51.カカント国②
お店に到着した私たちは一つの部屋を貸し切って少し休ませてもらうことにした。
まだ血の臭いがする気がして胸がモヤモヤするのを水を飲んで誤魔化し、少しレグと会話して心を落ち着かせる。
彼が何度も「気にするな」「問題ない」と私を気遣う言葉をかけ、ゆっくりと心に浸透させていく。
確かに衝撃的な光景だったけど、逆に衝撃的すぎる出来事に感情も脳の処理も追いついていないからパニックにならなかったのは幸いだ。
それでも人を殺したことへの罪悪感に心が苦しくなる。
「落ち着いたか?」
「はい…多分」
「さっきのことは忘れて服を選べ。楽しみにしてきたんだろう」
そう言って店員を呼んで様々なドレスのカタログを見せてもらった。
まださっきのことを思い出すと怖くなるけど、彼が大丈夫と言うなら大丈夫…。
無理やり自分を納得させ、気分を変えるために集中してカタログを眺める。
「今あるドレスも全部持ってきてくれ」
「かしこまりました」
「…もしかして全部着ろって言わないですよね?」
「そっちのほうが手っ取り早いだろう」
「挨拶しに行かないといけないのに全部着ている時間なんてないですよ。レグ好みのでいいから数着にしましょう」
「解った」
そう言って持っていたカタログを取り上げ、店員さんに声をかけて数着選ぶ。
ついでに私が気になっていたドレスも選んで持って来てもらうのを待つ。
レグはどんな服が好みなんだろう。
平均的な十八歳だし高価なドレスは絶対似合わない。それにどちらかと言うと動きやすい服のほうが好みだ。
でも本格的なドレスもあったし、レグの横に並ぶならそういう服のほうがいいかな…。
招待されたって言うならドレスコードはちゃんとあるだろうし…。こういうときってどんな服装がいいんだろう。カジュアルじゃダメだよね?
「お待たせしました」
「好きなものから着て来い」
「う、うん。わかった」
持ってきた量は少ないにせよ、どれも高価なドレスだとわかるものばかり。
とりあえず目についたドレスに手にとって試着室っぽいところに向かう。
いや待って。このドレス、一人じゃ着れない…!
「レグ…」
「…あぁ、すまない。一人じゃ着れなかったか。手伝おう」
試着室から顔を出すと真剣な目でカタログを見ていたレグを呼ぶ。
少し笑って立ち上がるが、それを拒否する。
「やっぱり試着はいいや。どれも豪華すぎて私には似合わない」
「着て見ないと解らないだろう」
と言うかレグに手伝われるのが嫌だから拒否した。
本当だったら女性がいるはずなのにこの世界じゃ働く女性なんていない…!
だからってオスの店員さんに手伝ってもらうなんてレグが許してくれないし…。
働く女性がいないってだけで結構しんどいんだね。
「…じゃあ、あのドレスだけ着る」
そう言って黄色のドレスを指差す。
他のドレスに比べ着やすそうで、それでいて膝まであるスカート。うん、動きやすそうだ。
胸元は少し開いてるけど腰に大きなリボンがコルセットのように巻かれていて可愛かった。
指差したドレスをレグが持って来て、何故か一緒に試着室に入る。
密室に威圧感あるレグと二人っきりってのはさすがに緊張して身構えると、それが伝わったのか少し屈んで耳元に口を寄せた。
「脱がないのか?」
「っ一人で着れるから出て行ってくださいよ!」
手伝ってほしくないからこのドレスを選んだのに絶対にわざとだ! 私をからかってるんだ!
また少し笑って背中を向ける。
出て行ってって言ったのに…。
こうなったら言っても無駄なので意識しつつ服を脱ぎ、綺麗なドレスに腕を通す。
「着れたか?」
「う、後ろを閉めてもらえると助かります…」
紐でサイズを調整するタイプだったので後ろを向くと、僅かにレグの手が背中に触れて肩が跳ねた。
「よく似合ってる。色はこれでいいのか?」
「はい。レグの目の色と一緒だからこれがいいです」
「そうか。なら次からも金か黄色が入った服を贈ろう」
紐を結び、背中にキスをされる。
ああもうほんとやだ…! こんなことされると意識してしまうっ。
真っ赤になる私に構わず背中、うなじ、そして頬にキスをして最後に口を塞がれる。
触れる程度のキスだったのにレグの色気が凄まじく、身体が恥ずかしさで震えた。早く試着室から出たい。じゃないとレグの色気の溺れちゃう!
「今回は既製品だが次はオーダーメイドの服を作らせよう」
「既製品で十分ですよ」
「駄目だ。身体にあった服を着ろ」
「でもかなり高いんじゃないんですか?」
「安いだろ」
平然とそう言うけど服に値段なんて書かれていない。
でも手触りのいい布をふんだんに使用し、細部の刺繍も素晴らしい。絶対に高い…!
それをオーダーメイドするって…相当高額になるはずに違いない。
どうやって断ろうかと考えているうちに試着室を開け、店員を呼ぶ。
「これでいい。少し調整してくれ」
「かしこまりました」
「いいか、殺されたくなかったら絶対に触れるなよ」
「お任せ下さい」
あのレグの脅し文句と殺気に店員は動じることなく返事をして試着室の外にある台座へエスコートしてくれる。
さすがメスばかりがいる観光地。こういう対策もバッチリだし、まさにプロって感じ。
「私が終わったら次はレグですよ」
「俺はいい。別荘にたんまりあるからな」
「別荘?」
「今日から泊まるところだ。父が別荘地を購入していたのを聞いた」
ああ、あの色欲魔の王様ならメスがたくさんいるこの街に別荘を買うぐらいするでしょうね。
興味なさげに言ってまたカタログに視線を落とす。どんだけ私の服を作りたいんだ…。
「でも私も色んな服を着たレグが見たいです」
「…。解った、お前が望むなら着てやる」
「ほんとですか! あの店員さん、あとで男性用のカタログと衣装を持って来てくれますか?」
「はい、ご準備致します」
「レグにはどんな色が合うかなぁ…。白をベースにして…青や赤が入ったものを……ううん、やっぱり金色? 王族だし英雄だから豪華なものもいいなぁ…。あ、あの前に見た軍服の姿も格好よかったです」
「軍服を着て領主には会えないな。警戒される」
「そっか、そうですよね。でもラフすぎるのもよくないよねぇ…。スーツとかそういうのがあれば便利なんだけど…」
「楽しそうだな」
「楽しいよ! レグはイケメンで何でも似合うからね」
「お前ぐらいだな、そんなこと言うの」
「たくさんのメスに求愛されてたじゃないですか」
「お前以外からの求愛に意味はない」
恥ずかしげもなくそんなことを言うレグに言葉が詰まる。
店員さんにも聞こえているはずなのに、聞こえてないフリをして服の調整に集中している。
真っ赤になってる私がバカみたいだ。いつかレグの顔も真っ赤に染めてやりたい!
「トワコー、遅くなってごめんねぇ。あ、そのドレスにするの? 可愛いね」
そこにシャルルさんとセトさん、アルファさんが入って来た。
三人ともケガしてないし、暗い顔もしてないから問題なく終わったんだろう。
忘れていたさっきの事件を思い出して無意識に手を握りしめる。
「似合ってるけどその色がねぇ…。俺がもっとトワコに似合うデザイン考えてあげる」
「お前がデザイン? トワコ嬢に変な服を着せるつもりか?」
「ムッツリは黙ってろ。なぁ店員さん、俺もカタログ見ていい?」
「はい、ご自由にどうぞ」
空いてるソファに座り、渡されたカタログデザインに目を通す。
セトさんとアルファさんもそれぞれカタログを開いて真剣に頭を悩ませる。
考えてくれるのは嬉しいけど自分のが着る服も見ればいいのに…。
真剣な彼らの邪魔はできないので黙って四人を見つめている。
ほんっと目の保養になるぐらいのイケメンだ。彼らも着飾ってほしいなぁ…。
「終わりました。苦しい箇所はありませんか?」
「問題ないです。ありがとうございます」
「いえ、満足して頂けてよかったです」
そうこうしている間に調整は終わり、改めて鏡に映った自分を見る。
すぐにレグとシャルルさんも覗き込み、満足そうに笑顔を浮かべた。
「じゃあ次はレグね。店員さん、お願いします!」
まぁでも真剣になる気持ちは解るかも。
今度は私が彼らに似合う服を選んで着てもらおう!
「髪型も変えてみたいですよねぇ。きっとどんな髪型も似合うんだろうなぁ」
「お前好みなら何でもいい」
「んー…。少し長いからハーフアップにするのもいいけど、そのままでも十分だし…。短くは…さすがにもったいないよね。うん、ハーフアップにしよう。私がしてもいい?」
「ああ、好きにしろ」
服を選んで持って来てもらっている間に髪型も考える。
着飾るだけじゃダメだよね。髪型もちゃんとしないと!
店員さんがすぐに髪を結ぶ紐と櫛を用意してくれたので櫛を取って軽く梳かす。
少し固めだけど引っかかることなく梳けていく綺麗な金色の髪。
「レグ、髪の毛の手入れしてるんですか?」
「お前は綺麗好きだろう」
「ふふっ。そっか、私のためでしたか」
「満足頂けたか?」
「はい、とっても満足です」
「もー、イチャイチャしないでよ! トワコ、俺だって毎日綺麗にしてるよ。トワコから貰ったシャンプーのおかげだね」
「はい、シャルルさんも素敵ですよ」
「だっろー? それよりトワコ、黒って好き?」
「好きですよ」
「じゃあ緑は?」
「んー…普通だったんですけどシャルルさんの瞳と同じだから好きになりましたね」
「じゃあ俺も服に緑いれよーっと! 楽しみにしててね。あ、あと寝衣も買わないと。セト、そういう店ってあるのか?」
「ああ。あとでそちらにも向かおう」
「あ、いや、そんな時間ないですし明日でも…」
「でも早めにオーダーしておかないと出来上がるの遅くなるよ? 今の寝衣もボロボロになってきたし」
「全然ボロボロになってませんよ。それに既製品で十分ですから」
「駄目だと言っただろう」
「まぁ最悪トワコがいなくてもサイズ知ってるし、用事終わらせてる間に買って来るよ」
「何で私のサイズ知ってるんですか!?」
「姉上からサイズを聞いて手配していたので…。す、すみません。先に許可を得てから聞くべきでしたね」
「つっても詳細は俺のほうが詳しいけどな! 毎日抱き着いて計ってるから任せてよ!」
なんでもできるなぁ、シャルルさんは!
真っ赤になってるセトさんはいいとして、何で抱き着いただけでわかるの!?
悪びれる様子もなく鼻歌交じりにソファに寝転び、再びカタログに目を落とす。
「はぁ…。もういいや…」
「おい、俺に集中しろ」
「あ、ごめんなさい。あとちょっとです」
少し癖はあるもののうまくまとめて紐で結ぶと言葉を失うほど似合っていた。
何だろう。少し爽やかさが増した?
「満足か?」
「うん、すっごく似合ってる。我ながらいい仕事をした」
「そうか。で、どれを着たらいい?」
「片っ端から全部!」
「……解った」
私の服を選ぶよりも倍以上時間がかかってしまい、終わるころには精神的に疲れたレグを見ることができた。
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