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57.カカント国⑧

「よし、ばっちり」

「トワコ、準備できた? 手伝い本当にいらない?」

「大丈夫です」


昨日は無理を言って一人で寝かせてもらった。

一人で寝るのは久しぶりだったから寂しかったけど、思いに反してぐっすり熟睡することができた。

日の出より遅い時間に起床して、シャルルさんが昨日のうちに準備してくれた服に腕を通す。

白いロングワンピースに薄緑色のレースの装飾がついた可愛らしい服。

それと同じ色のリボンを首に巻いて部屋から出るとシャルルさんがすぐに出迎えてくれた。

今日から一人ずつとデートをすることになっている。

今日だけは、おはようからおやすみまで一人が私を独占する。と言う約束を彼らでしたらしく、他のみんなは姿を見せない。


「ご飯も持ってきたから食べよう」

「ありがとうございます」


シャルルさんとは少し前まで二人で旅をしていたから照れ臭さも居心地の悪さも感じない。

自然な会話を楽しみつつ朝食を摂り、今日のデートについて話す。


「今日は色々お店回ろうよ。それと高台に行こう。景色が綺麗なんだって」

「いいですね、楽しそうです」

「久しぶりにトワコと二人っきりだから俺も楽しみ。さ、さっさと屋敷から出よう」

「時間は十分にありますよ」

「まっさか。独り占めするのに全然足りないよ」


彼は行動力の化身だ。

朝食を食べ終わって少し休憩して、外へと連れ出そうとするシャルルさん。

朝食は軽めに。と言われたのですぐに動くことができ、外へと向かう。

澄み切った空に少し寒く感じる気温。


「どこから行こうか。トワコは気になるとこある?」

「んー…。どこも気になってるんですよねぇ…」

「じゃ一つずつ回ろうか」


自然と繋がれた手にほんのり力が加わり、それに応えるよう強く握ると幸せそうな笑顔を浮かべて街へと繰り出す。

どのお店も美味しい食べ物や可愛らしいお土産など、目新しいものばかり。

露店で購入した見たことのない食べ物を二人で半分こにして食べたり、可愛い人形や見たことのない像を観察したり…。

ただお店を回るだけなのにすごく楽しい。

これがデートなのか。恋人たちがデートする理由がわかった気がする。

確かに美味しいし面白いけど、相手がシャルルさんだから二倍楽しい気がする。

たまにクロヒョウだって嫌な顔する人がいたけどシャルルさんは気にしてなかった。だから私も気にすることなくデートを楽しみ尽くした。


「はー…疲れた…」

「たくさん歩かせちゃったね。ごめんね」

「ううん、この疲れは「いい」疲れだから」

「それならよかった。ちょっと休憩しようか」


高台から望む景色を見ながら渡されたジュースを口に含んで疲れた身体を癒す。

ただ歩くだけとは違う疲労感。でもそれ以上の幸福感が満ち溢れている。

隣に座ってニコニコと私の顔を見つめるシャルルさんもそんな感じだ。


「このままずっと二人でいたいなー…」


いつの間にか指を絡めて繋いでいた手。

その手に力を込めて本音を吐露するシャルルさんに返事ができない。

他の三人と出会わなければ…。私が純粋な人間だって気づかれなければきっとシャルルさんだけをつがいにしていたと思う。


「ま、トワコの安全が守れるならいいけどね。トワコの初めての交尾は俺がもらうし」

「シャルルさんはそれにこだわりますね」

「そりゃあね! トワコと初めて出会ったのは俺なんだしそこは譲れないかなー」

「…前も聞きましたけど、子供が欲しいってわけじゃないんですよね?」


改めて聞くと少し真剣な顔で空を見上げる。

好きだから交尾したい。

そう言ってくれたけど、それにしては少し焦っているような気がする。


「んー…。子供自体にそこまで執着してないよ。トワコだってクロヒョウなんて産みたくないでしょ?」

「そんなことは…」

「俺はちょっと嫌かな。そういう目で見られるし、そんな体験してほしくない…。ヒョウ族にいいように使われるかもしれないって思うと嫌だ」

「そうですか…」

「こだわってるのは、やっぱりトワコを愛したいからかなぁ…。交尾って最大の愛情表現だし、俺の手で気持ちよくなってくれるトワコを見たい。それに交尾のときは俺だけを見て、感じてくれるでしょ? 俺は生まれてずっと一人だったから好きな奴なんていなかったけど、トワコと出会って「好き」って感情がこんなに幸福だとは思わなかった。だから交尾したい。マリッジリングがあってもまだ不安ってのもあるかな? 同情でとか、あのときの状況を考えたら仕方なくつがいになったんじゃないかって…。あんなにつがいを拒んでたのに王様の言葉で決心したってのも気に入らない…。悔しい…」

「そうだったんですね」

「ごめんね、こんな姿見せたくなかったんだけど…。困らせてるのもわかってる…本当にごめん」


いつも明るくて引っ張ってくれるシャルルさんがそんな不安を抱えているとは思わなかった。

泣きそうに笑うシャルルさんになんて言葉をかけていいか解らず、無言のまま抱きしめると弱々しい力が返ってくる。


「私、ちゃんとシャルルさんのことが好きです。もちろん、異性として好きです。あの時出会ったのがシャルルさんでよかったって思ってます」

「トワコ…」


前にも自分の気持ちは伝えたけど、まだ足りなかった。

そう思ってもう一度彼が好きだと伝える。

抱き締める力を強めて、何度も何度も繰り返し伝える。


「は、恥ずかしいけどキスは嫌じゃないし抱き着かれるのも嬉しいです。いつも優しくて味方でいてくれて…。誰がなんと言おうとシャルルさんは格好いいです」

「…うん、嬉しい。俺も好き。大好き」


いつもとは違う情熱的なハグじゃなく、優しく包み込むように抱きしめる。

じんわりと体温が伝わってきて、私も背中に手を回すと耳に軽くキスをした。


「はー…このまま屋敷に帰るの嫌だなぁ…。明日からはトワコに触れないし」

「私だけが楽しんじゃってすみません」

「トワコはいいよ。それより買い物はもういい? お腹空いてない? 晩飯も外ですまそうよ」

「そうですね。せっかくですし色んな料理食べたいです」

「だよねっ」


言いたいことが言えたのかスッキリした表情のシャルルさん。

最後に頬にキスをして繋いでいた手をグイッと引っ張り、再び胸の中に。


「トワコは魚好き?」

「はい、好きです」

「俺も好きなんだよね。美味しそうなお店あったからそこにしよっか」


高台の景色も最高だった。シャルルさんの隠していた気持ちも聞けた。

うん、やっぱり一人一人とデートする時間を作ってよかったのかもしれない。

目的のお店までゆっくりと向かいながらまたくだらない話をして、お店についてからは看板メニューだと言われた魚料理を食べながらシャルルさんの過去について色々教えてくれた。

血生臭い話は空気を読んでしなかったけど、彼はなかなかハードな人生だった。

豹族の貴族として産まれたのに黒かっただけで捨てられ、豹族の駒となった。ひたすら彼らの汚れ仕事をし、嫌われ、疎まれ、蔑まれてきた。


「最初はムカついてたけど、そのうちどうでもよくなっちゃってさ。仕事すればするほどお金入るし、強くなれるから楽しくなっちゃって」

「そうだったんですね」

「そのおかげでトワコにも会えたから、クロヒョウに産まれてよかったって思ってるよ」

「私もあの時シャルルさんと出会ってよかったです。本当に怖くてどうしようかと思ってたんです」

「そうだろうね。トワコがいたところかなり深い森だったし本当にビックリした。メスが森に入るなんて滅多にないのにいるんだもん。最初見たとき敵の罠かと思って警戒したけど、そんな風に見えなかったからその直感信じてよかった」

「もしかしたらあの場で殺されていたかもしれませんね」

「それはないよ。メス嫌いだったけどさすがに殺せないかなー」

「そう言えばシャルルさんってどうしてメスが嫌いなんですか?」

「あー…。これも誤解しないで聞いてほしんだけど…」


持っていたフォークをおろし、視線を泳がす。

気まずくなるとそうするシャルルさんの癖だ。


「ヒョウ族にも何人かメスはいるんだけど、俺を拾った…って言うか、ご主人様っつーか…。そういう奴がいて…」

「うん」

「ミミニャってメスが……その、俺のこと好きなんだよ…」

「…え?」

「ち、違うから! オスとしてじゃなくて、オモチャとして好きなんだ。あのメス、かなり強烈な性格でさ。機嫌がよくも悪くても俺を呼びつけて殴ったり、自分のつがい戦わせたり…とにかく血を見るのが好きな奴なんだ。他のメスも大体そんな感じだから嫌いだったんだ」

「それは…嫌いになって当然ですね…。…あぁ、なんか前にミミニャ姫って聞いたことあります」

「そうそう。王国でも屈指の美女とか言われてて余計調子乗ってんだよね。つーか今思えば別に美女じゃねぇし! トワコのほうが可愛い!」

「ありがとうございます。その…気になるんですけど、そんなに気に入られてる?なら手放してくれないですよね? どうやって一族抜けたんですか?」

「ああ、そんなの言ったもん勝ちだよ。そもそもヒョウ一族にいたって特にいいことねぇし。ただその時はそれが普通だって思ってたからいただけ」

「そんなもんなんですか?」

「そんなもんだよ。貴族じゃなくなるってだけで、俺は別に身分とかどうでもいい。トワコの傍にいるほうが遥かに大事!」


そう言って再びフォークで魚を刺して口に運ぶ。

ミミニャ姫かー…。もし会うことになれば大変なことになりそう…。

過激な性格みたいだし、セティさんやアリーシャさん以上かもしれない。


「よぉ、クロヒョウの兄ちゃん。何でお前なんかがこんな可愛いメス連れてるんだ?」

「君、名前はなんて言うの?」


楽しい夕食だったのにレグと同じぐらいガタイのいい男性が割って入ってきた。

その人の連れが私の目の前に跪いて名前を聞いてくるので「すみません」と謝罪して顔を背ける。

フードで顔を隠そうと思ったけど、今日はそういう服じゃないことに気づき焦りが増していく。

シャルルさんに助けを求めると、彼はニコッと笑って男性からの言葉を聞き流していた。

どうしよう、このままじゃまた流血沙汰になっちゃう…。


「驚くぐらい可愛いメスだ…。名前だけでも教えてくれないか?」

「ちょっと待て! 俺だって店に入って来たときから目ぇつけてたんだ!」

「君、どこの街出身? それとも他の国から観光に来たの?」

「こんな可愛い子初めて見た…。ねぇ、俺をつがいにしてくれないか!?」

「俺のほうが強いから俺にしてくれ!」

「あ、いや、私はつがいを持つつもりなくて…」

「すっげぇ…声まで可愛いなんてある?」

「いい匂いもするし、驚いてる顔も可愛い…!」

「あ、もしかして怖がってる? 怖がらなくて大丈夫だよ」

「しゃ、シャルルさん…」

「おい聞いてんのか異端児! お前にはもったいねぇから手放せって言ってんだろ!?」


私が求愛を受けている間、シャルルさんは興味なさそうな態度で無視し続けていた。

いつもだったらすぐ警戒、威嚇、攻撃するはずなのに今日は大人しい…。

も、もしかして私なにか嫌われるようなこと言った? いや、普通の会話を楽しんでた…。

迫りくる男性陣の圧も怖いし、ベタベタと触ってくるのも気持ち悪い…!

それなのにシャルルさんは助けてくれない。それがまた焦りを生んで、思わず涙目になってしまった。


「ごめんよ、泣かないで!」

「泣いてる姿すら可愛い。やばい、もっと見たい…」

「おい、触んなよ! 俺のつがいにするんだぞ!」

「お前こそ触るな!」

「いたっ!」

「―――正当防衛な」


待ってましたと言わんばかりに笑って、私の目では追い付けない速度で隣で怒鳴っていた男性の顔を殴りつける。

怯んだ隙に私を取り囲んでいた男性全員にフォークやナイフ、お皿まで投げつけ、テーブルの上に立って私を引っ張りそのまま抱えてお店を飛び出す。

追いかけてきた男性たちにも何かを投げつけ、壁を蹴って屋上へと逃げる。


「どこかケガしてない? 大丈夫?」

「だ、大丈夫です…」

「ちょっと名残惜しいけど屋敷に戻ろうか」

「は、はいっ」


抱えたまま屋根を飛び、あっという間に屋敷へと帰宅。


「怖い思いさせてごめんね。昨日のことで目をつけられてるから、あっちから手を出さない限り動けなかったんだ。大丈夫?」

「そ、そうだったんですね…。それならよかったです」

「まどろっこしいことさせんなって話だよ。俺のつがいなのにベタベタ触りやがって…。晩飯全部食べられなかったよね、何か用意しようか?」

「いえ、もう十分お腹いっぱいでしたから大丈夫です」

「そう? ならもう今日はお風呂入ってゆっくり休もうか。その服も処分しないと…」


色んな匂いがついたのか、抱きかかえたまま自分の匂いを上書きして屋敷へと入る。

セトさんとアルファさんが出迎えて心配そうな顔をしてたけど、シャルルさんが簡単に説明すると「お任せください」と言ってさがった。

抱えられたままお風呂に案内され、服を脱がそうとしてくるので丁寧に断ってゆっくりと湯舟に浸かる。

デート楽しかったのに最後が残念だったな…。

明日はセトさんとデートだから顔隠しておこうかな。うん、そっちのほうが迷惑かけずに済むしいいよね。

触られた箇所を念入りに洗って匂いを落とし、用意してくれた寝衣を着る。

何故かサイズを知ってるナイトブラまで用意されてあったのは驚いた。というか、ナイトブラなんてあるんだ…。まぁメスが優先される世界だからメスにいいものが多いんだろうね。

寝衣はワンピース型のゆったりしたもの。ネグリジェだっけ、確かそんな名前だったはず。

上品なデザインだけど可愛い刺繍が入っていた。


「やっぱり似合ってる。可愛いよトワコ」

「あ、ありがとうございます。ちょっと恥ずかしいですね…」

「旅してるときは着れなかったからね。さすがにこんな薄着だと風邪引いちゃう」


気恥ずかしいけど今日は寝るだけだしと気合いを入れて浴室から出ると、待っていたシャルルさんがすぐに感想を伝えてくれた。

抱き着いて何度かキスしてそのまま抱えて二階へと向かう。

だ、大丈夫。まだ交尾はしないって伝えてる…。ただ寝るだけ…!

そう何度も何度も心の中で言い聞かすのに、心臓がバクバクと音を立てる。


「トワコと一緒に寝るの砦以来? 旅の途中はずーっとあのライオンにとられてたからなぁ…」

「そうですね、久しぶりなんで緊張しちゃいます」

「緊張してるトワコも可愛いよ。掴まれた腕はここ? 赤くなってないよね?」

「はい。いきなりだったんで思わず言っちゃっただけ別に痛くないです」

「そいつだけ殺しておけばよかったなー…」


掴まれた箇所を擦りながらボソリと呟くシャルルさん。


「まぁいいや。俺もお風呂入ってくるから先に寝てて」

「え?」

「色々歩いて疲れたでしょ?」

「そ、うですけど…」

「と言うかベッドで仲良くお喋りできるほど最近理性強くないんだよねー。寝てるトワコには手出せないし、そっちのほうが嬉しいかな」

「っそうですか…! わかりました、じゃあ先に寝かせてもらいますね」

「うん。あいつらと話もあるし気にしないでね」


一緒に寝るかと思ったけど、そうじゃないらしい。

こればかりは私のワガママを聞いてもらってるので何も言えず、言われた通りベッドに横になり目を瞑る。

これだけで緊張するのに本番だとどうなるの…?

いやいや。もうなに受け入れる気でいるんだ…! 男性として好きだし、キスされるのも嫌いじゃないけど…!

そんなことより今日のことを思い出しながら寝よう。うん、もう寝よう!

緊張で寝れないと思っていたけど、ベッドの気持ちよさとほどよい疲れのおかげですぐに夢の世界に旅立つことができた。

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