35.逃避生活②
セティさんの屋敷からタカ族の力を借りて王都からいとも簡単に脱出することができた。
王都から少し離れた山中に降ろしてもらい、そこからは歩いて目的地へと進む。
また山の中を歩かないといけないと思うと力が抜けるが、ワガママは言えない。
「トワコ、本当に抱えなくて大丈夫? 荷物少ないから抱えられるよ?」
「元気なうちは頑張りたくて…。あ、でも急いだほうがいいですよね?」
「こんだけ離れてるし当分の間はあいつらがなんとかしてくれるから大丈夫だよ。トワコが歩きたいなら尊重する。でも疲れたらすぐに言ってね」
「ありがとうございます、シャルルさん。頑張りますね」
セティさんがくれた収納玉のおかげでほぼ手ぶら。
だからシャルルさんに抱えてもらったほうが早く到着できるんだろうけど、時間があるなら少しでも体力をつけておきたい。ずっと抱っこしてもらうわけにはいかないからね。
シャルルさんの手を借りながら険しい山中を進み続け、日が暮れる前に野宿できそうな小川に到着した。
すぐに収納玉から二人専用のテントと食材を取り出し、準備を終える。
その手際のよさに感心しつつ何か手伝おうとしてもシャルルさんに拒否されてボーっと彼を眺めていた。
「簡単なものだけどご飯できたよ。携帯食料だと味は落ちるけど栄養満点だからしっかり食べてね」
「ありがとうございます。シャルルさんもしっかり食べてくださいね」
「僕は疲れてないから大丈夫だよ。でもありがとう」
日が暮れるにつれ、ひんやりとした空気が足元に漂う。
着ていたマントで足元を隠すとすぐにブランケットを出して膝にかけてくれる。
上げ膳据え膳すぎてダメ人間になりそう…。
「そうだ、聞きたかったことがあったんですけどいいですか」
「うん、もちろん。僕に答えれることだったら何でも話すよ」
この世界の人間じゃないと伝えてから隠す必要はなくなった。
解らないことを聞こうとするとすぐに隣に座ってキラキラした目で見つめてくる。
「えっと、魔獣がいるって言ってましたよね。それってどんな動物?なんですか?」
「ああ、魔獣か。魔獣は僕らの元になった動物のことだね。えーっと、確か原始動物って呼ばれたりもするけど攻撃性が高くて身体が大きいから魔獣って呼んでるんだよ」
「ただの野生動物ってことか…」
「あいつらは本能で生きてるから気を付けてね」
「シャルルさんから離れないよう気を付けます」
「うん。あ、僕もトワコのこと知りたいんだけど色々教えてくれる?」
「私のことですか?」
「違う世界から来たとは聞いたけど、どんな世界だったか聞いてなかったし、トワコのこともっと知りたい。だから教えてほしいんだ」
「もちろんです。長くなるかもしれませんが聞いてください」
焚火に当たりながら日本での生活のことを話した。
聞き慣れない単語が出てきて説明するのに苦労したけど、キャリーケースに入ってる服やその他道具、あと携帯を見せながら説明すると興味深そうに見ていた。
「すごいなぁ。トワコがいた世界はかなり発展してたんだね」
「そうだけど、この世界も凄いですよ。収納玉なんて見たことない」
「まぁ僕らは古代文明を流用してるだけだからね。そういうものを作る奴もいるけど戦争やら小競り合いやらで忙しいし、立派なものを作っても戦争でなくなっちゃうからね」
「……なんでそんなに戦争するんですか?」
「色んな理由はあるよ。オスばっかだから戦争して人口を調整したり、土地が広ければたくさん食料を確保できる。色んな種族が集まって国が強くなる。贅沢ができる。まぁ一番の目的は戦争に勝てばメスをもらえるでしょ」
「……」
「あ、ごめん。こういう話苦手だったよね。ごめんね」
「ううん、大丈夫です。ここではそれが普通なんですもんね」
地球でも戦争は起きていたけど身近な話になるとモヤモヤする…。
「私ばっか話しちゃいましたね。シャルルさんのことについて教えてください」
「…あー…」
「シャルルさん?」
「そうだね。トワコが色々教えてくれたんだし俺のことも…。あのさ、最初に約束してほしいんだけどいいかな」
「約束ですか?」
「俺のこと嫌いにならないでほしい」
「え…も、もちろん」
重たい空気と真剣な顔。それに少しの罪悪感のような表情も浮かべていた。
「トワコはクロヒョウ族が何か知らないよね」
「そうですね。黒い豹ぐらいしか解らないです」
「クロヒョウ族はヒョウ族から生まれる変異種なんだ。だから昔からクロヒョウが生まれるとヒョウ族のために汚い仕事をさせられて……」
シャルルさん曰く。クロヒョウは異端児で忌み嫌われる存在らしい。
欠陥品とも言われ、生かしてもらう代わりに豹族の影となって汚い仕事をさせられる。
私と出会ったときも暗殺の依頼中だったらしい。
申し訳なさそうに言葉を選びながら自分のことを話すシャルルさん。
彼が只者じゃないとは知ってた。セトさんやレグとの喧嘩中にも物騒な言葉が飛び交っていたのも聞いてる。
だから彼の話を聞いても「そうなんだ」としか思わなかった。
「ごめんねトワコ。隠してた…つもりは……いや、ごめん。嫌われたくなくて隠してた…」
「大丈夫ですよ。私は気にしてません」
「で、でもトワコは血生臭いことが嫌いだろ」
「嫌いですけどそれは私と出会う前の話じゃないですか。今は優しくて頼りになる人です」
「……嫌じゃない…? クロヒョウ族は見た目も悪いし、裏切られるかもしれないって心配にならない? メスに嫌われてる種族だしトワコも本当は嫌でしょうがなくとか…」
「ならシャルルさんは私が始祖だから好きになったんですか?」
「っ違う! 確かに可愛くて一目惚れしたけど、トワコは他のメスみたいに蔑んだ目で俺を見なかった! 助けてって純粋に俺を求めてくれた! それが嬉しくて…クロヒョウとしてじゃなく俺自身を見てくれるところが好きなんだ!」
「だから私もシャルルさんのことが好きです。その優しさがちゃんと伝わってくるから嫌じゃないですよ」
「…ッあー…もうほんと好き! 大好き! 可愛いし優しい最高の番!」
暗くてよく見えないけど薄緑色の目が少しだけ潤んでいる気がした。
綺麗でもっとよく見たかったけどそれを隠すように抱き着いてきたので抱きしめ返して背中を撫でてあげると力が少し強まる。
過去はどうあれ私が見てきたシャルルさんは誠実だ。信頼している。
「あいつらと番になったのはすっげぇ嫌だけどまたこうして二人っきりになれて嬉しい。ほんと好き。愛してる」
「あ、ありがとうございます」
「トワコは? もう一回言ってくれない?」
「え?」
「俺のこと好きだって言って」
「…う、あ…」
「真っ赤になって可愛いなぁ!」
「えっと…その、わ、わ、私もシャルルさんのことが好き、です、よ…」
恥ずかしい気持ちを頑張って抑えて、好きと告げる。
こんな世界に来てしまったけどシャルルさんのことは異性として好きだ。こんなにも愛情深い人なかなかいない。
前から惹かれていたけど、こうして口にするとストンと胸に落ちて晴れやかな気持ちになった。あれだけ番に抵抗あったのに心の底ではすっかり恋してたんだ。
素直に自分の好意を伝えるとすぐに口を塞がれた。
「―――んんっ!」
「はぁ…もうほんと無理…。俺なんかにこんな可愛い番ができるなんて夢みたいだ…」
「あ、ちょっと…! 待って…」
「可愛い。俺だけのものにしたい…」
「シャルルさんっ」
「ごめん、足りない。もっとしたい」
そう言って何度も何度もキスをしてくるシャルルさん。
胸を押して拒否すると手首を掴まれ押し倒される。
抵抗できないまま首を軽く噛まれ、悲鳴をあげた途端にまた口を塞がれて、今度は今まで以上に深いキスで呼吸すら奪う。
好きな人とキスするのは嬉しいはずなのに強引なシャルルさんに少しの恐怖を覚える。
「あいつらいないし交尾しようよ。ね?」
「だ、だめ…。やだ…」
「俺のことやっぱり嫌い?」
「ち、違う…違います…」
「泣いてるトワコは見たくないはずなのに、なんでだろう。すっごく綺麗だしもっと泣かせたくなる」
「ひっ! ダメだってば!」
「あはは。抵抗する力も弱くて可愛いなぁ。弱すぎて心配になるのに可愛くてたまらない…」
目が、瞳孔が細くなって興奮しているのが解る。
このままだと犯される! それだけはまずい! まだそこまで心の準備はできてない!
そう思ってもう一度抵抗してみるけどそれ以上の強い力で押さえつけられ、グルルと黒豹のときのように喉が鳴って牙を見せる。
「トワコ」
「……っここじゃあ死んじゃう!」
「…え?」
咄嗟に出た言葉に少しだけ力が弱まった。
慌てて起き上がり距離をとると困惑した顔で私を見ていたシャルルさんを睨みつける。
「し、始祖はシャルルさんたちに比べて弱い生き物だから…! こんなところでこ、交尾したら病気になっちゃうの!」
「……そっか…。それで絶滅したもんな…。ごめんねトワコ。始祖のこと全然解らないから…」
「だからごめんなさい。き、綺麗で清潔なところじゃないと無理…」
「確かに他のメスもそうだったね…。本当にごめん。トワコが好きって言ってくれて暴走しちゃった」
「うん…」
ようやくいつものシャルルさんに戻ってくれた…。
掴まれていた手首を擦ると慌てて近づいてきたので警戒するけど、赤くなった手首を擦って何度も「ごめんね」と謝る。幻覚の耳が見えるぐらい落ち込んでる。
さっきまで怖かったのに今は可愛いと思ってしまうのは惚れた弱みなんだろうか…。
「残念だけど交尾は砦についてからだね」
「……レグにシャルルさんと交尾するなって言われたから当分の間は無理だよ…」
「あいつの言うことなんて無視したらいいよ」
「ダメ。殺されちゃう」
「うっぜぇ…。はぁ、しょうがねぇ。当分の間は諦めるけどトワコの初めては俺のだからね。忘れちゃダメだよ」
「………わかった」
「約束だかね。他の奴と先に交尾したらそいつ殺すから」
「だ、ダメだってば! ほら、もういいから寝ましょう。明日もたくさん歩かないと!」
「そうだね。でもちょっと気が高ぶってるから落ち着かせてくるよ」
「え? うん…。わかった」
「ここから動いちゃダメだよ。危ないからね」
「はい。じゃあ…えっと、先に寝ますね」
一人になるのは不安だけどさっきのこともあったし、一緒に寝れない。
先にテントに入って横になるとシャルルさんの影が映り、「おやすみ」と声をかけられすぐに姿を消した。
はぁ…。怖かった…。
彼氏なんていたことないからどうしたらいいか解らない…。
友達から聞いたり、ネットや漫画で多少のそういう知識があっても経験したことがないから解らない。
あまり我慢させると浮気されるって友達も言ってたし…。
「もういいや。明日も早いし寝よう…」
また落ち着いた場所についてから考えよう。
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