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上野信次 優雅にして華麗なる除霊の日々  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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最後にして最高の一戦(3)

 おかしな言葉をかけてきた男に対し、上野は笑顔で応じる。


「カラス神父、お久しぶりです」


「嬉しいのは会えてフジヤマだ。気分の下る僕のこと、カラスだ」


 男は、相変わらずめちゃくちゃな日本語を発しながら上野をハグする。

 そう、彼はカラス神父である。世界でもトップクラスのエクソシストなのだ。今回は上野の依頼に応じて、助手であるメリーとともにわざわざ日本まで来てくれたのだ。


「今回は、お忙しい中わざわざ来ていただき本当にありがとうございます」


「みずみずしいことをぬかすと傍若無人で逆上あられる。僕が下世話を前から後ろからつけた。復讐するは我にあり。我思う、ゆえに我あるのだな、これが」


 わけのわからない言葉が返ってきた。おそらくは「水くさいことを言うな。前はこちらが世話になったのだから、今回はそのお返しだ」と言っているものと思われる。

 上野は内心で彼の言葉を解読しつつ、笑顔で頷いた。


「はあ、そう言っていただけると助かります」


「拙速にとりかかるのが孔明の下策とは思うなであられる」


 そう言うと、中央に視線を移す。

 カラス神父の目にも、ミーコの作り出したリングが見えていた。助手のメリーも、緊張の面持ちで見ている。


「メリー! マスク!」


 カラスの声に、メリーは白いマスクを差し出す。


「スカイ・ハイ!」


 叫ぶと同時に、カラスはマスクを被る。と、その肉体に変化が生じた。痩せていた体は、強靭な筋肉に覆われていく。身長も伸び、全身からは強烈な闘気を放ち始めた。

 カラス神父は、超聖人エル・カラスへと変身したのだ。


 エル・カラスは、いきなり走り出す。軽やかな動きで跳躍し、リングへと降り立った。

 そこで、上野が叫ぶ。


「ギガント・ゼブラ……いや、番場秀平! あなたは、最後の試合をしたいのだろう!? ここに相応しい相手を用意した! 超聖人エル・カラスだ! 今こそ、ギガント・ゼブラではなく素顔の番場秀平として、思い切り闘うんだ!」


 その言葉を聞き、ゼブラ……いや、番場の顔に闘志がみなぎっていく。先ほどまでは、死んだ魚のような目で体育館を見つめていた。

 しかし、今は違う。


 ・・・


 番場のレスラー人生は、傍目には素晴らしいものである。しかし、本人はそうでもなかった。

 プロレスラーになる前は、プロ野球チーム・東京ギガンテスのピッチャーとして活躍していた。しかし、肘を壊したため戦力外通告を受け選手を廃業。プロレスラーとなる。

 規格外の巨体と身体能力を持つ番場は、プロレスラーとして最高の素質の持ち主であった。が、その素質ゆえに、彼は本気を出すことが出来なかった。もし全力で技をかければ、相手にケガをさせてしまうのだ。

 プロレスは、相手にケガをさせてはいけない。激しい試合をしつつも、相手を壊してはいけないという暗黙のルールがある。なぜなら、次の日の興行に差し支えるからだ。

 ひとりのレスラーがケガで休めば、ひとつの試合が組めなくなる。そうなると試合の数を減らすか、あるいは他の試合を組み直す必要が出てくるのだ。

 したがって、番場は全力を出すことが出来なかった。その卓越した身体能力が、番場にとって手枷足枷となっていたのである。

 彼は、それが不満であった。全力を出し切るプロレスをしてみたい、との思いが募っていく。

 とはいえ、それは無理な話だった。日本人離れした巨体と身体能力を持つ番場が本気の技を出せば、相手に怪我させてしまう。

 彼はこれまで、相手を壊さないために五割から六割程度の力で試合をしてきたのだ。

 しかし、今は別だ──


 ・・・


 番場の脳天唐竹割りチョップが、エル・カラスの頭に振り下ろされる。

 その手刀を躱すことも、受け止めることも可能であっただろう。格闘技の試合なら、そうしていたはずだ。

 しかし、エル・カラスはそうしなかった。ヤシの実ですら粉々に砕いてしまう番場の脳天唐竹割りチョップを、脳天で受けて見せたのだ。

 さすがのエル・カラスも、この一撃は効いたらしい。ぐらりとよろめいた。

 と、番場は彼の腕を掴む。強引に、ロープへと振った──


 エル・カラスは、ロープの反動を利用し飛び上がった。同時に、彼の両手は十字の形となる。

 直後、エル・カラス得意のフライングクロスチョップが炸裂した。番場の巨体が、ドスンと倒れる。

 エル・カラスはトップロープに飛び上がり、フライングボディアタックを仕掛ける。しかし、間一髪で番場は躱して見せた。

 技を自爆しリングに伏せているエル・カラスを起き上がらせ、強引にロープへと振る番場。しかし、エル・カラスも返って来ると同時に腕を伸ばす。ラリアットの構えだ。

 が、番場の足がニュッと伸びてきた。彼の得意技十六インチキックだ。ラリアットよりも先に、巨大な足裏がエル・カラスの顔面を襲う──




「凄い。これが、番場秀平の本気なのか。ここまでのド迫力の試合を、俺は見たことがないぞ。まさしく本物のプロレスだ……」


 リングサイドで観ている上野は、思わず唸っていた。 

 相手の技を、強靭な肉体であえて受ける……格闘技の試合なら、絶対に有り得ない状態だ。

 格闘技なら、相手の技を躱す。特に大技をスカせば、隙が出来る。その出来た隙に、こちらの技を叩き込む。格闘技の試合は、相手の良さを殺し自分の良さを引き出すものである。


 だが、今リング上で闘っている番場秀平とエル・カラスは違っていた。相手が百の力で放つ技を正面から受け止め、それよりも上の強さで返していく。

 そう、相手の良さを引き出させ、同時に自分の良さをも引き出しているのだ。これこそがプロレスなのである。

 番場の脳天唐竹割りチョップ、十六インチキック、河津落とし、ココナッツクラッシュ、さらには三十二インチ・ドロップキック……そういった強烈な技の数々を、エル・カラスは全て受け止めていく。

 エル・カラスもまた、ドロップキック連打やフライングクロスチョップ、さらにはスペース・カラスドロップなどといった変幻自在の空中殺法を見舞っていく。それらの技を、番場はその巨体で全て受けきっていく。


 しかも、両者の動きは見事なまでに噛み合っていた。たとえ一流プロレスラーであっても、そこには相性というものがある。相性が悪いと、一流レスラー同士であっても噛み合わず無様な試合になってしまうことも少なくない。

 ところが、番場秀平とエル・カラスは違う。技をかけるタイミング、間の取り方、技を受ける時と躱す時などなど……それら全てが、見事なまでにピッタリ噛み合っているのだ。


「バイオリンのストラディヴァリウスは、下手な弾き手ではその至高の音色を引き出せないという。番場秀平というレジェンドレスラーの本当の実力を引き出すには、エル・カラスという神域のプレイヤーが必要だったのだな……」


 上野は、そっと呟いた。




 激しい技を掛け合っていた両者。しかし、番場の動きが止まる。同時に、その体に変化が生じていた。それが何を意味するか、上野にもエル・カラスにもはっきりとわかっていた。

 やがて、番場は頭を下げる。直後、言葉が聞こえてきた。

 

「これまで、全力を出すことを禁止されていた。だから、試合はいつも不完全燃焼だった。一度でいい、己の本気を出したプロレスをしてみたいと思っていた」


 そこで、番場は顔をあげる。その目には、涙が溢れていた。


「しかし今日、本気のプロレスが出来た。デビュー戦の会場で、自分の全力を出すことが出来たよ。全てを出し切り、真っ白に燃え尽きた。もう、思い残すことはない。こんな体験をさせてくれて、本当にありがとう」


 そう言って、番場はもう一度深々と頭を下げる。

 次の瞬間、その巨体は白い光に包まれた。番場の姿が、少しずつ薄れていく。

 やがて、番場秀平は完全に消えてしまった。




 感動を覚えつつ、上野はふと横を見てみた。

 いつの間にか、メリーがすぐ隣でしゃがみこんでいた。床で丸くなっているミーコの体を、優しく撫でている。今にも蕩けてしまいそうな表情を浮かべていた。

 ミーコの方はというと、目を細めて少女の為すがままになっている。普段なら「あたしは四百年も生きてる化け猫だニャ! 馴れ馴れしく触るニャ!」などと一喝するところなのだが、今はおとなしくしていた。

 片やエクソシストの助手、片や数百年も生きている妖怪なのだが、なぜか仲良くなってしまったようだ。


「横蹴りメリーは、ココヤシ猫にやぶさかでないくらいお気に召されたらしい。仰天怪奇かつ土天冥界の響きありぬる」


 リングを降りたカラスは、マスクを被ったまま呟いた。

 おそらく「助手のメリーは、(あやかし)の猫に気に入られたらしい。驚いたものだ」と言っているのだろう。しかし、情景と言葉がまるきり合っていない。


「そうですね。何はともあれ、今回はあなたのお陰で助かりました。番場秀平も、満足できて良かったです。本当にありがとう」






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