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03.出会い③

「ん…」


ゆっくりと目を開けると見知らぬ天井。

気怠い身体を起こして周囲を見回すと、やはり見覚えのない部屋にいた。


「どこ…ここ…」


寝起きで頭がうまく働かないし、寝すぎたせいか頭が少し痛む。

何か飲みたくなってキャリーケースを探すとベッド脇に置かれていたので動こうとした瞬間足が痛み、そのおかげで昨日の出来事を鮮明に思い出した。


「えっと、最後は確か…。黒豹を見て気絶、したんだっけ…」


人間が動物に…黒豹に変身した。

そんなことありえないはずなのに、この目で見た。夢じゃない、と思う。

ああそうか。やっぱりここは私が住んでいた場所じゃない。

じゃあどんな世界? 何でこんな世界に私が? いやそれよりこれからどうしたら?

様々な不安が溢れ、息が苦しくなる。

怖いし帰りたい。両親にも友達にも会いたい。でもどうやって?


「喉乾いた…」


ともかく今は情報を集めないと。それにはまず冷静になること!

痛む足を我慢して動かしキャリーケースから飲み物を取り出そうとして気が付く。


「今ここで飲むのは止めておこうかな…。これから何があるか解らないもんね」


多分だけどここはあの黒豹の家だと思う。

彼は約束通り私を森から救い出してくれた…と信じたい。

ベッド近くの窓から外を眺めるとたくさんの人が歩いており、少し遠くにある小高い丘には大きな屋敷が建っていた。

窓の外は少し寂れた様子なのが少し気になるけど…彼を信じて大丈夫だよね…? 私を売り飛ばすとかしないよね…。

悪い方向に考えてしまうけど喉の渇きには勝てない。


「あれ、なんだろうこの紙」


扉に近づくと何かが書かれた紙が貼られていたけど、なんて書かれているか解らなかった。

日本語じゃないし英語でもない。むしろ地球では見たことのない文字の羅列。


「まぁいいや」


解読なんてできるわけもないので読むのは諦めて扉を開けると、ボロボロの長い廊下。

いくつかの扉もあったけどどれも汚れていたり、壊れてたりしていた。


「声が聞こえる…。あっちかな」


廊下の先には階段。

気配を消すようにゆっくりと階段に近づくと段々と声が大きくなり、何を話しているのか聞こえてきた。


「これっぽっちの金じゃあ足りねぇなぁ」

「十分すぎんだろ。大体こんなボロ屋に泊まるの俺だけしかいねぇのにいいのか? 俺が使わなかったらとっくに潰れてるぞ」

「おー、そうなったら困るのもお前だな。誰がお前みたいな奴を泊めてやるんだ。俺とこのボロ宿のおかげだろ」

「クソじじぃ…! …はぁ、わかった。金は払うから果実水を買ってきてくれ」

「最初からそう言えばいいんだよクソガキ」

「おい、ついでにパンと肉もだ」

「それぐらいはサービスしてやるよ。これからもご贔屓にしてもらいたいからな」


聞き覚えのある若い声はきっとあの黒豹だ。もう一人は話の内容からしてこの宿の店主さんかな?

というかここ宿屋なんだ。

声をかけていいか悩んだ挙句、階段から姿を出すとすぐに彼と目が合った。

不機嫌な顔をしていたせいで怖くなって後退ると、一瞬で笑顔に切り替える。


「トワコ、起きても部屋にいるよう張り紙をしていたけど気が付かなかった?」

「え? ああ…。ごめんなさい、読めなくて…」

「読めない?」


軽快に階段をあがり、その勢いのまま近づいて来たので反射的に数歩後ろに下がって彼と距離を取る。

すると手が届くか届かないかの距離で止まってくれた。


「…もしかして今まで監禁されてたの?」

「いや…そう言うわけじゃなくて…」

「それとも記憶喪失とか?」

「……そうだと思います…。何も解らなくて…」

「そうだよね。あんな森にいたんだ、きっと辛い思いをしたんだろ…。でも大丈夫だよ。僕が色々教えてあげるし守ってあげる」

「あ、ありがとうございます」

「紙には部屋から出ないでって書いてたんだ。ここは治安が悪いからね」

「えッ!?」

「だから少しの間窮屈かもしれないけど部屋にいてくれる?」

「は、はい」

「じゃあ部屋に戻ろうか。お腹空いてるよね? 昨日の残りだけどご飯食べる?」

「えっと…それより飲み物が欲しくて…」

「ん、わかった。持って来るからここにいてね」


グイグイと強制的に部屋に戻され、ベッドの上に座らされる。

抵抗する気もなくそのままベッドに座り、彼の言う通り大人しくすることにした。


「はい。あとで果実水も持って来てあげる」

「ありがとうございます…。えっとシャルルさん、でしたよね…?」

「うん、覚えててくれて嬉しいな! 他に欲しいものがあったら何でも言って」

「…それじゃあ聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

「もちろん、何でも聞いてよ。トワコがどれぐらい覚えているかも気になるし」


記憶喪失設定にしてよかった。

この世界の人間じゃないなんて言っても信じてくれないだろうし、怪しまれて殺されるかもしれないもんね。

コップに注がれた水を飲み干すとすぐに取り上げられ、再び水が注がれる。

もう十分だと断るとベッド脇の棚に置き、近くの椅子に座って笑顔を浮かべる。

昨日は夜だったからはっきり見えなかったけど、やっぱりシャルルさんの顔ってかなり整ってるよね。

真っ黒な髪の毛に薄緑の目。少し吊り目なせいもあって怖い印象を受けるけど、笑顔は少し可愛い。

芸能人並みにイケメンだなぁ。と少し見惚れていたが、八重歯じゃない歯…牙が見えてまた緊張が走る。


「トワコ?」

「えっと…何から聞いたらいいか解らなくて…」

「それもそうだね。ちょっと待ってて」


そう言うと部屋の隅に置いてあった鞄からボロボロになった紙を取り出した。


「これが世界地図だよ」

「これが…」


見慣れた世界地図じゃなかった。

東、西、南に大きな大陸があって、その周辺に小さな島国があった。

そして東の大陸を指差す。


「僕達がいるのはこの大陸にある国の街。昨日言ったマルケルね。それなりに栄えてるから解るかなって思ったけど」

「すみません、解らないです…。何で栄えてるんですか?」

「トワコがいた森の近くにある街だから冒険者ギルドが大きくて色んな人が集まるんだ」

「森の近くにあったら冒険者ギルドが大きくなるんですか?」

「あの森には魔獣が多いからね。冒険者はあの森で魔獣を狩って素材を売って生計を立てるし、食料にもなるから人口が多いんだよ」

「なるほど」


まぁ理に叶ってる。

人気の観光地があれば近くに街ができることは普通だし、それで人が増えるも当たり前。


「栄える分、肉食系が増えるから治安悪くなるんだよね。だからトワコは絶対に一人で出歩いたりしたらダメだよ。メスは貴重だからね」

「メスが貴重って?」

「…本当に綺麗さっぱりに忘れてるんだね」

「ご、ごめんなさい」

「トワコが悪いわけじゃないから謝らないで。僕も余計なこと言ってごめんね」

「いえ!」

「この世界は常にメスが少ないんだよ」

「ど、どれぐらい…?」

「この街にいるメスは五十人ぐらいだった気がする」

「ごじゅっ…!?」


栄えてる街なのに女の子が五十人!?

窓から街を見たときかなり大きな街だなって思ってたのに、それだけしかいないの?


「因みに男性…オスは?」

「さぁ? 僕みたいな流れ者も多いし。定住している者なら五千人ぐらいじゃないかな」

「……そ、それは確かに貴重ですね」

「そう。だから絶対に一人で出歩かないで」

「出歩いたらどうなるの…?」

「君のつがいになる為に群がるだろうね。で、いつものごとく決闘やら暗殺やらの小競り合いがおきて、勝者が君のつがいになる」

「けっ……あんさつ…?」

「貴重だからつがいになるためなら何でもするよ。ここにいるメスもそれでつがいを選んでる。トワコも強いオスのほうがいいでしょ?」

「いや…別に…」


そりゃあ強いに越したことがないけど、野蛮なのは嫌だし…。

何より決闘とか暗殺とか…。え、殺伐とした世界なの?


「まぁそれぐらいなら別に平和でいいんだけど、野良に捕まったりしたら悲惨だよ」

「野良?」

「ケダモノに成り下がった奴らのこと。貴重なメスを捕らえて無理やりつがいになって子供を産ませるだけのものにしたり、売り飛ばしたりしてる奴らさ。他にも様々な犯罪をしてるから…。とにかく一人になったらダメ。これだけは約束して」

「う、うん。わかった」


怖い怖い。無理なんですけど…!

そんな人達に捕まったら確実に悲惨な人生になっちゃう。最初に出会ったのがシャルルさんでよかった!


「まぁ一番の理由は僕だけがトワコのつがいになりたいんだ」


少し色を含んだ怪しい目付きに身体が強張る。近づいて来ないけど今にも私に触れたそうな雰囲気…。

いくらイケメンであってもあんな説明されたあとじゃ恐怖しかない。

この雰囲気に耐えられず、別の質問をすることにした。


「あ、あとつがいってなんですか?」

つがいはオスとメスが一緒になること。交尾の権利を得られる立場だね」

「こッ…!?」

「メスの承諾がないと絶対になれないし子供も産めないから、他の奴らに求愛されても受け入れたらダメだよ」


衝撃的な単語に唖然し、黙っていると目の前で手を振られた。


「シャルルさんは…私とつがいになりたいんですか…?」

「うん。前までメスにも交尾にも興味なかったし、そもそもメスに嫌悪してたけどトワコと出会ってからその価値観がひっくり返ったよ。可愛いのにふとした瞬間綺麗に見えていつまでも眺めていたいし、声も耳障りいい。匂いも落ち着く。あんな目にあってでもメスと一緒にいたがるオスの気持ちが解ったよ」

「いやいや…私は可愛くも綺麗もないし…。シャルルさんぐらい格好いいなら綺麗なメスとつがいになれますよ」

「ハッ! あんな奴ら死んでもゴメンだな。俺はトワコのつがいになりたいんだ。トワコじゃないと意味がない」

「わ、わかった! わかりましたから近づかないで…!」

「あー…ごめんごめん。でも忘れないでね」


羞恥と恐怖が入り混じった感情が生まれる。

離れて。と言うとすぐに離れて再び椅子に腰を下ろして広げていた地図をしまった。


「…。つがいってどうやってなるんですか?」

「興味ないから知らないけど、メスが相手を受け入れるとなれるらしいよ」

「そんなフワフワしたものでいいんですか?」

「うん。そしたら二人の薬指に始祖からリングから贈られるんだ」

「リング? 始祖?」

「マリッジリングって言うんだけど、つがいになった証としてオスとメスに一粒の宝石が入ったリングが贈られる」

「誰が贈ってくれるの?」

「始祖。この目で見たことはないけど、勝手に指につけられてるらしいよ」

「じゃあ始祖って?」

「始祖は始祖だよ。僕たちのご先祖様って言ったら解るかな。始祖たちが絶滅しそうなとき…えーっと、どうだったったかな。始祖が動物と交配して強くて生命力が強い僕たち獣人が生まれたんだ」

「……だからシャルルさんは黒豹になれるんですね…?」

「そうそう。獣化と人化ができて、普段は人化で過ごしてるんだけど仕事とか戦争になると獣化のほうが強いからそっちになったり、色々だね」

「なるほど…」

「ところでトワコは何族? それも覚えてない?」

「わ、私は…た、多分……えーっと、猿族かな」

「こんなに可愛いのに? サル族はもっと違う顔付きだったと思うけど…。あ、獣化は?」

「…で、できない…です…」


これはさすがにバレたかな…。

どうしよう、素直に打ち明けたほうがいいかな。

私とつがいになりたいって言うぐらいだから悪いようにはしないと思うけど…。


「もしかしてトワコは始祖返り?」

「始祖返り?」

「そう。始祖返りは人化の状態で産まれて、獣化になるにはかなり時間がかかるんだ。でもその分、誰よりも強いんだ」

「そうなんですか…」

「何族かは記憶が戻ってからか獣化ができるようになってからだね。楽しみが増えたよ。同じ肉食系だったら嬉しいなー」

「あはは…」


改めてここは私の世界ではないことがハッキリした。

ぎこちない笑顔を見せると彼も笑顔を見せる。

すると部屋の外から知らない男性の声がシャルルさんの名前を呼んだ。


「あ、頼んでた果実水だ。持って来るからここで待ってて」

「わかりました」

「それと窓も開けないでね。君の存在は絶対に知られたくない」

「は、はい」


若干瞳孔が細くなり、殺意を持って窓を睨みつけるので素直に従う。

彼が部屋から出て行ってようやく身体の力が抜け、ベッドに横たわる。


「頭がこんがらがってるよ…」


与えられた情報を整理しようと目を瞑るとそのまま意識を手放してしまった。

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