…。獣化になると喋れないけどそれでもいいかな?」
「獣化になると喋れないんですか?」
「人と獣とじゃ口の形が違うからね。人の姿の時のように自由に動かせないんだよ」
「なるほど…。あ、あの。明るいうちにもう一度獣化してもらえませんか? まだ慣れてなくて先に慣れておきたいというか…」
ぶっちゃけ触りたい。
最初は驚いたけど、その正体がシャルルさんだとなると話は変わってくる。
「うん、いいよ」
快諾してくれるとすぐに黒豹の姿になってくれた。
明るいからより解る真っ黒な毛並み。ネコ科独特の瞳にまん丸な手。
に、肉球とかも触ってみたいなぁ…。さすがに今は無理か。
「触ってみてもいいですか?」
だからせめて他の部分を触りたい!
そう言うとゆっくりと近づいて、目の前に座ってくれた。
さ、さすがに普通の猫と違って大きいな…。
怖いけど中身はシャルルさんなの殺されることはない。恐る恐る頬に手を添える。
「うわ、凄い…。シャルルさんの毛並み素敵ですね!」
フワフワではなくツルツルしていた。
軽く撫でるとゴロゴロと喉を鳴らして手に頬擦りをしてくる。
か、可愛い…! 動物全般好きだからこれは嬉しすぎる!
「可愛いなぁ…。でもこれなら確かに温かく寝れそうですね」
「グルル」
喉の音とともにベロリと頬を舐められる。
ザリザリしてたから少しビックリしたけど、黒豹だもんね。普通の猫とはやっぱり違う。
早く夜にならないかなー。黒豹と一緒に寝るなんて絶対にこの世界でしか経験できないよ!
嬉しくなって抱き締めると額を擦りつけて甘える仕草を見せてくれた。
やー、もう本当に可愛い!
「う、っわ…!?」
綺麗な毛並みを撫で回していると前足を肩にかけ、そのまま押し倒される。
「―――獣化を気に入ってくれて嬉しいけど、最初の警戒心をなくされたら困る」
「そ、そ、そうですね…! すみません!」
「草を集めて来る。それと獲物も狩って来るからここにいて」
「は、はい!」
そう、中身はシャルルさんなんだ…。
いくら嬉しいからと言っても番になりたいって言ってる人に対して抱き着いたりしてはいけない…!