00-03.レグルスの場合
やっぱり人がいない方向に行ったほうがいい。見つかると危険だ。
明かりが離れてから周囲に誰もいないことを確認して、明かりが来たほうへと足を進める。
もしかしたら森の外に出られるかもしれない。
その希望を胸に喉や肺が痛くなっても歩き続けた。
「…テント…?」
しかし辿り着いた先にあったのは無数のテント群。
そこには甲冑に似た何かを着ている動物や人がいた。
「(どうしよう…。助けてもらいたいけど敵だって勘違いされたら殺されるかもだし…)」
もうそろそろ体力の限界だ。休みたい。でも助けてくれるかどうか解らない…。
そう思うと足が前に進んでくれない。
「気配がしたと思ったんだんだが見当たらねぇなぁ」
「俺ら夜目は利かねぇから仕方ないって」
呆然と立ち尽くしていると背後から声が聞こえたので慌ててその場に屈んで隠れる。
「おい、油断するな」
「わっ…!」
隠れたつもりだったのに、二人とは別の人が私の腕を掴んで軽々と持ち上げる。
乱暴に掴まれたせいで腕に激痛が走り、短い悲鳴をあげると二人も慌てて駆け寄って武器を構えた。
「申し訳御座いませんレグルス様!」
「すぐに情報を吐かせますッ」
「ッ違います! 私は敵じゃありません!」
情報を吐かせる。それが何を意味するかすぐに理解し、急いで弁明をする。
剣先を向けていた男性は私を見た途端、目を大きく見開いて固まっていた。
その様子に疑問を感じて、私を掴み上げてる男性に視線を向けると威圧感のある怖い顔をした人が私を見下ろしていた。
「っほん、本当に敵じゃないんです! 信じてくれとまでは言いませんが、殺さないでください!」
「…」
「レグルス様…もしかして……メス、ですか…?」
「何でこんなとこに? いやそれにしてもこんな可愛い子初めて見た…」
「―――ギャッ!」
二人が一歩、二歩と私に近づいた瞬間、掴んでいた腕に力がこもり、聞いたことのない鈍い音が耳に入る。
それからワンテンポ遅れて悲鳴と脂汗が溢れ、ほぼ同時に車酔いにあったかのような気持ち悪さが込み上げる。
「レグルス様ッ、いけません!」
男性の声を最後に意識は強制的に途切れた。
✿
「……う、うう…」
右腕に熱が集まる。ズキズキというより、ズクズクと内部からくる重たい痛み…。
心臓がそこにあるのかと思うほど激しく熱く鼓動を刻んでいる。
「起きたな」
「っひ…!」
痛みと熱で目を開けると知らない大柄の男性が視界にうつり、自然と悲鳴が漏れた。
男性は悲鳴を聞いた瞬間、すぐに離れてキャビネットらしきところから瓶を取り出し、私の近くに投げ置く。
夢じゃなかった…。
固定された右腕を見ながらゆっくり起き上がろうとすると、視線が合ってまた悲鳴が出る。
やっぱり来るんじゃなかった…。きっと殺される…!
これからのことを考えると恐怖で身体が震え、そのせいで右腕がさらに痛んで涙が溢れる。
「痛み止めだ。飲んでおけ」
「ひっく…! うう…!」
「すまない、俺のミスだ。その薬は怪しいものじゃないから安心して飲め。メスに害を加えるつもりはない。信じてもらえないだろうがな」
貫禄のある顔や雰囲気からは似つかない台詞に少しだけ涙が引っ込む。
それでも痛みですぐに顔を歪め、置かれた瓶とコップに手を伸ばそうとするとさらに右腕が痛んで動けない。
何でもいい…。とにかくこの痛みから解放してほしい…!
それが通じたのか、男性が瓶から薬を取り出し口元まで運んでくれる。
いつもだったら恥ずかしいけど、今はそれどころじゃないので素直に薬を口に含み、出されたカップも受け取ってすぐに飲み干す。
これで少しは痛みが引くはず…! 痛すぎて気持ち悪い…。こんなところで吐きたくない…。
「………あれ…? 痛くない…?」
薬を飲んで数秒も経てばあれだけ痛かったのにあっという間に引いていく。
プラシーボ効果どころの騒ぎじゃない。本当に即効性の痛み止めだ…!
「一錠で三日はもつ」
「あ……。えっと…ありがとうございます、助かりました」
原因はこの男性にあるけど、治療もしてくれたし薬も本物だったのでお礼を言うと少しだけ目を見開いて何かを考える素振りを見せる。
お礼の言い方が気に食わなかったのかな?
「あの…お、お名前伺ってもいいですか?」
「……レグルス…」
「レグルスさん、ありがとうございました。本当に助かりました」
ベッドの上でお礼を言ったのもよくないかも。
そう思ってベッドから降りて頭を下げると、さらに目を見開いて近づいて来た。
体格もそうだけど身長も高い…!
迫りくる壁に思わず後退するとベッドに引っ掛かってそのまま仰向けに倒れた。
「いいから寝てろ」
「ひっ…」
逃げ場がない。
そう思うといい人ではあるかもしれないけど、怖くてたまらなかった。
反射的に両腕で顔を隠すとシーツをかけられ、すぐに離れた位置…出入口付近に向かって仁王立ち…。なぜ?
「えっと…。こ、殺しませんか…?」
起き上がってシーツを身に包み、睨んでくるレグルスさんに話しかけると大きな溜息を吐かれ「ああ」とだけ答える。
どうしよう…色々聞きたいことがあるんだけどレグルスさん怖いし…。できれば他の人に事情を聞きたいんだけど無理だよね…。
「私、帰宅中にこの森に迷い込んでしまって困ってたんです」
だと言うのに口が勝手に喋り始める。
言った瞬間、慌てて口を押えるけど意味はなく、今までのことを全て洗いざらい吐き出した。
「なっ、なんで…!?」
「自白剤の副作用はないはずだが…。まぁいい、手間が省ける」
「お願いしますっ、殺さないでください! 私にできることがあれば何でもしますから!」
「名前は?」
「乃木永遠子です」
「長い名前だな。それに聞いたことのない名だ」
「乃木が苗字で、永遠子が名前なんです。そう言えばレグルスさんってヨーロッパの方ですか? 何で日本語通じてるんですか?」
「………トワコ、生まれた国は?」
「日本です」
「何族だ」
「何族…? 日本人、ですかね…?」
「なんの動物かと聞いてる」
「人間だから猿ですよ。レグルスさんと同じです」
「俺はライオン族だ」
「ライオン族…? え? でも今、人間ですよ? な、なにを言ってるんですか…?」
「聖書に書かれていた始祖と同じような返答に反応だな…」
「レグルスさん…?」
「|番《つがい》について何か知ってることは?」
「つがいってなんですか?」
「そうか、解った」
「え!?」
「腕は悪かった。面倒は見るからこのテントから一歩も出るな」
「えええ!?」
「少し離れる。いいか、このテントから一歩でも出れば死ぬぞ」
言いたいことだけ言ってレグルスさんはテントから出て行った。
な、なにを言ってるのかまったくわからなかった…!
混乱しつつ周囲の見回すとテント内にしては広くて豪勢な部屋…。
もしかしてレグルスさんってとてつもなく偉い方なのでは!?
そのベッドで寝てもいいの!? 偉い人の機嫌を損ねない為にも私は別の場所で寝たほうがいいのでは!
幸い、痛み止めはよく効いてるし、吐き気もない。むしろなんかどんどん元気になってきた!
別の場所に寝かせてもらおうと出入口に近づくと、スープを片手に戻って来たレグルスさんとぶつかりそうになる。
「あ、すみま「出るなと言っただろ。死にたいのか」
少し怒気を含んだ声音にビクリと肩が跳ねた。
「ご、ごめんなさい。えっと、ここはレグルスさんのテントだから私が寝るのは申し訳ないなって…! に、逃げようなんて考えてません!」
「はぁ…。いいからここにいろ。外は駄目だ」
「すみません…」
謝るとまた溜息を吐いて、テーブルにスープとパンを置いてくれた。
「悪いがここにメス用の服はない。少しの間だがこれを着ててくれ」
「だ、大丈夫です! そこまでしてもらうわけに「着替えろ。その服より清潔だ」
有無を言わさない圧を感じ、素直に出された服を受け取るとまた外へと出て行った。
「着替え終わったらそれを食べて寝ろ」
「わかりました。あの…本当に何から何までありがとうございます。助かります」
私の言葉に「ああ」とだけ短い返事をして、影が消える。
落ち着かないけど言われた通りにしよう…。
渡された服は大きな少し手触りの悪いシャツ。まぁ森の中歩きまくって汚れた今の服よりマシか。
周りを警戒しながらシャツに着替えると、とんでもなく大きく、シャツなのにロングワンピースのようだった。
下も履きたいけどこれだけ長ければ大丈夫だよね。多分履いてもずり落ちそうだし…。
着替え終わって元着ていた服は部屋の隅に置いて椅子に座る。
見たことのないスープだったけど香ばしい匂いにつられ、恐る恐る口に含むととても美味しくてペロリと平らげてしまった。
身体の中からじんわり温まるスパイスに、ボリュームたっぷりの野菜…。
おかわりをするぐらい美味しいんだけど、左手で食べたせいでかなり時間がかかりお腹はいっぱいになってしまった。
水も飲み干して再びベッドに横になって見慣れない天井に眉をしかめる。
眠れないと思っていたけど、自分が思っている以上に身体は悲鳴をあげていたのか再び夢の中へと旅立った。
✿
「今日一日俺はいないが、絶対にテントから出るなよ」
朝、目覚めると同時にそれだけ言ってさっさと出て行ったレグルスさん。
出るなと言ったのもあってか、大量の食事や水、それから暇潰しになりそうなカードや本を置いて行った。
起きたてで脳が活性化する前に言われたので「解りました」としか言えず、活性化後に聞きたいことがあったことを思い出して少し落ち込む。
でも忙しいみたいだし仕方ないかも…。多分…いや絶対にあの争いの続きをしてる…。
出るなと言ったのは私が巻き込まれるかもしれないからだろう。
状況を確認したいけどレグルスさんの言う通りにテント内で静かに時間を潰す。
本は見たことない文字だし、カードがあってもトランプとは少し違うから遊び方わからないから時間を潰すのにかなり苦労した。
そう言えば荷物があった。と思ってキャリーケースに入れていたスマホを出しても圏外に何もできず…。
何もしない時間ってこんなに苦痛なんだ…。
と、絶望していると外から雄叫びと歓声が響き、思わず部屋の隅に逃げ隠れる。
もしかして敵襲かな!? いやでもなんだか喜んでるように聞こえる…。
外を見たいけどレグルスさんに怒られるかもしれないので確認できない。でも見たい…。でも…!
「トワコ」
「っレグルスさ……レグルスさん!?」
葛藤してる間にレグルスさんが先に戻って来た。
知ってる人と久しぶりに会えたような感覚になって立ち上がると、身体中が真っ赤に染まってて慌てて駆け寄る。
「け、ケガしたんですか!? 大丈夫ですか!? く、く、薬は!? ああああ…す、座ってください! ここッ!」
血を浴びた人間に驚いたけど、それ以上にレグルスさんの安否が気になって声をかけると少しだけ笑って、
「全部返り血だ」
と、怖いことを言った。
でも無事でよかった…!
「外に出てないだろうな」
「で、出てません! それより早く着替えてきたほうがいいですよ! 不衛生ですし、それにもしかしたら傷があるかもですし…!」
「お前が無事かどうか確認したかっただけだ。すぐに着替えてくるからもう少し大人しくしてろ」
「わかりました」
外の歓声といい、もしかして終わったのかな…? だったらいいんだけど…。
広げていた本やカードを元の場所に戻していると、テントの外からレグルスさんの名前を呼ぶ男性の声が耳に届く。
「おっかしいなぁ…さっきテントに戻るって言ってたよな?」
「ああ。ケガもしていなかったし先に報告書を書いてると思ったんだが…」
「でもこの書類も早く持って来いって言ってたよな。サイン貰わないと手配できねぇのにどこに行かれたのか…」
「血の臭いのせいでわかんねぇな」
話を聞いてる限り、重要な書類を持ってきたらしい。
それぐらいなら私が受け取ってもいいよね? テントから出るわけじゃないし、外の人はどう考えてもレグルスさんの部下だ。
「あのー…」
「えッ!?」
「あぁ!?」
「レグルスさんへの書類なら私が預かりましょうか?」
それでも一応、顔を見せずに声をかけるととても驚いた声をあげる。
「メスの声!?」
「いやここは戦場ど真ん中だぞ! それになんの報告も聞いてねぇ!」
「えっ? あ、いや、私は…!」
捕虜です?って言えばいいのか悩んでるうちに、出入口を開けられた。
そこにも私より身長が高く、血だらけになってる男性が二人、武器を構えていた。
「ちちち違います! 私昨日からここでお世話になっててっ…!」
「本物のメスじゃねぇか!」
「マリッジリングがない! レグルス様の番じゃないのか!?」
「ねぇ何でこんなところにいるの!? あ、番がいないなら俺を番にしない!?」
「おいお前は引っ込んでろ! こいつより俺のほうが強いから俺にしたほうがいいよ!」
「え、えぇ?」
「怪我してここに逃げ隠れたの? ここは王族のテントだから駄目だよ。俺のテントに案内してあげる。治療も任せて!」
「だっ、大丈夫ですっ」
「とにかくここから離れ―――……」
さっきまで楽しそうな嬉しそうな表情だったのに、一瞬で血の気が引いてカタカタと震え始めた。
「勝手に中に入るなと忠告したはずだ」
「もっ…申し訳御座いません…!」
少しだけ聞き慣れた声が二人の背後から聞こえ、横から覗くとかなりラフな恰好をしたレグルスさんが戻って来た。
さっきまで機嫌良さそうだったのに今は最初に出会った頃のような殺意に溢れた目で彼らを睨みつける…。
「あの…!」
「死にたいのか」
「え? あ、いや、書類を持って来てくれたみたいですし、それぐらいなら役に立つかなぁと…。で、出てもないです…!」
レグルスさんの言葉に二人はすごい勢いで私から離れ、その場に土下座をする。
レグルスさんは私をテント内に押し込み、彼らと一言二言離してすぐに戻って来た。
「メスが小間使いするなど聞いたことがない」
「……」
「本当に解らないんだな」
「何をですか?」と聞いていい雰囲気なのか、謝るべきなのか…!
もう怒ってないみたいだけど、下手なことは言えないッ。
チラリと様子を伺うと、金髪金目の端正な顔立ちに一瞬だけ心奪われる。
昨日は暗くてよく見えなかったし、それどころじゃなかったけどかなりの男前だ…!
その男前から放たれる殺気はとんでもなく恐ろしく、目が合った瞬間身体が飛び跳ねてすぐに謝った。
きっと何を言っても言い訳になって、余計に怒らせる…。ここはもうひたすら謝るしかない!
「もういい。それより戦場のど真ん中にいるのに警戒心がないとは…」
「ごめんなさい…」
「………ここに跪け」
「うぇッ!?」
レグルスさんが言う場所は着替えや諸々の道具が入ってるらしいキャビネット。
その上には木彫りの像や懐中時計、見たことのない道具が置かれていたら近づかなかった。
何のために? もしかして殺すため?
悪いほうに考えるだけで身体が震え、足が動かないでいると首を振って心の声に返答してくれた。
だから信用して言われた位置に跪くとレグルスさんも隣に跪く。
「この像に向かって俺と|番《つがい》になりたいと誓え」
「……え? なん、で…?」
「早く」
い、意味がわからないよ…! そもそもつがいってなんなのさ!
レグルスさんは怖いけどそれなりに気を使ってくれる優しい人っぽいけど言葉が足りないっていうか、俺様っていうか…!
いや殺されないだけマシなんだけどね!
とりあえずこれ以上怒られないためにも誓っておこう。
ぎこちなく右手を動かし、左手と重ねて言われた通りレグルスさんとつがいになりたいと誓うと、眩しい光がテント内を照らす。
光が治まってゆっくり目を開けると、左手の薬指にはめた覚えのない指輪がはめられていた。
不思議に思ってレグルスさんも見ると、レグルスさんの指にも指輪がはめられている。
「見せてくれ」
「あ、はい…どうぞ」
訳が分からない展開に流されるだけ。
差し出した左手を見て、少しだけ口角があがるのが見えた。
「レグルスさん…?」
「王都に帰るまでに全て話す。それまではここで大人しくしてろ」
レグルスさんのこと知らないのに、これまでで一番機嫌が良さそうに笑ってさっさとテントから出て行った。
だから……! だから説明してくださいってば!
仕方なしに手当てをするものの、他のメスとは違って弱くて、怯えててるくせに感謝を伝えるトワコにすぐ絆された。
関係性を深めてから番になろうと考えていたけど、昔見た聖書のような始祖の反応や言動に「保護しなくては…」とさらに庇護欲が強まって仲間の中にいた始祖教の敬虔な教徒に始祖像を手配してもらっていた。
怯えてるくせに警戒心はなく、自分を心配してくれたあたりで一気に限界突破し、他の兵士に見られてからは嫌われてもいいから番になる決意をし、知らないことをいいことに強制契約。
この世界線ではセト同様、さっさと王位を簒奪してお城で囲うも周辺諸国との外交や戦後処理で不在になることが多く、真面目で有名なセトを番に引き入れる。
なのでシャルル、アルファとは出会うことはないが、アーキルとは出会うことになり三人目の番となる。
本編よりかなり遅くディティ本山へ向かう。




