05.放浪の旅①
「もう一回言うけどそのマントは絶対に脱がないこと。話しかけられて絶対に喋らない。俺から離れない。これだけは守って」
「わかりました」
旅に出たいと言ってから二日後。
シャルルさんは旅に必要な物を集め、あっという間に準備を終えた。
最初はキャリーケースを捨てるつもりだったけど私の匂いがつきすぎていたのでそのまま使うことにした。
そして今日は出発の日。
この世界の服に身を包み、真っ黒なマントを羽織ってフードで顔を隠す。
「本当は仮面もつけたいんだけど…。この時期つけると暑くて倒れるからね…」
「そこまでしなくても…。ほら、オス用の香水もつけてますし、フードさえ取れなければ大丈夫です」
「トワコはいい匂いするから香水でも誤魔化しきれないんだよ。できるだけ日が高い時間帯に出よう」
「日が高いうちでいいんです?」
「この時期は暑すぎるから大体家にいるか森に行ってるんだ。夜になると逆に活発的に動く種族もいるから街から出るには昼間のほうがいい」
「わかりました。えっと、荷物は私のと保存食と…こっちの荷物は私が持ちますね」
「ほんと優しいなぁトワコは。クマ族とかに比べると貧弱に見えるけど、ヒョウ族は結構力持ちだから僕が持つよ。それともそんなに弱そうに見える?」
「いやそうじゃなくて…。これから体力使うだろうし、少しでもシャルルさんの負担をなくしたいんです」
いくら力持ちだと言われても私だけ身軽なのも罪悪感で申し訳なくなる。
軽いものでもいいから何か持たせてほしいと何度かお願いすると、根負けして干し肉とどんな水も綺麗な水に変えてくれるという浄化石が入ったカバンを渡してくれた。
二日間ここで生活して解ったけど、それなりに日本と通ずるところがある。だけどこういった不思議な道具に出会うこともある。
魔法というものはないけど不思議な道具。新しいものを見るたびちょっとだけワクワクしてしまう。
「じゃあ行こうか」
「はい、お願いします」
張り切って返事をして初めて宿屋から出た。
眩しすぎる太陽とジリジリと照り付ける強い日差し。確かにこんな日は家にいたくなる…。
「ちょっと! 何であんな嘘ついたのよ!」
静かな通りだったのに怒声が響き、シャルルさんの後ろに隠れる。
「すみません、先程までは本当にあったんです! メスにしか売れないと言われて…!」
「ほんっと最悪。せっかくこんな暑い中行ったのにッ…! 役立たず! こんな奴と番になるんじゃなかった!」
「彼女のことが本当に好きなら自分から解消したほうがいいんじゃねぇ?」
「バーカ、解消できねぇだろ。解消するには死ぬしかねぇよなぁ?」
「すみません! 許して下さい!」
複数の男性が寄ってたかって一人の男性を蹴り上げ、唾を吐きかける光景に思わず顔を歪める。
「シャルルさん、あれが番?」
「そうだよ」
「なかなかきつい性格ですね…。男性が可哀想…」
「そう? あれぐらい普通じゃないかな」
「普通…?」
「交尾したいならメスの機嫌を取らないといけないし、メスはオスより弱いから面倒を見ないといけない。それができなかったから怒られて当然だ。それに周りのオス達も一人でも番が減るとその分交尾できる可能性があがるだろ?」
「番って一人じゃないんですか?」
「複数が基本だよ。受精の相性もあるし、複数ならメスを守れる」
「なるほど…」
「俺は絶対に嫌だけどな」
「…。そろそろ行きましょうか。さすがに私も暑くなってきました…」
「ああごめんね。急ごうか」
シャルルさんは優しいけど実は好戦的な性格だ。
最初出会ったとき、私がかなり怖がっていたからわざと優しい口調で話しかけてくれている。
そっちに慣れているのもあってか、たまに素を出されると胸がドキリと飛び跳ねる…。
ときめきじゃない。ちょっと怖いからだ。
黒豹なだけあって彼の目付きはとても鋭く、責めているわけでもないのに責められている気分になる。
半分動物だから余計にその殺気が怖い。
「本当に広い街ですね。あ、子供たちは外に出て遊んでる」
「出産時期が終わったから今は子供が多いんだよ。子供たちは強くなるためにできるだけ外で遊ばせるようにしてるんだ」
「出産に時期とかもあるんですか?」
「種族によって異なるけどね。でも大体は秋から冬にかけて発情期を迎え、春か夏に出産する」
「なるほど…」
と言うか、発情期とかあるんだ…。
いやまぁ動物の血?が半分入ってるなら普通か。
「トワコはもう発情期迎えた?」
「はッ?!」
「もしかしてまだ成人していない?」
「せ、成人はしてます…」
「そうなんだ、よかった」
何が? と言うかセクハラだよね? 何で平然とそんなこと聞けるの?
堂々とした発言に逆に何も言えない。
いや、その前から交尾やら受精やらって言ってたから……ここでは普通なんだろう…。
でも恥ずかしいから聞かないでほしい!
「トワコ? 気分悪くなった?」
「……っ! メ、メスはみんなあんなに気が強いんですか?」
ダメだ、この世界では当たり前のことを止めてくれなんて言えない…。さすがに怪しまれる。
「全員がそうだとは言えないけど、僕が見てきたメスは大体あんな感じだね。あれはまだマシな部類かな」
「あそこまで気が強いと大変そう…」
「ははっ。強いことはいいことなのに変なこと言うね」
この世界にも国があり、法律があり、人間らしい生活を送っているけど地球とは少し違う。
常に弱肉強食だし、街から外に出れば様々な危険が隣り合わせ。動物の本能も合わさって常に強い者が正しい。
戦争も割とあるって言ってたし本当に怖い世界だ。
「あ、いや、そうじゃなくて。番ぐらいには優しくしたほうがいいんじゃないかなーって…」
「番だからこそ子孫が残せるメスの言うことには従わないと」
「うーん…」
「トワコは嫌なの?」
番とは要するに私の世界で言う夫婦だ。
夫婦は対等だからあんな…何だろう、奴隷みたいな扱いはしたくないなぁ…。価値観が違いすぎるし、私には無理だ。
「苦手ですかね。番とは対等でいたいし…」
「そっか。やっぱりトワコを好きになってよかった。僕もああいうのが嫌で興味がなかったんだ」
「えっと…。自分から言うのは恥ずかしいんですけど、なんで私を?」
「綺麗だから」
「綺麗?」
「あと可愛い」
「普通だと思いますけど…」
「そんなことない。うーん、なんて言ったらいいかな…。凄く優しい顔してるし、他のメスと違って毛並みもいい。最初は一目惚れだったけどその優しい性格も好きだよ。あと警戒心が強いのもいいね。大体のメスはオスを見たら自分から寄って行くから誘拐されやすいし、あれぐらい警戒心が強いと守りやすい。他の奴に取れなくて済むからな」
いやまぁ…褒めてくれるのは嬉しいんだけど…。
なんて答えるのが正解?
「あ、ありがとうございます…。その、シャルルさんも格好いいですよ」
これが妥当かな?
「本当? 僕は普通だからトワコにそう言ってもらえると嬉しいよ」
「いや十分イケメンだと思います」
うん、これは本音。
と言うか、さっきの男性達もイケメンだった。この世界ではこれが一般的なの?
女性も綺麗な人だったけどあんな姿を見てしまうとちょっと…。いや、私より十分綺麗なんだけどね。
でもやっぱり傲慢な態度だとせっかくの綺麗な顔が醜く見える…。
「イケメンが何か解らないけど、褒め言葉?」
「あ、そうですね。とても格好いいって意味です」
「じゃあ僕を番にしてくれる?」
「いやぁ…あはは。それはまた今度…」
「残念。さぁ、そろそろ街の外に出るから気を付けて」
「あ、はいっ」