27.王都⑭
「握手は問題なくできるようになりましたね」
「痛くなかったか?」
「まったく!」
噂を流し始め、レグルス様とお城で過ごすようになって三日が過ぎた。
シャルルさんたちがどう噂を流したのか解らないけど、私が思っている以上に早いスピードで王都を巡った。
アリーシャさんは少し嫌煙され、仲がいいと言っていた草食種族のメスとも距離ができたと言う。でもそれだとアリーシャさんに狙われるのでセティさんが介入して、タカ一族の仲間にする。
アリーシャさんの勢力が少しずつ弱くなっていった。と毎日のようにセティさんは喜んでいる。
そして周囲のレグルス様を見る目が変わった。
今では「メスに恥をかかせないため、汚名を被った清廉潔白の英雄王」ということとなった。
うまくいけばいいなぁと思っていたけど、私の味方が優秀すぎて…。しかもまだ三日だよ!?
これで少しは仕返しができたかな。レグルス様は評判なんて気にしてないけど少しでもお礼になってたらいいな。
「最初は不安そうでしたのにすぐに慣れましたね」
「身体で覚えることは得意なんだ」
その間、私は王城でレグルス様とお喋りしたり、力加減の特訓をしたりと割と平和に過ごしていた。
最初は無表情が多かったレグルス様も今では警戒心を解いてくれ、穏やかな表情を向けてくれる。
「トワコ、もう少し練習をしてもいいか?」
「構いませんよ」
「顔を触っていいか?」
「か、顔ですか? いいですけど…」
今までずっと握手だったのに、何故いきなり顔?
戸惑いつつ了承すると、手袋を外してそっと頬に触れてきた。
いや、恥ずかしいんですけど…。イケメン顔でそんなことしないでほしい。見つめないでほしい。
「叩かれた頬と首はまだ痛むか?」
「あ……。いえ、もう痛みは引いてます。セティさんが当分の間このままでと言うので…」
「それがいい。被害者らしく大げさに振る舞っていろ」
なるほど、叩かれた頬を心配してくれたのか。
なのに私ったら…! あー、ときめく胸よ静まれ!
「手の平より柔らかいな」
「鍛えようがありませんから」
「いや、そう言う意味じゃない。お前が美しいのは誰もが解っているがそれだけじゃない」
「そんなことは…」
「顔付きがこの世界にいる人とは全く違う。まるで……争いも殺しも何もない綺麗な世界で育ったような……」
さすが隊長様、鋭い。
私がいた日本じゃ戦争なんてないし、犯罪に巻き込まれたこともない。
両親も友達も優しくて、毎日楽しい日々を送っていた。だからこの世界の人達と顔付きが違うのは正解だ。
「だから誰もがお前に魅かれる。その顔で微笑まれると番になれば自分も幸せになれるんじゃないかと思う。その柔らかい声を聞けば気が抜け、癒される」
「えっと…」
「毎日警戒することなく、怯えることなく、争うことなく、ただ平穏に…。お前だけを愛することができると夢を見てしまう」
「…あ、あの…」
レグルス様の親指が唇に触れ、身体が跳ねる。
今までそんな素振りを見せなかったから警戒していなかった。
突然の出来事に固まると、目を細めて手を離してくれた。
「父の使いが何の用だ」
さっきまで柔らかい口調だったのに、突如ピリついた空気と口調で私の後ろを睨みつける。
「王がそちらのメスとお話したいと」
「今は俺と過ごしている」
「申し訳御座いません。王のご命令です」
後ろには一人の男性が立っていた。
レグルス様の睨みに遠くから見ても解るぐらい震えていたが、ハッキリと用件を伝える姿には少し感動する。
王様の命令にここまで忠実なんてすごい。私なら泣いて謝ってここから立ち去ってる。
「……」
「私、自由に出入りしすぎちゃいましたかね」
「お前は俺の招待で出入りしているから違う。…チッ、そろそろ動くだろうと思ったが今日か…」
「レグルス様?」
「遅かれ早かれこうなることは解っていたが…。大丈夫だ、俺が近くにいる」
「…お会いしたほうがいいと?」
「ああ。適当に会話して来い」
「それができたら苦労しませんよ…」
なんたって相手はこの国の王様だ。礼儀も何も知らないのに大丈夫かな。
嫌だけど直々に呼ばれたなら向かわないといけない…。
男性に案内され、レグルス様と一緒に謁見場へと向かう。
緊張で心臓破裂しそう…。いや前向きに考えよう。ここで王様も味方につけ……つけれるかな?
そこまで口が回る性格じゃないし、何より緊張で絶対に喋れない。
「俺は入れないからここで待つ」
「い、行って来ます…」
大きな扉の前に二人の兵士。
レグルス様がいないと心細いけど、うだうだしている暇はない。
開けられた先にはレグルス様と同じぐらいの金髪に大柄の男性。それとその横に老年の男性が立っていた。
勇気を振り絞り、中に一歩踏み入れるとバタンと閉められる。
「は、初めま「よく来てくれた。もっとこっちに来てくれ」
作法が解らないので日本式に頭を下げて挨拶しようとするも、王様に阻まれた。
割と上機嫌な声色に安堵しつつ、言われた通り彼らに近づく。
「遅くなったが我が城で起きた問題について謝罪がしたくてな」
「と、とんでもありません。私とアリーシャさんの問題ですので…」
「いや秩序を正すのは私の役目だ。一応先にアリーシャから事情を聞いたが、そなた…トワコと言うらしいな」
「はい。申し遅れましたが、永遠子と申します」
「うんうん。トワコの事情も聞こうと思って呼ばせてもらった」
その言葉に隣にいた男性も何度も頷き、私を見つめる。
いい人達…なのかな? 噂の色欲魔に見えないんだけど…。それと隣の男性は誰? もしかして始祖返り?
混乱しつつ状況を把握しようと色々なことを考えるも、何も解らない。
あの日のことを質問され、それを返す。何回かそのやり取りをすると、王様は隣の男性に耳打ちをして、男性も大きく頷いた。
「話を聞く限りではトワコの言い分のほうが矛盾がない。我が息子とも仲良くしていると聞いた」
「はい。レグルス様がいなければ私は死んでいました」
「トワコは顔が美しいだけでなく、心まで美しいのですな」
「い、いえ…」
ニコニコと温和なおじさん。
そんな雰囲気だったのに、次に口を開いた瞬間、言いようのない気持ち悪さを覚えた。
「詫びと言っては何だが、私がトワコの番になってやろう」
「……」
お詫びってなに? それがお詫びなの? 私が知ってるお詫びと全然違うんですけど。
「ああ見えてアリーシャは王都一のメスだ。あの日を境に評判は落ちたものの、ライオン族の中では発言力が強い。同じライオン族の私を番にすれば何かあっても守れるだろう?」
「…え、いや…」
「なに安心されよ。始祖返りであり、私の右腕でもあるルルヴァも番になろう」
「サル族ではありますが役に立ちましょう」
気持ち悪い。こんな露骨に下心丸出しで迫ってくるなんて…!
口では正しいことを言っている。確かに王様が番になってくれたらアリーシャさんであろうと誰であろうと私に近づくことはできない。絶対的な権力の庇護下に入れる。
でもこんな見え見えな下心を持った人と番になんてなりたくない!
やっぱりシャルルさん達が言ってた噂話は本当だったんだ!
「トワコには番がいないだろう? それでは危険すぎる」
「そうですとも。最初の番に私達を選べば、強いオスが集まるに違いありません」
「い、いいです…。私は番を作るつもりはありません…!」
「何故? メスは子供が好きだろう? きっと私とトワコの子供なら強く、美しい子供が生まれるに違いない」
「自分との子供なら再び始祖返りが産まれるかもしれませんね。未来も安泰ですよ」
この世界では問題じゃない発言なんだけど私にとっては気持ち悪い言葉だ。
本当に無理。勝手に子供の想像するとか気持ち悪すぎる!
「うむ…。もしや私の番について心配をしているのか? 安心してくれ。私の番は息子達を産んだ際に死んだ」
「え……」
「それからはたくさんのメスとまぐわったが、どうも美しくなくてな…。だがトワコなら外見だけでなく、心まで美しい!」
「…ッれぐるす様!」
私に近づいて来る気配を感じ、扉の向こうにいる人の名前を呼ぶとすぐに扉が開いた。
「この場所は私の許しを得た者しか入れないと知っているだろう、レグルス」
先程とは打って変わり、レグルス様によく似た鋭い顔付きに変わって殺気を飛ばす王様。
だけどレグルス様は意に返すことなく私に近づき、背中で隠す。
「父の番はお断りします。トワコは俺の番です」
「えッ?!」
「何を言う。お前より私が番になったほうが安全に決まっている!」
「昔の栄光にしがみついている老いぼれが何を。始祖返りが後ろにいるから今もそこに座れていることをお忘れですか」
「貴様ッ! 私はこの国の王だ。王都にいるメスは全て私のものだ!」
「下衆め…。今まで俺に殺されなかったことに感謝してもらいたい」
その言葉を最後に二人はライオンの姿へと変え、二匹分の咆哮が謁見場に響く。
一触即発に足がすくむが、ここで殺し合いを始めるのは違う気がする。
もしレグルス様が勝って、王様が死んだらせっかく上がったレグルス様の好感度が下がる。いやそれより謀反を起こしたとかで処刑されるんじゃ…? そんなの絶対いやだ!
「お、お待ちください!」
無謀だとわかっててわざと二人の間に割って入る。
「申し出は嬉しいのですが、レグルス様と番になる約束をしてます。それに陸軍第一部隊隊長様であり、王様自慢の息子が番になって頂ければ十分盾になります…!」
思ってもないことを付け加えつつ、王様の番を断る。
本音は「気持ち悪いから嫌です」なんて言えない…!
「―――だがそいつ一人では心細いだろう?」
ライオンから人に戻った王様。
レグルス様も人間に戻り「おい」と声をかけてきたけど引かなかった。
「十分です。もともと番を持つつもりはありませんでしたが、彼に助けてもらい、不器用ながらも私を助けてくれる姿を好きになったんです…。だから…その…」
「父も知ってるだろう。番を持ったオスは嫉妬深くなると」
まるで、嫉妬に狂った俺に殺されたくなければ引け。と言っているように聞こえた。
「だが「このまま平和に過ごしたければこいつには手を出さないことだ。行くぞ」
最後に殺気を飛ばし強引に外へと連れ出された。
「…っはぁあああ…!」
緊張と恐怖からようやく解放され、扉の目の前で腰が抜けた。
すぐにレグルス様に支えられたけど、握っていた腕に力がこもり思わず「痛い」とこぼすとすぐに離してくれる。
「すまない」
「大丈夫です。それより怖かった…! 二人が殺し合うんじゃないかって想像して…」
「実際あれ以上近づいて来たら殺すつもりだった。それよりトワコ」
「はい?」
顔をあげると口を開き、何かを言おうとしているレグルス様。
だけどすぐに口を閉じ、私を抱えてその場から離れる。
お、お姫様抱っこする人いたんだ…! シャルルさんでさえ普通に抱えるだけなのに!
想像よりも居心地が悪いことがわかったけど文句を言うことなく大人しく連行される。どこに行くかと思えば、レグルス様の私室。
広いけどシンプルな部屋。まぁほとんどお城で過ごさず、仲間と同じ宿舎で生活してるって言ってたもんね。
私を抱えたままベッドに近づき、そっとおろしてくれた。
ここまで何も喋らなかったレグルス様に私も黙って彼の言葉を待っていると、目の前に膝をついて優しく手を握りしめる。
「俺を番にしてくれるんだな」
「…っあ! いや、あれは…嘘というか、あの場から逃げるための言葉と言うか…」
「確かに俺は野蛮だ。あれだけ練習したのに先程も腕を…」
「大丈夫です。私が弱すぎるだけなので気にしないでください」
「だが、ずっとお前と番になりたかった」
そう言うレグルス様の表情はいつもより穏やかで、幸福に満ちていた。
どうしたらいいんだろう…。
あれは嘘だと言っても彼は嬉しそうに私を見つめてくる。
「お願いだ。嘘だと言わずお前の本当の番にしてくれ」
覚悟を決めるべきなのだろうか。
王様に迫られたし、レグルス様が味方になってくれるとかなり心強い。
私の顔もほとんどの人にバレたからこれから大変なことになるのは解ってる…。
これ以上情が湧いてしまったら、元の世界に戻るとき未練が残ってしまう…。
「レグルス様」
「何だ」
「私は番を作るつもりはありません」
「そうか」
「でも…。卑怯な発言ですけど、ここまで大事になってしまったなら番を作って身を守るべきかと思ってます」
「ああ。それでも構わない。俺の名と力は好きに使ってくれ」
「番らしことはきっとできません」
「お前がそう望むなら」
「レグルス様の…好意を利用してしまってごめんなさい…」
「守りたいと思っているメスと番になれるなら名誉なことだ。罪悪感を感じる必要はない」
「―――レグルス様、私と番になってくれますか?」
「喜んで」
応えるや否や、拒絶する暇もなく唇を奪われた。




