42.砦生活③
砦の屋上に出ると眼前いっぱいに空が広がる。
木々が伐採されているから今まで歩いて来た森より太陽の光をいっぱい感じることができたけど、屋上になるとさらに清々しい気分になる。
「トワコ、寒くない?」
「毛布のおかげで大丈夫です。……えっと、アルファさんはどこに?」
「あいつならあっちに隠れてる」
「…ガルドさんは?」
「いないよ。条件はこいつとの会話だけだし」
清々しい空の下、呼び出されたアルファさんは隅っこに縮こまって震えている。
あれだけ離れてるなら気絶しないですむ? いや、会話したいのにこれじゃあできないよ。
「キツネ野郎の代わりに俺が伝言するから大丈夫」
「そ、そう? ならいいんだけど…。えっと…どうしよう。アルファさんってこの国出身なんですか?」
メスに慣れさせるため会話を試みたものの「さぁ会話して」と言われると話題に困る。
無難な会話デッキで質問するとごにょごにょと聞こえない声で答えた。
「ごめんなさい。私あんまり耳がよくなくて…」
「こいつは北の大国出身だって」
「シャルルさんは聞こえたんですね」
「まぁね。だからこのままの距離で会話していいよ。俺が伝えてあげる」
「わかりました。えーっと…じゃあ何歳なんですか?」
「二十四」
「シャルルさんより年上だ。まだ若いのに傭兵団をまとめるなんてすごいんですね」
「ひぃ!」
「トワコ、わざわざ褒めなくていいよ」
日本人の性と言うか…。
とにかく会話を続けたくて自然と出た言葉だったのに、シャルルさんは険しい顔で睨み、アルファさんは狼の耳をプルプル震わせてさらに小さくなった。
「…あれ? 部分的に獣姿になれるんですか?」
「あぁ、言ってなかったね。俺らどっちの姿にでもなれるけど、油断したり焦ったり情緒が不安定になると人と獣が混じった中途半端な姿になるんだ」
「へー…。じゃあその姿のまま尻尾出せますか?」
「出せるけど…。そんなダサい姿トワコに見せたくない」
「そっか…。可愛いのに…」
「可愛いより格好いいのほうがいいな。でもトワコが望むならなってあげる。はい」
そう言って人間の耳が消えて、頭の上に黒豹の耳が生えた。
さらに長くて黒い尻尾が腕に巻き付いて頬を触る。
くすぐったくて少し笑うと首も触られて声をあげて笑ってしまった。
「ふふっ、可愛い。この姿なら会話しつつモフモフを楽しめるね」
「トワコが好きならもっと早く教えてあげればよかったね。いつでも言ってよ」
「ありがとうございます」
アルファさんとの会話がシャルルさんとのイチャイチャ会話になってしまい、慌ててアルファさんを見ると狼の姿に変身した。
「な、なんで狼に…?」
「獣姿は本能が強くなる。それは戦闘だったり、逃避だったりさまざま。で、あれは限界を迎えて逃げ出したいから変身したってとこだね」
「何もしてないんですけど…」
「トワコの笑顔でも見たんじゃね? いやらしい狼だな」
隠すように抱きしめ、狼姿を睨みつけると「ひゃん…」と子犬が鳴くような声で何か言っている。
いいなぁ、狼。
猫も好きだけど犬も大好きな私にとって、狼は憧れだ。
綺麗な毛並みと抱き着いても包み込んでくれる大きさ。
触りたいけど相手はアルファさん。到底無理な話だ。
「あの、アルファさんは小さいころから戦場にいるって聞いたんですけど、何歳からいたんですか?」
「…いや、他種族じゃわかんねぇから人に戻れよ。……え? なんだよ、聞こえねぇっつーの。あっそう。トワコ、解らないって」
「わからない?」
「父親に弱いから捨てられたんだって」
「そんな…。ひどい…」
「そうでもないよ。それじゃなくてもオスが多いんだし、出来損ないは処分されて当たり前」
「でも…」
「そんなもんだから気にしないで」
「……それなのに色んな人を助けて生き延びてきたんだ…。アルファさんは強くて優しい人なんですね」
「もー、トワコー」
「わざとじゃないんです」
良好なコミュニケーションをとるための会話なんです! 下心とか、たぶらかそうとかそういう気持ちは一切ありません!
悪い人間じゃないって思われたくて、無意識にいい子ちゃんをしているかもしれないけど本当に深い意味はないんです!
「あー…えー…。あ、北の大国はどんな国なんですか?」
「年中雪に覆われて常に食料不足らしいよ。それは俺も聞いたことあるし、仕事で行ったことがあるから知ってる」
「それは厳しい土地ですね…。北にはどんな種族が住んでるんですか?」
「……あー、あいつらな。へぇ、主にそいつらが多いんだ」
「シャルルさん、アルファさんはなんて?」
「あ、ごめん。知らなかった情報だったからつい…。北はアザラシ族とシャチ族とクマ族、オオカミ族、それからトナカイ族とペンギン族が多いみたいだね。王はアザラシ族なんだって」
アザラシ? アザラシってあの可愛い動物?
「王様って強い人がなるんだよね? アザラシ族って強いの?」
「噂で聞く限りかなり獰猛らしいよ。で、実際どうなんだ? ……うわ、やば。どうかしてるな。それ聞くと俺らがマシに見えるじゃん」
「シャルルさん?」
「あー…。かなり獰猛らしい。特に今の王は残忍で有名なんだって。北の国に行かないようにしようね」
「そうですね」
「元々はシャチ族の王がまとめてたらしいんだけど、今の王になってからとにかく色んな国に戦争吹っ掛けてるんだって」
「寒いところは苦手ですし絶対に行きません」
「俺もー。トワコがいてくれたら温かいけど、できれば暖かいとこが好き」
猫科だからかな。
人の姿なのにゴロゴロと甘える声を出すので頭を撫でると尻尾で引き寄せられ、身体全体を擦り付けてくる。
少し恥ずかしいけど嫌じゃない。でもアルファさんがいるからあんまり引っ付いてほしくない。
そう思って少し離れるよう言うとアルファさんを睨んで舌打ちをした。
「戦争も終わったし、村や街で暮らしたいと思わないんですか? 受け入れてくれるところがきっとあるはずですよ」
「拒絶されたから無理強いできないってさ。俺でも有名な傭兵団を住まわせたくないね」
「でも国や街のみんなを守ってたんですよね?」
「そんなのどうだっていいんだよ。それより噂のほうが耳に入って、そういう目で見てしまうのが普通。だから拒絶するんだ。それがわかったからここで暮らしてるんだとさ」
「そういう目…?」
「ふふっ、トワコは純粋だなぁ。戦争で有名になると「大量殺人犯」ってことになるだろ? あのライオンが英雄ってもてはやされてんのは戦争の勝者だから。敗者であるこいつらはただの大量殺人犯で、国を守れなかった役立たず。そんな奴らを街に住まわせたくないでしょ?」
そういうものなんだ…。確かに戦争は勝ったほうが正義って言われてるけど…。
でも彼らを見てるとそんな風には思えない。数日しか見てないけど、弱者を助けてくれる優しい人なのを知ってる。
私だけがそう感じても他の人はそんなことわからないし、仕方ないことだけど寂しいな。
「そう言えば腕に火傷の跡がありましたよね。それも戦争で?」
「……仲間思いなことで。仲間庇ったときについたらしいよ。そんな見た目じゃ強くてもメスは寄ってこねぇわな。メスに慣れる練習なんて止めたら?」
「そんなことないですよ。仲間を庇った名誉の勲章じゃないですか」
「トワコさー、なんでさっきから一生懸命あいつを褒めるの? 番にしたいの?」
「やっ、そういうつもりじゃなくて…。励ましたくて言っただけ…」
「誰にでも優しいトワコは魅力的だけど、できれば俺だけにしてほしいなぁ」
「その…ごめんなさい、シャルルさん」
難しい。本当に難しい…!
「そもそも傷跡なんて弱者って証拠じゃん。トワコも強いオスのほうがいいでしょ?」
「そんなことは…。こんな世界だし強いに越したことはないですけど、どちらかと言えば性格重視っていうか…」
「あー…あのタカのときもそうだったね。俺にはよくわかんねぇや」
「シャルルさんは傷ないんですか?」
「ないよ。トワコの前じゃヘマばっかしてるけどこう見えて天才だからね」
「それは私がいるからですよ。すごいですね、シャルルさんは。とても頼りになります」
「でしょ? さ、もうそろそろ戻ろうか。あまり風に当たりすぎるとよくないよ。今は身体冷やしたらダメだったよね」
「あー…そうですね。戻りましょうか」
機嫌が戻ったシャルルさんに抱き起され、チラリと下腹部を見られたのでマントで隠す。
立ち上がった私を見たアルファさんはビクリと飛び跳ね、屋上の端ギリギリに逃げた。
「あー? トワコはちょっと特殊なんだよ。別にケガしてねぇし気にすんな。薬もいらない」
「なんて言ったんですか?」
「ケガしてるなら薬を渡すって」
あんなに怯えてるのに私のこと心配してくれるんだ。やっぱり優しいなぁ。
「大丈夫ですよアルファさん。休んでれば一週間で治るんです。ありがとうございます」
「早く戻ろう。何か食べたいものはない?」
「じゃあお水をもらってもいいですか?」
「うん、持って来る」
直接会話できなかったけど、少しだけアルファさんのことを知ることができた。
こんな調子じゃいつまで経っても慣れるとは思わないけど、置いてもらうためにも明日からも頑張ろう。
……いや、また気絶したらまずいし積極的に話しかけないほうがいいかな?
様子を見つつメスに慣れてもらえるよう頑張ろう。
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