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52.カカント国③

「じゃあ行って来ますね」


服を選び終わるころには夜を迎えていた。

綺麗なドレスに着替え、着飾ったレグと一緒にこの街の領主がいる屋敷へと向かう。

三人はレグのお父さんが購入した別荘でお留守番。

ちょっと前にレグが手配して掃除も終わらせたらしいんだけど、まだ細かいところが汚れているらしく今日中に全て終わらせると張り切っていた。

なので今晩は領主の館に泊まることになっている。


「いいか、夜二人っきりになっても手ぇ出すなよ。俺も我慢したんだからお前も我慢しろ」

つがいが求めたら話は別だがな」

「トワコー!」

「大丈夫です。さすがに人の家でそんなことできません」

「だよね。じゃあ綺麗にして待ってる!」

「お、俺も頑張りますっ」

「トワコ嬢、お気をつけて。レグルス、お願いします」

「ああ。行くぞ」


三人に手を振り、レグにエスコートされて屋敷へと向かう。

最初は頑張って歩いていたんだけど、少し高めのヒールを履いたせいで歩くのが遅く、結局担ぎ上げられ屋敷へ到着。

屋敷は街から少し離れた高台にあり、温泉街を全て見渡せることができる。


「初めまして、レグルス様。ここの領主を務めさせて頂いてるジェイン・メニーナと申します」

「歓迎感謝する」

「は、初めまして」


屋敷から出て来たのは私と同じぐらいの身長に、白髪に赤い目が特徴的な優しそうな男性だった。

レグが珍しく丁寧に挨拶し、私も慌てて頭を下げる。

抱きかかえられたままだと言うのに男性はニコニコと穏やかな笑顔を浮かべ、中へと歓迎してくれた。

通されたのは長机が部屋の中心に置かれた居間。いや食堂?


「是非、隣国の英雄…いや、我が国の救世主レグルス様とお話したいと思い、腕によりををかけてお待ちしておりました」


そう言って次々と美味しそうな料理を使用人さんたちが運んできて、机に豪華な夕食が並んだ。

見ているだけでお腹が鳴りそうで、釘付けになっているとようやく椅子に降ろしてくれた。

隣にレグも座り、ジェインさんも座ると数名の男性だけ残って、他は部屋から出て行った。


「美味しそうな料理ばっかですね」

「好きなものあればあとで教えてくれ。セトに言えば作ってくれるだろ」

「では英雄とそのつがい様に会えたことに感謝し、乾杯致しましょう」


ジェインさんの言葉に赤い液体がグラスに注がれる。

匂いからしてワインっぽいけど、私お酒飲めないんだよね。と言うか、未成年だし飲んだことないから飲みたくないんだけど…。

チラリとレグを見上げると首を横に振ったので、乾杯して飲むフリをした。

そのまま食べるのかと思いきや、ジェインさんは両手を合わせ何かを喋る。いや、祈ると言ったほうが正しいのかもしれない。


「始祖教の信者はああやって食べる前に祈るんだ」

「へー…。私もしたほうがいい?」

「祈るフリでいい」

「わかった」


ジェインさんが祈るまで私も祈るフリをする。

それからはジェインさん主導で賑やかな夕食が始まった。


「レグルス様のおかげで、誘拐されたメスは元に戻りましたし感謝しきれません。本当にありがとうございます」

「元に戻しただけで感謝されるようなことはしていない」

「とんでもない。それに北の大国を圧倒的な武力で潰して頂いたおかげで、我らもようやく平穏に過ごすことができます」


ジェインさんはレグを尊敬しているのか、ずっと褒め称える。

こういう場に慣れているのかレグは余計なことを言わず、でも下手したてに出るような発言はせず返答を続けた。

会話しながらなのに洗礼された食事作法も、さすが元王族って感じがして新しい顔が見れた。


「これも食べろ」

「あ、はい」


介護しながらなのはちょっと格好つかないけど。

一口サイズに切られた肉や野菜、パンを目の前に置いては「食べろ」と介護するレグに、ジェインさんはその度に驚いたような表情をする。

私の認識はしているものの、私とは会話しようとしない。こんな対応初めてで、どうしたらいいかずっと悩んでいる。

こちらを見ようともしないし、話題を振ることもない。私をわざと無視しているのかと思ったけど、そういう雰囲気ではない。


「遅くなったが紹介する。俺のつがいだ」


居心地の悪さを感じつつ、出されたご飯を黙々と食べていると突然レグが私を紹介した。

いきなりのことで慌てて口に入っていたお肉を飲み込み、頭を下げる。


「改めてご挨拶します。永遠子です」

「初めまして、トワコ様。料理はお口にあいますでしょうか?」

「はい、どれも美味しくて夢中で食べてしまいました」

「さすが英雄であるレグルス様のつがい様です。とても愛らしい方ですね」

「ああ。俺の命より大切なつがいだ」

「ええ、ええ! 言われなくとも伝わってきますとも。それにお声も大変美しいですね…。まるで音楽を奏でているかのようです」

「あ、ありがとうございます」

「それにこんなにも穏やかなメスは初めて見ました。レグルス様のつがいに相応しいお方ですね」


挨拶を終えると「待ってました」と言わんばかりに私を見てお世辞を語りだす。

さっきまでレグルスしか見てなかったのに、今は赤い目が私だけを捕らえる。

ど、どういうこと? どうしたらいいの?


「悪いがつがいが驚いているからあまり見ないでくれるか。両目を失いたいなら別だが」

「いやはや、失礼致しました。この街では様々なメスを見ることがありますが、トワコ様のようなメスは初めてでしたのでつい…。大変失礼致しました」

「い、いえ。大丈夫です」

「あ、ご安心下さい。私にもつがいがおりますので取って食おうなんて野蛮なこと考えておりません」

「あはは…」

「ところでトワコ様はおいくつでしょうか?」

「え? えっと…十八です」

「おおっ、それはいい! 実は今晩レグルス様とそのつがい様がお越し下さると聞いて娘も挨拶にと寄越したのですが、是非ともトワコ様と仲良くなって頂きたい」

「え? あ、はい。ぜひ?」

「娘だから少々甘やかして育ててしまったようで…。よかったらトワコ様が教育して頂けませんか?」

「いえっ、そんなことできません」

「その謙虚さを見習ってほしいのです。お呼びしますので少々お待ち下さい」


そう言って部屋を出て行くジェインさん。

こういうのって使用人が呼びに行くもんじゃないの?

不思議に思っていると隣のレグが大きな溜息を吐いた。


「どうしたの?」

「適当にあしらっていいぞ。懐かれるわけがない」

「そうなの? それより何でいきなり私に話しかけたの? 今までずっと興味なさそうにしてたのに」

「貴族内での暗黙のルールだ。つがいのメスはオスからの紹介がなければ話しかけてはいけないことになっている。害を及ぼさないと判断したらオスが紹介し、そこで初めて挨拶ができるんだ」

「へー…。それなら先に言ってくださいよ。居心地悪かったんですからね」

「そうだったな、悪い」

「もー…」


嫌われてないならいいや。

緊張していたのか喉が渇いて水を飲んでいると扉が開いた。


「お待たせ致しました。さぁ、挨拶を」

「初めまして、レグルス・ドュリオン様。ジュリア・メローニと申します」


戻って来たジェインさんの横には白髪に赤い目をした可愛らしい女の子。

赤と白の豪華なドレスを軽く持ち上げ、洗礼された動きで挨拶をする。

誰が見ても思う。私なんかより超絶美少女だと。

身長は私と同じぐらいでまん丸な目が庇護欲をくすぐるジュリアさんに思わず感嘆な声がもれた。

それなのにレグは一目見て「ああ」とだけ言って私に視線を戻す。


「ジュリアもご一緒しても宜しいでしょうか?」

「トワコ、嫌か?」

「え!? い、嫌じゃないよ。どうぞ」


私の家でもないのに拒否権なんてあるわけないじゃない。

愛想のないレグに変わって「どうぞ」と言うとニコリと微笑んで、レグの前に座った。

ジェインさんも元いた場所に座って再び晩餐会が始まる。


「わたくし、レグルス様にお会いできる今日を楽しみにしておりました」

「もう食べないのか? それとも果物がいいか?」

「う、あ、えっと…。く、果物が食べたいかなー…。ジュリアさん、どの果物がおすすめですか?」

「レグルス様のお噂は聞いておりましたが、こんなにも素敵な方だったなんて…。もっと早く王都へ行けばよかったと後悔しております」

「ここはどの果物も甘いが特にリンゴがいいと聞いた」

「あー…うん、じゃあリンゴを貰います…。……ジュリアさんはその、レグのこと昔から知ってるんですか?」

「是非夕食後はお時間頂けませんか? レグルス様の武勇伝は聞いておりますが、ご本人から直接お聞きしたいです」

「この部分が一番甘い」

「…あ、ありがとう」


なにこの地獄。

ジュリアさんはレグしか見てないし、話しかけない。まるで私の存在なんて気づいてないようだ。

レグもわざとそんな彼女を無視している…。

口数が少なくなった私を見てジェインさんがジュリアさんを注意するけど、それすらも無視をして一方的にレグに話しかけるのがまた…。

凄いメンタルの持ち主だ。見習いたくはないけど。


「はぁ…。こんなにも素敵なお方だったなんて…。レグルス様、今日だけと言わずここに滞在しませんか? わたくしがご案内して差し上げるわ」

「もういいのか?」

「う、うん…。お腹いっぱい…」

「そうか。領主、いいか?」

「は、はい…! ジュリア、いい加減にしなさい!」

「お父様は黙ってて下さい。レグルス様の素敵な声がかき消されるじゃない! レグルス様、わたくしがお部屋へ案内致しますわ。本当はもっとお話したいのですが夜遅いですものね。残念ですが今日は諦めます。さぁ、こちらです」


いくらジェインさんが注意しても彼女は態度を改めない。

それどころか見下したような目でバッサリと切り捨て、食堂を後にするレグと私に近づいて来る。

近くに来るとさらに彼女が可愛らしい人であることがわかる。

ドレスも、動きも、高貴な令嬢って感じがして少しだけ胸がモヤモヤしてしまう…。


「レグルス様、もう温泉に入られましたか? もしまだでしたら私のお気に入りの温泉を紹介しますわ」

「明日はゆっくりと温泉に浸かれるはずだ。楽しみだな」

「そう、だね…。えー…ジュリアさんのお気に入りの温泉ってどこにあるんですか?」

「そこはとても景色がよくて、入るだけでお肌もスベスベになるんですよ。是非ご一緒したいですわ」

「今日頼んだ服も明日にはできてるはずだ」

「早いですねぇ…。………」

「わたくし、実はまだつがいがいなくて…。最初のつがいは誰よりも格好よく、強いオスじゃないと嫌なんです。そう、レグルス様みたいなオスでないと!」


すっごいなぁ…。

無視され続けても喋りかけ、さらに私がいるのに自分を売り込むその心意気に拍手を送りたい。


「あの…。レグは私のつがいなのでそれは…」


言い争いも注意も本当はしたくない。

でもさすがに私の目の前でこんなことを言われるとモヤモヤする…。

緊張で震える声で言うと、ようやくジュリアさんが私を見た。まん丸な目が鋭くなって持っていた扇子を開いて口元を隠す。


「あなた、平民でしょう? 何故レグルス様のつがいになったのかしら」

「チッ」

「レグ、いいから。何故と言われてもレグからつがいになってほしいと言われたからです」

「はぁ…。レグルス様があなたみたいな子を求めるわけないでしょう? 図々しくてたまらないわ。さっさとつがい解消しなさい。あなたにはもったいなさすぎるわ」

つがいは解消できないですよ。するつもりもありません」

「ぷっ。解消できないって本気で言ってるの? やっぱり平民は馬鹿ね。ディティ本山に向かえば解消できるわよ。そんな常識も知らないの?」

「そうなんですね、教えてくれてありがとうございます。でも解消はしません。私にはレグが必要なんです」

「卑しい平民風情が英雄をつがいにするなんて言語道断…! それに黒い髪の毛なんておぞましくてならないわ。ああ、もしかしてレグルス様は脅されてつがいになったのですか? でしたらわたくしにお任せ下さい! お父様とお母様にお願いすればそんなメス、すぐに処分してさしあげますわ」


この世界のメスは本当に凄い。

どうやって生きたらこんなにも強気になれるんだろうか…。少しぐらい見習うべき?

気が強いほうがいいことだって前にシャルルさんが言ってたけど、気が強いって言うかワガママすぎるって言うか…。話してて疲れる。

どう言い返してレグを諦めさせようか少し黙ると、その隙をついてジュリアさんが私を押しのけ、レグの顔に手を伸ばす。

瞬間、ドンッ!と音がして意識を取り戻し、振り返ると首を掴んで壁に押し付け殺そうとするレグが目に入った。


「ここにいるメスどもは本当に不快だな」

「グッ…!」

「レ、レグ! ダメだよ、そんなことしちゃ!」

「俺がお前なんかをつがいにするわけないだろう」


ずっと我慢していたのか、ギリギリと締め上げる力が増していく。

降ろすように服を引っ張るけど「離れてろ」としか言わず、手を離そうとしない。

さすがにこの子を殺すのはダメだ。領主の娘を殺すとなればさすがに誤魔化すことできない!

私がいくら「止めて」と言っても止めようとしないレグに焦りだけが増していく。

どうにか。どうにか彼の意識をこちらに向けないと!


「レグッ、一緒にお風呂入ろう! 汗で汚れたから洗ってほしい!」


咄嗟に思いついた言葉を発すると、ようやく私を見てくれた。

ジュリアさんから手を離し、その場に倒れるのを無視して私を担ぎ上げる。

ひどい咳き込みに心配になったけど、足早に歩いてどんどん離れて行くのでどうすることもできなかった。

進んだ先の扉の前に二人の男性が立っているのを見て、そこで歩みを止める。


「何か御座いましたら「俺が呼ぶまで誰もこの部屋に近づくな」


殺気とともに言い放ち、返事を聞くことなく部屋に入る。

部屋はかなり広く、豪華だった。

部屋に到着したし降ろしてくれるかと思ったが、そのまま別の扉を開ける。


「レグ?」

「トワコがおねだりするなんて初めてだな」

「そ、そうですかね…?」

「いいな、お前からのおねだりは」


ようやく降ろしてくれた場所は、どう見ても浴室。広い部屋に大きなバスタブと清潔そうなタオルやバスローブっぽいものが置かれてあった……。

言った…。言いましたけどぉ!


「あのねレグ。私「つがいとして応えないとな」


極悪に笑うレグにそれ以上の言葉が続かず、ゴクリと喉だけが鳴り響いた。

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