48.砦生活⑨
「セトさーん!」
アルファさんを番に迎い入れた二日後にはセトさんも砦へ到着した。
セトさんのことは昨日のうちに説明をしておいたから攻撃されることなく広場に降り立ち、報告を受けた私は走って向かった。
軍服じゃない動きやすい恰好をしたセトさんに少し違和感があったけど、私に向ける笑顔は前と変わらない。
名前を呼んで駆け寄るとその場に膝をついたのでそのままの勢いで抱き着く。
「お、お久しぶりですトワコ嬢」
「お久しぶりです。ケガはないですか?」
「はい、問題ありません」
抱き着いた私をぎこちなく抱き締めるセトさん。
少し離れて身体を確認したけど、どこにもケガはなかった。
「ようやくお会いできました…。長かったです」
「そうですね。無事で何よりです」
優しく手をとり、手の甲にキスをして見上げるセトさんは相変わらず紳士的だ。
どこかの王様とは違う。あ、今はもう元王様か。
「はー…さらにトワコとの時間が少なくなる…」
「お前は十分堪能しただろう。あいつの世話は俺に任せて休め」
「あー? トワコのお世話は俺の仕事だから嫌に決まってんだろ。ずっと一緒にいたから慣れてるし。つーか王様に世話なんかできねぇだろ」
「造作もない」
「言ってろよ」
あとからゆっくり来たシャルルさんとレグはまた今日も言い争いを始める。
その後ろには居心地悪そうなアルファさんが二人の仲裁に入ろうとしたけど、言い争いを止めない二人を見て諦めるように溜息を吐いた。
「ところでトワコ嬢。不躾な視線を寄越すオオカミがいますが、あれは?」
「あ…。えっとですね…。えー…とりあえず中に入って話しましょうか。喉乾いてないですか?」
「お気遣いありがとうございます。ですが大丈夫です。それより少し痩せましたか? シャルルのお世話ではやはり不手際も多かったでしょう。今日からは私にお任せ下さい」
「そんなことないと思うんですけど…」
立ち上がると同時に抱えられ、アルファさんを睨みつけるセトさん。
視線に気づいたアルファさんは軽く会釈をして中に案内しようとする。
怪訝な顔のまま砦に入ろうとするのを、先ほどの言葉を聞いていたのかシャルルさんが噛みついてきた。
「俺のほうがトワコのこと理解してるしタカの世話なんて必要ねーよ!」
「私のほうが世話に慣れている。大体なんだこの不衛生な環境は。料理を作る場所も、寝る場所も同じなんてありえない」
「それは俺のせいじゃねぇし」
「確かに不衛生だな。トワコ、こっちに来い。そいつは汚れてる」
「す、すみませんトワコ嬢。急いで駆けつけたせいで汚れたまま貴方を抱えてしまいました…」
「大丈夫ですよ。そこまで潔癖じゃありませんから」
「だからってクソライオンが抱くな。もうほんっと最悪! トワコに変な匂いがつく!」
「それはこっちの台詞だ」
相変わらず高身長組は私を地面に降ろすことなく子猫を渡すように受け渡す。
出発前のことを思い出すなぁと呑気なことを考えつつ、されるがままレグに抱えられアルファさんの後に続いた。
案内されたのは屋上。
体格のいい四人が私の部屋に入るのは狭すぎるし、内緒話がしたいのでここを指定していた。
風が当たらない場所に行き、レグの膝の上に座らされ羽織っていた大きいマントで身体を包み込む。
「これでようやく全員が揃いましたね。……えっと、こういうときってお互い自己紹介したらいいんですかね?」
三人と番になったときもそんなにゆっくり会話ができなかった。おまけに今回は新しい番のアルファさんがいる。
親睦を深めるために自己紹介でもどうかなと言うと彼らは興味なさそうな態度と顔。
わ、私としては番同士仲良くしてほしいんだけど…。
そんな私の空気を悟ってくれたのか、アルファさんか軽く手をあげ口を開いてくれた。
「北の大国、ベストリア出身のアルファだ。蒼月の傭兵団団長を務めていたが、先日……ト、ト、トワコさんの…番になりました…」
「………レグルス。貴方がいながら何を」
「使えるぞ」
「…事情は後程お聞きします。私はセト・バンレンシ。トリティア王国の第一空軍部隊に所属してます」
空気を読んでセトさんも自己紹介するとアルファさんは爽やかな笑顔で「宜しく」と返答。
ほんと、私が絡まなければ好青年だ。
「俺はもう知ってるからいいだろ。はい、元王様どうぞ」
「…レグルス・ドュリオン」
「レグの本名初めて聞いた…。そう言えばセトさんとレグには苗字があって、シャルルさんとアルファさんに苗字がないのは何でなんですか?」
「俺とセトは貴族だからだ。そいつらは平民」
「そんなのもあるの!?」
「俺だって一応貴族生まれだっつーの」
「なかったら国をまとめられないだろう」
「いや、だって強さで王様とか決めるからそういうものはないものだと…」
「トワコ嬢の世界にはないのですか?」
「昔はあったみたいですけど今は極少数人ですね」
「…トワコさんの世界?」
「あ、そうそう。この話がしたくて呼んだんです」
アルファさんに私がこの世界の住人でないこと。そして始祖であることを打ち明けた。
そのせいで始祖返りに狙われ、ここにやって来た本当の理由も一緒に。
「ど、どおりでトワコさんが綺麗なはずだ…。耳が溶けそうになるのも…そっか、そうだったんですね…」
「隠しててすみません」
「い、いえ! それは隠すべきことです!」
「だってのにここを離れたいと言ってたな。理由は?」
「きっかけはアルファさんから離れるのが目的だったんですけど、その…ここに辿り着く前にちょっと気になることがあって…」
ずっと話題に出さなかったけど、街でシャルルさんの元仲間に襲われたとき自分に違和感を感じた。「止まれ」と叫ぶと時が止まったかのように微動だにしなかったあの現象…。
あれからこっそり試したものの、同じ現象は起きなかった。
そのことを話すと三人は深刻な顔で少し俯く。
「すっかり忘れてたけど、あれってやっぱりトワコだったの?」
「多分そうだと思います…。これが何なのか知りたいし、使えるならもっと自由に使えるようになりたいんです」
「魔法」と言っていいのか解らないけど、言葉通り強制的に命令できるなら習得しておきたい。
もしまた誘拐でもされたらこれを使えば助けに来てもらうこともなくなる。
いくら加護があるとは言え、大人数になれば通用しそうにないしね。
「だから…望みは薄いし賭けではあるんですけど聖書の原本を見に行きたいんです」
なんとなくだけど、その答えが聖書にあると踏んでいる。
原本と翻訳された聖書は明らかに本の厚さが違った。原本のほうが分厚く、聖書のほうが薄い。
この世界の文字は簡単だ。漢字がない分、分厚くなるはずなのに聖書ではそれが反対になっている。
もちろん、それは日本語の場合。英語や他の言語だと違うかもしれないけど気になっている。
そう、それも気になってる。英語も中国語もあるのに誰がどうやって翻訳した?
色々矛盾点があるし、気になることばかり。
翻訳された聖書には地球のことなんて書かれていなかったから原本にも書かれてないかもしれないけど、諦められない。とにかく日本語で書かれた聖書を読みたい。きっと何か始祖についてのヒントがある。
「ですがまだ隠れていたほうがいいと思います」
「え? でも王様も始祖返りも捕まえているんですよね?」
レグから私の正体を知っている始祖返りルルヴァと私を狙っている王様は捕まえたと聞いた。
だからもう危険はないと思うんだけど…。
そう思ってレグを見上げると一瞬だけ言葉を詰まらせたように見えた。
「ああ、捕まえている。だがお前をあまり連れ回したくない」
「でも…どうしても原本の聖書が読みたいんです。私の言葉で動きを止めることができたらレグも安心ですよね?」
「俺はトワコに賛成するよ。ここは不衛生だし、綺麗な風景見せてあげる約束したもんね」
「お、俺もトワコさんが、その…望むならし、し、従い、ます、よ!」
「レグ、ダメですか?」
無意識におねだりをすると少し眉間にしわを寄せて溜息を吐いた。
「俺から離れないことを約束できるなら」
「もちろんです!」
「私は反対ですが…仕方ありませんね」
「すみません、セトさん」
「いえ。確かにここはトワコ嬢にとって不衛生ですしね」
「じゃあまずどこに行きましょうか。やっぱりディティ本山でしょうか。確か始祖教の総本山って言ってましたよね」
「確かにあそこにも原本が置かれているが…。始祖であるお前が行くには危険だ」
「そうそう。そのまま誘拐されて監禁されるかもしれないしね」
「北の大国にも始祖教の協会はあるぞ。原本は知らないが相当大きい協会だった」
「いや北の大国は駄目だ。戦後処理でかなり治安が悪くなっていると聞いた」
「俺も寒いとこ嫌だ。北の連中は血の気が多いって聞くし、トワコは寒いの苦手だもんね」
「そうですね…。どれぐらい寒いか解りませんができるだけ行きたくないです」
「でしたらカカント国ですね。あそこは今回で同盟国になりましたし、あの国は始祖教を熱心に信仰しています。多分原本もあるかと」
カカント国は確かこの国の西側に位置する中小国家の一つだったよね。
セトさんの言葉にシャルルさんとレグが「ああ」と思い出したかのように頷いて賛成する。
私には解らないので三人が「いい」と言うならそれに従うつもり。
「それにカカントは温泉が有名だからきっと楽しいよ」
「温泉があるんですか!?」
「トワコはお風呂が好きだよね。きっとゆっくり休めるよ」
「嬉しい! さっそくカカントに行きましょう!」
「トワコさんの笑顔素敵だぁ…」
「風呂が好きなのか?」
「うん、大好き!」
「綺麗好きだもんね。ここじゃあゆっくり入れないし、湯冷めしちゃうしで我慢させちゃったからカカントでしっかり楽しんでよ」
「うんっ!」
「ならゆっくり休める宿を取っておこう。おい、あのフクロウ族の奴に王都についたら王城へ行くよう伝えておいてくれ」
「デーバにか? それは構わないが…」
「あれ? デーバさんたちもここから離れるんですか?」
「言ってなかったな。こいつらを俺の私兵として雇ったんだ。ここで暮らすより王都のほうがいいだろう?」
「わー、よかったですねアルファさん。王都なら色んな種族がいるし賑やかできっと楽しいですよ」
「そ、そうですねっ…。デーバ達もよ、喜んでるみたいなのでよかったです…」
「レグルス。あとで色々と聞きたいことがあります」
「そうだな」
「いつ出発しますか?」
「こいつらもここから離れる準備があるだろうし、それからだ。先に危険がないか確認してもらう」
「明後日には出立できる。偵察も任せてくれ」
「じゃあそれからですね。シャルルさん、私たちも出発の準備しましょう」
「うん、そうだね。トワコの匂いがついたものは全部処分しよう」
原本が見れるかもしれない。温泉に入れる。
その二つにテンションがあがり、レグから離れてシャルルさんの腕を引っ張る。
シャルルさんはすぐに立ち上がって二つ返事をしてくれたけど、三人はその場から離れなかった。
「俺らはまだ話があるから先に戻ってろ」
「うん…。ケンカはしないでくださいね」
「解ってる」
「トワコ嬢、あとで姉上から手土産を預かってきたのでお渡ししますね」
「楽しみにしてます! シャルルさん。全部を燃やすのはもったいないですよ」
「でもあの部屋にはアルファが持ってきたものもあるだろ。捨てとこうよ」
「ダメですよ!」
収納玉に収めるだけだから準備はすぐに終わる。
新しい国に行けるのもあって早々に部屋へと戻った。
「……で、いったいどういうことですか。トワコ嬢がいるから適当に合わせましたが解りやすく説明して下さい。特にその新しい番について」
「こいつは汚れ役を買って出たから認めた。トワコとの距離感も弁えてるしな」
「トワコさんの近くにいるとドキドキしすぎて死んじゃうので…」
「汚れ役?」
「俺がトワコさんに近づいた奴を殺すことになってる。トワコさんが血が苦手なのは知ってるがそんなこと言ってる場合じゃないよな? 始祖だから余計に周囲に気を付けないと…」
「それで北の傭兵団団長を番に認めたと言うわけですか」
「俺のこと知ってるのか?」
「こちらの国でもお前達は有名だったからな。だからって私がいないところで勝手に決めて…」
「こいつが汚れ仕事を買ってくれるなら俺らが嫌われなくてすむだろ?」
「……。ではルルヴァを捕まえたという嘘はなんなんですか」
「王と一緒に殺すつもりだったが逃げられたなんて言えないだろう。こいつらにルルヴァを探してもらうつもりだ」
「匂いも覚えたし人探しも慣れてるから任せてくれ。トワコさんを守るなら何だってする!」
「それはいい心掛けだ」
「で、お前は? 何か情報を見つけたか?」
「始祖返りに似た人物を見かけたらしいですが、カカントより西へ向かったそうです。そこからの追跡はまたさらに国を挟むので難しく…。始祖返りではないかもしれませんし収穫はほぼなしと言っていいです」
「チッ。やはり死んでなかったか」
「はい。もし始祖返りであるなら多分ですがディティ本山に行った可能性が高いです」
「始祖を見つけたと報告するつもりか?」
「恐らく…。自分の番だとかほざいて味方にするか、献上して身の安全を守るか…。なのでトワコ嬢がディティ本山に向かうことは賛同しかねます」
「そうだな…。できればカカントでトワコが望む聖書の原本が見つかればいいんだが…」
「王都にもあるんだよな? それじゃあダメなのか?」
「トワコ嬢が望む文字ではなかったようです」
「色んな種類があるんだな…。それも傭兵団で探そうか?」
「いや、お前らは全力で始祖返りを捕まえろ。あいつは生かしておけない」
「解った」
「重要なことはそれぐらいですか?」
「ああ、あとトワコに薬を飲ませるときは一粒を半分に割って使用しろと言われた。効きすぎて幻覚症状や高熱が起こるらしい」
「解りました、気を付けます」
「そ、そうなんだ…。トワコさんはか弱いからかな…」
「それぐらいだ。そろそろ戻るぞ。お前らと会話するよりトワコの声が聞きたい」
「それは私もです」
「でもトワコさんの声を聞くと心臓がうるさくなるんだよな…。近づいて来ると嬉しいけど、頭真っ白になるし…」
「……凄く、解ります」
「だ、だよな!? トワコさんの前じゃまともに会話もできないし抱き締めたくなるけど身体は動かないしで…」
「本当にその通りです。思考が停止すると言ったほうがいいのか…とにかく普段の自分じゃない自分を晒してしまって情けないばかりだ…」
「お、俺も…」
「ハッ! ヘタレどもはそのままでいてくれ。そのままじゃ一緒に温泉にも入れないだろうから助かる」
「「っ!」」
「俺の金で宿をとるんだ。お前らの部屋があると思うなよ」
「レグルス…!」
「温泉…い、いっしょ…!? し、死ぬ…今度こそ死んじゃう…っ」
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