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37.逃避生活④

身体が痛い。頭も痛い。気持ち悪い…。

今にも吐きそうな嘔吐感で目を開けると見慣れない天井が視界に映った。


「トワコッ! よかった、やっと目が覚めた!」

「……しゃ…っう…!」

「大丈夫!?」


呆然としていると横からシャルルさんが現れ、手に刺激が走る。

吐き出しそうになるのを堪えつつ起こしてもらうと、そこは白い部屋だった。

久しぶりに見る人工物にまだ状況を飲み込めずにいるとすぐに説明してくれた。


「トワコが飲んだ薬が効きすぎて幻覚作用が起きたんだ。熱もかなり高くて…俺じゃ何もできなかったから街に寄って医者に診てもらったんだよ」

「そう、だったんですね…。すみません、隠れなくちゃいけないのに…」

「ううん、トワコの身体のほうが大事だからね。大丈夫。トワコの存在は医者しか知らないよ。ちょっと待ってて、医者呼んでくるから」

「うん…」


背中にクッションを挟んで部屋から飛び出す。

気持ち悪いし頭は痛むけど熱はない。

シャルルさんの言葉に熱が出たときのことを思い出そうとしても何も覚えておらず、ただひたすらに迷惑をかけたことを悔いた。


「早くしろよ」

「シャルルさん」


部屋から出て行ったシャルルさんはすぐに一人の男性を連れて戻って来た。

白衣に眼鏡をかけた大きな男性。

乱暴に連れて来られたせいで転ぶように病室に入り、眼鏡をかけ直して私を見上げる。

金色の目に灰色の髪の毛。これだけだと何の獣人か解らないけど、優しそうな顔つきに少し安堵する。


「き、綺麗な目だね」

「え?」

「口説くなって言っただろうが。殺されてぇのか」

「寝ていたときから思っていたけどこんな可愛くて綺麗な子がいるなんて信じられない…!」

「おい!」

「身体は大丈夫? どこか痛むところは?」


シャルルさんの忠告など聞き耳持たず私だけを見つめ、ゆっくりと近づいて来る。

すぐにシャルルさんが間に入って牽制するけど相手の力が強いのか、若干押され気味で私を触ろうとする。


「それ以上近づくんじゃねぇよ! 触んな!」

「あの…。お医者さんに言うのもあれですけど、あまり近づかないでくれると嬉しいです…」


どんどんギラつく目に日本にいた頃じゃ絶対に言わない台詞を吐いてしまった。

もう何度も体験してるから解る。彼は危ない。


「綺麗な声だね。ああ、身体に異変がないか調べよう。服を脱いでくれる?」

「い、いや…。その…もう大丈夫です。どこも悪くありません。適切な処置をしてくださったおかげです、ありがとうございます」

「こ、こんな穏やかなメスがいるなんて…! 見た目も声も綺麗で心地いい…凄い…。よかったら僕を君のつがいにしてくれないか?」

「殺すっつってんだろうが! トワコに触んな!」

「や、止めてくださいっ。つがいにしません!」

「僕がいればどんな病気にかかっても安心だよ。こいつより力は強いし医者だから財産もある!」


どおりでシャルルさんの静止をものともせずにいられるわけだ。

腕を掴んで強引に引っ張られて彼に抱き着くように倒れると、すぐに抱き締めてきて匂いを嗅がれる。


「やだ!」

「ああやっぱりいい匂いだ…」

「―――トワコ、目瞑って」


低い声に反射的に目を瞑ると予想していた通り男性の悲鳴が部屋に響き、解放された。

怖くて目が開けられず震えているといつもの優しい力が私を包み込む。


「ギャアァァ! お、お前…!」

「汚い手で俺のつがいに触りやがって…。その腕もういらねぇよなぁ? 約束も守れねぇ奴はそのまま死ね」


生臭い匂いにまた吐き気に襲われて我慢できず吐き出してしまった。

すぐにシャルルさんが背中を擦って口元を拭いてくれたけど、この部屋にいる以上この気持ちは消えない。

目を瞑ったまま彼の服を掴んで首を横に振ると抱き抱えて部屋から飛び出した。

強い光にゆっくりと目を開けると最初に見た街、マルケル街と同じぐらい広い街が目に映る。


「あーもう最悪。あいつの汚い血でトワコが汚れた」

「しゃ、シャルルさん…」

「ごめんね。苦手なのは解ってるけど俺のつがいに手を出したから…。ごめん、次からは気を付けるよ」


私を抱えたまま屋根から屋根を渡って、人目のつかない路地裏に降ろされる。

不機嫌な顔で私の顔についた血を拭う。


「まだ全快じゃないと思うけど我慢できる? この街から出たい」

「う、うん…。大丈夫…我慢する」

「―――お、見つけたぞ」


そこにまた知らない人が現れる。

黄色とオレンジが混ざったような髪の毛に黄色い目をした若い男性が三人。

気配に気が付かなかったのかシャルルさんは慌てて私を隠して殺意をそちらに向けた。


「やっぱりシャルルじゃねぇか」

「姿を見たって本当だったんだな」

「だから言っただろ。ま、黒い髪の毛なんて珍しいから間違うはずねぇんだわ」

「最悪かよ…」

「シャル「喋るな」


話しを聞く限り、彼らはシャルルさんの知り合いのようだ。

でも前に見た知り合いより警戒してるし、彼らもシャルルさんを見下しているような態度に関係性が把握できない。

珍しい命令口調に黙って頷き、シャルルさんの背中に隠れて息を殺す。


「お前さぁ、俺らの仕事無視してなにしてるわけ?」

「もう仕事はしないって断っただろ」

「はぁ? なにお前、俺らに本気で歯向かう気?」

「おいおい、まさか本気で一族を抜けるつもりなのか? お前みたいな異端児、どこにいっても受け入れてくれねぇのは知ってるだろ」

「ああ。だけど関係ない。俺は俺だけで生きる」

「ギャハハハ! 面白いこと言うようになったなぁシャルル!」

「お前はそうしたいんだろうが無理だって解ってるだろ。駒の分際でワガママ言ってんじゃねぇよ」

「仕事が溜まってんだ。冗談はもういいからさっさと働け」

「断る」

「はぁ…。ミミニャ姫のお気に入りだからって調子乗ってんなぁ…!」

「もういいから殺しちまおうぜ。死んだってことにして報告すればミミニャ姫も俺達を見てくれるだろ」

「そうだな。―――さっきから血の臭いもするし今なら殺せる」


人間の私でも解るほど強い殺気に身体が震えて涙が溢れる。

殺される。シャルルさんも、私もこの人達に殺されてしまう…!

恐怖でいっぱいになった瞬間、頭がグランと揺れてその場に倒れこんでしまった。


「トワコ!?」

「あ? なんだそいつ」

「もしかしてお前の仲間? ああ、だから仕事しねぇ………は…? メス…?」

「クソッ!」


私は迷惑をかけることしかしない。

立ち上がろうとした瞬間、強い風が路地裏を通ってかぶっていたシーツがはがれて顔が露わになった。

彼らが私を認識した途端、シャルルさんは乱暴に私を担いで走り出す。

逃げる私たちに彼らも意識を取り戻してすぐに追いかけてくる。


「ご、ごめんなさい。ごめんなさいシャルルさん…!」

「大丈夫だよ。泣かないで」

「本当に……う…っ…!」

「トワコ!」


熱が下がったとは体調は戻っていない。

さっきの血の臭いもあって気持ち悪いのと激しい動きにまた胃袋が熱くなる。吐くものなんてもう何もないのに…。

そのせいで私に気を取られたシャルルさんは追い付かれた仲間に捕まってしまった。

地面に伏せるシャルルさんを二人で押さえつけ、落とされたと思った私はもう一人の仲間に抱えられシーツを剝がされる。


「すっげぇ可愛い…。ミミニャ姫より…」

「やめっ…離してください…!」

「おいッ! 離せよ!」

「駒の分際で独り占めするつもりだったのか。そりゃあ一族を抜けるって言うわな」

「なぁ、俺にも見せろって!」

「お前だけ卑怯だろ!」

「ははっ、絶対ぇイヤ。俺のつがいにする。つーか俺のつがいだから見せねぇ」

「やだってば!」

「泣いてる顔も可愛いな。何であんな奴と一緒にいたか知らねぇけど、あんな奴は止めときな」

「おいふざけんなよ! お前だって独り占めしてんじゃねぇか!」

「トワコに触んなよクソ野郎ッ!」

「テメェはジッとしてろ!」

「おい暗器も捨てとけ!」

「ああ、トワコって名前なのか。いい名だな」

「離せって言ってんだろ!」

「あーもうめんどくせぇ! 腕と足折るぞ」

「やっ…シャルルさん!」


必死に抵抗しても普段以上に力が入らない。それに気持ち悪い…!

頭が痛いのと、シャルルさんが殴られているのを見て涙を流すとペロリと舐めて抱きしめられる。

知らない人から抱きしめられるのも嫌だ。

必死に抵抗するも意味はなく、抱えられてその場から立ち去ろうとする。

レグの加護を使いたいのにうまく力が使えない。私だけの力じゃどうすることもできない…!


「ぎゃっ!」

「シャルルさんっ」

「トワコを離せッ!」


武器を取り上げられたシャルルさんは牙を使って男性の足に噛みつき、力が緩んだ隙に私に駆けつける。

が、相手もそれなりの強い人だったようですぐに立て直して取り上げた武器を大きく振りかぶった。

がら空きの背中。私しか見ていないシャルルさん。

このままじゃ本当に殺される。大事なつがいが殺されてしまう―――。


「止めろッ!」


本能で叫ぶ。

こんな言葉使ったことないのに「今」言わないと後悔すると思った。

その言葉通り、四人の動きは時が止まったかのようにピタリと止まる。

誰も何も喋らない。動かない。

なんでこうなったか解らなかったけどシャルルさんが無事だったことに喜び、名前を呼ぶとようやく動き出して救出してくれた。


「ごめ、…もう……」

「大丈夫。大丈夫だよトワコ。ゆっくり寝てて」


安心からかとうとう意識を保つことができず、温かい彼の腕の中で目を閉じた。

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