33.聖書④
「―――到着しました」
「ありがとうございます、セトさん」
一足先に屋敷に戻った私とセトさんは急いでセティさんを呼んだ。
戻って来る間に色々考えた結果、みんなに私のことを話すことにした。
慌ててる私を見たセティさんは何かを察してくれたのか彼女の番を下がらせ、音が漏れない部屋へと案内して残りの二人を待つ。
どこから説明したらいいんだろう…。
そう悩んでいる間に二人も戻って来たのでゆっくり深呼吸をして心を落ち着かせ、口を開いた。
「ルルヴァが言っていた通り、私はただの人間です」
この世界とは違う世界から来たこと。気づいたら森にいてシャルルさんと出会ったこと。人間だとバレたらまずいと思って記憶喪失だと嘘をついていたこと。
悪気はなかった。この世界が解らないから黙っていたことを話し、最後に「ごめんなさい」と謝罪をして頭を下げる。
「トワコが謝る必要ないよ。僕だってそんなことになったら隠すと思う」
「間違いない判断かと思います」
「気にするな」
三人は既に聞かされたこともあってすぐに納得してくれた。
でもセティさんは目を大きく見開いて私をジッと見つめている…。
彼女にはたくさんよくしてもらった。なのに嘘をついていた…。それが申し訳なくて名前を呼ぶと目を吊り上げて立ち上がった。
「だから私と友達を辞めようなんて考えてないでしょうね!」
「……え…?」
「私はトワコだから友達になったんだからね! 始祖様であろうと関係ないわ。そんな目で見ないで頂戴!」
彼女らしい発言に許された気がした。
受け入れてくれた。信じてくれた。
それが嬉しくて「ありがとうございます」と頭を下げる。
「もっと私を信じてほしいわ」
「うん…うん、本当にありがとうございますセティさん」
「でも困ったわね。始祖様だと解ればあの始祖返りは絶対にトワコを逃さないわよ」
そう、ここからが本題だ。
よりにもよって始祖返りであるルルヴァに人間だとバレてしまった。
もうここにはいられない。あの目は私を絶対に逃さないギラついた目だった。諦める様子もない。
それが解っているのか、三人もコクリと頷いた。
「それだけじゃないわ。ディティ本山にいる神官達にもいずれ話がいくと思う…」
「ディティ本山?」
「あぁ、始祖教の本山だよ。熱心な奴らだからトワコの存在がバレたら大変なことになる」
「そんな…。元の世界に戻りたいだけなのに…」
元の世界に戻りたいから聖書を調べたのにそれだけでバレるとは思わなかった。
彼らは言う。本能が人間に戻りたがっていると。
それはどうやって?と問われると答えられないが誰しもがそう思っている。そうなっている。
聖書の最初のページにも書かれていることだ。
その強い想いを持った信仰者だけがいるディティ本山。そんな人達に私の存在がバレたら……考えるだけでも恐ろしい。
「ダメだよトワコ」
「え?」
「トワコのお願いは何でも聞いてあげたいし、従いたいけどそれだけは絶対にダメ」
「それって…?」
「元の世界に…戻りたいというお願いです…」
「……あ…」
全員が私を見る。いや、瞳孔を開いて睨みつけている。
これは言ったらいけない。
彼らとは番になったし元の世界に戻るとしたら離れ離れになってしまう。
そんなの彼らには耐えられない。
「ご…ごめんなさい…。その…寂しくて言ったことで…」
「寂しいなら僕がその分愛してあげる。なんだって与える。だから元の世界に戻りたいなんて言わないで」
椅子から立ち上がり、私の目の前で跪くシャルルさん。
手の甲を自身の額につけて懇願され、胸が痛んだ。
解っている。私のことが好きだからそう言ってくれているのは解っている。
でも私の気持ちはどうなの?
彼らのことは嫌いじゃないし一緒にいて居心地いい。惜しみないほどの愛情だって与えてくれるけど、元の世界に戻りたいと思うぐらいいいじゃないか。
いや、だったら保身に走らず番になるべきじゃなかった。
矛盾する気持ちと思考に開きかけた口をグッと噛みしめ、言葉を胸の奥へと押し込む。
「ごめんなさい、シャルルさん。もう言わないです」
「…」
「それよりこれからのことを話さないとですよね!」
元の世界に戻る手がかりはない。だから今の問題を先に片付けないと!
上目遣いで見つめるシャルルさんの頭を撫でると気持ちよさそうに目を細め、隣に座って甘える。
「この国を出るのは当たり前だが、問題はどこに行くかだ。あいつも馬鹿じゃないから下手にトワコの素性は明かさず捕まえようとしてくるだろう」
「また前みたいに旅でもしましょうか?」
「いやそれだとお前がゆっくりできないだろう。子も安全に産めない」
「い、いや子供は…」
「セト、この大陸の地図はあるか」
「あります。少しお待ち下さい」
「英雄様に何かいい案でもあんの? トワコ、こっちも撫でて」
「おい、いい加減離れろ」
「傷口が痛むからトワコに癒してもらってんだよ」
「そうだ、ケガ! 大丈夫ですかシャルルさん!」
「トワコのその顔いいなぁ…。僕だけを気にしてくれるのすっごく嬉しい」
「く、薬…!」
「貧弱な奴がトワコの番になるな。これでも飲んでろ」
そう言ってレグは薬を取り出し無理やりシャルルさんの口に押し込んだ。
暴れるシャルルさんだったけど力でレグには勝てず、ゴクリと音を立てると見えていた傷が全て綺麗に消え去った。
「テメェいい加減にしろよ!」
「これで甘える必要はなくなったな。さっさと離れろ」
「あ、あの二人とも…!」
「いいのよトワコ。オスはこうやって上下関係決めるんだから」
「でもセティさん…」
「お待たせしました」
地図を持ったセトさんが戻って来て小競り合いをしている二人を見て何かを察したらしく、無視して机に地図を広げた。
前にシャルルさんに世界地図を見せてもらったけど、今回のはこの国がある大陸だけの地図。
「トワコー、あいつマジで野蛮だよ。近づかないほうがいい」
「トワコ、こんな貧弱な奴は捨てたほうがいいぞ。今回も役に立たなかった」
「俺は暗殺専門なんだよ!」
「お、落ち着いてください。レグ、セトさんが地図を持ってきてくれましたよ」
「トワコ嬢、お茶のおかわりは?」
「あ、ありがとうございます…」
頼りになる三人だけど大丈夫かな…。
シャルルさんは器用だし優しいし一番長くいるからつい頼ってしまうけど、二人に対してよくケンカを売る。
レグは英雄らしく圧倒的強者で頼りになる。頼りになるんだけどこうやって力でねじ伏せようとするのがちょっと…どうしたらいいか解らない。下手したら力加減できなくてとか考えてしまう。
セトさんはいつだって冷静だけど二人に興味がないから仲裁に入ることはない。喧嘩をすることもないけどこんな険悪ムードの中でお茶のおかわりを淹れてくれるのもちょっと…なんていうか…。私にしか興味ないんだなぁって思う。
ほ、本当にこの三人大丈夫? 私が毎回止めないといけない?
小競り合いぐらいなら止める必要ないって思ってたけど、こんな頻繁にケンカされると困るんだけど…。
そんなことを考えていると口喧嘩を止めたレグが広げた地図を指差す。
「俺らがいる国は南のここだ」
「因みに国名はトルティア王国だよ」
この大陸には大小合わせて九つの国がある。
その東南にこの国があり、北にベストリアという大国と西にラデス、カカテントという中小国家がある。
「今までの出征でラデス、カカテントと戦争をしてこの国に取り込んだ」
「……えッ!?」
「取り込んだって言っても今までと変わらない。同盟は結ばせたがな」
「えっと…」
「相手から戦争を仕掛けてきたので気にする必要ありません。まぁその原因はうちなのですが…」
「そうそう。むしろ植民地にされないだけ感謝してほしいよな」
「レグルス様らしいご決断でしたわ」
「無駄に領地を増やすのも得策じゃないぐらい誰でも解るだろ。北の大国にこれ以上目をつけられるのはごめんだ。父はかなり不機嫌になったがな」
そ、そういうものなの…?
いきなり出た戦争という単語に驚いたけど皆は平然とした顔で話を続ける。
「で、今回の出征でラデス、カカテントの保護だとかなんとか言って戦争を仕掛けてきたベストリアの侵攻を防いだ」
「えぇ!? な、なんで北の国が…?」
「北の大国は常に雪に閉ざされた過酷な環境だ。だから肥沃な土地を求め昔から小競り合いがあったが今回でそれも解決した」
「まどろっこしいなぁ。時間ないんだし早く言えよ」
「シャルルさん…」
「トワコに解りやすいよう説明してるんだ。お前の意見は聞いてない」
「れ、レグも落ち着いて」
「はぁ…。その際、国境となる樹海の土地を王からもらった」
そう言って北の大国と私たちがいる国の境目を指差す。
地図では森の絵が描かれているけど樹海と言うほどのものじゃない。
「樹海、なんですか?」
「地図では解りづらいがこの大陸で一番深く、広い森だ。凶暴な魔獣が多く住んでいる危険な土地でいつからか不可侵領土と言われてどこの国にも属していない。北の大国でもそういう認識だ」
「そのせいで野良の溜まり場にもなっています」
「ふっざけんなよクソライオン! そんなところにトワコを連れて行くってのか!?」
「始祖がそこにいるとは誰も思わないだろう。それにもう俺の土地だから誰も寄り付かん」
「レグルス様の言い分も解りますがあまりにも危険ではありませんか?」
「深い場所はそうだが、出征の際に使った砦がある。奇襲を仕掛けるために建てた。周辺は制圧したしまだ俺の匂いが残っているから誰も寄り付かん」
「ですが…」
「問題だろ。お前の仲間がその場所を知ってる」
「俺に逆らう奴はいない」
キッパリと言い放つレグに誰も言い返すことはできなかった。
誰も寄り付かない不可侵領土。そこに砦があるなら雨風は防げるし、レグの匂いが残っているなら安全かも…?
魔獣とか野良は怖いけど皆がいるなら大丈夫、だよね。うん、ここにいるより安全だ。
「近くには小さな村もある。魔獣も食い尽くせないほどいるから食料も問題ない」
「村があるならバレるじゃねぇか。しかもベストリアに近いだろ。あいつらもそこに来るかもしれねぇ」
「そうならない為にも俺がここに残るつもりだ」
「え…?」
シャルルさんの言葉に「解っている」とでも言うように目を瞑り返答する。
この国の英雄である彼が簡単に軍を抜けれるとは思わなかったけど、だからと言って私から離れるなんて思ってもみなかった。
「辞めるつもりではあったがその前にやらなければいけないことはたくさんある。今回ルルヴァのせいでトワコと別れることになっただけだ」
「で、でも…レグも危険じゃないですか…?」
「そうでもない。関係のない奴は巻き込みたくないから整理するだけだ。トワコ、お前の番を信じろ」
「レグ…」
「それにあいつらを監視しておかないとな。俺がいるだけで牽制になるし、お前の逃げる時間を稼げる」
「本当に大丈夫ですか?」
「問題ない。ついでに今回の戦争で叩きのめしてやったからこれを機に条約を結んで名実ともに樹海をこの国…いや俺のものしてやる」
「トワコの安全が保障されるならいいや。英雄様にしかできねぇことだしな。魔獣とか野良なら俺でも対応できる。ああ、あとこいつもいるから大丈夫」
「……いや、私も残ろう」
「えっ!?」
「どうしたの愚弟。トワコが始祖だから気負ってる?」
「そうではありません。一応念のためにトワコ嬢の情報を各方面に流して偽情報を拡散しておこうかと思います」
私を隠すため二人が二人にしかできないことを提案する。
どんな手を使ってくるか解らないから用心するに越したことなどない。
でもせっかく番になったって言うのにこんな早々に離れるとは思ってなくて、少しだけ寂しく感じる。
「トワコ嬢。それで少し提案なのですが」
「あ、はい」
「体液を頂けませんか?」
「………は!?」
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