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44.砦生活⑤

「シャルルさん!」

「トワコ、大丈夫だった?」


デーバさんと砦に戻って一時間も経たない間に、血で汚れたシャルルさんが仲間を引き連れ戻って来た。

明るい笑顔で手を振るシャルルさんに駆け寄り、ケガがないか確認するも彼はいたって元気で自分から離れるよう言って距離を取る。


「今すぐ抱きしめたいんだけど血で汚れるからね。俺は大丈夫だよ。トワコは?」

「大丈夫です…。あの、他の人は…?」

「他の奴らも無事だろうね。俺らはあらかた終わったから先に帰って来たんだ」

「…アルファさんは?」

「あいつなら後処理してる。全員殺したからもう安全だよ」


いつから狙われていた? いつからそれを知っていた?

色々聞きたいことがあったのに、無事だと言うことがわかると身体中から力が抜けてその場にしゃがんで安堵の息を漏らす。

本当によかった…。どうしたらいいか解らなかったけど助けに来てくれたし、ケガもしてない…。本当によかった…!


「大丈夫? あ、今の俺臭いよね? すぐ着替えてくるから待ってて」

「いえ…。みんながケガしたんじゃないかと思って。無事でよかったです…。あの、助けてくれてありがとうございました」

「いや、今回は俺らのせいで巻き込まれただけだから。事情はあとで説明するよ」


血や泥で私を汚さないため触れてこない。解っているけど少し寂しい。

これ以上困らせるわけにはいかないのでコクリと頷くと仲間とともに近くの川へと向かう。


「トワコさんっ」

「アルファさん! だ、大丈夫ですか?」


私に何かできることはないかとデーバさんの元へ戻ろうとしたら、息を切らしたアルファさんが勢いよく森から飛び出し、私に向かって駆け寄る。

シャルルさんより血で汚れ、まるで大怪我を負っている人に見えた。


「巻き込んでしまってすみません! け、怪我はありませんか!?」


その勢いのまま私の手を握り、初めて私の目をジッと見つめてくるアルファさん。

恥ずかしさや気まずさよりも私のことを心配してくれるのは嬉しかったけど、もっと自分のことを心配してほしい。


「あの、ケガされてるんじゃ…?」

「かすり傷です、問題ありません」

「いや血が…」

「全て返り血です。それよりあいつに何をされました? 俺の到着が遅れたばかりに涙を流してましたよね!?」

「あ…いや…。大丈夫です。ちょっと怖かっただけで…」


アルファさんの言葉で襲われたことを思い出し、無意識に唇を隠して視線を背けると顎を掴まれてジッと見つめる。

普段のアルファさんなら絶対できない、しない。

戦ったあとで高ぶっているのか、顔を近づけ唇を凝視され思わず顔が赤くなってしまった。


「いつもに比べて少し腫れてますね…。血も滲んでいます」

「えっ」

「失礼します」


あの人にキスされたとき少し唇が痛かった。牙が当たったのかと首を傾げるとカプリとキスされた。

一瞬の出来事に訳が分からずされるがままだったけど、すぐに離れてペロリと舐められ意識を取り戻す。


「アルファさん…?」

「ご安心下さい、トワコさん。トワコさんを泣かせたあいつは処分しておきました。ですがもっと痛めつけてやればよかったですね。泣いてる姿を見た瞬間、理性が吹き飛んで食いちぎってしまいました」

「……は、はぁ…」

「あ、もしかしてトワコさんが処理したかったですか!? そ、そうですよね…。自分で恨みを晴らしたかったですよね…! 今すぐあいつの死体を持って来させましょうか? 今ならまだ腕か首が残ってると思います」

「い、いいです…。止めてください…!」

「汚いですもんね。あ、すぐ塗り薬を持ってきます!」


そう言って血だらけのまま去って行くアルファさん。

え、なに。キスされた? なんで? というかメスが苦手じゃなかったの? え? なのに何で舐めた? 犬だから? いや、あんだけ苦手だったのにキスできるの? 意味わかんない…!


「トワコ、お待た―――っえ!? なんで血がついてんの!?」


混乱して立ち尽くす私に水浴びから戻ったシャルルさんが近づき、手と顔についた血を見て驚く。

さっきのことを言っていいのか悩んだけど、どっちにしろすぐにバレるのでキスのことは隠して説明するとあからさまに機嫌が悪くなった。

持っていたタオルで手と口、顎を拭いてくれたけど綺麗にならなかったので水を汲みにまた走って川へと向かった。


「トワコさん、薬を持ってきました」


また入れ替わりに薬を持ったアルファさんがやって来て、有無を言わさず顎を掴まれる。


「ちょ、ちょっと待ってくださいアルファさん!」

「この薬ならすぐ腫れが引きます。怪しくないので安心下さい」

「そうじゃなくてっ。あの、まずアルファさん汚れを先に落としてきませんか?」

「ああ、俺は気にならないので大丈夫です」


私が気になるんです…!

何で返り血を浴びた人から大したことのない腫れの手当てを受けないといけないのか。それより汚れを落として、ケガがないか確認するのほうが先じゃない? 傭兵団だから汚れとか気にしないの? いや、他の仲間は川に行ってるし…。

その気遣いは嬉しいけど、血の臭いが強すぎて吐きそう…!


「ああ、また少し滲んできましたね」

「ちょ…!?」


善意をどう断ろうか悩んでいる間にまたキスをされる。

血が滲んでいるであろう箇所を軽く吸って、舌先でペロペロと舐めて離れると満足気に笑う。

純粋なる善意ッ…! 嬉しそうな笑顔に余計悩む!

いや、ダメ! こんなのつがいでもないのにされちゃダメだ! ちゃんと拒絶しないと!


「トワコに何してんだクソ狼ッ!」

「きゃ!」


口を開いた瞬間、水を汲んで戻って来たシャルルさんがアルファさんに襲いかかる。

アルファさんは物ともせずヒラリと避け、「どうした?」と心底不思議そうな顔で首を傾げた。


「トワコにっ! 汚れたまま近づくなッ! トワコは血が嫌いなんだよ! つかトワコじゃなくても血で汚れた手で人に触れんな! きたねぇ!」


私の代わりにバッサリ言ってくれるシャルルさんに心の中で拍手を送る。


「そう…か…。悪い、いつものことで配慮に欠けていた」

「常識だバカ狼! あーもうトワコが汚れたじゃねぇか…。気持ち悪いよね、すぐ拭いてあげるからジッとしてて」

「ありがとうございます」

「俺は汚れを落としてくる。シャルル、薬を渡しておくから塗ってあげてくれ」

「は? なに?」

「トワコさんの唇から血が滲んでいた。あいつに噛まれたんだと思う。毒が盛られている可能性もあったから吸い出したが毒の味はしなかった」

「……ハァ!?」

「お、落ち着けシャルル。何でいきなり殺しにかかる!」

「俺のつがいにキスしたからだろうが! お前なんなの!? 普段あんなに恥ずかしがってまともに会話できねぇくせに!」

「………ッキス…!?」

「ボケ狼! 今頃気づいたか! あーもう最悪ッ。トワコー、何であいつのキス許したの…? あいつが助けてくれたから? 俺も裏で色々してたんだよ?」

「いえ…その、一瞬の出来事だったし、まさかキスされるとは思ってなくて混乱してて…」

「……あわわ…! お、おれはなんてことを…! も、もう、申し訳ッ…すみませんトワコさん…! おれっ…俺別にそういうつもりでじゃなくて…! う、うわああああ!! すみませんすみません!」

「チッ、逃げやがった…。まぁあいつの処理はまたあとにしてやる。先に綺麗にしてあげるね。どんだけ触ったんだよ、ベッタリじゃねぇか」

「そんなについてます?」

「ベッタリとね」


シャルルさんに指摘され、ようやくいつも見るアルファさんに戻った。

まるで純潔を奪われた乙女のように顔を真っ赤に染め、涙を流しながら川へと向かう。

やっぱり無意識だったんだ。

何でキスされたか解らなかったけど、毒を盛られてるかもしれないからだったんだ。なら納得。


「はい、綺麗になったよ」

「ありがとうございます。あとは自分で薬を塗っておきますね」

「その前に上書きしとく」


チュ。とリップ音を立て可愛らしいキスをされる。

さっきまでブツブツ文句を言いながら綺麗にしてたのに、ようやく機嫌が直った。


「その腫れが引いたらもっと激しいのやらせてね」

「……お、お手柔らかにお願いします」

「それとその服は捨てるから脱いで。あとお風呂も準備するから今すぐ入って」

「え…と、何故?」

「あの男の匂いがついててムカつくから」

「ああ、それなら…」

「っていうかさぁ。俺が殺す手筈になってたのにあのバカ狼が勝手に殺したんだよ、ひどくない? 理性切れてたし、あいつに何されたの?」

「それは…その…。キスされて怖くなって泣いてただけです…」

「あーなるほどね、うんうん。はーー……やっぱ我慢できねぇわ、悪い」


返事をする前に言葉ごと飲み込まれてしまった。

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