11.放浪の旅⑦
「うん、よく解った。ありがとうトワコ!」
「どういたしまして…」
羞恥心で死にそうになるのを耐え、無事生理について説明できた。
ドストレートな単語で色んな質問が出てきたときはどうしようかと思ったけど、ちゃんと説明できたかな…。
「トワコは不思議なメスだと思ってたけど、いつでも子供が作れるなんてすごいね。もし番になれたら僕との子供がたくさん作れる」
「それはちょっと…。それより私も教えてほしいんですけどいいですか?」
「うん、なに?」
「その…。昨日のメスは何族ですか?」
「番を迎え入れたのはヒツジ族で、あとは全員ウサギ族だね」
「周りにいたオスは?」
「オオカミとクマと…あとはトラやカラスかな?」
「草食と肉食が番になっても大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ。種族って言っても特徴みたいなものだし、元は人だから交尾しても問題はない。まぁ獣化での交尾は色々と問題があるからダメだけど、人化での交尾は体格差もそこまで出ないし受精しやすいんだ」
「そしたらどんな子が産まれるんですか?」
「強い生命力を持った方の種族が優先されるけど、大体はオスの種族になるね。メスと同じ種族も産まれるけど、そこは運次第? 出産はメスの種族にあった方法だね」
「じゃあ例えばメスの鷹とオスの狼がその…こ、交尾して妊娠したら、産まれてくる子は狼族だけど卵で産まれてくるってことですか?」
「そうそう。でも卵じゃないよ」
「そうなんですか?」
「いくら獣人って言っても魔獣とは違うからね。あ、でも生まれてくる子供は大体獣姿だからそうとも言い切れないかも」
「なるほど…」
「トワコは何族かな。本当に楽しみだ。できればたくさん産んでほしいけど、一人でも十分嬉しいよ」
「まだシャルルさんと番になるとは言ってませんし…」
「うん、そうだね。でも選んでもらえるために頑張るから」
アピールが凄いので牽制の意味を込めて言えなかったことをついこぼしてしまったが、彼は動ずることなくニコニコと笑っている。
はぁ…。本当に疲れた…。お腹も痛くなってきたし、眠たい。
「さて、僕はちょっと出かけて来るね。誰が来ても入れたらダメだよ」
「わかってます。ちょっと眠たいので大人しくしておきます」
「うん。何か食べたいものがある?」
「じゃあまた果物を貰えると助かります」
「了解」
ふう、やっと休める。
朝になったばかりだけど、精神的に疲れてしまったのでちょっと寝かせてもらおう。
「生理が終わったらすぐにここから離れないと…。多分この村に私が欲しい情報はなさそうだし…もっと大きい街のほうがいいかなぁ…。あ、一度メスと会って話してみたいな。マリッジリングだっけ。あれの詳しい情報が欲しい…。変に番になっても困るもん」
これからのことを考えているとどんどん瞼が重たくなり、意識を手放そうとした瞬間、窓からドン!と言う大きな音がして飛び起きた。
「なになに!?」
「ここから強い血の臭いがするけど死体は…」
「えッ!?」
窓の外には男性が立っていた。
勝手に窓を開け、私と目が合う。
「…ッメス!?」
「うわぁああ!!」
バレた!
すぐに駆け寄り彼の腕を掴んで部屋へと引きずりこむ。
勢いよく窓も締めてから床に座り込んでいる彼を見下ろすと、大きな目をパチパチとして私を監察していた。
「っあの、お願いします。私のことは誰にも言わないでください!」
「…」
「番を作るつもりないんです。静かに暮らしたくて…。だからお願いします!」
よくよく見ると先程広場で出会ったハイエナ族の青年だった。
手入れされていないボサボサの髪の毛に真っ黒な目。
私より年上なんだろうけど童顔のせいか、見下ろしているせいか少年のように見える。
「あの…聞いてますか?」
「可愛い!」
「え?」
「すっごい可愛い! こんなメス見たことない! ねぇ、名前は? 名前教えて!」
「え、ちょっと!」
まったく何も喋らないから屈んで声をかけると、両手を握られグイッと顔を近づけてきた。
困惑する私を無視して捲し立て、私が何を言っても何度も何度も「名前は?」と聞いてくる。
「ッもう! 私の話を聞いてください! あと大きな声出さないで!」
「っ!」
「私の名前は永遠子です。あなたの名前は?」
「り、凛々しい…!」
「名前を教えてくださいっ」
「はいっ。僕の名前はグラド。ハイエナ族です!」
「グラドさん。お願いします、私がここにいることは誰にも言わないでください」
「それは命令ですか?」
「え? め、命令?」
「命令ですか?」
「…じゃ、じゃあ命令です」
「解りました! 絶対に守ります!」
「ありがとうございます。あまり知られたくないので助かります…」
「うんうん。トワコ様みたいに可愛かったら色んなオスが求愛してきて大変ですもんね!」
「永遠子様?」
「うん! 僕、トワコ様の番になりたいから…。あ、でも僕みたいな汚い奴がトワコ様の番になるのは気持ち悪いですよね。でも僕、何でもできますよ! 雑用なら僕に任せて下さい!」
「ちょ、ちょっと待って! 落ち着いて!」
「焦った顔も可愛いなぁ! トワコ様になら何されてもいい。何か命令してくれませんか?」
「じゃあ黙ってください…!」
「はいっ」
騒がしかった部屋に沈黙が戻る。
怒涛の展開についていけないよ…。
「えっと、永遠子様って呼ぶのは止めてくれない?」
「じゃあ女王様?」
「やめてっ」
「えー…。でも…」
「永遠子でいいので」
「っということは僕を番にしてくれるんですか!?」
「違う! 違います! 様付けされるのは苦手なだけなんです。お願いですから大きな声は出さないで」
「あ、すみません。こんな可愛くて綺麗で、凛々しいメスなんて初めて見たから興奮しちゃって…。はぁ、声も心地いいし匂いも…。あ、そうだ! 血の臭いがしてここまで来たんだけどもしかしてトワコ様ケガされてます!?」
「違うからその話だけはしないでください」
「でも!」
「命令です!」
「解りました!」
あー…どうしよう、どうしたらいい?
黙ってくれるのはすごく助かるんだけど、この人なんか変…。
そんなキラキラした目で私を見ないでほしい。犬のように命令を待たないで欲しい。
どうしたらいいか悩んでいると、扉の向こうに気配を感じて視線を向ける。
すぐに扉を叩く音がして知らない男性の声が響いた。
「おいシャルル。ここから血の臭いがするんだが怪我でもしたか?」
「や、やばい…!」
「トワコ様、僕に任せて」
「グラドさん?」
隠れるよう言われたので部屋の隅に隠れてシャルルさんのマントで身体を隠す。それを見たグラドさんは扉を少しだけ開けた。
姿は見えないけど声からして複数の男性がいることがわかった。おまけに「メスの匂いがする」なんて言葉が聞こえ、息を呑む。
「ゲッ! 何でゴミ漁りが俺の宿にいるんだ」
「この屋根の上に死体があったから回収しに来ました。血で部屋が汚れていないか確認のために来ただけなのでもう帰ります。シャルルさんには許可を貰ってます」
「はぁ? 何で屋根の上に死体があるんだよ」
「知りません。僕には関係ないことです」
「ハッ! そりゃそうだ、お前らハイエナ族はゴミ漁りしかできねぇ奴だからな」
「おいそれよりメスの匂いがするがお前メスと会ったのか?」
「前の村で」
「よくお前なんかにメスが近づいたな! ハイエナ族はメスに対して従順だから遊ばれたか?」
「任務に関係がありませんしもういいですか? 部屋が少し汚れていたので綺麗にして帰ります」
「ああピッカピカに頼むぜ!」
「解りました」
思った以上に淡々と嘘をつき、この場を乗り切る。
さっきと態度が全然違うんですけど!?
扉を閉めるとパッと笑顔に変わり、すぐ私の元へと駆け寄って手を握り締める。まるで「褒めて」と言わんばかりの期待した目。
「あ、ありがとうございます。助かりました」
「トワコ様の為なら何でもしますよ! 他に何か困っていることはありませんか? あ、そうだ。ケガの治療が必要ですか? 僕、医学も多少知識があるんで任せて下さい!」
「大丈夫です。大丈夫ですから近づかないで…」
「あ…すみません。やっぱりトワコ様もハイエナ族は嫌ですよね」
「いやそうじゃなくて…」
「あの、確かに僕らハイエナ族は死体回収とかギルドの雑用ばっかしてるけど好きで死体を集めてるわけじゃないんです…。他の奴らより死体の臭いに抵抗がないから…」
あー…確かハイエナはサバンナの掃除屋とも言われてるんだっけ。骨まで食べるとかって。
この世界じゃあそういう役割りなんだ。
「グラドさんがハイエナ族だから嫌って訳じゃないんです。むしろ尊敬してますよ」
「尊敬?」
「だって誰かが絶対にしないといけない仕事を率先してやってるんですよね? あんな風に言われても堂々としているグラトさんはあの人達より格好よかったです」
「……っそんなこと言われたの初めてだ…! トワコ様は心も綺麗なんですね…ッ!」
大きな目から大きな涙が溢れる。
あの人達の言葉にちょっと引っかかってたから励ますつもりだったけど、ここまで感動するとは思わなかった…。きっと辛い思いをしてきたんだろう…。
「僕、絶対に番になりたいです! どうしたら僕を受け入れてくれますか!?」
「誰であっても番になる気はないんです。それに私たち、旅をしてて…」
「なら僕も一緒に行きます! 雑用なら任せて下さい! あっ、私たちってことは……あー、シャルルってオスがトワコ様の番?」
「いやシャルルさんも番ではありません。色々助けてもらってる人なんです」
「よかったー! なら僕にもチャンスはありますよね?」
「―――あるわけねぇだろゴミ漁り野郎」
「シャルルさん!」
「おっ」
何の音もなく扉からシャルルさんが戻り、背中を向けてるグラトさんにナイフを突き立てる。
悲鳴に似た声で名前を呼ぶ私とは違い、グラトさんはナイフを突き立てられても少しも焦った様子もなく両手をあげた。
「何でこの部屋にゴミ漁りが入ってんだよ」
「血の臭いがしたからです。ああ、もしかしてあのクロヒョウ族のシャルルさんですか?」
「関係ねぇだろ」
「あのシャルルさん、落ち着いて…」
「ごめんねトワコ。血が苦手なのは知ってるけどこれだけは許してくれない?」
「血、苦手なんですか? すみません、僕仕事中で血だらけだ…。死臭もひどいしごめんなさい…」
「いや今そんなこと気にしてる場合じゃあ…」
「トワコの存在がバレたし死ねよ」
「トワコ様に嫌われてもいいならどうぞ。トワコ様、僕が死ぬところ見たいですか?」
「…いや、見たくない…!」
「ですよね。ここで殺されたらトワコ様が僕の血で汚れてしまうし嫌われますよ?」
「テメェ…!」
「僕、トワコ様のこと誰にも言いません。命令されたのもあるけど、誰にもバラしたくない。だから安心してください」
脅されているというのに彼は私の目をジッと見据え、笑顔のまま告げる。
どういう神経してるの…?
「シャルルさん、ナイフを…」
「でも…」
「彼は約束してくれましたし、大丈夫です」
「…トワコの言うことは叶えてあげたいけど、こいつは番を申し出たからダメだ。トワコには俺がいる。俺だけでいい」
「いくらシャルルさんであろうと一人で守れるんですか?」
「…」
「メスがあんなにたくさんのオスを番にしているのはメスを守る為でもあるって常識ですよね? 確かに独り占めしたいほどトワコ様は可愛いし綺麗だし、いい匂いするけど安全が一番です」
「じゃなくてもお前はダメだ。弱すぎる」
「へぇ…」
なんか脅されてるのに告白されてるんですけど?
しかも勝手に話進めるし…。私は番を持つ気ないんですが。
「下手に出てやれば…。お前らヒョウ族は木がなければ使いものにならないだろ」
「地面でしか活動できないお前らに比べたらマシだ」
「スタミナもない貧弱野郎が。ジワジワ追い詰めて喧嘩売ったこと後悔させてやろうか」
「上等じゃねぇか。いつ死んだかもわかんねぇ素敵な死をプレゼントしてやるよ」
「止めて!」
「トワコ、でも」
「はい、止めます」
「シャルルさんはナイフを下ろして。グラドさんは少し黙っててください」
「解りました!」
強い口調で話すと二人とも素直に従ってくれた。
どうしよう…。私は番を持つ気がないからグラドさんの要望には応えられない。
うん、ここでさよならしたほうがいいよね。一緒に旅をしたらシャルルさんの機嫌が悪くなるだろうし、こういうことが毎日のように起こるとなると……うん、無理だ。
グラドさんがいい人なのはこの数分で解ったけど争い事は避けたい。
「あのですね、グラドさん。私は番を持つ気はありません。なのでグラドさんの要望に応えることができないので、番が欲しいのであれば他のメスを当たってもらえませんか?」
「……」
「あ、喋ってもらっていいですよ。シャルルさんは黙ってて下さいね」
「わかった」
「トワコ様以上のメスには会えません。番になれなくてもトワコ様の為に生きたい」
「(重い…)でもほら、お仕事されてますよね?」
「辞めます」
「(重すぎる…)いやでも二人がいると喧嘩するじゃないですか…」
「トワコ様が望むなら喧嘩はしません。シャルルさんにも従います」
「え…」
「仲良くします。だからお傍に置いてください。シャルルさん、番の一番はもちろん譲ります。だから僕にもトワコ様を守らせてほしい」
「…トワコ、喋ってもいい?」
「あ、はい。どうぞ」
「ありがとう。おい、屋根に来い」
「解った」
「え?」
「ちょっと待っててね」
張り付けた笑顔のまま窓を開けて身軽に屋根へと向かう。
グラドさんも慣れたように屋根の上へと上がり、再度部屋には沈黙が戻る。
「いや、なんで?」




