キャンディマン(1)
「君たちに聞きたいんだけど、近頃この辺りで、ヤンキーの少年たちが次々と襲われているそうだね。犯人はどんな奴か、聞いたことある?」
「ああ、キャンディマンのことか」
「キャンディマン?」
「ああ。あいつは、ハンパじゃねえよ。ヤンキーはもちろん、ヤクザも狩っちまうって話だよ」
「どんな男なの?」
「街で出会えば、一目でわかるよ。あいつ、常に棒付きのアメくわえてんだよ。だからキャンディマンてあだ名が付いたんだ」
「君たちは、襲われたことあるの?」
「ないよ。キャンディマンは、本当にヤバいらしいからね。襲われてたら、俺ら今ごろ病院行きだよ。キャンディマンは、本当に頭おかしいからな」
「キャンディマンって、そんなに強いの?」
「強いっつーか、いきなり不意打ち仕掛けて来るんだよ。俺らの友達も、夜の公園にたまってたら、いきなり襲われたんだって。五人いたけど、全員ボコられて入院したんだよ」
「不意打ちとはいえ、ひとりで五人に勝つなんて強いんだねえ」
「ああ、キャンディマンはマジでヤバいよ。でも、あいつももう終わりだね」
「えっ、なんで?」
「キャンディマンは、ちょっとやり過ぎたよ。今度は、ヤンキーたちの方がキャンディマン狩りを始めたんだ。年少帰りのヤバい奴とか、高校退学させられた暇な連中が、あちこち探し回ってるんだよ。あいつらに捕まったら、間違いなく殺されるだろうね」
その公園には、三人の少年がたむろしていた。
彼らの年齢は、十代後半だろう。体型も服装も髪型もまちまちではあるが、共通する点がひとつある。全員、意味もなく大きな声を出していることだ。
時刻は、既に午前零時を過ぎている。にもかかわらず、少年たちは公園の一角で派手に騒いでいた。まるで、騒ぐことに自分たちの価値を見い出だしているかのようだ。ベンチに座り、大声で喋り、ゴミを撒き散らし、楽しそうに笑っていた。
「なあ、さっきのインタビューだけどさ、俺らの顔テレビに出るんかね?」
金髪の少年が、横にいるガッチリしたスキンヘッドに尋ねる。
「ああ、出んだろ。俺さ、みんなにLINEしといたわ」
すると、長髪が頷く。
「あ、俺も俺も。でもさ、全カットされてたらどうしよう?」
ゲハゲハゲハと笑い浮かれている少年たち。そう、彼らは先ほどワイドショーのインタビューを受けたのだ。聞いたこともないローカル局で放送されるらしいが、それは仕方ない。
最近、街で噂になっているキャンディマン。その話を聞かせて欲しい……と、ディレクターから言われた少年たちは、すぐにOKした。テレビ離れが進んでいるとはいえ、それでもワイドショーに出るともなれば嬉しい。特に、彼らのような少年たちは、他人に対し誇れるようなものは何もない。そんな彼らにとって、ローカル局の放送とはいえテレビ番組に出演できる……つまりは、目立てるということだ。こうした少年たちにとって、目立つということは何にも勝る勲章なのである。
だが、平和な時間はすぐに終わりを告げた。
彼らの前に、不気味な者が現れた。身長は高く、体格もがっちりしていた。黒いパーカーを着て、フードを目深に被っているため顔や髪型などは見えないが、恐らくは男であろう。
その男は、つかつか近づいてくる。直後、こう言った。
「お前ら、うるせえよ。近所迷惑だろうが。とっとと帰れ、クズ共が」
滑舌が悪いが、はっきりと聞こえた。ひょっとしたら、こんな乱暴な言い方をしなければ、少年たちはおとなしく引き上げたのかもしれなかった。だが、パーカーの男の乱暴な口調が、彼らの怒りの感情を呼び起こしてしまった。
「んだと! 何なんだてめえは! 誰に向かってんな口きいてんだ! こっち来いやブッ殺してやるからよ!」
ひときわ凶暴そうなスキンヘッドが、怒りを露にして怒鳴った。肩を怒らせて近づいていく。
もしひとりであったなら、彼はパーカー男に対し、立ち向かったりはしなかったかもしれない。仲間の手前、彼は行かざるを得ない部分はあった。もちろん、集団であるがゆえの安心感もある。さらに、スキンヘッドの少年は喧嘩にもそれなりに自信はある。そこらの一般人に負ける気はしない。
しかし、彼は大きな過ちを犯していた。そこらの一般人が、たったひとりで彼らのような集団に対し喧嘩を売るような真似はしないのだ。
パーカー男は、恐れる様子もなく立っている。その時になって、パーカー男の滑舌が悪い理由が判明した。彼は、口に何かをくわえていたのだ。
どうやら、棒付きのアメが口に入っているらしい。その事実に気づいた時、少年たちは愕然となる。
「お前、キャンディマンか……」
ひとりが呟くと、それが合図だったかのようにパーカー男が動く。彼の左足が、すっと走った。
次の瞬間、スキンヘッドの側頭部に強烈なハイキックが炸裂する。金属バットでのフルスイング……いや、それ以上の威力があっただろう。スキンヘッドは、銃で撃たれたかのようにばたりと倒れた。
唖然とする少年たち。目の前で、自分たちの仲間が一瞬にして倒されたのだ。うつぶせに倒れたスキンヘッドは、ピクリとも動かない。完全に意識を失ってしまったのだ。
一方、パーカー男は平然としている。呼吸は乱れていないし、汗もかいていないようだ。アメをなめながら、ゆったりとした足取りで少年たちの方に向かい歩いて行く。
恐怖のあまり、少年たちの表情は凍りついていた──
・・・
上野信次の一日は、ラジオ体操から始まる。
まず起床した後、大地への感謝の気持ちを述べつつの口づけ。その後、五百ミリリットルの水をぐいっと一気飲みし、ラジオ体操第一をきっちりと行う。ちなみに、ラジオ体操をきちんとした動きで五回行うと、成人男性の最低運動量を満たせるらしい。
その後は、家の掃除をする。上野の家は木造平屋の一軒家である。さほど広くはないが、きちんと掃除をすれば時間はかかる。
その後、朝食を食べる。今日は、八枚百円で買える食パンにフォアグラを挟んだサンドイッチだ。豪華なのか貧相なのか、よくわからないメニューである。
食べ終えると、しばしボーッとテレビを観る。画面には、奇怪な場面が映し出されていた。二足歩行のエプロン姿の三毛猫と、着物姿のカラス天狗と、全裸とおぼしき河童が、笑いながら流しそうめんを食べている。そんな映像が、延々と続いているのだ。特に起承転結はなく、ただただ三匹の妖怪が笑い合いながら食べている。
そんな奇妙な番組が終わると、上野は満足げにウンウンと頷いた。
「うむ、実に面白い。やはり、俺のような意識が高すぎる人間には、朝はこれくらいがちょうどいいだろう」
呟いた後、着替えて外に出る。上野の日々のルーティンは、ちゃんと決まっているのだ。今は、近くのコンビニに行くのである。
「いらっしゃい……あっ、上野さん」
店員であり、彼の数少ない友人である入来が、入って来た上野に声をかけ挨拶する。
「あっ上野さん、じゃないだろうが」
「あっ、すみません。ところで、大東さんが上野さんのこと褒めてましたよ。イケメンな上に、いい人だって」
「そんなことで、嬉しがるとでも思っているのか。全く、甘い奴だな」
ブツブツ言いながら、上野はカゴの中にいろんなものをほうり込んでいく。そのほとんどが菓子だ。上野はいい歳したオッサンだが、駄菓子が好きなのである。時には、駄菓子を食べながら晩酌を楽しんだりもする。
今回も、上野は大量の駄菓子を買い込み、楽しそうに帰っていく。
「あの人、いつも楽しそうだな」
帰っていく後ろ姿を見ながら、入来はひとり呟いた。
その夜。
入来は、仕事を終え家路についていた。彼にとって、いつもと変わらない日常である。
だが、日常とひとつだけ違う点があった。彼は、偶然にも棒付きのアメをくわえていたのである。
タイ人バイトのチャンプア・ゲンノラシンが、土産だと言ってバイト全員にアメを配ったのだ。入来は、そのアメをなめながら歩いていた。
普段の入来なら、しないであろう行動だ。それが、彼にとんでもない不幸をもたらした。
後ろから、数人の少年たちが走って来る。うち二人は、棒のようなものを持っていた。全員、凶悪な表情で走って来ている。
これはまずいと思い、入来はさりげなく脇道に入ろうとした。もっとも、彼はヤンキーたちに絡まれる覚えはない。訳のわからないトラブルに巻き込まれたくなかっただけだ。あくまで、君子危うきに近寄らず……という動きのつもりであった。
だが、それが彼らの誤解を招いた。
「そこのお兄さん、ちょっと止まってくれねえかな」
いきなり声をかけられた。同時に、腕を掴まれる。
「えっ? 何ですか?」
入来は振り返った。目の前には、品行方正という言葉からは程遠い怒れる少年たちの顔がある。はっきり言って、どれにも見覚えはない。
だが、ヤンキーたちの方は違っていた。
「てめえがキャンディマンか!」
怒声と同時に、いきなり飛んできた拳。入来は不意を突かれ、ヤンキーのパンチをまともに顔面に食らった。そのまま道路に倒れる。
さらに、暴力の嵐が襲う。入来は、何のことか全くわからない。しかし、わかることがひとつある。このまま無防備で暴力を受け続けていれば、とんでもない大怪我を負う。下手すれば死ぬかもしれない。
入来は体を丸めて急所を守り、ひたすら暴力の嵐が過ぎ去るのを待つしかなかった──




